129 海王 ①
今日はマーメイドたちに招かれて瀬戸内海に浮かぶ無人島にヴェリルと来ていた。
「今日は何をするんだ?」
実は招かれたは良いがここで何をするのかは聞いていない。
秘密にされているというより聞きそびれたと言った方が正しいだろう。
「みんなこの海が気に入ったみたいだから定住する事にしたんだって。」
「そうか、漁師のみんなとも上手くやってるみたいだから良かったな。」
彼女は他人事の様に言っているがマーメイドの宿命として恋が実らなければ人を襲う魔物となってしまうため、ヴェリルには俺の家を除いて帰る場所はない。
その為、仲間が移動を決意すれば離れ離れになってしまう。
そうならなかったのでここは喜ぶところだろう。
しかし、俺がそう考えた時に彼女の顔に影が差した。
「うん・・・。でも皆が言ってたけど海底がかなり荒れてるんだって。だからそれをどうにかしないといけないみたい。精霊が頑張ってくれてるけど一部の魔物は海を荒らすから。」
俺は海の事はあまり知らないがマーメイドたちが言うなら間違いないのだろう。
それに、この海は開発が盛んな時期に大量の海砂を採取している為、海底がかなり荒らされたと昔にニュースで見た記憶がある。
それを今も精霊達が整えてくれているのだろうけど彼らには感謝が尽きない。
しかし、自然の回復には時間が掛かる。
それに魔物が荒らせば更に時間が掛かってしまうのだろう。
「それで私達マーメイドを守護してくれて、海の魔物を減らしてくれる霊獣様を呼ぶの。」
確かに霊獣なら普通の魔物にそう簡単には負ける事はない。
それは霊力を扱えるようになった時に実感した。
あの力を使いこなす強大な存在が守護してくれるならこの近海で確認されている魔物には対応できるだろう。
ちなみに以前倒したメガロドンはイレギュラーな存在なので対象に入れていない。
世界に数匹しかいない巨大鮫なのでもう会う事すらないだろう。
「それで、何を呼ぶんだ?」
「1つは上半身が馬で下半身がヒレになってるケルピーっていう子を沢山呼ぶのよ。この子たちは人間で言えばレベル40位の強さなんだけど浄化の能力に優れていて海の汚れを綺麗にしてくれるの。」
確かに日本近海の海には汚染されているとこらが何カ所もある。
それが基で病気になったりその原因が未だに海底に残留している。
ちなみに浄化して消えた物質はどうなるかと言うと無害な魔素に変わるそうだ。
精霊達もそうやって浄化を行い、精霊力で自然を整えているのだろう。
(しかし、確かに人間でレベル40程度なら強さとしては微妙だな。)
「でも一つはって事は他にも呼ぶんだろ。」
「ええ、もう一つ呼ぶんだけどこっちは少し大きいと言うか偉大で尊い方なの。」
そう言ってヴェリルは苦笑いを浮かべると傍にある崖から右に見える岬を指差した。
その距離は約150メートル程だろうか。
「この倍くらいかな。」
(300メートル位か。もしかして途轍もないのが来るんじゃないか。)
「その方は私達の歌が大好きなの。だからマーメイドの傍に居る事が多いんだけど世界が融合した時に逸れちゃって。それで今日はその方をここに呼び寄せるために皆で歌を歌うのよ。」
「そいつはどんな奴なんだ?」
俺は平静を装いながら更に詳しい事を聞こうと問いかけた。
少し声が上ずってしまったが仕方ないだろう。
もしかしたら先日倒した魔王よりも強いかもしれないからな。
「簡単にいえば大きな海蛇?沢山の鱗とヒレが付いてて大きな口には鋭い歯が並んでるの。」
「名前は何て言うんだ?」
「確か海王リバイアサンだったかな。普段はとても穏やかで優しい方なの。」
それって蛇じゃなくて龍なんじゃないか?
穏やかで優しいと言っているが、これは慎重に対応しないと怒らせるとどんな事になるか想像も出来ない。
「あ、そろそろみんな集まったみたいだね。」
「しっかり聞いてるから頑張れよ。」
「うん。」
するとマーメイドたちが揃うとそれぞれが声の調子を確認し始めた。
そして、次第に声が揃い始め誰かが歌い始めたのに合わせて歌い始められる。
それは何処までも届きそうな程に響き渡り、距離という壁を越えて世界へと広がって行く。
すると、日本から数千キロ離れた海上に変化が現れた。
(この声は・・・、あの子達ですね。少し見ない間に良い歌い手に成長したようです。これは傍で聞くのが楽しみですね。)
その声に導かれる様にそれは首を海面へと向ける。
すると海は泡立ち、それは次第に波へよ変わり巨大な渦潮を作り出した。
しかし、変化はそこでは止まらず、渦の中心には竜巻までも発生すると雲を突き抜け空へと登って行く。
そして竜巻が海水を巻き上げるとその中心から巨大な生物が空へと向かい飛び立った。
その姿はヴェリルの言う様に長ぼそく蛇の様だが実際はそれとはかけ離れていた。
もし、それを現す生き物がいるならば、やはりユウが言う様に龍であろうか。
しかし、その見た目から西洋の様なドラゴンではなく東洋の龍に近い。
そして、龍は竜巻と共に飛び立つと日本へと高速で向かって行った。
そしてその頃、ヴェリル達の前には既に付近を泳いでいたケルピーたちが集まり始めていた。
集まったケルピーたちは、マーメイドたちの歌に聞き惚れ、海面をゆったりした動きで漂っている。
すると彼らがそこにいるだけで、海面に漂っていたゴミは消え去り、海岸も綺麗になって行った。
俺も彼らと同じようにのんびりと波の音を聞きながらマーメイドの歌に耳を傾ける。
恐らく呪歌だと思うので先日の魔王戦で呪い耐性が無効に進化していてよかった。
そうでなければこうして彼女達の歌をゆっくり聞く事は出来なかっただろう。
そしてのんびり歌を聞いていると俺のマップに反応が現れた。
その反応は俺を遥かに凌ぐ速度で接近しており、太平洋上をこちらに向けて接近している。
「来たみたいだぞ。」
俺はマップに反応があった事をマーメイドたちに伝えた。
すると彼女たちは頷くとそのまま歌い続ける。
リバイアサンは彼女たちの歌を目印にこちらへと向かって来ているようで今の時点で止めると正確な場所が分からなくなる可能性もある。
そして待つこと1分。
遠くから巨大な何かが凄い速度で空からやって来た。
それは上空に停止するとそのまま蜷局を巻いて俺達を見下ろして来る。
その存在感は先日の魔王を圧倒的に上回り畏怖の念をさえ抱かせた。
(これが海の王。そして本物の龍か。圧倒的だな。)
その間にもマーメイドたちは歌を続けリバイアサンへと歌を捧げる。
するとあちらも目を閉じて動きを止めると彼女達の歌へと静かに耳を傾けた。
それに存在感は巨大だが敵意は感じられない。
だから俺も耐えられるがこれに敵意を向けられて無事な生物がいったい幾らいるだろうか。
今の俺なら確実に爪の一薙ぎで命を落とすだろう。
そして、マーメイドたちの歌が終わるとリバイアサンは瞼を開いた。
するとその口から女性を思わせる柔らかい声が発せられる。
「素晴らしい歌でしたね。それで、私を呼んだ目的は何ですか?」
「リバイアサン様。私達はここを住処に決めました。どうかこの海に平穏をお与えください。」
そう言ってマーメイドたちは目を瞑り祈りを捧げた。
その光景は美しく、まるで1枚の絵画の様だが少し前までなら、この瞬間を見る事も出来なかったと思うと不思議な気分だ。
するとリバイアサンはしばらく黙るとマーメイドたちに頷いた。
「良いでしょう。どうやらこの周辺は誰の縄張りにもなっていないようです。我が名においてこの海に平穏を与えましょう。」
リバイアサンがそう宣言すると体から光の波動が生まれ周囲へと広がって行く。
俺はそれを千里眼で追って行くと北はオホーツク海まで広がり南は沖縄を遥かに超える。さらに日本海を全て覆い、太平洋側は数千キロまで広がっていた。
恐らくはこの波動が広がった範囲が縄張りと言う物なのだろう。
しかし、縄張りになるとどうなるのだろうか?
すると俺が聞く前にリバイアサンが話し始めてくれた。
「これで海で起きる自然災害からこの一帯は守られるでしょう。あなた達は陸とも繋がりがある者達です。既に知り合いがいるなら知らせてあげなさい。」
自然災害がどの程度のモノを指すか分からないが日本は地震、台風、津波と災害の多い国だ。
数年以内には何か分かるかもしれない。
そんな事を考えていると俺の携帯が高らかに鳴り響いた。
(この音は自然災害警報か!?)
俺はステータスを開くとすぐさま内容を確認する。
『日本近海の太平洋上でマグニチュード8,0の地震が発生。津波の危険性があります。直ちに太平洋側の人は高台に避難してください。到達予想時刻まで時間がありません。今すぐに命を守る為の行動を取ってください。』
どうやら最悪な災害が発生したようだ。
近年テレビでもよく取り上げられており、被害予想映像も頻繁に流れていた。
この一帯は四国に守られているので被害は無さそうだが、東京や海が見える町は壊滅する恐れがある。
そして、そんな事を考えているとリバイアサンが話しかけて来た。
「そこの人間。」
「何でしょうか?」
流石に非常事態とはいえ目の前の巨大な存在を無視する訳にはいかない。
そんな事をすれば日本の前に俺がピンチになってしまう。
しかし、俺の返事にリバイアサンは穏やかな瞳と声で語り掛けて来た。
「心配する必要はありません。その目で見ていれば分かるでしょう。」
リバイアサンが俺のスキルを見抜いた事には驚いたが、言われるままに千里眼で上空から太平洋上を見下ろした。
すると地震で発生した波・・・と言うかうねりは確実に日本に向かい接近している。
しかし、その波は次第に収まり、まるで溶ける様に消えていった。
津波は陸に近づく程その恐ろしい姿を表すのだがこの状態はその逆だ
これなら引き始めていた海水もゆっくりと戻っているので陸への被害を心配しなくても良いだろう。
そして最後まで見ていると海岸に到着した時には打ち寄せる波と変わらない程に小さくなって見分けも出来ない程になっていた。
俺はすぐに携帯を手に取るとゲンさんに電話を掛ける。
「ユウか!」
「専用回線なので繋がって良かったです。津波の件でお話があります。」
「時間がないから急げよ。」
後ろがうるさいのでかなりの慌ただしさが伝わって来る。
それに今は丁度、津波の到着予想時刻だ。
各地から情報が寄せられているはずなので仕事を中断して電話に出てくれたのだろう。
その為、俺は端的に今見た事をゲンさんに伝えた。
「はい。津波は消滅しました。警報を解除しても問題ありません。」
「・・・それは先程の巨大な波動と関係があるか?」
あれだけ巨大な波動が日本中を駆け抜けたのでゲンさんが気付かない筈はないか。
それでなくても感覚の鋭い人だからな。
しかし、説明すると長くなってしまうので詳しい説明は後日でも良いだろう。
「はい、詳しい説明はまた今度。今言えるのは海での自然災害はしばらく起きないだろうと言う事です。規模はまだ分かりませんが。」
「いや、今回の津波の予想は過去のデータから20メートルは超えるだろうと言われていた。それが消えたと言う事は余程の事がない限りは大丈夫だ。」
それ程だったのか。
警報には規模までは書いていないからな。
「その存在を紹介できるかは不明ですが今は俺の目の前にいるのでお礼だけは言っておきます。」
「分かった。儂もすぐに向かうが間に合うか分からん。お礼だけは言っておいてくれ。」
とは言っても東京には既に何カ所も移動用のポイントを作っている。
恐らくは間に合うだろう。
それまでの繋ぎは俺がしておく事にする。
海王なら王としての繋がりでライラの事も知っているかもしれないからな。
そしてリバイアサンに顔を向けるとその金色の目は動く事無く俺を見詰めている。
どうやら、こちらの話が終わるのを待っていてくれたようだ。
「お待たせしてすみませんでした。この国の代表から今回の事でとても感謝している事を伝えて欲しいと言われました。」
「気にする事はありません。これも私の役目の様な物です。」
そう言ったリバイアサンは突然、光に包まれその身を縮めていく。
そして170センチほどの女性の形になると海の上にその足を付けた。
その姿は水色の髪に金の瞳。
頭からは龍の時にあったのと同じような角が左右対称に6本生えている。
体はひざ下程のゆったりとしたワンピースに包まれているが俺の攻撃ではダメージも与えられそうにない。
そして小さくなってもその存在感に変わりはなく、ゆっくりと海の上を歩きこちらへと向かって来る。
するとケルピーたちは整列して道を作りその後ろにマーメイドたちが並ぶ。
更に海から一切の波が消え、まるで湖の様に平面で鏡の様になっている。
そこを揺らすのは彼女が足を付けた時に広がる波紋だけだ。
そして、彼女が陸に上がると再び海は穏やかに動き始めた。
「それで、私に聞きたい事があるのでは?」
「分かるのですか?」
普通なら驚くところだが彼女ほどの存在ならオリジンやメノウの様に俺の心を読めてもおかしくはない。
それに俺の場合は顔から考えが読み取れるらしい。
未だにどういう理屈なのかが分からないが多くの人にそう言われ、なおかつ考えている事を言い当てられるので本当の事なのだろう。
自分の顔は見えないのでその時にどんな顔をしているのか分からないが、いつか自分でも見てみたいものだ。
そして、せっかく話を振ってくれたので聞きたい事を聞く事にした。
「俺はライラと言うドラゴニュートと共に暮らしているのですがご存知ですか?」
すると彼女はコクリと頷いた。
やはり何らかの繋がりがあると考えたのは正解だったようだ。
「やはり、貴女からライラの気配を僅かに感じましたが間違いではなかった様ですね。それで、彼女は元気にしていますか?」
「元気ですよ。毎日楽しく過ごしています。もし良ければどういう関係か聞いても良いですか?」
「私は彼女の伯母になります。現龍王は私の弟です。」
その回答に俺は驚きの顔を浮かべる。
まさか伯母だとは思わなかった。
せいぜいが顔見知り程度だと思っていたが親族ならもしかして会いたかったりするだろうか。
「ライラに会いたいですか?」
「そうですね。色々話もしたいので会いたいです。すぐに会えるのですか?」
「会えますよ。」
そう言って俺は家のある方向を指差した。
丁度到着する頃だ。
そして俺が指さした方向から一つの影が見えて来た。
俺の目には既にその影がライラである事が判別できている。
どうやら風の魔法を使い無理やり飛んで来たようだ。
彼女は近くまで来ると今度は魔法で減速して俺の前に着地した。
「ユウ、凄く強力な龍族の気配を感じたわよ。もしかしてこの方が?」
俺はライラの問いに頷いて答えた。
するとリバイアサンは笑顔を浮かべてライラに歩み寄って行く。
「私はリバイアサン。貴女の伯母に当たります。覚えていないかもしれませんが貴方が幼子の時に一度だけ会った事があるのですよ。」
その言葉にライラは一瞬驚くがすぐに表情を改めて真剣な顔に戻った。
さすが龍姫という称号を持つだけあって、今は本物の御姫様みたいに凛々しい。
「記憶はありませんがお父様から聞いたことがあります。伯母様は海を縄張りにする立派な龍だと。」
「そうですか・・・。少し前に会いに行ったのですが既にあなたは去った後でした。探してはいたのですが無事で良かったです。それで、何があったのですか?弟からは詳しい事を聞けなかったのですが。」
ライラは一瞬悩んだ様だが素直に今までの経緯を話し始めた。
父以外の家族に虐めを受けていた事やそれから旅に出て何があったかなどを簡単に話し、現在の状況は特に詳しく話している。
最初は暗い顔で話していたが最近の事になるにつれてその顔は笑顔になり、楽しそうに話を伝えた。
するとリバイアサンも楽しそうに話を聞くと何度も頷きを返す。
しかし、前半は確実にその気配に怒りと怒気が含まれていた。
その為せっかく集まっていたケルピーは周囲に散ってしまいマーメイドたちも逃げ出してしまった。
なので残っているのは俺とライラとヴェリルとリバイアサンだけだ。
ヴェリルも逃げ出したい顔をしているが俺が壁になる事でなんとか耐えている。
そして話が終わるとリバイアサンは俺に視線を向けてきた。
「アナタには可愛い姪を助けてもらったようですね。」
「俺は住む場所と愛を提供しただけです。俺の為でもあったから大した事はしていません。」
すると俺の言葉を聞いてリバイアサンはクスクスと口元に手を当てて笑い声を零した。
「面白い人間ですね。ユウと言いましたか。あなたにはお礼に私の加護を与えておきましょう。既にライラからのモノがあると思いますが貴方の中で霊力の比率があまりにも小さく感じます。私の加護があれば少しは釣り合いが取れるでしょう。」
それはとても有り難いがこんな存在からの加護では釣り合いが取れるどころか振り切れそうだ。
ただ霊力は防御と回復に有効なのでこちらとしてはとても助かる。
「ありがとうございます。ところでライラとの事は・・・。」
俺はライラの親族に会うのは初めてだ。
それに我が家で親が居るのはアリシアにアヤネにライラの3人だけ。
カーミラにも一応親はいるが子を奴隷として売る者を親とカウントする必要な無いだろう。
そしてアリシアは既に親の許可は取っているので問題はない。
アヤネも近日中には挨拶に向かおうと話していた。
しかし、ライラは家庭環境が複雑なのでどうしようか悩んでいたのだ。
そして丁度、親族が現れたので挨拶と言うよりも確認を取るには丁度いい気がする。
「先程ライラが言っていた件ですね。結婚に関して私はあなた達を祝福します。弟にも伝えておきましょう。」
するとリバイアサンは暗い笑顔で「フッフッフ」と笑った。
何もしなければいいが先ほどの様子から彼女は何かをやらかしそうだ。
そしてマップを確認するとやっともう一人の待ち人が到着したようである。




