108 神楽坂家、元祖交渉術
俺はクオーツを連れて部屋に戻るとゲンさんとサツキさんが5人の少女の前で唸っていた。
「どうしたんですか?」
「実は5人まで絞ったのだがあと一人が決まらなくてな。誰を落とすか決めかねているのだ。」
「なら、5人でいいですよ。ホロの権利はそちらにお渡しします。俺はこのクオーツを選びましたから。」
そう言って俺は背中に隠れるクオーツを横に移動させてお披露目した。
クオーツは最初の高圧的な態度が消えて今ではとても穏やかな目とお淑やかな性格へと変わっている。
どうやらギドの言っていた通り、怒ると性格も見た目も変わるらしい。
「あの・・・。初めまして。今日からユウと一緒に暮らす事になったクオーツです。末永くよろしくお願いします。」
するとゲンさんもサツキさんも手に持つ資料をバラバラとめくり始める。
普通なら字も読めないような速度だがスキルを使って短時間で確認しているのだろう。
しかし資料を見終わった二人はギドに鋭い視線を向けた。
「「隠していた(のね)のか。」」
するとその視線にギドは額に汗を浮かべ俺の後ろに隠れる様に逃げて来る。
(こら、俺を盾にするな。)
「か、隠してなどいません。この娘はこう見えても先程まで不良物件でお客様に見せられるような者ではありませんでした。ユウさんが従えてくれたので大人しくなっているだけです。」
すると二人は納得したのか目元を緩めてギドを見るとニヤリと笑みをこぼした。
これは明らかに悪い事を思いついた時の顔だな。
「おお~よく見れば目が治っておるな。快復おめでとう。」
「そうね。誰のおかげかは抜きにしても何があったのかしらね~。」
二人はギドの目に気が付くと揃って声を掛ける。
しかし、それはあまりにあからさまなので額から流れる汗の量を増やし俺に視線を向けて来た。
しかし、そんな中でも二人の口撃は留まる事を知らない。
「お主、かなり強力な呪いを受けておったのう。それが誰のおかげで治ったか知っておるか。何を隠そうそ奴の師匠は儂らじゃからのう。」
「そうよね~。目って生きてく上では大事よね~。もう一度見えなくなってみる?」
そして最後は脅しとなりギドは諦めて指を3本立てた。
するとゲンさんはその指を後2本立たせて5人にする。
しかし、まだここで彼らの動きは止まらない。
二人はあの鬼の値切りを笑顔で行ったアスカの祖父と祖母である。
ここで終わる訳が無い。
そして、当然の様にサツキさんはもう片方の手を取るとその指を一本、また一本と立たせていく。
そして3本目になろうとした所でギドは抵抗を見せる。
しかしサツキさんは笑顔でギドの手首に力を込めて自由を奪うと残りの3本を全て立たせた。
ハッキリ言ってこれはアスカよりも酷い行いだ。
彼らの求める知識奴隷は教養も身に着けているので金貨50枚は下らない。
家柄、血筋なども考慮すれば簡単に100枚は超える価値があると資料には書いてあった。
それをあと10人寄越せというのは彼にとってはかなりの損害だ。
すると後ろで見ていたアスカが声を掛けた。
「お爺ちゃんもお婆ちゃんも恥ずかしいから程々にしてあげて。」
(それをお前が言うのか。二人の遺伝子は確実にお前にも受け継がれているぞ。)
しかし、アスカの言葉を聞きサツキさんも考え直して指を1本減らした。
(それでも1本だけなんですね。がめついのか逞しいのか分からない一族だ。)
そして、ギドも諦めた様で先ほど俺が見せてもらったリストを二人に渡した。
二人はそれを手に残り4人の選定に入る。
10人は先程ここに来ていた少女たちで確定しているからだ。
ギドの目は確かで全員が二人のお眼鏡に叶っている。
「ギドよ。犯罪奴隷からも選んで良いのだな。」
「構いませんよ。そちらの方が安いのでこちらとしては心から助かります。」
アギトは本音を漏らしながら了承を告げる。
その顔は先程と違い疲れ切った顔に逆戻りしていた。
せっかく元気になったのに可哀そうな事をしたな。
俺は彼を少し部屋の隅に運びお肉を一袋渡しておいた。
「メガロドンの肉だ。疲れた時にでも食ってみろ。きっと元気になる。」
「あ!ありがとうございます!」
そして、俺は後ろに付いて来ていたクオーツに蛇肉を見せる。
きっと彼女ならこれに付いて詳しく調べる事が出来るだろう。
彼女の種族であるキリンは呪いに関するスペシャリストらしいからな。
「これって普通に食っても大丈夫だと思うか?」
それにここに来るまでに彼女からは解呪や浄化の能力が飛躍的に向上したと教えてもらった。
先程の呪いは蛇の呪いを上回るものだったので何かあってもクオーツなら解呪、浄化できるはずだ。
「う~ん?なんか呪われてそうね。少し待ってて。」
そう言うと彼女の額に一本の角が生える。
恐らくは人の姿だと邪魔になるので普段は隠しているのだろう。
クオーツはそこに魔力を込めると蛇肉をコツンと叩く。
すると蛇肉から黒い靄が立ち上がり、一瞬輝くと靄も光も消えていった。
「これで大丈夫よ。少し力を注ぎすぎちゃったから浄化の効果が付いちゃったけど。」
それを見てギドは首を傾げて俺に聞いて来る。
どうやら見てはいたが会話までは聞こえなかったようだ。
「この肉は何ですか?見たところ魔物なのは分かりますが?」
「ここから東に少し行った所にある山の主の蛇肉だ。偶然に遭遇して討伐した。俺は食べたことは無いがホロが言うにはメガロドンの次に美味いらしい。」
「あ、あのSランク冒険者のパーティでも勝てなかった魔物を・・・。」
どうやらあの蛇はかなり厄介なのは分かっていたがSランク冒険者でも勝てなかったのか。
まあ、俺はともかくゲンさんとサツキさんはSランクは超えていそうだな。
しかし、やっぱり呪われてたか。
でも強力な呪いが解呪できるならこれからの日本にはクオーツの仕事がいくらでもありそうだ。
サツキさんも呪われた小太刀を持っているけど、ファンタジー要素を取り込んだ事でそう言ったアイテムが強化されていると以前に話していた。
日本はそういった物も数多くあるからいくらでも仕事がありそうだ。
そして俺は蛇肉を10キロ程ギドに渡しておく。
これで少しは赤字が補填できるだろう。
そしてこの後に、この蛇肉がオークションに出されことになる。
その効果は性力増強、浄化、解毒、身体回復と鑑定された。
そのため他国の王族が挙って落札を競い金貨1000枚を超えたのはもう少し先の話である。
しかし、それを出品したギドは入手経路を言うことは無く、いつしか商館の従業員達と共に町から消えていった。
その行方は知られていないが、ある西の国でその姿を見たとか見ないとか。
その国では隷属スキルが問題となっていたがある男と美女が国に協力する事で解決したという。
そしてギドは貰った肉を仕舞うとホクホク顔で振り返った。
今もゲンさん達が人選を続けているが損害解消の目途が立ったからだろう。
クオーツも早速役に立てたので同じようにホクホク顔だ。
「決まりましたか?」
俺は二人に声を掛けると笑顔で頷き、ギドに4枚の紙を渡した。
「こ奴らを頼む。」
それを見てギドは目を剥いて資料から顔を上げ二人の顔を見る。
恐らくかなり癖のある者を選んだのだろう。
もしかしたら先ほどの蛇肉を見せていなければ止めていたかもしれない。
「分かりました。場所は何処が良いですか?」
(場所?ここじゃダメなのか?)
「外にしましょう。彼女達も連れて来て頂戴。」
「彼女達もですか。大丈夫でしょうか?」
「大丈夫よ。」
そして俺達はこの館の裏庭へと向かって行った。
ここは表からは見えないがかなり広い庭になっており訓練場としても使用しているようだ。
当然、戦闘用の奴隷も居るので鍛錬は欠かせないと言う事だろう。
そして少し待っていると商館から2人の男と2人の女性。
それと最初に部屋へ案内された10人の少女がやって来た。
少女たちは少し怯えた顔を浮かべながらやって来るが残りの4人は表情を変える事無く歩み寄って来る。
余程の自信があるのだろうか?
すると男の一人が声を掛けて来る。
「我らを買いたいとはお前達か?」
それに応えるのはゲンさんとサツキさんだがその顔には挑発的な笑みを浮かべている。
しかし、いつもはもっと穏やかな感じで接するのに珍しいな。
「そうじゃが不服かの?」
「我らが仕えるのは真の強者のみ我らを従えたいのならその実力を見せてみろ。」
すると4人から威圧が放たれ俺達に襲い掛かる。
その影響で横にいた少女たちは顔を恐怖で染めてその場で腰を抜かし股間を汚してしまう。
それを見てサツキさんは一瞬で少女たちの前に移動するといつもの様に殺気交じりの威圧を放った。
すると少女たちに掛かる威圧が消え去り、震えながらサツキさんに羨望の眼差しを向ける。
(ああ、刷り込みがしたかったんですね。これなら余程の跳ねっ返りでもなければ大人しくなるだろうな。)
そしてその威圧に当てられ2人の女性も腰を抜かしてまるで化け物を見た様な顔でサツキさんを見詰めている。
どうやらあちらの二人は早々に格付けが済んだ様だ。
あちらも余程の事が無い限りはもう逆らえないだろう。
しかし、残りの男二人は威圧に耐えきっているようだ。
あれだけでもかなりの胆力があるな。
「あなた達とは剣で語りましょう。こちらに来なさい。」
そう言ってサツキさんは庭の中央にある訓練場を指差した。
そこは円形に土が剥き出しになっており、まるで闘技場の様になっている。
そしてその中央にはゲンさんが既に木刀を構えて待ち構えていた。
(珍しいな。サツキさんが相手をしないのか。)
そう考えていると先ほどから黙っていた男が前に出て木刀を構えた。
その構えは冒険者などと違いまるで騎士の様に訓練されたものだ。
それを見ていると横からギドが先ほど渡された資料を見せてくれた。
そこには彼らがなぜ奴隷になったのかが書かれている。
それによると罪は殺人で殺した相手は上官で貴族となっている。
前職は騎士と書いてあるのでそこから連想すると何か理由がありそうだ。
そして、ゲンさんの前に出た男は木刀を構えて名乗りを上げた。
「私はワズカルトと言う。もし宜しいのであれば貴殿の名を聞いておきたい。」
「ゲンジュウロウだ。」
そして二人はじりじりと摺足で間合いを詰めて行く。
互いの目には一切の油断は無くまるで真剣で向き合っているようだ。
そして互いの距離が5メートルを切った時、二人の姿が一瞬消えた。
すると土埃を上げた後に互いに剣を振り切った状態で現れ動きを止める。
恐らくは互いに縮地を使い一気に距離を詰めたのだろう。
そしてゲンさんの服の袖には先ほどまで無かった斬られた跡がある。
しかし、ワズカルトにはそれが見当たらない。
そう思っていたらワズカルトは突然血を吐いてその場に倒れた。
どうやら切るのではなく打撃による攻撃を放っていたようだ。
しかし、吐いた量からして肺か胃が完全に潰れているのではないだろうか。
俺は仕方なく駆け寄ると彼の傷を魔法で癒しに掛かる。
この程度なら秘薬を使わずに魔法で十分だろう。
「珍しく斬らなかったんですね。」
「スキルを使うと殺してしまうと思ったからな。剣技だけなら中々に見どころがある。」
どうやら、あえて一部のスキルを使わない事で攻撃力を故意に下げた様だ。
それでもゲンさんに一撃を当てるとは凄いと感心させられる。
そして、治療が終わるとワズカルトは立ち上がりゲンさんの前で膝を付いた。
「あなたに従おう。我が剣はあなたと共に。」
「うむ、じゃがお主にはまだまだ伸びしろがある。国に帰ったら修行を付けてやろう。」
「喜んでお受けします。」
「今後も精進する様に。」
「はい!」
そしてゲンさんはワズカルトの肩を叩くと立ち上がりその場を離れて行った。
ワズカルトはゲンさんの一歩後ろを付き従うように歩き、その目は真直ぐに前を向いている。
先程までは沈んだ様なイメージを受けたがそれも消えているので納得しているのだろう。
そして今度はとてもとても軽い足取りでサツキさんが訓練場に向かって行った。
すると残るもう一人の男が木刀を持って同じく訓練場に向かって行く。
そして先ほどと同じように男も名乗りを上げた。
「私はオニキス.貴女のお名前をお聞きしたい。」
「私はサツキよ。」
そして、二人は不敵な笑みを浮かべると互いに歩いて間合いを詰めて行った。
互いに構えも取ってはいないが剣先が微妙に動いている。
どうやら、体の僅かな動きや剣先の移動などからフェイントをかけているようだ。
よく見れば真直ぐ歩いているように見えて僅かに左右にも方向を変えながら歩いている。
ただ歩いているだけに見えるが既に勝負は始まっているようだ。
そして、最初に大きく動いたのはオニキスだ。
彼は剣を上段に構え足を止めた。
それに対しサツキさんはそのまま相手の間合いへと入って行く。
するとオニキスの筋肉が膨張し最大の一撃が降り降ろされて来る。
そして木刀は最後まで振り切られ地面を切り裂いて剣風が土埃を巻き上げた。
しかし、その横にはサツキさんが何も無かったかの様に涼しい顔で未だに構えも取らずに立っている。
するとオニキスは腕に力を籠めると木刀を引き抜き下段から切り上げを放つ。
しかし、その一撃もサツキさんにダメージを与える事は出来なかった。
見た感じは当たっている様に見えるがあれは相手の認識をずらす朧月だ。
あれは縮地と気配遮断に特殊な歩法で残像を残す技だったか。
スキルの効果で技は使えるが理屈は全く理解できない。
(俺もまだまだ修行が必要だな。)
そして、俺には看破が進化した探知のスキルがあるのでサツキさんの実態が目に見える。
彼女は完全にオニキスの剣を見切り単純なステップで剣を躱していた。
分かる者には違和感程度の光景だが、これが見えない物には理解しがたい光景だろう。
彼女は搦手が得意なので力押しでは絶対にダメージを与えられない。
それは俺やアキトで既に立証済みだ。
それにどうやらオニキスは、剣の型を徹底的に鍛えたパワーファイターのようだ。
すなわちサツキさんとはトコトン相性が悪い戦士だと言う事でもある。
(あ、そろそろ決着が着きそうだな。)
先程まで笑顔だったサツキさんの顔が何か遊びに飽きた顔になっている。
実力を見るには十分と言う事だろう。
そしてとうとう彼女も木刀を大きく構えた。
「秘技、金剛体剛」
サツキさんは技を発動するとオニキスの木刀を素手で受け止める荒業を披露する。
それを見てオニキスは驚愕するがサツキさんは更に魔刃で強化された木刀をそのまま握り潰した。
あれは体の血流を操作して体を強化するだけの技のはずだ。
恐らく他にもスキルを同時発動して技を強化しているのだろう。
あの人の強味は今までの技にスキルを上乗せして精密な操作を行う事だからな。
今の状態のサツキさんなら強化されてない鉄の剣程度なら弾き返すだろう。
「アナタは型に囚われ過ぎです。」
「ク!」
そう言って彼女は腰のあたりで拳を作ると小さく一歩を踏み出し回転を加えて放った。
すると拳と同時に魔力も螺旋を描きオニキスの体に接触する同に回転しながら吹き飛ばした。
「螺旋撃とでも名付けますか。もう少し魔力を収束させればヒットした所に風穴を開けられそうですね。」
(嫌々!まだ貰ってもいない奴隷で新技のテストをしないでください。死んだらどうするんですか!?てか、上手くいってたら死んでましたよ!)
すると商館の壁まで30メートル以上吹き飛ばされたオニキスだが運よく技が未完成であったので生きてこちらに帰って来る。
しかし、それでも殴られた所からは血が溢れ出し、口からも吐血していた。
あれで平然と歩いて戻ってくるのだから彼の撃たれ強さも大概だな。
それに意識はしっかりしている様で自ら回復魔法を掛けて傷を癒しているようだ。
その為、戻ってくる頃には吐血は止まり、溢れていた血も少しになっていた。
「俺の負けだな。あんたらに従おう。」
「アナタには基礎からみっちりと教えなければいけませんね。流派は違いますがそれを言い訳にしない様に命がけで励みなさい。」
「はい。」
すると彼も膝を付きワズカルトと同じ様に頭を下げた。
しかしサツキさんは不完全燃焼を感じたのか残りの女性二人に対して獲物を狙うライオンの様な目を向ける。
しかし、目の前で行われた模擬戦を見て、既に負けを認めた彼女たちに戦う勇気があるはずがない。
その為、彼女は仕方ないと溜息を付いた。
(どうやら平和に終わりそうだな。)
「ユウ君、アキト、修行をしますよ。兄弟子の力を見せてあげなさい。」
やはり平和には終わらないようだ。
中途半端に火の着いたサツキさんが一番危険だというのに・・・。
その後俺達は再び訓練と称した実戦を生き抜きどうにか深夜前には眠りに付くことが出来た。




