109 霊力と精霊力
俺達は朝になると奴隷たちを連れて町を出発している。
そして、あるポイントに向かいマリベルに電話でゲートを開くように指示を出した。。
実は昨日の夜の内にゲートのポイントを追加で聞いておいたのだ。
ここは商品が行き交う場所で色々な物が集まる。
なのでマリベルも来た事あるかもと思い聞いてみると現在のこの地点がゲートとなっていた。
ただ、彼らはまだ奴隷なので管理はシロウさんとツバキさんに任せる事になっている。
特に今回は女性が多いためツバキさんの負担も大きいだろう。
ただ、以前エルフの国から連れて帰ったメイド達が既にある程度の常識を身に着けているそうなのでサポート面は充実しているらしい。
それに今は奴隷のままだが俺達が帰れば奴隷から解放する事になっている。
なので日本の常識を勉強しながら生活に慣れてもらう予定だ。
そしてゲートを開くと14人の奴隷達は戸惑いながらも中に入って行った。
指揮はオニキスたち騎士組に任せてあるので安心だろう。
ちなみに彼らの殺人には理由があり、貴族出身の上官が町の人を殺そうとしたため結果としてその男を斬り殺したそうだ。
その際に周りにいた護衛の王国兵とも戦ったために4人とも奴隷落ちになっている。
ただ、その上官はその貴族家の当主から見ても目に余る厄介者だったため彼らも死刑にはならなかった。
普通は一族全員が処刑されていてもおかしくないらしいので奴隷落ち程度で処分が済んで逆に運が良かったと笑いながら言っていた。
そして、俺達は彼らを見送り、ゲートが閉じるのを確認してから車に乗り込んだ。
当然、今日からの運転は断固として俺かアキトが担当する。
車に乗るのが初心者であるテニスとクオーツも居るので命がけのドライブは避けた方が良いだろう。
特にクオーツはあちらに帰ってからも車に乗る機会があるだろうから変なトラウマを負うと後が大変になる。
それとなぜここにクオーツが残っているかと言うと、単純に彼女が1人で日本に行くのを嫌がったからだ。
確かに初めての土地で周りが知らない人ばかりだと不安だろう。
そう思って彼女は俺達が帰る時に一緒に帰る事になった。
危険な旅ではあるが曲がりなりにも竜種の下位と言われる存在だ。
すなわち下位とはいえ、生まれた時からドラゴンと同等の力を持っているのだ。
俺達が戦った相手で言えばメガロドンと同じくらい強い。
あの時は地の利がこちらにあったので勝つことが出来たが、もし条件が悪ければ食われていたのは俺だったかもしれない。
彼女はまだあまりレベルが高くないそうだが問題は無いだろう。
そして、今回の運転はアキトに任せて俺はホロとクオーツに挟まれた位置取りの席に着いた。
すると向かいに座るテニスから声を掛けられる。
「さっきのは何か聞いても良いですか?」
どうやら先程から何か聞きたそうにしていると思えばゲートの事の様だ。
確か転移系の魔道具の制作技術は既に失われていて現存する少数を国が管理してるんだったな。
この国にあったのは俺達が木っ端微塵に吹き飛ばしたけど。
「あれは精霊に頼んで道を作ってもらってるんだ。簡単に言えばちょっとした近道といった所だな。」
ちょっとではないがかなり貴重な能力らしいので控えめに説明しておいた方が良いだろう。
まあ、襲われても最強の逃げ足を持っているので心配はなさそうだが。
「そうですか。もしかしたら魔道具かと思っていましたが精霊の力だったのですね。」
「奪おうとか思わないのか?」
俺は少し興味が出てカマをかけてみる事にした。
実のところ今だにこの世界の精霊がどういう立ち位置にあるのかがつかめていないからだ。
ただ分かっているのは精霊を本気で怒らせるとこの星が滅ぶということくらいだろうか。
俺にとっての例が死んだセドリアスぐらいしかいないのも問題だろう。
「どうやらアナタは精霊と共にいる割には彼らの事をあまり知らないようですね。」
「まあ、その通りだな。関りが深まったのもほんの少し前からであまり気にした事が無かったんだ。」
「そうですか。それなら順を追って説明しましょう。まず、奪おうにも精霊は実態があって無い様なものです。捕まえる事が出来ませんので手を出すだけ無駄です。」
「怒らせて手痛いしっぺ返しをくらうだけって事か。」
「はい。それにもし出来たとしてもその力を悪用しようとするとその存在ごと消されると言われています。そんなリスクを背負ってまで精霊を捕まえようとする者は居ないでしょう。居るとすれば余程の馬鹿か命知らずです。」
酷い言われようだが俺もそう思う。
恐らく存在が消されるのも本当の事だろう。
先日オリジンから似た様な事が書いてあるメールを貰ったしな。
それに俺自身、オリジンにあの危険な毒の存在を永遠に消してもらうように頼んだ。
その結果、俺以外の全員から毒に関する記憶が全て消えている。
アスカの記憶も毒を受けて足を切り離したのは変わらなかったが魔物から毒を受けた事に改竄されていた。
そして、俺は彼女の言葉に軽く頷きを返しておく。
「それと一つ聞いても良いか?」
「知っている事なら答えられます。」
「ならスリーサイズを教えてテテテテッ。痛いなホロ。」
「フン!」
「私も殴っていいですか?」
するとテニスは俺の言葉に拳を握り息を吹きかけている。
さすがデストロイの異名を持つだけあってその迫力は本物だ。
しかし、そんなに殺気を垂れ流していると横に座っているサツキさんのターゲットになるから気を付けろよ。
そして次第にサツキさんからも殺気が漏れ始めたのでテニスは「コホン!」とわざとらしく咳払いをして拳を下ろした。
あと少し遅ければ今日のお昼の運動相手はテニスで決まりだっただろう。
「後で覚えておいてください。」
「何の事か忘れたな。それで本題なんだが。」
「ふざけないで最初から本題を言ってください。ユウさんは周りから意地悪だと言われませんか?」
そう言ってテニスはジト目を向けて来るがまったく身に覚えはないな。
俺は左右を見て二人に視線を向けて確認してみる。
「俺って意地悪か?」
「ユウは優しいよ。いつも美味しいご飯くれるし。」
「私もユウは零れ日の様に暖かくて優しいと思うわ。」
「だ、そうだ。ははは、初めて言われたな。」
テンスは俺の顔を見て溜息を吐くと再び拳を作ろうとして我慢して下ろした。
どうやら、テニスも昨日の試合を見てサツキさんの危険性に気付いている様だ。
(テニスって揶揄うと楽しい奴だな。)
「それは置いといて話を進めるが霊獣に付いて知りたいんだが何か知ってるか?」
麒麟であるクオーツは霊獣である事は分かっているがそれだけしか知らない。
本人も麒麟であるのは確かだが生まれて数年で人間に捕まり知識などは殆どないそうだ。
そのためクオーツ本人も自身の事を知っておいて損は無いだろう。
もしテニスが知らないなら帰ってライラに聞くしかない。
「霊獣についてですか。ん~そうですね~・・・霊獣は幾つか種類がいてフェニックスやドラゴンが有名ですね。」
「ドラゴンも霊獣なのか?」
それは驚いたな。
なら、ライラも半分は霊獣なのか。
「ええ、霊獣としては最強の一角です。他にもフェンリル、マウンテンタートル、白老虎、ナインテールフォックスなどもいますね。そして霊獣の最大の特徴は魔素を吸って霊力に変換する効率が高いと言う事です。」
「霊力?それは魔力とは違うのか?」
「霊力は魔力とは比較にならない力があります。人もその一端を使う事が出来ますよ。それが白魔法や黒魔法です。ただ魔素を魔力に、魔力を霊力に変換しているので効率が悪く、効果もかなり下がってしまいますね。」
恐らくライラはその霊力を使って魔法を使っているんだな。
だから俺達と違って魔法が強力なのか。
恐らく物作りにも影響してそうだ。
ライラの作る結界石はアヤネとは比較にならない効果を出しているからな。
「それとこれはついでですが、精霊は魔素を精霊力に変換しています。そして常に精霊力を周囲へと発散しているんです。それに精霊力は自然ととても相性が良く、それが豊富な場所は草木の育ちが早く獣もとても穏やかであるそうです。そして当然、精霊力も霊力と同格の力なのでとても強い力を持っています。」
いや、待て待て!
急に言われても頭がパンクしそうだ。
精霊力だと。
確か、少し前にアリシアが何か話していたな。
精霊から加護を受けると力が流れ込んでくるから能力が強化されるって。
(あ~~~。あの時の話をちゃんときいとけばよかった~。)
『ユウ・・・。ユウ!』
(ハッ。ビックリした!何だスピカ。)
『私がちゃんと聞いてましたから大丈夫です。後で教えますから練習しましょう。』
(よ、よかったー。流石スピカだな。こういう時には頼りになる。)
『次回から気を付けてください。それともう一つ。』
(ん?)
『ステータスの習得済みスキル欄をもう一度最後まで確認する事をお勧めします。』
俺はスピカに言われるがままにステータスを開き確認をしてみる。
ここに来る前に確認はしたはずなんだだスピカが言うなら何か意味があるはずだ。
最上 夕 (サイジョウ ユウ) レベル57 スキルポイント 41
・・・・・・・
風の精霊王の寵愛
水の精霊王の寵愛
火の精霊王の寵愛
地の精霊王の寵愛
龍姫の寵愛
精霊の巫女の寵愛
(・・・スピカさんや?)
『何でしょうか?』
(これっていつからあったの?)
表示されている二つの寵愛を見てスピカに問いかけた。
誰からの寵愛かは読めば一目瞭然ではあるのでそこは聞く必要はない。
龍姫はライラの事だろう。
今のところまともに意思疎通できる龍と関係を持ったのは彼女だけだ。
それと精霊の巫女はアリシアの事だろう。
彼女は精霊王と精霊の頂点に立つオリジンと契約している。
彼女以外にはあり得ない。
そして、これが何時からあったかも大体想像は付く。
最近スキル関係はスピカに任せる事も多かったし、ここに来る前の確認では精霊王たちの寵愛の部分までしか見ていなかった。
まさかまだ下があったとは・・・。
すると先程の質問にスピカから端的な返答が返される。
『クリスマスからです。』
はい、分かってました。
あの時からなら納得です。
今度からは自分でもこまめにスキルは確認しておきます。
親切なスピカもベッドで愛し合っている時に声を掛けるのを控えたのだろう。
そして俺は項目をクリックしてその内容を確認する事にした。
龍姫の寵愛
龍王の姫の加護により霊力が強化される。
霊力を得られるようになった事であらゆる事で使用が可能になる。
思う所はあるが先ほどのテニスの言葉とこの文章から恐らく人間には霊力の使用に制限が付いてるんだろうな。
それが種族的な事なのかは分からないが帰ったらライラに確認してみよう。
しかし、ライラってドラゴンと人間の間に生まれたって言ってたけど父親は龍王だったんだな。
俺は内心で少しだけ驚きながら次を確認しにかかる。
精霊の巫女の寵愛
周囲の精霊から力を貸してもらえるようになる。
実は下位の精霊は滅多に姿を見せないだけで周囲に沢山いる。
ただ人の姿ではなく小さな粒の様な姿をしている事が殆どなのでなかなか見つける事が出来ない。
普段は実体も無いので物体も擦り抜けてしまう程だ。
それでも彼らの力を借りられると言う事は大きい。
ちなみにドライアドも下位の精霊なのでお願いすれば枯れ果てた畑でも数日で豊作にすることが出来るということだ。
(もしかしてゲンさん達の能力が高いのは精霊力を使いこなしているからか。)
『その推測は正しいと判断します。彼らの強さは既に人を越えています。』
(俺が弱いのは?)
『精霊力と霊力をまったく使っていないからです。』
(・・・これは早めにどうにかしないと差が開いてばかりだな。)
「急に黙ってしまって大丈夫ですか?」
俺が少しスピカと話し込んでいるとテニスが声を掛けて来た。
しかし話している相手が急に黙り込むと心配するのも当然だろう。
「大丈夫だ。少し霊力について考えていた。そういえば天使とデーモンはどうなっているんだ?」
「彼らも霊力を自由に扱えますが人の思いを力に変えているので私達とは全く違った理で力を得ている様です。詳しく聞こうにも、近年天使は減少傾向です。その姿を殆ど確認することが出来なくなっています。」
「どういう事だ?」
この世界での天使の信頼、言い換えれば信仰は厚い。
町や村では天使であるメノウの言葉を無条件で信じるほどである。
そんな世界で何故天使が減少するんだ?
「彼らは戦争の場には人々を救うために必ず現れます。ここ数年この国は周囲との戦争を断続的に行ってきました。その為多くの天使が力を使い果たしていったと聞いています。おそらく、今の世界は過去に類を見ない程にデーモンの数が多いかもしれません。」
そういえば俺もいまだに天使に直接会ったことは無い。
メノウもカエデもデーモンを打倒して天使に変わっている。
もしかするとこの世界ってやばいんじゃないか。
そんな事を思いながら横を見るとホロとクオーツは俺の肩を枕に穏やかな寝息を立てていた。
それを見て俺は悩む事を止め、いつもの様に一つの決意を再確認する。
(俺の見える範囲が平和ならそれでいいか。)
しかし、ユウの見える範囲は既にかなり広い。
日本の各所に収まらずこちらにもいくつか守りたい者が出来ている。
その為、何かあれば彼は自然と動く事になるだろう。
そして車は走り、次の町へと向かって行った。




