107 麒麟
私は霊獣と呼ばれる種族。
その中でもキリンは硬い鱗と強い膂力を有し、空を駆けることが出来る。
だが顔はドラゴンの様でも私達にブレスを吐く能力はない。
その代わり相手に強い呪いを与える事が出来る。
日頃は温厚で湖や深い森の中に生活しているけど私は好奇心から仲間たちから離れ人の町に入った。
そこに何が待ち構えているかも知らずに。
私は人の町に来て相手を疑う事を知らなかった。
言葉を信じ、相手を信じた。
そして私は騙され気が付けば檻に入れられていた。
その後何人もの人間が私の下を訪れた。
「どうですか旦那。この美しい白い髪。この強気な目。従えたくはありませんか。」
「ははは、そうだな。しかし、奴隷紋で大丈夫かね。」
「大丈夫ですよ。所詮は雌の麒麟。旦那の上でいい様に踊ってくれますよ。」
そんな言葉が聞こえ、私は牙を剥くが男たちは怯える事無く私を連れ帰った。
そして衣を剥し無理やり寝床へと連れて行く。
しかし、テイムと違い奴隷紋程度の拘束力では私を従わせる事は出来ない。
人間に耐えられない痛や強制力でも竜種に匹敵する私達には耐えられる。
しかし、それでも屈強な者が何人も集まれば押さえつけるのは可能だ。
それでも暴れる私はいつも必ず奴隷商へと再び売られていった。
この体は竜の硬度に匹敵する。
生半可なものでは傷付かず、また傷つければ呪いを受ける。
そして次第に私は奴隷商の間だけで押し付けられるように売られていった。
その後、その町に辿り着いたのは人間に捕らえられて何年も経ってからだ。
私は最初に会った時にその男を殴り呪いを掛けてやった。
それなのにその男はいつまで経っても私を手放そうとしない。
地下深くに閉じ込め時々会いに来るだけだ。
そしてそんな事が数年も続き変な男を連れて来た。
私は即座にいつもの様に脅しをかける。
「今度はこいつを蹴り殺せばいいの?」
こう言っておけば大抵の男は引き下がらなくても警戒をする。
それなのに目の前の男は気にした様子もなく何だか変な顔を向けて来る。
あれはなんだか今までの奴とは違う気がする。
でも何か失礼な事を考えてるのが伝わって来る。
「何だか失礼な事を思われている気がするのだけど。」
しかし、私の声は完全に無視され、この男は横の商人と会話を始めた。
失礼な男。
私がせっかく話しかけてるっていうのに。
「それなら交渉だな。少し話をしてみる。」
やっと話をする気になったのね。
でももう遅いわ。
あなたは私の機嫌を損ねたのだから。
「貴様もこの体が目当てなのね。今までの者達は私を見て鼻の下を伸ばしていたもの。でも私には霊獣としての誇りがある。死んでもこの身を好きにさせるつもりはない。」
言ってやったわ。
私は自由が欲しいの。
男なんかに私の体を好きにさせないわ。
すると男は私を真直ぐ見て話しかけて来た。
無駄だって言ってるでしょ。
しつこいわね。
「まずは言っておくが俺もお前の体が目当てだな。」
な、何を破廉恥な事を言ってるの!
そんな事をわざわざ言わなくても分かってるわよ!
「ほら見ろ。私は跨られるのは嫌いではないが跨るのは嫌いなの。だから諦めて帰れ!」
もう嫌、こいつと話したくない!
男なんてみんな一緒よ!
「いや、だから俺はお前を移動手段の一つとして引き取りたいんだ。跨るのも俺じゃなくて女性ばかりだ。それでもダメか?」
へ?何言ってるのコイツ?
正気なの?
あ、あれ・・・考えがまとまらない。
そんな私に彼は真剣な瞳で更に話しかけてきた。
それを聞いているとなんだかこの話を受けても良いかもって気になって来る。
「俺のテイムは進化してコントラクトと言う契約スキルに変化している。それなら互いに納得いく条件でお前を引き取れる。だからどうだ。俺に付いて来ないか?ここよりは快適な暮らしを約束するぞ。」
でも私には今まで積み重ねて来た怒りがある。
おいそれと目の前の男を許す訳にはいかないわ。
「アイツを殺すのは無しなの?」
「無しだ。」
「う~~~~!」
でも私の提案はあっさり却下されてしまった。
その言い方から絶対に許してくれそうにない。
そして悩んでるとまた私を放置して商人と話し始めた。
今は私と話してるのよ!
こっちを見なさいよ!
でもなんだか料理を作り始めたわね。
そういえば食べ物なんてもう何年も食べてない・・・。
いえ、あれは餌付けよ。
騙されないわ!
でも・・・良いにお~い。
・・・ダメよ!
昔これで騙されたでしょ。
思い出すのよあの時の屈辱を。
『チラッ。』
そして葛藤してると彼が商人に何かをしようとしてるわ。
もしかして呪いを解くつもりなの?
ちょっと何よその目。
良いじゃない。
今の私にはそれ位しか出来ないのよ。
でも私の目はすぐに彼の持つ肉に吸い寄せられていく。
・・・食べたい。
すると突然彼が話しかけてきた。
あ、あと少しで肉に口が届くのに・・・。
「そろそろ決まったか?」
そうね。
どうしてもって言うなら良いわよね。
でもこれはお肉に釣られたんじゃないんだからね!
「う、うん。付いて行ってやっても良いわよ。でも、その男の呪いは私でも解けないからね。」
そして彼は何か凄い事をして人の身であの呪いを消しちゃったわ。
この人って本当に人間?
そしてなぜか扉が開くと新しい生き物が姿を見せたの。
これは森で時々見てたウルフとは違うわね。
でも彼はそれに笑顔で歩み寄ると手に持つ肉を簡単に与えてしまったわ。
「ああ・・・私のお肉・・・。」
あれ、目から涙が。
私泣いてるの?
そういえば泣いたのって初めてな気がする。
するとその生き物は私の前まで来ると頬を舐めて涙を拭ってくれたわ。
それだけじゃなく咥えていた肉を串から器用に外すとそれを私の口に一つ入れてくれたの。
「何この子。もしかして天使の化身?」
「いや、家に天使は別にいるから。そいつはホロと言って俺の家族だ。もし家に来るならお前はホロよりも下だからな。そこはしっかり理解しろよ。」
「え、私この子より下なの?」
「ワン!」
私がそう言うと口に近づいてた肉が遠ざかって行った。
ああ~早く次を頂戴!
「待ってお肉。・・・わ分かったわ!あなたが私の上ね。認めるからそのお肉を食べさせて!」
すると私の言葉に商人が何だか腹立つ顔を向けて来るけどあなたも食べたなら分かるでしょ。
この肉にはそれだけの価値があるのよ。
それにこの方に付いて行けばまた食べられるかもしれないわ。
そして私が認めるとまた一切れ私の口に肉が投げ込まれたの。
「至福~~~。」
そして結局、契約はあの方の言われる通りに結ぶことになった。
1つ、みんな仲良くする事。
1つ、先住者は自分よりも上の立場である。
1つ、移動する時は協力する事。
1つ、契約者であるユウを乗せるかは本人の意思に委ねられる。
1つ、狙われない限り反撃しない事。
あれ、こんな事で良いの?
これってほぼ自由と変わらないんじゃない。
それに狙われたら先制攻撃して良いんでしょ。
普通は攻撃されるまで待てじゃないの?
そして、この内容で本当に契約が完了してしまった。
その瞬間から私とこの方の間に繋がりが出来たのを感じる。
何この多幸感。
これが従うって事なの・・・。
「俺の名前はユウだ。気楽にユウって呼んでくれ。敬称は禁止だからそのつもりで。」
「分かったわ。ユ、ユウ。」
「顔が赤いがどうしたんだ?」
か、顔に出てる?
でもユウの顔を見てたら勝手に・・・。
「何でもない。初めて契約したから胸がドキドキするだけよ。それよりも上に行きましょ。久しぶりに美味しい空気が吸いたいわ。」
そして私はドサクサに紛れてユウの手を取って歩き出したの。
暖かい手。
暖かさを感じたのも何年ぶりかしら。
きっと私はこの人に会うために苦しみの海を乗り越えたのね。
今なら多くの怒りが過去の事として流すことが出来るわ。
そして階段を上がると何だか騒がしい声が聞こえて来る。
顔を出すとそこには以前に私の前に現れた男が声を上げていたの。
そして目が合うと急に駆け寄って来て腕を掴んで来たわ。
「探したぞ。お前をもう一度手に入れるためにここまで来たのだ。さあ、私と来い!」
いや!私はユウと行と決めたの。
そう考えてるとユウが相手の手を払い私の肩を抱き寄せて胸に抱きしめてくれたわ。
あ・・・なんだか凄く安心する。
まるで湖の傍でお日様に当たってるみたい。
「貴様、何をする。私をこの国の王族と知っているのか。陛下に報告すれば貴様の命などゴミクズの様に消す事が出来るんだぞ。」
ダメ、それだけはダメ。
ユウは命に代えても私が守るの。
でもそんな事を考えた直後に頭に優しく手が乗せられた。
きっと私の考えがユウに伝わってしまったのね。
「守ってやるから安心しろ。少しホロの所まで下がっていてくれ。」
「・・・はい。」
私は耳まで真っ赤になっているのを感じながら頷いてホロ所まで下がった。
するとホロは人の姿になって私を笑顔で抱きしめてくれたわ。
きっと同じ契約者を持つ者としてホロにも私の気持ちが伝わったのね。
だってホロがユウを大好きである気持ちも伝わって来るもの。
その思いの大きさは私を軽く凌駕していたわ。
でも不快な感じじゃなくてとても心地良いの。
きっと同じ思いだからかしらね。
そしてユウに目を向けると既に決着が付いていたわ。
男は護衛の者達と一緒に血まみれで床に倒れて動かなくなってる。
きっと殺したのね。
生命の反応が消えてるもの。
彼はきっと守りたいモノを守るのに躊躇しない人なんだわ。
そんな所に迎えられて私はとても幸せ。
だって、護ってもらうなんて初めてだもの。
仲間たちと居ても自然界では誰も守ってなんてくれない。
人に囚われてからはもっとそう。
するとユウは私達の所に戻って来て先ほどと同じ笑顔で頭を撫でてくれたわ。
「それじゃあ行こうか。お前も今日から家の家族だからな。そういえば名前はあるのか?」
「ないわ。だからあなたに着けて欲しいの。」
「お前の体は何色なんだ?」
「鬣は白で体は黒よ。」
するとユウは少し悩むと私に名前をくれたわ。
「それじゃあ、その白い髪と俺の誕生石からちなんでクオーツでいいか?」
「どんな意味があるの?」
「浄化や清純だったかな。」
「何だか私とあまり合わない気が・・・」
「ならダイヤにするか。確か永遠の愛とか純愛だったと思うが。」
「ク、クオーツでいいわ。そんな名前にしなくても私の愛は永遠よ。」
「ははは、期待してるからな。」
「期待してるの!それマジで!?」
こんな感じで名付けも終わって私の中で彼との繋がりが強化されたわ。
それだけでも嬉しさで胸が一杯なのにきっと名前の影響ね。
今まで呪いと浄化のバランスが悪かった私の能力が綺麗に釣り合いが取れたの。
これで自分で掛けた呪いもちゃんと解くことが出来るわ。
でも、ユウと一緒にいる限り、もしかすると呪いを掛ける機会はもう無いかもしれない。
彼もきっとそれを望んでいる気がするから。




