151 ドワーフ王国に向けて
俺は次の日にドワーフで鍛冶師であるクラウドの許に向かった。
大きく分けて理由は2つあり、1つはドワーフの国に行くにあたり何を贈り物にすれば良いかを聞きに行くためだ。
ゲンさん達も持って行くそうだが俺達も武器の作成をお願いするので必要だろうと言う事になった。
そしてもう一つは俺が使っている剣を点検してもらうためだ。
ベルドから貰って(奪って)から一度も研いですらいない。
せっかく腕の良い鍛冶師が居るので一度見てもらおうと思ったのだ。
そして教えてもらった住所に行くとそこには一軒の家とその横にコンクリート造りの工房があった。
「それにしてもかなり山奥に住んでたんだな。」
この周囲には民家がなく、まともな道路も通っていない。
上から見た感じだとアスファルトの道があったのはここから数キロ離れた所までだ。
そこからは剥き出しの地面にタイヤの跡がついた山道だけだった。
空を移動すれば問題ないが普通に来るならかなり苦労するだろう。
俺は地上に降りるとマップに従い工房に向かった。
どうやらクラウドとキテツさんはあちらで作業をしている様だ。
「それにしてもすごい音と振動だな。」
工房からは地面を揺らすほどの振動と空気を爆発させた様な音が聞こえて来る。
雰囲気からすると工房で何かを作っているのだろうが作業内容に少し不安を感じる。
俺は覚悟を決めて工房を覗くと二人は協力して剣を打っていた。
しかし、二人が持つ金槌は常識よりも遥かに大きく人の頭二つ分はある。
それを全力で振り下ろす事でこの音と振動が生まれていたようだ。
さらに炉は溶鉱炉の様に白銀に輝き、俺の知る炉とは温度が格段に違う。
ちなみに日本の鍛冶とは金属を半熔解の状態で行われる。
その為、完全に溶かすほどの温度では高すぎるはずだ。
『鉄の融点は1530度程です。あの炉はその温度を超えています。』
俺の考えにスピカが追加で情報をくれた。
それでも彼らは普通に鍛冶をしていると言う事は使っている金属が違うと言う事だろう。
そう思い打っている金属を鑑定すると魔鉄・ミスリル合金と出た。
どうやら俺の常識の通用しない物で鍛冶を行っている様だ。
どう見ても使っている金槌からして普通ではないのでその時点で気付くべきだった。
しかし、彼らは集中している為か俺が見ている事に全く気が付かないようだ。
声を掛けたいがその真剣な顔を見ればそれすら難しい。
「仕方ない。少し待つか。」
俺はそのまま彼らの鍛冶が一段落するまで待つ事にした。
そして、待つこと3時間。
やっと槌の音が止まり二人は鍛冶場から顔を出した。
「待たせちまったな・・・。て何1人で酒飲んでんだ。」
「仕方ないだろう。3時間もする事が無かったんだから。冬の山を見ながらの一杯は最高だな。」
俺は酒の入ったコップを傾けながら当てつける様に口に流し込んだ。
「ああ~美味い。」
「グヌヌ~~~!」
そして傍にある酒瓶を振って中が無くなった事を確認するとアイテムボックスに仕舞って立ち上がった。
それを見てクラウドは拳を握り締めて睨んでくるが俺は以前に買っておいた白ワインを取り出してその手に握らせる。
その途端に表情が和らぐと蓋を開けてスポーツドリンクでも飲むように一気に飲み干した。
「ふ~、それで早速だが剣を見せてみろ。前々から気になってたんだが機会が中々無かったからな。」
「ああ、頼む。」
俺は剣を取り出してクラウドに渡すと彼は剣を抜いて真剣な瞳で細部まで観察するように間近で見始める。
そして、しばらくすると溜息を吐き小さな金槌を取り出して剣を叩いた。
すると剣はあっさりと折れてしまい俺は余りの驚きに折れた剣に視線が釘付けになる。
そしてクラウドは手に持つ折れた剣を俺に向けて来た。
「これを何処で買ったか知らんが酷い粗悪品を掴まされたな。こんなのはドワーフの見習いが作る様なもんだ。こんな物に命を預けてたらいくらあっても足らんぞ。」
まあ、買った訳ではなく貰い物なので何を言われても構わないがこの品質で粗悪品なのは驚きだ。
俺からすると以前使っていた刀に比べて格段に性能が良かったんだけどな。
それにしてもやはり見てもらいに来て良かった。
これからの事を考えるとやっぱり真面な武器の調達が急務であるという事だ。
しかし、これで俺の力に耐えられる武器が無くなってしまった。
また最初の頃の様にしばらくは木刀で戦うしかなさそうだ。
そう思っているとクラウドは二本の剣を取り出し俺に差し出してきた。
「さっきの剣はな純魔鉄製で固いが折れやすい素材で作られていた。だから横から叩くと簡単に折れたんだ。この剣は強度が少し落ちるが折れにくい様に魔鉄とミスリルを混ぜた合金で作ってある。魔力の通りもこっちの方が断然に良いはずだ。しばらくはこれを使ってろ。キテツと練習がてら作った剣だから大した事はねえがさっきのよりかは大分マシなはずだ。」
「それなら有難く使わせてもらう。」
俺は感謝して剣を受け取ると一本は腰に差し、もう一本はアイテムボックスに仕舞った。
これで久しぶりに2刀流のスキルも使えそうだ。
俺は剣を抜くと調子を確認してみる事にした。
以前の様に風は生まれないが元々魔法で同じような事は出来るので問題ない。
そして魔力を流すとまるで手足の延長の様にスムーズに流れ込んでいく。
以前の剣は厚目のゴム風船に息を吹き込むような反発があったがこれにはそれが全く無い。
そう言えばライラの解体包丁を借りた時もこんな感じだった。
俺は二人に顔を向けると笑顔でお礼を口にする。
「助かるよ。実は木刀しかなくて困ってたんだ。」
すると俺の言葉に二人とも噴出して大笑いを始めた。
やはり木刀で戦うのは不味かっただろうか。
確かに全力を出せば力に負けて砕けそうなので今では1パーセントの力も籠められない。
そう考えると俺も少しは成長したのかもしれないな。
そして彼らは笑い終わると少し心配そうな表情を向けて来た。
「お前はもう少し武器を選べ。そうしないと本当にいつか死ぬぞ。」
クラウドはそう言って俺の肩を軽く叩いて来る。
先程はかなり笑ていたが今はその影すら見えない。
きっと良い武器に出会えずに死んだ者の事でも思い出しているんだろう。
「まあ、君には正月に助けてもらった恩があるからな。何かあったらまた来なさい。無料とはいかないが相談に乗ろう。」
キテツさんも俺の事を心配してくれている様だ。
彼も若さを得てこれから再び長い人生を歩むことになる。
恐らく俺が死ななければ長い付き合いになるだろう。
そして俺は一つの用事は終えたが、もう一つの用事が残っている。
これから町に出てクラウドにドワーフの国で渡す贈り物を選んでもらわなければならない。
おそらく、要らない買い物も多くなるので急がなければ日が暮れてしまう。
そのため俺は時間を短縮するためにライラに貰ったフライングボードを取り出した。
それには体を固定するためのシートベルトと体を支えるための握りが付いている。
俺は家の傍にある車を収納すると二人をボードに固定していった。
「おいユウ。マジでこれで行くのか?」
「二人が3時間も無駄にしたからだろ。普通なら車でのんびり行く予定だったんだ。」
「それなら私は行かなくても良いんじゃないか?」
「そうなるとクラウドがここに帰れないだろ。諦めて同行してくれ。」
二人は飛ぶのが怖いのか体を固定されても最後の抵抗を見せる。
しかし、俺はフライングボードの先端にある握りを持つとまずはゆっくりと空へと浮き始めた。
「ユウ、ゆっくりだからな。速度を出すなよ。」
(これはフリって奴か?)
クラウドは若干震えながら自分用の握りを掴んで力を込めた。
しかし、このボードの握りはドワーフの強靭な握力に耐えられるようには作られていない。
その為、クラウドは掴んだ握りを見事に潰し、顔色を悪くした。
「ちょ、ちょっと待てユウ。壊れた。壊れたから待て。すぐ直すから。」
鍛冶師には修復のスキルがあり簡単な構造の物なら直すことが出来る。
ただ、握りが壊れても体はベルトで固定しているので大丈夫なはずだ。
例え落ちても地面に落ちるまでに俺が受け止めればいいだけだ。
そう考えると少し高度を上げた方が良いか。
「待て!待て!高い!高い!」
「なんだか河が見えてきた・・・。」
「おい!しっかりしろキテツ!・・・キテツーーー!」
そして、俺が高度を上げるにつれ後ろから聞こえる悲鳴が激しくなっていく。
しかし、ある一定以上の速度まで上げると聞こえなくなったので飛んで移動するのに慣れたのだろう。
現在の時速は400キロを超えているがこれなら問題なさそうだ。
そして俺は遅れを取り戻すために更に速度を上げて数分後には大きな町に到着した。
「二人とも到着したぞ。」
「「・・・・・」」
俺は返事が無いので後ろを見ると二人は白目を剥いて気を失っていた。
しかし、手はしっかりと握られている様で器用だなと感心する。
クラウドも握りを飛びながら修復したようで歪ながらその手にしっかりと握られている様だ。
俺は地面に下りるとそんな二人の肩を軽く揺すって意識を覚醒させた。
「起きろ二人とも。到着したぞ。」
「んっ、おわあああ。落ちる、死ぬーーー!?・・・ここは。おお~愛しの大地よ。俺はもうお前から離れんぞー。」
まずはクラウドが目を覚まし、地上に居る事に気付くと地面に額を押し付けて愛を語りだした。
止めさせたいが目が本気なので声を掛けずらい。
キテツさんを起こさないといけないので出来たら人の目のない所でやって欲しいのだが。
すると少ししてキテツさんも目を覚ました。
「ぎゃああーーー。ここが俺の死に場所かーーー!?・・・こ、ここは。おお~愛しの大地よ。我が心は永遠に君のモノだ。」
(こっちもか。頼むから出来れば他所で・・・。ああ、そうか。俺が離れれば良いのか。)
俺は気配を消して少し離れると彼らが正気に戻るまで待ち続ける事にした。
しかし、その後1時間ほど待ったが一向に正気に戻る気配がない。
その間に通り過ぎる人たちは変人を見る様な視線を向け、ある者は通報しようか悩んでいる。
それにこれなら車で来てもそれほど変わらなかっただろうか。
そして、周囲に人だかりまで出来始め、救急車を呼ぼうとする者まで現れたので俺は二人を連れて移動する事にした。
「二人ともそろそろ行きますよ。」
『返事がない。タダの屍の様だ。』
(勝手に二人を殺さない様に。)
俺はスピカのボケに軽く突っ込みを入れておいて二人に再度声を掛ける。
こうなれば手段を選んではいられないだろう。
そして俺は早速、二人のトラウマに語り掛ける作戦に変更した。
「周りを囲まれると飛んで移動しますよ。」
すると、その効果は絶大だった。
今まで大地に愛を語り続けていた二人がビクリと反応し、急に立ち上がった。
そして、縮地にも負けない素早さで俺の横に移動すると力強く肩を握り締める。
その顔は笑っているが肩を掴んだ手はあまりに強く握りしめているので僅かに震えている。
足も同じように震えているがもしかすると座りすぎて痺れてしまったのかもしれない。
二人は威勢よく声をあげると俺と肩を組んで歩き始めた。
「よ~し、行くか。」
「そうだな。早く終わらせて帰りはゆっくり車で帰ろうぜ。」
この様子だと飛ぶ事にトラウマが芽生えているのは確定の様だ。
俺としては早く買い物を終わらせて帰りたいのでありがたいが、目の焦点が微妙に合っていないので少し怖い。
(これでまともなアドバイスを貰えるんだろうか?)
しかし、そんな心配も束の間。
クラウドに限り酒を前にすると一瞬で正気に戻った。
「この酒が美味いんだ。樽で欲しい所だがこの国は瓶でしか売っていないからな。」
俺は横から覗くとクラウドはウイスキーと書いてあるボトルを持っていた。
同じ酒でも、作り方や材料で色々な種類があるそうなのだが俺は酒飲みでないのでそこまで詳しくない。
それに俺も日本人の例にもれず、レベルを上げる前まではこんなアルコール度数の高い酒は飲めなかった。
ウイスキーは40度以上はあるそうなのでそんなのを飲んで楽しむことは出来ない。
今でもその時の癖から、よく飲むのは日本酒ばかりだ。
家のメンバーも酒はそれほど飲まないので、酒好きのクラウドの意見はとても有り難い。
横着な様だが彼の意見を全面的に信じて言われた物を買っていく。
ちなみにいくつかはクラウドに対してのお礼で渡すので少し多めに購入してある。
上手くすれば刷り込みの様に空を飛んだら酒が貰えると思ってトラウマが解消されるかもしれない。
まあ、そんな都合よくペットの躾みたいには上手くいかないだろう。
そして、次に塩コーナーに向かい片っ端から塩を籠に入れて行く。
しかも棚から商品が無くなる程大量にだ。
「こんなに買う必要があるのか?」
「ああ、鍛冶場は熱いからな。汗をかけば塩分も必要になる。しかし、あそこは山に囲まれてるから塩が貴重なんだ。噂によれば塩が取れるダンジョンもあるらしいがそう言うのは大抵が海の傍だからな。だから意外とこういうこちらでは普通の物でも喜ばれるんだ。」
日本は海に囲まれていて瀬戸内海でも塩作りは盛んに行われている。
何処でも安く手に入るのでその地の事を知らなければあまり思いつかない事だ。
俺達はその後も目ぼしい店に行くたびに塩を購入していった。
その間にも他の買い物も行い、次に多く購入したのはやはり香辛料やスパイス類だ。
やはり酒をよく飲むと薄味よりも濃い口になる。
特に強い酒を飲むならそれらをふんだんに使った料理が好まれるのだろう。
しかし、あちらではそう言った物は数が少ないのでどうしても値段が高くなる。
そのため、こちらも店にある物を根こそぎ買い占める勢いで購入していった。
そして次に向かったのは意外にも本屋だった。
クラウドは中に入ると既に目的の物を決めている様で迷いなく本棚の間を進んで行く。
そして辿り着いたのは料理レシピが置いてある場所だった。
「この国の料理は美味くて種類も豊富だからな。それにスパイスや香辛料を持って行っても使い方が分からなければ試作で無駄に使っちまう。これがあればある程度の形にはなるからな。」
そう言って棚から数冊の本を抜き取り購入していった。
俺達は今では簡単にネットで調べればレシピを手に入れる事は出来る。
しかしあちらにはそれが無いので確かにこういった形のレシピは必要だろう。
「そう言えばあちらは料理もあまり発達してなかったな。」
「そうなんだよな。ドワーフは特にだが酒の肴になればただ焼いてるだけでも喜んで食べるからな。でも、これらの料理を知れば酒を美味く飲むには料理も必要だって分かるはずだ。それにこういった物を知ってしまうと絶対に次が欲しくなる。交易品としては最高だろう。」
クラウドは今後の日本との貿易についても考えてくれている様だ。
国同士の貿易ともなれば互いに強く求める物が必要になって来る。
信頼を得る第一歩としてこういった物から始めるつもりなのだろう。
それに相手の胃を掴むことは大きなアドバンテージになる。
鍛冶以外では只の飲んだくれかと思っていたが、こういう事にも頭を回せるようだ。
おそらくはこういった事が苦手な俺よりも先の事をよく考えている。
その後は幾つかの酒のツマミを購入していると空が赤くなり始めた。
「これで何とかなるだろう。」
「助かったよクラウド。これは礼に取って置いてくれ。」
俺はそう言って酒の瓶を20本ほど渡しておいた。
これらは彼が特に熱く説明してくれた物を選んである。
ハッキリ言って今日一番時間を喰ったのはその熱弁に他ならない。
クラウドはそれらを見て笑顔を浮かべると「ガハハハ」と豪快に笑って受け取った。
「すまねえなユウ。こいつはありがたく貰っとくぜ。また何かあったら声を掛けてくれ。」
「そうさせてもらう。今日は本当に感謝するよ。」
俺達は軽い挨拶をすると背中を向け合った。
すると思い出したようにクラウドが再び振り向いて何かを投げて来る。
受け取るとそれは一振りの刀で、先程とは明らかに違う雰囲気を漂わせていた。
俺はそれを鞘から少しだけ抜いて中を確認すると、刀身は青く輝き僅かに魔力を放っていた。
「これは・・・?」
「そいつはライラから預かってた水の魔石とサツキがダンジョンで採掘した希少金属アダマンタイトから作った物だ。この国に来た日に、お前の所には世話になったからな。お礼ついでに作っておいた。最高傑作とはいえないが俺の渾身の一振りだ。大事に使ってくれ。」
そう言ってクラウドは返事も聞かずに再び背中を向けて歩き出した。
俺は刀を仕舞い、独り言の様にお礼を口にすると空へと飛び上がる。
これで準備が出来たので後はドワーフの国に向かうだけだ。
今回は長距離の移動もないので楽な旅になるだろう。




