143 ジェネミーを連れて
俺はゲンさんに電話をかけて何処か良い宿が無いかを聞く事にした。
『何じゃもう帰って来たのか?』
「はい、先日は空港の件で助かりました。」
『それについては問題はない。大国に借りを作る機会など滅多に無いからな。それで、今日は何の用じゃ?』
「実は旅行に行こうと思いまして。何処か皆で行ける良い宿はありませんか?」
『そうじゃな・・・少し待っておれ、一つ確認してみる。』
そう言っていったん電話が切れたので俺はのんびり待つ事にした。
既に皆でと伝えているのでどういった面子になるかは分かっているだろう。
その辺を考慮して考えてくれているはずだ。
その頃あちらでは・・・。
「あの案件はまだ残っておるか?」
ゲンは息子であるシロウに電話し、確認を行っていた。
シロウの仕事は神楽坂家に舞い込む仕事を管理し、的確な人材を派遣する事である。
彼は強い戦闘能力を得られなかった反面、事務系と指揮能力に強い適性を見せた。
以前まではそうでもなかった仕事量も世界が融合した事で日々件数が増え、もはや彼がいなければ仕事が回らない程になっている。
サツキが言っていた簡単に動かす事の出来る戦力として、もうじき多くの者が加わる予定だが、現在は人手不足に嘆いている状態だ。
しかも、その中でもっとも厄介で適任者がいない仕事が一件ある。
それを解決するには戦闘能力以外の面が重要になるため何ヵ月も保留になっているのだ。
『残っていますよ。流石に誰も受けようとしませんね。先方もそろそろ限界のようですし仕方ないので処分の方向で検討を始めていたところです。』
シロウの言う処分とは相手を殺す事を意味している。
しかし、相手の特性上それはとても難しく、行った場合は周囲にどれだけの影響が出るか見当もつかない。
それは当然、それを行った者と神楽坂家も含まれている。
「そうか。ならその件をユウに任せようと思う。」
『ユウ君にですか・・・。適任かもしれませんね。』
「お前にしては歯切れが悪いな。」
『あの家は良くも悪くも魔窟と言って良い場所ですからね。今の日本で一番常識から遠い場所でしょう。』
なにやら酷い評価をされているが揃っているメンバーとその能力を知る者からすれば否定は出来ない。
既にあの家にはその気になれば国1つを滅ぼす事も出来る戦力が揃っているのだから。
「その意見に反対はせんが仕事は儂の方でユウに伝えておく。バカな者が出んようにしっかり見張っておけ。」
そして通話は切れ、シロウは溜息を吐くと仕事を再開した。
パソコンに向かい先ほどの案件を処理するためにファイルを開く。
すると画面に向かうシロウの顔に焦りが浮かぶ。
そこには仕事を引き受けた者がいる事を示すサインがあるからだ。
どうやら勝手な行動をした者がいるようで、その人物を確認すると彼は追加で溜息を吐いた。
そこには近藤 喰納という男の名前が書かれている。
この者は外部から雇っているハンターで素行が悪い。
喰った相手の能力を奪える特殊能力を持っているためどんな仕事も選り好みしないのが良い所ではあるがそろそろ精神が人の枠を外れだしている。
恐らく急激に能力を吸収しすぎて暴走し始めているのだろう。
シロウは少し悩んだ結果、情報だけ伝えて対処は任す事にした。
「どうしたシロウ。緊急か?」
『はい。ちょっと問題が発生しまして。』
そしてシロウは分かっている事を伝えると電話を置いた。
しかし、ゲンの事を良く知るシロウには一つの予感があった。
「きっとユウ君には何も伝えないんだろうな。」
事情を聴いた後の父はかなり浮かれている声をしていた。
ああいう時の父はトラブルを楽しむ傾向にある。
シロウはユウを思い溜息を吐いた。
(尻に敷かれる同士よ。無事を祈っているぞ。)
俺は何も知らずに笑顔で電話に出るとさっそく確認へと入って行った。
「どうでしたか?」
『確認が取れたぞ。ただ今日にでも出発したいのだが問題は無いか?』
「え、今からですか?」
『ああ、費用はタダじゃから問題はない。ペットOKで人外にも理解のある宿じゃ。』
「行きましょう!」
そして俺はペットOKの時点で即決断した。
何故なら道後ではホロを自由にさせてやれなかったので心残りがある。
すでに旅から帰って来たばかりで支度は終わっているので準備の必要もない。
それにジェネミーも早速お出かけが出来ると言う事で大喜びだ。
そして、反対者も居ないので旅行に行く事が決定した。
さっそくアキト達にも連絡し参加者を確認すると全員が参加するそうだ。
そして俺達はゲンさんとサツキさん。
それに加えドワーフ鍛冶師のクラウドと修行中のキテツさんもやって来た。
「よう、みんな。先日は楽しかったぜ。今日は俺のおごりで良い酒いっぱい持ってきたからな。夜は楽しもうぜ。」
ちなみにライラに聞いた話ではクラウドを家に送った日の夜は宴会になったらしい。
そして次の日にクラウドは二日酔いに苦しむキテツさんを連れて鍛冶場に向かって行ったそうだ。
そんな状態だったらしいが家のメンバーで酔った者は誰もいなかったと聞いているのでやはり底無しなのかもしれない。
ただ横にいるキテツさんはその時を思い出したのか少し顔が青くなっている。
やはりお酒は適度に飲んで楽しむべき物だな。
その後、俺達はアキト達とも合流し最寄りのゲートを潜った。
「よし、ここからすこし移動するぞ。」
俺達はゲンさんの言葉に従って車に乗り移動を開始した。
ここは四国の南西に位置し少し前にマリベルと訪れた岬が近い。
すなわち俺がウツボを買った店も近いと言う事だ。
そのため、寄り道ついでに立ち寄る事になり俺の運転する車を先頭にしてその鮮魚店に向かっている。
そして到着すると車から下りて店の中へと入って行った。
「わ~いっぱいお魚がある~!」
そう言ってジェネミーは店にある魚を楽しそうに見て回っている。
彼女達ドライアドは森に棲んでいる事が多いためこういった所を見るのは初めてなのだろう。
しかし、並べてある魚を見て俺は奥に居るあの時のおじさんに声を掛けた。
「おじさん、最近不漁なのか?」
ショーケースに並ぶ魚の数が以前に比べてかなり少ない。
何か問題があったなら共にウツボ(食材として)を愛する者同士なので相談に乗っても良いだろう。
「おう、また来てくれたのか。やけに別嬪さん連れてるな~。」
「まあな。実は半分以上俺の嫁だ。」
「が~ははは。若いって良いね~。」
事実なのだがどうやら冗談に思われた様だ。
おじさんは大笑いしながら俺の肩をバシバシ叩いてくる。
「それと尻に敷かれない様に気を付けな。女ってのは怖えーからな。」
「聞こえてるよ!」
「おっとイケね~・・・。」
どうやらここにもシロウさんの同士が居た様で奥から聞こえて来た女性の声に肩を竦ませている。
しかし残念だが俺は尻になんて敷かれてはいない・・・と思う。
最近は断言し難くなってきたが、今はまだ大丈夫なはずだ。
「ユウ~ちょっと来て~。」
「喜んで~!」
するとおじさんの顔に苦笑いが浮かび、まるで仲間を見る様な目を向けて来る。
どうしてそんな目を向けて来るかは知らないが、呼ばれたからには仕方ないだろう。
しかし、俺の言った事を思い出した様で一緒にショーケースへと向かって行った。
「お待たせ。」
「悪いな。魚があんまり並んでないのが気になったんだろ。それは不漁じゃなくて売り切れてんのよ。今から新しいの出すから待っててくれ。」
するとおじさんはアイテムボックスから魚を取り出して並べてくれる。
ただ以前は持っていなかったのでレベルを上げて習得したのだろう。
そして魚が次々と並べられショーケースはあっと言う間に満たされていった。
「嬢ちゃんは沢山の魚を見るのは初めてかい。」
「うん。凄く綺麗で美味しそうね!」
「へっ、嬉しいこと言ってくれるね~。ちょっと待ってな。良いもん食わせてやるぜ。」
そう言っておじさんは醤油とお皿と魚の切り身を取り出した。
見た目は赤い身で程よく油も乗っていて輝きまで放っている。
(あれってどう見てもマグロだよな。切り落しだけど色からして大トロの近くだろうな。)
「これは先日の解体ショーをした時の残りだ。アイテムボックスのおかげで傷まねーからな。特別にサービスしてやるよ。」
「わーい、ありがとうー!」
そしてジェネミーはそれを箸で掴み嬉しそうな顔で口に放り込んだ。
一部の者がガン見しているが大人の対応で何とか我慢している。
「うみゃ~~い!」
「そうだろ。家の魚は鮮度が良いからな。そこのあんちゃんのおかげでネットでも人気急上昇よ。アイテムボックスを持った客が毎日の様に大量に来てくれるぜ。最近じゃあウツボを送ってくれって客も増えて漁師も大喜びよ。以前は一般で売れなかった魚が売れる様になったからな。」
そう言って嬉しそうに笑うおじさんにメノウとクリスは魚を注文して行く。
そして俺達が買い終わる頃には店の外に多くの客が集まり始めていた。
そのためそろそろ移動する事にしたのでおじさんへと声を掛ける。
「それじゃ、また近くに来たら買いに来るよ。」
「おう、無理すんなよ。お前ん家、ここから遠いんだろ。」
「まあそれなりに。」
そう言って俺達は新たに来た客に場所を譲り移動を再開した。
そして、しばらく進むと脇道にそれて山に入って行く。
少し道は悪いがフローティングボードによる効果で車の揺れは少ない。
まだ乗り慣れていない者も多いがこれなら酔う前に到着できそうだ。
すると少し行った所で先が開け、そこには白壁に囲まれた武家屋敷の様な建物が俺達を出迎えてくれた。
そして入口の前で車を止めるとゲンさんが降りたので俺達も外に出て車を仕舞う。
ゲンさんとサツキさんはそれを確認して中に入り先へと進んで行った。
そして、玄関に入ると良く通る声で中へと呼びかける。
「神楽坂家から来た。ゲンジュウロウだ。」
「は~い!」
すると奥から返事が聞こえ、カジュアルな柄の着物を着た女性が急ぎ足でやって来た。
「ああ、はい。お待ちしておりました。本日貸し切りのゲンジュウロウ様ですね。当旅館最後のお客様として歓迎いたします。」
ゲンさんの声を聞き奥から出て来たのは70歳には見える高齢のお婆さんだ。
それでも綺麗で優しそうな笑顔を浮かべ齢を感じさせない動きで俺達を歓迎してくれる。
しかし、何やら気になる事を口にしていたのでそれに対して問いかけた。
「ここは閉館するのですか?」
「はい。私もそろそろ齢ですから。一緒に働いていた夫も他界してしまったのでそろそろ閉めようかと。従業員は既に付き合いのあった他の旅館へ移って貰っています。あまり手厚いおもてなしは出来ませんがゆっくりとして行ってください。」
それでペットもOKなのかな?
でも人外に理解があるそうだから普通の宿ではないだろう。
こういう時のゲンさんには必ず裏があるからな。
実は妖怪が巣くう宿だとか、何かに狙われているとかくらいは覚悟しておこう。
そして俺達は部屋に案内され部屋割りを決めて分散していった。
1人でしているのにも関わらず部屋はとても綺麗で埃もない。
まるで魔法で掃除をしたように綺麗だ。
それにここの周囲に民家はない。
外に車はあったがそんなに使っている形跡はないのでここに住んでいるのだろう。
そして確かに俺達以外の気配は感じないが誰かに見られている気がする。
簡単に言えば以前までのオリジンを捉える事の出来なかった時の感覚に似ている。
完全に疑っていた訳では無いが何かが居るのは間違いなさそうだ。
俺の探知のスキルはレベル1なのでこのまま頑張っていると自然に上がるかもしれない。
オリジンは自然体で隠れる気が無いからこれでも反応があるが今の相手は巧妙に隠れているのだろう。
こういう時は探し周っても無駄なので俺は普通に旅行を楽しむことにする。
すると部屋の外からメノウが声を掛けて来た。
「ユウさん少しいいですか?」
「何だ?」
俺が返事を返すと襖が開き外からメノウとクリスが入って来た。
二人とも来るときは私服だったのに今は家に居る時と同じメイド服を着ている。
「女将さん一人だとこの人数は大変でしょう。ですからお手伝いをしたいのですが?」
確かにこの人数を一人で見るのは大変だろう。
いくら旅行に来ているとはいえ、それを見て見ないふりをしていては体は休まっても心が休まらない。
その辺の事も理解して彼女たちは提案してくれているようだ。
「自分で決めたなら好きにしても良いよ。足りない食材があるようなら提供してあげて。」
「分かりました。みんなにも伝えておきます。」
(みんな?)
そう言ってメノウとクリスは部屋を出て行った。
そして少しすると何人かが動き出したようだ。
メノウとクリスは、まず女将さんに何か困った事は無いか聞いている様だ。
最初は遠慮しているみたいだがメノウの説得により次第に幾つもの問題がその口から漏れ始める。
「ちょっとボイラーの調子がおかしいみたいでお湯の出が悪いの。」
それを聞いてライラはクラウドと一緒にボイラー室に向かった様だ。
中に入るとクラウドが状態を確認しライラと相談している。
最終的には老朽化が一番の原因だろうと全てを取っ払って即席で魔道具とタンクを取り付けてしまった。
あんな事を勝手にしても良いのかと思ったがここの客は俺達で最後だ。
事後承諾でもいいだろう。
「最近、露天風呂も老朽化が進んでて少し危ないの。」
流石閉鎖直前の宿だけある。
しかし、それだとゆっくり風呂に入れない。
するとジェネミーとアリシアが向かい、割れた床を修復し木造の物はジェネミーが補強している。
見れば既に枯れているはずの木材が成長し、まるで一体にになる様に形を変えていっている。
これは植物系の精霊である彼女だから出来る方法だろう。
「最近少し井戸が汚れてきてて。」
こう言う所は井戸水を利用している所もある。
井戸は定期的に掃除する必要があるが一人で宿を経営するならそこまでは手が回らないだろう。
するとそこにはクオーツが向かい、井戸どころか広範囲に広がる水脈ごと浄化している。
見た感じだとまたやり過ぎた様だ。
彼女も精霊王から加護を受けているが特にアクアとの相性が良く、更に浄化能力が高くなっている。
日々高まる能力に感覚が上手く噛み合わないのだろう。
「そう言えば最近屋根に大きな蜂の巣が・・・。」
するとその瞬間、ホロとオリジンの姿が掻き消えた。
二人とも目の色を変えて屋根に上り蜂を尽く叩き落すと巣を切り取り降りて行った。
何とも酷い略奪行為である。
オリジンもホロも笑顔で巣を解体してメノウに渡している。
そして少しすると瓶入りの蜂蜜が出来上がり二人は仲良く受け取ると去って行った。
どうやら巣を作っていたのはミツバチだったようだ。
時期が悪いので少ししか取れなかったが本人たちは満足している。
「それに雨漏りも心配かも。天気予報だと雨の可能性もあるって。」
それを聞いて自衛隊組は屋根に上り状態を確認していく。
すると何カ所か瓦がズレたり割れたりしているので割れている部分はアヤネが修復し、ズレている部分は自衛隊組が直していった。
「あ、そろそろ薪を割らないと。」
するとアスカは立ち上がり裏に向かって行った。
そこには30センチほどの太さの木が横たわっている。
どうやら切り出しから行う必要がありそうだ。
しかしアスカが斧を振るえば木は一撃で断ち切られ瞬く間に薪に変わっていく。
それはどう見ても斧でたたき割るのではなく鋭利な刃物で切り裂いている様だ。
そして数分で解体が終わり壁際には新しい薪がズラリと並んでいた。
「後は・・・もうないかしら。」
「分かりました。それについては終了したので問題ないでしょう。後は料理は私達もお手伝いします。」
「え、終わったって・・・。本当に?」
「はい。」
しかし、女将さんはメノウの言葉に半信半疑と言った感じだ。
普通なら何日もかかるような作業もあったのでそう思っても不思議ではないだろう。
しかし、女将さんはすぐに納得すると「助かったわ」と声を掛けた。
何とも変わった女将さんである。
『ユウさんも人の事は言えないと思いますが?』
(・・・・・・)
そして、一仕事終えて俺達は日が沈む前にいったんお風呂に入る事にした。
女将さんの話ではこの家に魔物が入って来た事は一度もないそうだ。
一応、警戒はしているが夜にゆっくりと風呂に入れる余裕があるかは分からない。
今なら確実にゆっくり入ることが出来るのでアキト達を誘って入浴中だ。
ここは大きな岩風呂の露天があるのでのんびり疲れを取るには良い所だ。
(あなた全く働いてないじゃない!)
「ん?誰か何か言ったか?」
「いや、何も言っていないが。」
俺の言葉にアキトが首を傾げて返してくれる。
どうやら空耳の様だ。
(それにしてもやけにはっきり聞こえたな。)
そんなこと思い俺も首を捻りながらも温泉を堪能した。
そしてここの湯は美人の湯とも呼ばれているらしいので女湯では女性陣が大喜びだ。
あれ以上綺麗になってどうするのかと思うが口にはしない方が良いだろう。
俺もこんな所で地雷を踏みたくはない。
そして湯から上がり、俺はのんびりと庭の見える縁側で冬の空を見上げ時間を潰した。




