119 ディスニア王国戦終決
俺はスピカに声を掛けてある事を試す事にした。
(スピカ、さっき言っていた事を試す。)
『了解です。相手が逃げない様に固定してください。』
スピカはなんだか嬉しそうに返事をすると指示を出して来た。
俺は片手でデーモンの細い首を掴むと動けない様に強く締め付ける。
「この、私に触れるな!この手を放せ!」
すると普通なら息が止まり呼吸もままならない筈だが意に返す事なく俺を殴り付けて来る。
それは次第に激しさを増し、爪をたて、蹴りを放ってくるが俺は揺るぎもしない。
『ホープエンジン出力全開。この者にユウさんの加護を与えます。』
「貴様、何をするつもりだ!?な!やめろ・・・ぎゃあああああーーーーー。」
(何をしたんだ?)
『加護を通してホープエンジンから天使と同質の力を流し込んでいます。悪魔は天使とは反対の性質を持ちデスペアーエンジンにより力を得ています。それは天使と同じ器官ですが天使を正回転とするならデーモンは逆回転です。これによりもしかすると天使として無事に戻る可能性があります。』
俺はそれを聞くと意識を集中した。
『加護を通じてこの者の意識と同調します』
それにより俺はまるで夢に入った時の様に意識だけが体から抜ける様な感覚を感じた。
そしてこのデーモンの中では今にも消えてしまいそうな天使の意識が闇に飲まれ消えようとしているのが見える。
そこはとても冷たくて寒く、まるで氷の平原を裸で歩いている様に肌を刺す様な痛みを感じる。
「寒い、辛い、悲しい。・・・消えたくない。」
しかし、その願いは通じる事無く次第に彼女を構成する記憶が闇へと消え始めた。
それは満開の桜が風に吹かれて散る様に一つ、また一つと記憶が抜け落ちて行く。
そこには今まで助けてきた人の笑顔や助ける事の出来なかった人の涙も含まれていた。
そして、自分が散り行くのを見て彼女は諦めたように表情を消して涙をこぼす。
「はあ~。こうなるんならあの人間とも仲良くしとけばよかった。最後があんな記憶なんて・・・。嫌だな・・・。」
記憶は古いものから順に消えていっていた。
その順番だと最後に残るのはユウを見ていた記憶である。
「何であんなに嫌ってたのかな~。あの人よりも酷い人間だっていっぱい見て来たのに。でもあの人なら私を止めてくれる気がする。そうすれば誰も傷つけなくて済む。」
「おい・・・。」
「次の私ならあの人と仲良く出来るかな。」
「おい・・・。」
「最後に美味しいご飯も食べたかったな~。」
「浸ってないで返事をしろ。」
「痛・・・。何よさっきからうるさ・・い・・・わね?」
天使は急に頭を叩かれ声の方向に振り向いた。
しかし、ここは彼女の意識の中である。
ここに自分以外が居ること自体がおかしい。
そしてそちらを見れば先ほど思い出していたユウが闇に佇んでいた。
「ちょ、なんであなたがここに居るのよ?」
「そんな事は後回しだ。時間が無いから端的に聞くがお前がさっき言っていた事は本当か?」
すると彼女は頭を少し捻り先ほどの事を思い出した。
「天使は嘘は言わないわ。」
「なら契約成立だな。コントラクト。」
ユウは確認を取った直後にスキルを使い契約という鎖で天使を縛る。
これにより絆は強化され彼女自信に直接ユウから力が流れ込んで来た。
「な、どうして人間がこの力を。・・・もしかしてあなた様は・・・。」
そして気付くと彼女の崩壊は止まり全ての辛さは取り払われていた。
周りも先ほどの闇から明るい場所へと変わり、周囲は風になびく草原へと変わっている。
さらに空からは希望という光が彼女を力強く照らしており、心地よい暖かさを与えていた。
そして、自分の中にある心臓ともいえるホープエンジンが正回転を始めている事に気付き驚愕に前を見る。
しかし、そこには既にユウはおらず、声だけが聞こえて来た。
「それじゃ外で待ってるからな。戦いが終わったら美味い飯も食うぞ。」
すると先ほど言った自分の言葉を思い出し笑顔ではにかんだ。
恐らくこれは彼女が天使に戻って初めて浮かべた笑顔だろう。
ただし、今残っている全ての記憶を探ってもここまで心が張れた笑顔を浮かべた事は無い。
そして、天使は空に浮かぶ希望という太陽を見詰めハッキリした声で言葉を返した。
「期待してるからね。」
すると、彼女の意識は自然と浮上し気が付けばユウの腕に抱きかかえられていた。
しかし、その姿は何故かデーモンの時のままだ。
その今までと違う姿に、彼女は自分の胸元に視線を落とした。
「な、なんでこんな恥ずかしい服着てるのよ!?それより体の感覚が違うんだけど何が起きてるの?」
しかし背中を見れば美しいし白い翼が生えており、それだけは胸を撫で下ろす事ができた。
だが、その下にはさらに2対の翼が生えているのを見て次の瞬間には再び驚愕に顔が変わる。
「何じゃこりゃーーー!」
そして見た目とあまりにも違う、ギャップを感じさせる言葉にユウは苦笑を浮かべ彼女を地面に下ろした。
その間にドレスは形を変え豊満な胸を覆い170センチはあった身長は160センチ位まで縮んだ
「立てるか?」
「え、ええ。でも、どうなってるのこれ。もしかしてあなたのおかげなの?」
しかし、彼女は内心で驚きながらも同じくらい嬉しい思いでいっぱいだった。
今も彼女の中にはユウから温かい希望の力が流れ込んでくるのを感じる。
先程は分からなかったがそこには彼の見えない優しさが多分に含まれていた。
それはたった一人から受ける力ゆえに純粋で、まるで肌寒い日に一緒に毛布に入っているようなとても心地よい感覚が心を満たしてくれる。
これを味わうともうユウとは離れる事が出来ないと思わせるほどの多幸感だ。
それは先程まで感じていた辛さがさらに相乗効果となり強く心を震わせた。
すると先ほど言えなかった言葉が自然と口をついて出てくる。
「助けてくれてありがとう。それと、さっきはごめんなさい。」
「まあ、そういう事もある。今はメノウと一緒に休んでいてくれ。今度はもう少し普通に話そうな。」
しかしそれでもユウの態度は変わらず、ここ2日で見て来たままだ。
その態度は以前なら優柔不断で適当に感じていたが、それが自分に向けられるとこれがユウにとっての優しさだと理解できた。
しかし彼女は少し前の自分を振り返り、その余りにも酷い態度に顔を真っ赤にして俯いてしまう。
「あ、あれはちょっと・・・。いえ、凄く私がおかしかっただけで・・・。」
「理由は知ってるから気にするな。分からない事はメノウに聞いてくれ。」
「・・・はい。」
そう言って彼女はメノウの場所へと下がって行った。
ユウの言葉に素直に返事が出来た事を内心で驚き、しかし同時に幸せを感じながら。
すると思い出したように再びユウから声を掛けられ、嬉しさに勢いよく視線が向けられた。
「お前に名前はあるのか?」
「その、あなたが・・・ユウさんが付けてくれると・・嬉しいわ。」
「ならお前の名前は翡翠だな。それと呼び捨てで良い。」
「分かったわ・・・ユウ。」
そう言ってユウは城壁から降りて行った。
その後ろ姿を見送りヒスイは頬を赤らめ、その姿が見えなくなるとメノウに視線を向けた。
「ご迷惑をおかけしました。」
そう言ってヒスイはメノウに膝を付いて謝罪した。
それを見てメノウは溜息をつくと声を掛ける。
「ユウさんと暮らすならそういう事は禁止です。それとステータスを確認してみなさい。」
するとヒスイはステータスを開くとそこにあるログを見て目を見開いた。
そこには加護を受けた事が表示されているが問題はその加護が誰からのものであるかである。
そこには確かにこう書かれていた。
『勇者の加護』
すなわちこの状況で勇者とは一人しか居ない。
そしてそれを見て顔を上げたヒスイへとメノウは告げた。
「その事はユウさんには秘密です。いいですね。」
「は、はい。でもこれであなたが傍に居る理由が分かりました。やはりあの方が。」
ヒスイは先程までは最上位天使であるメノウが、なぜユウの傍に居るのか理解できなかった。
しかし彼と繋がり、加護を受けて完全に理解した。
彼女は最初から居るべき所にちゃんと居るのだと。
「その事が分かっていれば十分です。ユウさんは平穏を望んでいます。しかし、それを邪魔する者は叩いて潰すような方なのでよく覚えておくように。それと一緒に住む者に何かしようものなら命を懸けて排除する人です。それは見ていて分かったでしょう。」
そして、ヒスイも納得して首を縦に振る。
まだあまり実感はわかないが自分もその一人に加わったのだと考えただけで嬉しさで胸が熱くなるのを感じた。
「その思いは大事にしなさい。努力すればきっと叶います。」
「もしかしてあなたも・・・?」
その言葉にヒスイは驚いた様にメノウを見詰める。
するとメノウは優しく笑うとコクリと頷いた。
「私だけではありません。一緒に住んでいる殆どの者がそう考えていて既にそういう関係になっている人も何人かいます。希望を持って頑張りなさい。」
「はい!」
そして元気な声で返事をすると立ち上がってメノウの横に並んだ。
それを見てライラとカーミラが寄って来て4人で仲良く会話が始まった。
すると最初は慣れていない様なヒスイも次第に打ち解け笑顔がこぼれ始める。
しかし、その後ろではたった数人による大虐殺が行われようとしていた。
俺は現在、怒りが頂点に来る寸前だった。
すでにライラとカーミラの事は言うに及ばず、彼らの天使に対する態度が気に食わなかった。
それはまさにメノウを侮辱されたに等しい。
そして、先ほどの言葉を聞き、同じくアキトとアスカも怒りに燃えていた。
この二人は天使であるカエデをとても大切にしているからだ。
しかも先ほどの言葉をカエデも後ろで聞いており、悲しい顔を浮かべていたのを目撃してしまった。
そのため、二人の怒りは既に雲を突き抜けている。
そしてその横には魔王で不完全燃焼であったゲンさんとサツキさんも同じである。
怒りのぶつけ所が一時消えたが、同じだけの屑を発見した二人は燻っていた怒りの炎が再燃し、同じく怒りに燃えている。
そして俺達5人は怒りが頂点に達した事を自覚すると手に持つ剣をそれぞれ掲げた。
『怒りの男神素戔嗚よ。汝の狩りし大蛇の力を我が剣に与えたまえ。八首の大蛇よ、我が敵を蹂躙せよ。裏奥義、ヤマタノオロチ!』
しかし、今回のヤマタノオロチは前回と一味違った。
俺以外はそれぞれに属性を変え技を放ち、俺はホープエンジンを全開にして技を放っている。
すると5人の技は一つになり、まるで津波の様に兵士たちを飲み込んだ。
ヤマタノオロチには別の意味があり内陸の自然災害である川の氾濫や山津波を指すとも言われている。
その言葉の様に激しい波に呑まれた兵士たちはその形を保つことが出来ずに消えていった。
そして剣を収めて津波が消えた先には、彼らが現れる前の穏やかな草原が広がっているだけだ。
そこに彼らがいたという痕跡は一切ない。
踏み荒らされた植物たちも元に戻り、数頭の馬さえも存在している。
どうやら消えたのは敵と定めた人間だけの様で植物は技に含まれていた精霊力によって元に戻ったのだろう。
その結果に放った本人たちですら驚きの表情を浮かべているが彼らは草原に背を向けると町へと歩き出した。
その様子を見て次第に城壁の上から歓声が上がる。
その言葉には新たな勇者と称える者もいるが俺としてはその称賛は勘弁してもらいたい気持ちでいっぱいだ。
すると歩きながらゲンさんからこちらに話しかけた。
「終わったな。」
「はい。これでやっと帰れますね。」
「そうじゃな。儂は戻ったら仕事が山積じゃ。しばらくはこうした遠征には参加できんじゃろう。」
そう言ってゲンさんは少し寂しそうな表情を浮かべる。
しかし、次には真剣な顔になると言葉を続けた。
「気付いておるか?」
「当然です。」
何とは言わないがそれだけで十分に理解が出来る。
互いに頷くと一瞬だけ空に目だけを動かし視線を送る。
「もしもの時はしっかりアキトと連携するのだぞ。こ奴には国内ならかなりの権限がある。人を殺す事になろうと正当な事ならこちらで処理を行う。仲間を、友を、家族を護りきれ。」
「そのつもりです。」
そう言って俺は視線を町へと動かしライラ達を見た。
年末から今日までにまた居候が増えたが家族でもある大切な者達ばかりだ。
そして、言われた事を噛みしめ決意を新たに皆の許へと戻って行った。




