154 宗谷岬ダンジョン ①
ここは精霊の住処。
現在ここには4人の精霊王とオリジンが円卓を囲み真剣な表情を浮かべていた。
しかし、オリジンの手には今日のオヤツが握られ、精霊王たちはそれぞれ違う銘柄のビールを持っている。
最近では大手以外にも幾つもの地方メーカーのビールがあり、彼女たちの中ではそれらがマイブームとなっていた。
何ともオヤジ臭い『『『『ギロリ』』』』。
いや~、何とも慎ましい趣味である。
そして、今日の議題はただ一つ。
ドワーフ王国の対応についてであった。
実はドワーフたちはエルフと同じ4大精霊を信仰している。
火力を強める風。
金属を溶かす火。
焼きを入れるための水。
素材となる鉱石。
それらの事からドワーフはそれぞれの工房で精霊を祀り崇めている。
そして、精霊達も長い間その思いに答えて来た。
しかし、今回の事でその信頼に亀裂が入った。
事前にフレアがドワーフ王に伝えていたにも関わらず、ユウ達に対するあの仕打ちである。
どうやら、あまりに長く変わらない関係が続いていたため、エルフ同様に現状を考え直す時期が来たのかもしれない。
そしてオヤツを食べながらオリジンは冷酷な決定を口にした。
別に彼女たちは話し合うために集まったのではない。
精霊の頂点であるオリジンの判断は既に決定事項である。
精霊王たちもそれに従い実行するだけだ。
「まず、あの国から火の精霊を全て引き上げなさい。」
「分かりました。」
火の精霊が居なくなると言う事は炉の火力が低下する事を示していた。
当然希少な金属ほど加工には高い火力を必要とする。
魔鉄とミスリルの合金ですら融点は2000℃を超え軟化点も1500度以上である。
しかし、普通の炭などで出せる温度は精々が1200度程度だとすれば、あの国での希少金属の加工が不可能になる事を意味していた。
「テラは精霊たちに希少金属の発生を抑える様に言いなさい。0にする必要はないけど半分以下にはするように。」
「仰せのままに。」
そして当然希少金属を作り出しているのは大地を司る土の精霊達だ。
彼らのおかげであの国は豊富な鉱石資源に恵まれていた。
しかし、今の指示でかなりの困窮に苦しむだろう。
最初はともかく、次第に取れなくなる金属に真綿で首を絞められるような苦しみを味わうはずだ。
「アクアとシルフィは浄化を制限しなさい。死人が出ない程度で良いわ。」
「少し調整が難しいけどやってみます。」
「任せてください。」
鍛冶はどうしても水と空気を汚す。
炭を燃やせば煙が立ち。
鍛冶の過程で水も使う。
生きているだけでも多くの水を汚すので、それらを今まで綺麗にしていた精霊達があまり仕事をしなくなれば自然と国は汚染されていくだろう。
浄化をすれば問題ないが人とは、その一手間にも時に不満を持つものだ。
そして、職人たちはすぐに気づく事だろう。
今まで何気なく受けていた精霊の助けがいかに大きなものだったかを。
そしてオリジンは指示を出し終えると立ち上がりその場から消えていった。
恐らくはオヤツのお代わりを貰いに行ったのだろう。
しかし、以前と違い自然に浮かべている笑顔を見られるようになり彼女達にも笑顔が増えている。
そして精霊王たちも一気にビールを飲み干すと精霊達に指示を出すために消えていった。
そして、ここは日本にあるユウの自宅。
俺達は朝になるとそれぞれに準備を整え北海道のダンジョンへと出発した。
今回は色々な理由から全員揃っての出陣になる。
戦いに参加しない者もいるが別に戦わなくてもやれることは多い。
例えばフィールドタイプのダンジョンなので植物などのエリアもあるだろう。
そうなると植物系の精霊であるジェネミーの本領発揮だ。
彼女ならあらゆる植物に精通しているのでまさに調査的なフィールドワークには最適と言える。
それと今回は希望者を麒麟たちから募ったのだが全員参加となった。
やはり決め手はジンギスカンだろう。
彼らが日本に来て数日だが例に漏れず日本の食べ物にご執心だ。
しかし、食べるにはお金が掛かり、お金を得るには働かなければならない。
その為、報酬のほかにジンギスカン食べ放題を付けると最初は半分くらいしか参加しなかったメンバーが全員参加となった。
別に今回は俺が金を出す訳ではないが国も早まった事をしたものだ。
彼女らなら羊1頭くらい余裕で食べそうなので心配になる。
まあ、常識の範囲で食べてもらう事を期待しよう。
そう言っている俺もジンギスカンと聞き自家製のタレを持参している。
ニラの微塵切り、大根下ろし、リンゴ下ろしを混ぜて醤油とみりんで味を調えた我が家自慢の特性ダレだ。
これがあれば1キロは余裕で食べられる。
そしてホロにいたっては腰に武器ではなく箸を差している程だ。
彼女はラム肉が昔から大好きなので肉がなくなるまで食べるだろう。
今回はライバルも多いので激戦が予想される。
俺達は少し離れた所でゲートから出ると車に乗って移動を開始する。
そして到着すると俺は近くで見張りをしてくれている地元の人々に声を掛けに向かった。
昨日から夜を徹して頑張ってくれていたので早く到着を知らせなければならない。
彼らも早く安心して休みたいだろう。
家には家族が居る者もいるだろうから早く帰してその人たちも安心させてあげたい。
そして丘に上がると昨日の男に声をかけた。
「おはよございます。」
「ああ、おはよう。かなり早かったな。」
「まあ、かなり急ぎましたからね。それでですね。後はこちらで引き受けるので少し休んでください。それと家族が居る人は一度帰られてはどうですか?」
すると男は顎に手を当てて少し悩むと難しい顔で頷いた。
「確かに無理をしても仕方ないな。それならお言葉に甘えさせてもらう。それと家族が居る者は一度帰そう。もしもの時の見張りは必要だから残る者は交代で休ませる。」
こちらとしても彼らの気持ちや行動は尊重したいので、あまりこちらからの意見を押し付けるような事は避けたい。
危険な時には強制的に逃げてもらう事になるが恐らくその心配は不要だろう。
それならと俺は彼らにある提案を持ちかけた。
「それなら希望者はこれから一緒にダンジョンに入りませんか?」
「一緒にか?でも俺達とアンタらでは強さが違うだろう。どんなに良く見ても寄生にしかならないと思うが。」
確かに彼らはレベルが低く恐らくは戦いに参加させることは無いだろう。
それでも俺達の戦いを見て安心させることが出来る。
それに上層の魔物は旨味が全くない。
それなら彼らのレベルを少しでも上げておき、今後に備えるべきだ。
スタンピードの回避できても魔物を間引く者が必要になる。
その為の手間なら誰も文句は言わないはずだ。
それに俺達のメンバーにも同じような者が居る。
その代表格がツボミとハナさんだ。
手伝いでハナさんも来て貰っているが今後の事を考えると彼女もレベルだけは上げておきたい。
その為、俺は彼らにその事を伝え参加を促した。
「分かった。アンタらもずっと居てくれる訳じゃないからな。今回は肩を貸してもらう。俺はここを仕切っている岩戸だ。よろしく頼む。」
「俺はユウです。早速ですがすぐに動けますか?」
「ああ、寝ている奴を叩き起こすから少し待っててくれ。」
そう言って彼は寝ていた者を起こし、大声で説明を始めた。
そして最後に気合を入れるための檄を飛ばす。
「いいか!今回は助けてもらえるが次もそうとは限らねえからな。しっかり気合入れて行けよ!」
「「「おーーー!」」」
何とも連帯感があるグループだが今回に限ればそれほど手間ではない。
洞窟型と違いフィールドタイプはあちらから敵がやって来るので動くとすれば移動するときくらいだ。
俺は準備が出来た彼らを連れてみんなの所に戻って行った。
そしてゲンさんに声を掛けて先ほどの事を伝えておく。
「そうじゃな、それが良いだろう。任せても大丈夫か?」
全員合わせても20人程だ。
この程度なら問題は無いがもしもの時の対応に困るかもしれない。
自衛隊組くらいは連れて行く許可を貰っておこう。
「それならアキト達に少し手伝ってもらいます。俺のメンバーは先行してもらう予定ですしマリベルが行けば階層を飛ばせるそうですから。」
ダンジョンには転移陣がある所もあるがここでは発見できていない。
その為、ライラの結界石で小さな安全地帯を作りそこをポイントにする予定である。
そうすれば移動時間の短縮にもなって攻略も早いはずだ。
彼らもレベルが上がれば上層の間引きくらいは出来る様になるはずなので俺達は下層に向かい魔物を処理していく。
スタンピードの原因は内部に溜まった魔素が原因なのだが、魔物を大量に倒すと魔石として回収できる。
ある程度減らせば魔素の濃度が下がり再び安定するらしい。
ちなみに今回の結界石はダンジョンで使う為に細工がしてある。
ダンジョン内は魔素が常に濃い状態なので結界石はそれをエネルギー源として吸収し結界を維持出来る。
なので魔石切れの心配はなく、魔物に破壊される心配も無い。
「それなら前半は楽をさせてもらおうかの。」
俺はゲンさんに了解を貰いアキト達をと一緒にダンジョンに入って行た。
そして階段を下りた先には冬を感じさせない森が広がっており気温は10度と低いが外よりかは過ごし易い。
そして周囲を探れば大量の魔物が森の中を歩き回っていた。
しかし、これだと視界が悪いので俺達は開けた場所へ移動する事にする。
ここからなら200メートル程歩いた先に平原がある。
俺は目につく魔物を静かに狩りながらイワトさん達を連れて移動して行った。
そして平原に到着すると打合せ通りにアキトに天井を攻撃してもらう。
すると天井に当たった弾はグレネードの様に光と音を放ち俺達の存在を周囲に知らせた。
その途端、周りの魔物が勢いよく接近をはじめ、向かって来る魔物はあっという間に数百まで膨れ上がる。
「来るぞ。」
「皆は護衛を頼む。アキトはどうする。」
「俺は適当に間引きを行う。俺の魔弾は経費が掛からないからな。」
そう言ってアキトは軽く笑うと銃剣を抜いた。
アキトの戦闘は雑魚狩りだと驚異的なパフォーマンスを発揮する。
間引くと言っているが俺の出番があるか心配になる。
そして最初に来たのはお馴染みのゴブリン軍団だ。
しかし、アキトの攻撃に成す術なく一掃され、まるでシューティングゲームの様に呆気なく数を減らしていく。
アキトは目を忙しなく動かし魔物をロックするとそれに向かい魔弾が急所を貫く。
「マジで俺の出番がないんですけど。」
「たまには大人しく後ろで見ていろ。」
しかもよく見るとアキトの武器が変わっれいる事に気が付く。
柄やトリガーは一緒だが銃身と剣の部分が俺と同じ魔鉄とミスリルの合金に変えられていた。
どうやらいつの間にかアキトも自分の武装を強化していたようだ。
「ユウも気付いたようだな。」
「ああ、いつの間に新しい武器に持ち替えたんだ。」
「お前がロシアに行っている間は暇になったからな少し遠出したんだ。間に合わせだが連射性、弾速も以前を遥かに上回っている。それなのに魔力消費は小さい。しばらくは俺だけでも十分かもな。」
どうやら本当に見せ場を取られてしまったようだ。
俺は後ろに下がるとイワトさんの傍まで行き忘れていた確認を行う事にした。
「そう言えばレベルはどれ位なんだ?」
「俺達全員5くらいだ。この辺の夜は厳しいからな。魔物よりも自然の方が危険な事もある。」
確かにその通りだ。
魔物狩りに出て凍死したんじゃあ笑い話にもならないからな。
アキトに任せておけばこのフロアの魔物を皆殺しにするのもすぐだろう。
全滅させておけば後で彼らが狩る時には疎らになっているはずだ。
そうすれば後は勝手に自分達でレベルを上げるだろう。
「それなら全員が15以上まで上がった時点で引き返すので教えてくれ。それだけあればここでも少しは戦えるだろう。」
「ああ、流石にあれは無理だけどな。」
そう言ってイワトさんはアキトを指差し苦笑いを浮かべた。
それに続き俺も自然と苦笑が浮かんでくる。
「いや、あれは俺も無理。アキトは俺達の中で殲滅速度が一番速いからあれは真似できないと思うよ。」
そう言って俺達は軽く笑いながらせっせと魔石を回収していく。
実の所、今や俺も戦闘要員を諦め魔石回収要員へと降格しているからだ。
やる事があるのに見ているだけだとなんだかサボっている気がするので体裁を整えるために皆に混ざって魔石を拾っている
そして今回、俺達との戦闘に初参加のハナさんとツボミだが、ツボミは既に戦闘経験があったらしくレベルも7まで上げていた。
旅館に泊まっていた時にハナさんが魔物を見た事が無いと言っていたのは恐らくツボミが事前に倒していたからだろう。
しかし、携帯もファンタジー知識もない彼女はステータスと言う物を全く知らなかった。
その為、ステータスによる強化をしていなかったのがクイナとの戦闘で負けた最大の敗因だろう。
もし知っていればもっと良い勝負が出来たかもしれない。
それでも俺達に比べれば弱く、低層でも十分レベルを上げることが出来る。
彼女には出来るだけ深い場所まで付いて来てもらう予定なのでこれから頑張ってもらう予定だ。
そして更に何階層か進み全員のレベルが15を超えたあたりで引き返す事に決めた。
言い出しっぺの俺が一切活躍できなかったのは残念だがこれも適材適所だろう。
ハッキリ言ってあの連射性能は反則としか言いようがない。
そして外に出ると俺達はそれぞれ解散していった。
ライラたちは低層を俺達に譲るために天井付近を飛んで移動し邪魔な魔物だけを倒して下に向かっている。
俺もそろそろ追いかけようかと思った時にイワトさんから声を掛けられた。
「お前の所はやけに女性が多い様だがもしかして全員戦闘が出来るのか?」
「ああ、相性もあるが洞窟型のダンジョンなら40~50階層位までは単独でも行けるんじゃないか?」
「そんなにか。・・・分かった。いないとは思うが若い連中には注意ついでに話しておこう。レベルが上がって気が大きくなってる奴も居るかもしれないからな。」
「助かるよ。それじゃあ、気を付けて帰れよ。」
ちなみに彼とは一緒に魔石拾いをした仲なので敬語は止めにしている。
あちらも敬語で話すのはあまり好きではないらしく、彼の仲間も年齢に関係なく普通に喋っていた。
そして互いに軽く挨拶をして別れると、俺の方は再びダンジョンに入って行った。
今はとにかく魔物を狩りまくるしか対処法が無い。
それとイワトさんはああ言っていたが馬鹿な事を考える者が出ないとも限らないので警戒だけはしておこう。
そして俺は皆を追ってダンジョンを進んで行った。




