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139 ロシアへ向けて

俺達が空港に到着すると丁度飛行機も到着したようだ。

見た目は完全に軍用貨物機だが中は整備され快適な空間となっているらしい。

ただ、飛行機ゆえに家具は完全に固定されているそうだ。

まあ、目的地まで半日程度で到着するそうなので問題は無いだろう。

俺達は空港のロビーに到着するとスタッフに声を掛けた。


「日本政府から連絡が来ているはずだ。輸送機への案内を頼む。」


ダニールはそう言って受付を担当している女性へと封筒を差し出した。

これはアキトが事前に作成してくれたもので本物か偽物かは分からないが許可が下りているならその時点で本物になっているはずだ。


「少しお待ちください。確認をしてみます。」


そう言って女性は真剣な顔で連絡を取り確認を行ってくれる

ただ封筒を出したダニールの顔に余裕がなく犯罪者の様な表情を浮かべているので不審に思われているのは仕草を見れば分かる。

しかしすぐにスタッフの顔には笑顔が浮かび封筒を返してくれた。


「確認が取れましたのですぐに係りの者が来ます。少しお待ちください。」


そして数分ほど待っていると1人の男性が現れ俺達に声をかけて来た。


「お待たせしました。こちらにどうぞ。政府からの突然の要請でそれほど時間に余裕がありません。すぐに出発してもらいますが問題ありませんか?」


恐らくフライトの予定に無理やり割り込んだのだろう。

しかし、政府もそれだけ今回の件は緊急を要すると判断したと言う事だ。

それでもここの滑走路を使わせてもらえるのでダニールは間を置く事無く頷いて了承した。


「構いません。」

「それではすぐに案内をいたしますので付いて来てください。滑走路に出るため通常の通路とは異なります。」


そして俺達はその後に付いて行き軍隊が使っている様な貨物機の前までやって来た。

すると今度はダニールが俺達を先導し開けられている後部ハッチの方へと向かって行った。


「急いで乗り込め。それと俺はパイロットに話をして来る。絶対に怪しまれる行動は取るなよ。」

「そんな事をするはずないだろ。直通便はこれしかないんだからな。」


しかし、なんだか周りからの視線が冷たい気がするがきっと何かの気のせいだろう。

俺達は備え付けの椅子、と言うかリクライニングチェアの様な座席に座ると一応シートベルトを付けて待機する。

すると俺達が乗って3分もしない内に貨物機は加速し始め空へと飛び上がった。

そしてしばらくすると部屋の隅に点灯していたランプが消灯したのでシートベルトを外し俺は周囲を見渡した。


確かにダニールが言っていたように、これなら現地まで快適に過ごせそうだ。

冷蔵庫、レンジ、トースター、ケトル、と充実した電化製品があり、まるで細長いマンションの一室の様だ。

それに小さなキッチンもあるためその気になったら料理も出来る。

流石に半日もないので・・・と思っていたらメノウとクリスが材料を取り出している。

どうやら料理するつもりの様だが何を作るつもりなのだろうか。

しかも圧力鍋を取り出し既に切り分けている具材を投入している。

準備が良すぎる事に感心してしまうが最近は遠出する事も多かったので事前に準備していたのだろう。


そう言えば、キャンプ飯なる物も最近は材料を下拵えしてから持って行き、現地でゴミや手間を減らす工夫がされているとテレビの番組でやっていた。

もしかするとそれを参考にしているのかもしれない。

ちなみに入れている野菜は人参、玉ねぎ、キャベツに・・・赤カブ?

それにトマトにセロリか。

なら先程のは赤かぶじゃなくてビーツか。

ここまでくれば何を作っているか何となくわかって来た。

どうやらロシアの伝統料理を作っているみたいだ。


「ん?この匂いは・・・。」


するとコックピットに行っていたダニールが戻って来て匂いに気付いたようだ。

大きく鼻で息を吸い込んで匂いを確認している。


「これは・・・、ボルシチか!」


するとメノウは微笑みを浮かべてダニールに頷いた。

どうやら今日の献立は彼に気を使った物を選んだようだ。

先程から落ち着きがなかったので気を紛らわす意味も込めているのだろう。


それに到着まで長い時間とは言えないが、それがダニールの家族にどういう運命をもたらすかは分からない。

だからと言ってコイツが俺達にしようとしていた事を考えれば同情しろというのが無理な話だ。

大事な者が居るなら、自分の行動がどういった結果をもたらすかも考えるべきだろう。


そして料理が完成したので俺達は固定されたテーブルに集まりバンパイアに関する知識を共有しておくことにした。

特にダニールはバンパイアに関する知識が無いに等しい。

ライラが書いたレポートは既に日本政府から各国政府へと公開されているにも関わらずだ。

もしかするとあちら側の政府が不都合な情報として、バンパイアに関する内容を故意的に削除したのかもしれない。

ただ、俺も完璧に覚えている訳では無いのでこの機会に確認をしておく事にした。


「まずはヘザーに聞きたいんだがバンパイアに噛まれた者は全てバンパイアになるのか?」

「いいえ。レベルが低かったら変化に耐えきれずに例外なくグールになるわ。」

「ならロシアも現在は冬だから凍ったりして動けなくなるんじゃないか?」


奴等は魔物と言っても核を基にして動いているので生命活動は停止している。


そのため動いても体温が上がらないので体が冷え切れば固まって動けなくなるのではないだろうか。

そうなればかなり簡単なんだがそれをダニールが否定して来る。


「いや、ロシアでもグールの発生と活動は報告されている。素早くはないが雪の中から突然飛び出して来るので被害も出ているそうだ。」


どうやら俺の目論見はあっさりと崩れた様でしかも待ち伏せをするタイプらしい。

日本のグールは頻繁に歩き回っていると聞いたが環境が変われば行動も変わるようだ。

するとなんで活動が出来るのかという理由をライラが説明してくれた。


「魔物はその土地に合わせて対応した体で生まれるの。きっと寒さに高い耐性があるのね。その代わり反対の性質を持つ炎には弱いはずよ。」


(弱点属性は分かったが後で一応は試しておく必要はあるな。)


それに俺達は全員が探知のスキルを持っているので余程の隠密性に優れた魔物以外は大丈夫なはずだ。

それに普通のグールは見た目を除き初心者向きの魔物でもある。

ただその見た目が問題で映画に出て来るゾンビの様な外見をしているのだ。

こいつらは肉が大好きだが周りに獲物がいないと共食いを始める習性がある。

そのため最初は綺麗な姿でも時間と共に気味の悪い姿に変わっていく。

もしかするとまだ発生からあまり時間が経っていないのでかなり綺麗な状態かもしれないが、期待はしない方が良いだろう。


「そういえばゲンさんが最後の連絡の時に助っ人を送ったって言ってたな。」

「助っ人??」


ゲンさんは政治家になる前は祓い屋をしており外国風に言うと魔物ハンターだ。

その時の知り合いでバンパイアに詳しい一族の末裔が居るらしい。

まあ、日本にも魔物は昔から居たと言う事なのでバンパイアが実在していてもおかしくはない。

現にイソさんの所のハルは人魚としてちゃんと存在していた。

恐らくは向こうからこちらに来た存在が居るのだろう。

しかし常にハルの様な人間に友好的な存在が現れるとは限らない。

あちらで合流できるとの事なのでどんな相手かは会ってみれば分かるだろう。


「どうやらバンパイア・ハンターの一族らしい。あまり時間が無かったから詳しい事は聞いていないが確実に役に立つと言っていた。」


そして、俺達は食事を取り終わり現地に着く前に眠りについた。

あちらがどれ程の状況か分からないがしばらくはゆっくり眠れない可能性もある。


そして数時間の睡眠を終え、目が覚めるともうじき目的地の軍事空港に到着する所まで来ていた。

しかし俺はマップで状況を確認すると自然と溜息を吐いてしまう。


「ダニール、パイロットに空港に下りるなと伝えてくれ。」

「まさか!」

「ああ、既にバンパイアに占拠されてる。」


俺の言葉にダニールはすぐにコクピットに繋がる受話器を取ると指示を出した。

不時着前と言ってもかなりの速度があるので素早く動かなければ間に合わなくなるだろう。

それに俺の目には空港に動きがあるのが見えているが、どうやら手厚い歓迎をしてくれるようだ。

そして連絡が終わるとダニールは部屋から出てパラシュートを持って来てくれた。


「お前らは何個必要なんだ?」

「俺達は必要ない。飛べる奴も居るし乗れる奴も居る。」

「乗れる奴?」


俺達は全員で部屋を出ると乗り込む時に使った後部ハッチに向かう。

そしてここなら十分なスペースがあるのでクオーツに声を掛けた。


「それじゃあ皆を任せたぞ。」

「任せて。安全に地上に下りれば良いんでしょ。」

「ああ。下の露払いは俺がしておく。」


そして俺がハッチに歩み寄るとダニールが扉を開けてくれる。

その間にそれぞれ準備を整え、後ろに待機していく。


「それじゃあ、お先に。」


そう言って俺はハッチから飛び降り基地へと一直線に突撃して行った。

すると俺の存在に気付いた兵士が手に持つ銃を乱射してくるがこの程度は痛くも痒くもない。

そして雪を巻き上げ地上に降りると剣で相手の心臓を一突きにして倒して行く。


(やっぱり心臓が弱点か。)


確認の意味もあったがバンパイアたちは一刺しで呆気なく死に魔石になっていくのでこれなら団体で来たとしても対応できる。

そしてさらに銃を乱射してくる兵士たちに向かい炎を放った。

あえて手加減をしたが命中すると常識ではありえない程よく燃える。


(これが弱点属性の効果か。)


しかし、燃えていても再生は可能な様でなかなか倒れない。

すると遠くから一台の車が空港外周にあるフェンスを突き破って現れた。

少し前から気付いていたが乗っているのは魔物ではなく人間である。

そのため放置していたが車は俺の前に横滑りしながら急停車すると開いていた窓から一本の短剣を投げつけた。

それは見事にバンパイアの心臓を貫き止めの一撃を入れる。


「あなた!遊んでないでしっかり仕事なさい!」


そう言って車から下りて来たのは鋭い目をしたクール系の20代女性だ。

服はシスター服を着ており、首からは銀の十字架を下げている。

足には革のブーツを履き、手には皮手袋も装着している様だ。

すると中から再びバンパイアが現れ俺達に襲い掛かって来た。

しかし、彼女は再び短剣を取り出すとそれを素早く投擲する。

すると剣は角度と方向を自ら制御し敵の心臓を貫いた。

どうやら投擲スキルとアキトと同じ必中の持ち主の様だ。

そして目に見える敵が消えると彼女は再び俺に鋭い視線を向けた。


「それで、あなたがゲンジュウロウの言っていたユウで良いの?」

「あんたの名前は知らないがゲンさんから聞いたならそれで合っているな。」

「ふーん、でも聞いてたのと少し違うわね。もう少し軽い奴が来ると思ってたけど。」


何を持って軽いのか分からないが婚約者は沢山いるのでその事かもしれない。

こちらの世界は一夫一妻制が普通なので俺の特徴を悪い意味で受け取っていればそう思われてもおかしくは無いだろう。


「それで、あんたがバンパイア・ハンターで良いのか?」

「そうよ。こう見えても58歳で人生の先輩よ。少しは敬語を使えば?」


どうやらこの人も若返った人間の様だ。

ゲンさんと繋がりがあるので何となくそんな気がしていたが。


「それじゃあ、ゲンさんにあれを貰ったのか?肉とポーション。」

「そうよ。」


そう言って彼女は手紙を俺に差し出してきた。

だが日付を見ると数日前の様だが届くのが早いので普通とは違う手段を使ったのだろう。

そして手紙を開くとそこには綺麗な字でこう書いてある。


『サーシャ久しぶりだな。最近は魔物が増えて苦労しておるだろう。儂も年齢のせいか関節と腰が痛い思いをしておった。』

(あ、過去形になってる。)

『しかし、ある時ユウと言う変わった奴に会っての儂の弟子みたいなものじゃがそいつのおかげで若返る事が出来た。お前もそろそろ肌の衰えを隠し切れんようになっておるじゃろ。』

(ああ、それでこの手紙少し皴が入ってるのか。)

『じゃからお前にも同じ喜びを味わってほしく思い。これを送る。自らの歳を自覚し厚化粧の必要ない昔のお前に戻れ。それでは信じられる様に写真を入れておく。』


そして封筒を漁ればなかに破かれた写真が一枚入っていた。

その顔は凄く良い笑顔で服も髪もビシッと決めている。

そしてその横には同じく着物に身を包んだサツキさんが並んでいた。

裏を見れば『若いって良いわねー』と書いてある。


どう見ても挑発が込められている気がするが仲が悪いのだろうか?

そして読み終わって彼女を見ると今も俺を睨んでいる。

しかし、この手紙の内容でなぜ睨まれているのだろうか?

これを読めば肉やポーションが間接的にではあるが俺からもたらされと分かるはずだ。


「それで少し前に急に電話があってこの状況を聞いたのよ。我が家はバンパイア・ハンターだからこういう時は嫌でも動かないといけないの。しかもその時にアイツ言ったのよ。『婚期を逃してるからってユウに手を出すなよ。アイツには嫁が沢山いるからな』って。ムッキー、何なのよアイツー。」


・・・前言撤回。

クール系では断じて無さそうだ。

なんだか仕事は出来るけど残念臭がハンパない。

ナトメアに似てそうな雰囲気があるので深く関わるのは止めておこう。


すると俺の仲間たちも飛行機から降りて来たようだ。

見るとみんな無事なようで安心する。

しかし、俺が視線をサーシャから逸らした瞬間に彼女はその手を素早く動かした。

そこからは短剣が弧を描き俺を迂回してヘザーへと向かっている。

俺はそれを素早く掴み取るとそのままい握り潰した。


「サーシャ、俺の仲間に何をしたか分かってるのか?」

「何ってそいつバンパイアでしょ。当然殺すのよ。」


そう言ったサーシャの目には一切の躊躇がない。

しかも一目でヘザーを見抜いた事から鑑定スキルも持っている様だ。

種族は鑑定のレベルをある程度上げていれば判別できるので恐らく一目見た時に全員を確認したのだろう。

バンパイアは人と変わらない姿なので今の状況で警戒しているのは当然かもしれない。

それに今回の敵はバンパイアである事を考えれば行動を共にする者にバンパイアが紛れていれば立派な排除対象になる。

しかもサーシャはバンパイア・ハンターなので無条件でヘザーを敵認定したのだろう。

しかし、彼女はそこらのバンパイアと一緒にされては困る。


「ヘザーは俺の仲間だ。吸血衝動は自分で抑えられるから心配ない。」


するとサーシャはヘザーに一瞬視線を向けたがすぐに建物へと意識を移した。

どうやらこちらよりも優先するべき事が目の前にあるのでそちらを片付けるようだ。


「・・・それなら、今回に限って見逃してあげる。でもしっかり首輪をつけておきなさい。血を吸わないバンパイアなんていないんだから。」


まあ、その通りではあるのだが彼女の好物はメガロドンとあの大蛇の血なので問題ないだろう。

そのせいで夜が大変・・・ゴホン。

しかし、それを言っても今は泥沼になりそうだし、あちらが自分から引いてくれたので今は黙っておくことにする。

そして、俺達は数人ずつに分かれこの施設を制圧するために動き出した。

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