140 ダニール、家族と再会
俺達が基地に突入するとそこにはバンパイアではなく多くのグールで溢れていた。
ここは空軍基地と言う事でレベルの高い者が少なかったのだろう。
陸軍や海軍なら直接魔物と戦う機会も多いだろうが、飛行する魔物は地上でほとんど確認されていない。
ダンジョンの中には居るが限られた空間内では航空戦力が活躍する機会は殆ど無いだろう。
それに、ここにいるのは軍人だけではない。
施設を維持するためのスタッフや料理人。
運悪くやって来た配達員等の一般人。
そういった者たちがバンパイアの犠牲者となり今こうして基地の中を彷徨い続けている。
そしてグールは弱い魔物なので俺の仲間なら火の魔法で簡単に倒すことが出来た。
やはり弱点属性なのかよく燃えている。
しかしバンパイアと違い再生のないグールはすぐに魔石へと変わっていった。
「これで最後か。」
俺は魔石を回収するとこの辺り一帯をマップで確認した。
どうやら普通の魔物は居るが、グールとバンパイアは居ないようだ。
「それにしてもなんで軍事基地がバンパイアの巣窟になってるんだ。」
「恐らくだが大統領が軍上層部をバンパイアにしたのだろうな。吸血衝動が抑えられないのならそいつらが更に下の者を吸血していけば自然と軍内部にバンパイアが広がる。」
「まるで鼠だな。」
ネズミは繁殖力が高く成長も早い。
一匹が5匹を産めばさらにその5匹が更に5匹生んであっという間に数を増やしていく。
これを見るとナトメアが俺達に声を掛けた事や、あの時に見たメノウの焦りも理解できる。
こんなのが世界に広がれば確かにパンデミックと呼ぶに相応しい。
この国は国土の割に人口は少なく1億5000万人くらいだと言われている。
しかし、周囲は陸続きで国が隣接しており移動は容易い。
放置すれば何億人の犠牲者が出るか分からないだろう。
ちなみにバンパイアにはランクが存在するそうだ。
今倒したのは下級バンパイア。
知能はあるが理性が薄く、欲望のままに動く。
今回の発端になっている大統領は中級バンパイアだろうと俺達は見ている。
知能と理性は普通の人間と変わらないが吸血衝動は抑えられない。
長く生きれば上級に進化する可能性はあるがそれまでに出る犠牲を考えると誰も待たないだろう。
そして、知能と理性があってもバンパイアとしての本能で仲間を増やそうとするそうだ。
その結果、下級バンパイアが増えて被害が拡大するらしい。
ちなみにヘザーなどの生まれついてのバンパイアは上級バンパイアと言われる。
高い知能と強固な理性を持ち、バンパイアとしての衝動を抑える事が出来る。
これに関してはライラの様に進化した鑑定でなければ見る事は出来ない。
サーシャは鑑定は持っているが進化には至っていないのだろう。
俺は理由を聞いて納得すると集合場所である外に向かい歩き出した。
先程は急いでいて気付かなかったが寒さは大丈夫そうだ。
誰も寒がっていなかったので、精霊王の加護が働いているのだろう。
これなら熱い地方に行っても快適に過ごせそうだ。
そして、外に出ると既にライラたちは集合しており車も準備されていた。
今回は雪道走行も考慮してタイヤにはスパイクを履かせている。
それでも新雪になると走行が困難になるので急いで移動する必要がある。
町に入れば雪の心配もなくなると言う事で俺達は急いで移動を始めた。
そして移動しながら外を見ると周囲には白銀の世界が広がっている。
空は薄雲に覆われチラチラと雪も降っている様だ。
道は薄暗く車のライトをつけて移動しなければ危ない程だ。
温度計を見れば気温はマイナス11℃を指し、かなり寒い事が分かる。
俺達は問題ないがサーシャとダニールはかなり寒そうだ。
それに寒さは体の筋肉を委縮させ急激に体力を奪う。
例えレベルを上げたとしても人間という枠から外れる訳ではないのでこちらで対応する必要がありそうだ。
しかもサーシャはシスター服という防寒に適さない服を着ている。
俺はライラに声をかけ、何か良い魔道具は無いかと問いかけた。
「それならこれが良いわね。」
そう言って彼女は4次元ポケット、じゃなく、アイテムボックスからリストバンドを取り出した。
困った時のライラさんだがいつもながら準備が良くて助かる。
もしかすると出会った当初に日本の冬は寒いと伝えたからかもしれない。
「これはヒートバンドと言って装着者を寒さから守ってくれるのよ。日本は地方によって夏と冬で寒暖差があるから作っておいたの。反対のクールバンドもあるけど私達には要らなそうだからあの二人にあげましょ。」
俺はそれを受け取って頷くと二人の基に向かった。
ただ、こういう物を渡すならレディーファーストでサーシャからだろう。
それに、ダニールはここが自分の国なのでそれなりの装備を身に付けているがサーシャはそこを完全に無視している。
最初は凛々しく登場したので大丈夫なのかと思ったがやはり気合だけでは無理があったようだ。
「ああ~寒いわね~。これならもっとまともな服を着てくればよかった。」
(それは俺も同感だ。)
なんでそんなコスプレ衣装を着て来たのか聞きたいが機嫌が悪そうなので聞かないでおこう。
「フ、この国を甘く見るからだ。俺達は常にこの寒さと向かい合って生きて来た。自然を侮る事は絶対にしない。」
そう言って腕を組んで座っているがその体は目に見えて震えている。
口ではあんな事を言っているが寒いのに変わりはないようだ。
するとサーシャは俺の存在に気付き睨むような視線を向けて来る。
「何でアンタはそんな薄着で平気なのよ。おかしいんじゃない!」
「そうだな・・・。心頭滅却?」
「なに、ゲンジュウロウみたいなこと言ってるの。それより何を手に持ってるのよ。」
サーシャは俺が持つヒートバンドに視線を向けると問いかけて来た。
寒さで体が固まっていても注意力は失っていないようだ。
「ライラが寒さ対策を準備していたから持ってきた。これを腕に巻けば寒さが凌げるらしい。」
「らしいって何よ。あんたは付けてないの?」
「俺達は全員が自前の能力でこの寒さを回避している。だからこれを使っている者は誰も居ない。」
するとサーシャは微妙な顔でヒートバンドを見詰める。
どうやら信用していないようなので先に渡す気が完全に失せてしまった。
しかし、ダニールは信用してくれた様で俺に手を差し出してくる。
「俺はユウを信じる事にしている。それはありがたく使わせてもらおう。」
「素直は美徳だな。製作者はライラだからお礼はあちらに言っておけよ。」
俺はダニールにヒートバンドを渡すと彼はそれを腕に装着した。
そして立ち上がってからライラにお礼の言葉を贈る。
それにどうやらしっかりとした効果があり寒さが解消されたようだ。
足の震えも既に止まり体の動きも滑らかになっている。
するとその様子を見てサーシャは俺の手にある残りのヒートバンドへと手を伸ばして来た。
「それじゃあ私も使ってあげるわよ。」
「使ってあげる?」
しかし、俺はここで手を引いてリストバンドを遠ざけた。
これが助けてもらった相手に言うセリフだろうか。
それにさっきのコイツの言葉を借りるならライラは100歳越えの大先輩だ。
もちろんサーシャよりも年上なので敬うべき相手なのは間違いない。
その事を言うつもりは無いがこの行動は虫が良過ぎると言う者だ
「今のは俺の聞き間違いか?」
「あ、ありがたく使わせてもらいます。」
「ライラに礼を言っとけよ。これはプレゼントするそうだからな。」
そう言って俺はサーシャにも仕方なくヒートバンドを手渡した。
それにこれを贈ると決めたのはライラなので本当は俺がとやかく言う所ではない。
彼女はとても優しく、困っている相手を放ってはおけない性格なので何を言われて傷ついても無条件で渡していただろう。
しかし、だからこそ俺はそんなライラの優しさに付け込んで当たり前の様に受け取り感謝もしないなんて事は許しはしない。
それがこれから共に行動し命を預ける仲間ならば猶更だ。
そしてサーシャはヒートバンドを手に付けると驚きの表情を浮かべて顔を上げた。
どうやら渡されたアイテムがどれ程の物かようやく気付いたようだ。
「本当に貰っていいの?」
「ライラにお礼を言えばな。」
「ライラ、ありがとね。とても温かいわ。」
するとサーシャはライラに手を振りながら笑顔でお礼を伝えた。
どうやら性格は少し捻くれているが根は正直で素直なのかもしれない。
一部はそれが空回りしているがそこをゲンさん達に揶揄われているのだろう。
そして俺達は町に到着すると車から降りて周囲を見回した。
しかし、道に人の気配は無く、あるのは魔物の気配だけだ。
窓や扉には即席の十字架が取り付けられ、内側からはバリケードを組まれて開ける事が出来なくなっている。
するとダニールが運転席へと向かって行きアヤネに声をかけた。
「少し変わってくれるか。家の確認をしておきたい。」
「分かりました。」
先程までアヤネが運転していたが俺達にはこの町の土地勘が無い。
それにダニールの家は町の中央付近にあるそうだ。
目的地も近いので寄り道したとしても問題はない。
そして車を走らせていると町のいたるところに人影の様なモノが歩いている。
「あれは・・・人ではないな。」
そこに歩くのはバンパイアに成れなかった者達のなれの果てであるグール達だ。
彼らは路上にしゃがみ込んで何かを必死に咀嚼している。
暗いので見えにくいが人間の手足が見えるので死体を食べているのだろう。
死んでも魔石になっていないので逃げている最中に捕まった者の様だ。
しかし、ダニールはそちらには目もくれず一直線に前だけを見ている。
周囲は中心部に行くにつれ酷さを増しているので焦りもその分強くなっている様だ。
「マイヤ!アリーナ!待っててくれ。俺は帰って来たぞ!」
「それが家族の名前か?」
「ああ、妻がマイヤで娘がアリーナだ。二人は俺が仕事の合間に訓練とレベル上げをしている。きっと無事なはずだ。」
俺は密かにマップでその二人を検索して探す。
すると進行方向の家に二人の名前を発見した。
しかし・・・。
俺達は到着すると車から下り周囲を警戒する。
しかしダニールは車から降りると同時に自宅へ向かい走り出した。
その家は窓が破られ扉は開け放たれている。
この周辺の家は何処もだが恐らくは初期の被害で対応が遅れたのだろう。
特に、力仕事を担当する父親が遠い日本に行っていて脆い窓を塞げなかったのは致命的だ。
逆に町の入り口の辺りには生き残っている人がそれなりに残っている。
それでも外に出る事も入る事も出来ないように厳重に窓と扉を補強していたようだ。
そして、ダニールは勢いのままに家の中に駆け込んで行く。
するとそこにはまるで何も無かったかのように彼の妻と娘が食事をしていた。
「あら、お帰りなさい。」
「パパ、今回は早かったんだね。」
しかし、その光景は異常としか言いようがない。
室内は氷点下であるにも関わらず、二人は普段着のまま食事をしている。
しかも家の中は明かりが点いておらず、数メートル先しか見えない程に暗い。
そんな中で二人はスプーンで何かを笑顔で啜っている。
暗くて見えないが部屋にはかなりの血痕も残っていた。
二人のプラチナブロンドの髪も所々黒く染まっているので自分達で血を準備したのだろう。
その光景にダニールはその場に膝を付い涙を流した。
すると笑顔を浮かべた少女が立ち上がりダニールへと歩み寄ってくる。
「なんだか美味しそうな匂い。いただきま~す。」
そう言って娘のアリーナはダニールの首に飛び付き口を大きく開けた。
すると犬歯が長く突き出し大きな牙に形を変えると目の前にある首へと向けられる。
しかし呆然としているダニールに噛みつこうとした瞬間に俺はその襟を掴んで後ろに放り投げた。
すると、標的を失ったアリーナの口はガチンと音をたてて閉じられ周囲を不思議そうに見回している。
「あれ、パパが消えてる。それに何だかおじさんの方が美味しそう。」
俺はおじさんと言われた事に一瞬衝撃を受けるが相手は12歳くらいにしか見えない少女だ。
あちらから見れば俺など、まあ・・・おじさんだろうな。
何時の時代にも子供の無邪気な言葉は大人を傷つける・・・。
しかし、俺が心にクリティカルヒットを受けている間にアリーナの標的はダニールから俺に移ったようだ。
すると俺の後ろからダニールの叫びの様な懇願が届いた。
「頼むユウーーー!娘を殺さないでくれー!血が必要なら俺がいくらでも与える!だから頼む。アリーナと・・・マイヤ・・だけは・・・。」
しかし、その妻と言うのも娘を放置して必死に皿の血を飲んでいて娘の危機に反応する気配すらない。
俺は目の前まで来たアリーナの首を掴みそれを連れて外へと出て行った。
「おじさん離して・・・。苦しい・・・。」
良く喋るが、苦しいと言うのは相手を油断させるための嘘だろう。
外れない様に掴んではいるがバンパイアは痛みに鈍感でこの程度で苦しさを感じる事は無い。
俺はそのまま人形を片手で抱える様にアリーナを持ったままダニールの前に立った。
その周りには全員が集まり俺がどう動くかを見続けている。
「サーシャ。バンパイアになった者を元に戻す手段はあるか?」
彼女は長い歴史を持つバンパイア・ハンターの一族だ。
何か情報を持って居るかもしれない。
「我が家で行われた試みは全て失敗してるわ。一度バンパイアとして体が作り変えられると元には戻らないと言うのが結論よ。」
「ライラとヘザーは何か知っているか?」
するとライラは首を横に振り「知らない」と答えた。
ライラが知らないなら恐らく発見されていないか存在しない可能性が高い。
それに、もしあったのなら以前に話で聞いた国の人間を皆殺しにする必要はなかっただろう。
そして頼みの綱であるヘザーに視線を向ける。
「私も知らないわ・・・。」
その言葉にダニールは地面に手をついて血が出るのも厭わず凍った地面に爪を立てた。
その顔は苦渋に染まり口から血が出る程に強く噛み締められている。
「パパ、血が出てるよ。勿体ないから私に頂戴。」
そして、幼いアリーナの声だけが響く中ヘザーがある事を思い付いた。
しかしそれは俺達の考えている処置とは真逆の事だである意味では発想の転換とも言える方法だ。
「それなら逆に進化させればどうかしら?」
その瞬間、周りの視線がヘザーへと集まった。
確かに進化して上級になれば吸血衝動を抑えられる可能性がある。
通常はそんな事をする奴はいないが俺達なら可能かもしれない。
バンパイアは血から最も効率よく魔素を吸収できる。
すなわち血の質によっては一気に大量の魔素を取り込み上級まで進化するかもしれない。
それに以前にディスニア王国でサツキさんがテイムしたシャドーウルフのカゲマルとロウカはメガロドンの肉を食べて強力な魔物に進化をしている。
もしかすると魔物となってしまった二人なら同じ様な変化を起こすかもしれない。
しかし、その変化に耐えられなければ確実に死んでしまうだろう。
これは一種の賭けだがそれをダニールが受け入れるかだ。
「ダニール。分かってるな?」
俺は選択を迫らない。
ここでグダグダしている時間は元々ないと言って良い。
そのため1つの選択を突きつけ、最初から逃げ道を塞いでおく事にした。。
「・・・分かった。それで頼む・・・。」
そしてダニールの苦渋の決断を受けて二人の進化を開始する事になった。




