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106 テニスの正体

俺達は一旦合流しテニスの実家である食堂に集合している。

そして俺達の前には昼よりも大きなステーキがデカデカと並べられていた。


どうやら材料の大半は店長がアイテムボックスに入れていたらしく食材は無事だったそうだ。

だが店の壁や天井はかなり焦げているのでここで店を続けるには修理が必要だろう。

そのためテニスが言うには、やはり王都に向かう必要があるそうだ。

そしてこのステーキは店長が助けてくれたお礼に俺達に振舞ってくれている。

ちゃっかりテニスも食べているがここは彼女の家なので問題ないのだろう。

そうしていると新たな者達が店に入って来た。


「アンタも人が悪いぜ。あんな薬くれたならちゃんと言ってくれよ。」


そこには先ほど助けたダリスとハンナ。

それとこの店のスタッフである3人の少女も店の入り口からこちらを見ていた。


「無事に回復してよかったな。みんなも無事そうで何よりだ。」


そう言って彼女達を見れば俺の少し大きめの服を何とか着て顔を赤らめている。

それに今は立ち直っている様なので客商売も続けられるだろう。

ああいう体験をすると精神的に不安定になり男性恐怖症をこじらせたりする人も居るらしいからな。


(それにさっきは緊急事態だったからな。きっと裸を見られて恥ずかしかったんだろう。)


彼女達はチラチラとこちらを見ているが俺は気にする事無く食事を再開する。

それでも目に付く所に立たれているのも気になるので彼らに声を掛けた。


「奢るから食べれそうなら好きなモノを頼むと良い。メニューは君たちの方がよく知ってるだろう。」

「やったー!実はお腹が空いてたの。」

「店長~オーダー入れま~す。」


すると彼女らは奥へと入り店長と話をしている様だ。

きっと何が出来るか聞いているのだろう。

そしてダリスはテーブルを抱え俺の後ろに置くと無事な椅子を並べ始めた。

そして5つの椅子を並べた時、俺はダリスに声を掛ける。


「あと2つ準備しておいてくれ。」


俺は更に厨房に向かいアイテムボックスからメガロドンの肉を取り出した。


「これで軽い物を作ってくれないか?」

「分かった。麦粥でもいいか?」

「それでいい。もう少しで客が二人来るからそいつ等に出してくれ。」

「分かったが何の肉なんだ?」

「メガロドンだ」

「ちょ、そりゃ伝説級の食材だぞ。」

「残ったら食っても良いから頼んだ。」


俺はそう言って厨房から外に出ると丁度そこには二人の客が姿を現した所だった。

そして俺の顔を見ると緊張した様に深く頭を下げて来る。


「あの、先ほどはありがとうございます。おかげでお母さんの病気も治りました。」

「娘に聞きました。貴重な薬を分けていただいたそうで。この御恩は一生忘れません。」


どうやら薬の効果があった様で病気は完治したようだ。

しかし、二人は心労と病み上がりという状況でかなり疲れ切っている。

俺は声を掛けると2人を横のテーブルの椅子に座らせた。


「二人の為に麦粥を用意してもらった。これからの生活の為に食べて行くと良い。」

「あ、ありがとうございます。」

「わざわざありがとうね。それ位なら少しは食べられそうよ。」


二人は朗らかな笑顔で向かい合い俺に再び頭を下げる。

そして麦粥が運ばれて来るとそのテーブルの視線は全て麦粥に注がれた。


「何だか凄い食欲が湧いてくるんだが・・・。」

「私もよ。店長、これ何が入ってるの?」


しかし、店長は何も言わず急いで奥へと引き返して行った。

恐らくは残ったメガロドンの肉を実食するのだろう。

俺が魔法で回復させたとは言っても店長にも精の付く食べ物が必要だ。

きっと次に出てくる頃には顔色も良くなっているだろう。


そして二人は麦粥をすくい口に入れた。

すると、2口3口とその手は止まらない。

母親も少しと言っておきながら既に丼一杯の麦粥を完食しかけている。

そして食べきった二人は口元に笑みを浮かべ揃って天井を見上げていた。


「美味しかったねお母さん。」

「そうね。この世にこんなに美味しい物が存在したなんて知らなかったわ。」


そして、二人の顔付は今では健康なものへと変わっていた。

心労の回復には時間が掛るが食事はメンタルケアには欠かせない物の1つだ。

それに体が元気になれば互いに支え合って生きて行けるだろう。

実は蛇肉でもよかったのだがあちらはいまだにホロしか食べていないので効果が分からない。

それにあの大蛇には呪いも受けたのでまずはライラとメノウにチェックしてもらわないと他人には怖くて出せないのだ。

そして、これで場が落ち着いたので今後の話に移る事にした。


「あちらの事が終わったから俺達の事を話し合おうと思う。」


そう言って俺はテニスに視線を向けた。

まずはこいつの同行をどうするかだ。


「こいつはテニスと言ってギルドの受付嬢でここの娘です。王都のグランドマスターに今回の事で文句を言いに行きたいらしい。それで同行を申し出ていますが誰か反対者は居ますか?」


俺の問いに反対者は0。

ならテニスは同行と言う事でこの話は終わっても良いだろう。

若干、食べるのに夢中なだけという可能性もあるがホロはともかくゲンさんとアキトに限ってそれは無いと信じたい。


「後は奴隷商のギドから報酬を貰って明日の朝出発で良いですね?」


すると全員が無言で頷いたのでちゃんと話は聞いていたようだ。

無言なのは口にステーキが入っているからだが反射で頷いた訳では無いと信じておこう。


そして俺達は食事を終えて連れ立ってギドの商館へと到着した。

門番はいつもと同じように俺の顔を見ると無言で通してくれる。

そして中に入るとこれまたいつもの様にギドが待ち構えていた。


「お待ちしておりました。話は聞いております。王国兵は全滅。ギルドの裏切り者も排除してくれたとか。そこまでしてもらえれば後はこちらで対処が可能です。それではこちらが報酬になります。」


そう言って彼は金貨の詰まった袋を俺達に手渡して来た。

俺はそれを受け取ると今はアイテムボックスへと収納しておく。

分配は町を出て暇になった時でも良いだろう。


「それとそちらの方。」


次にギドは何故か付いて来ていたテニスに声を掛ける。


「あなたは確かギルド職員のテニスさん。元Sランク冒険者にしてデストロイの異名を持つ方ですね。そして今はギルドの特別諜報員でしたか?」

「知ってるのは驚きね。私の事は殆どの人間が知らない筈だけど。」

「人の口に戸は建てられませんからね。それであなたの目的はやはり・・・。」

「ええ、この国のギルド上層部がおかしいと報告を受けてその調査よ。答えは出てるから後はいつもの仕事をするだけよ。」


そう言って彼女は薄く笑みを浮かべる。

そこで僅かに洩れる殺気から何をするのかは粗方想像がつく。

ギルドもこんな世界で巨大組織となっている所を見ると不正や汚職には容赦が無いのだろう。

そうしなければ荒くれ者揃いのギルドで示しがつかない。

しかしテニスは俺達に視線を移すと表情を緩めた。


「ユウ達には後で話そうと思っていたのよ。こんな私だけど同行しても良い?」


そして確認を取って来るが誰も首を横には振らない。

俺は最後に確認として一つだけ聞く事にした。


「お前は犬が好きか?」

「当然よモフモフは正義でしょ。」


俺にはその目に確固とした情熱を感じ取ることが出来たので無言で右手を差し出した。

するとテニスもそれに応え無言で手を差し出すと衝撃波が出る程の勢いで硬く握り合う。


「なら問題ない。我が同好の士よ。俺はお前を歓迎する。」

「そう言ってくれると思ってたわ。正義の為に悪を倒しましょう。」

「おう!」


すると繋いだ手の上に犬の姿のホロがチョコンと右足を乗せた。

当然台などないので天歩で空中に浮いていてぶら下っているように見える。

それを見て俺達は同じタイミングでデレッと顔を綻ばせたのは言うまでもない。


すると周りからは何故か呆れた目を向けられてしまった。

こんなに可愛い姿を見て何も感じないとは皆の感性はどうなっているんだろうか?


(解せぬ・・・。)


そしてテニスの事も分かり次に奴隷の話となった。

しかし当然、犯罪奴隷は必要ない。

俺達が奴隷を引き取るなら日本では開放する事になるからだ。

その為、選べるのは借金奴隷だけに限定される。

しかも戦闘面ではなく知識の高い奴隷か何かの技術を持った者が好ましい。


その事を話すと彼は10人ほどの少女を連れて来た。

ただ男がいないのは別に趣味とかそういう事ではなく、ここの男は全て犯罪奴隷と言う事らしい。


そしてやはりアキトとアスカは奴隷の権利をゲンさんに譲渡して自分たちには必要ないと言った。

まあ、連れて帰るとある程度の生活基盤が出来るまでは面倒を見ないといけない。

俺達の護衛任務もあるのでそれは不可能だろう。

そしてホロも要らないと言うので一旦保留にし、ゲンさん達はリストに目を通しながら経歴やスキルなどから決めるようだがまるで会社の書類審査みたいだ。

しかし、俺の方はと言えば直感が彼女達ではないと告げていた。

俺は傍で待つギドに声をかけ、一緒に部屋を出る。

するとギドは俺の顔を見て声を掛けて来た。


「私の見立てに狂いは無いと思っていましたが?」


確かに俺もリストを見せてらったが中々に能力が高い。

しかし、それはゲンさん達の基準であり、俺の基準からは外れていた。

俺の求める人材はのんびりとする事の出来る者だ。

でも極潰しは要らないのである程度働ける人材が好ましい。


その基準だとカーミラは大暴投だが、彼女も最近は我が家のルールに染まりつつある。

と言うよりも完全に染まっている。

近々レンタルカードを作って映画でも見せてやる予定だ。

それ程までに彼女はテレビにハマっている。

それでもしっかりと自警団の仕事は行い彼らの中で絆を構築しているようだ。

あれなら奴隷からの解放も遠くないだろう。


そして、俺は歩きながら全ての奴隷のリストを見せてもらった。

男女合わせて50名はいるが男は殺人や強姦などの罪を持っている。

どう見ても家には合わないだろう。

そしてさらに見て行くと1人のリストで目を止める。

それをギドに見せると彼は何故か頭を抱えた。


「あちゃー、間違えてその娘のリストも入ってましたか。良ければ見なかった事にしてもらえませんか?」

「ダメ。一応見てみる事にする。ここは真っ当な店なんだろ。」

「は、はい・・・。」


そして、ギドは渋々と言った感じに俺をそこへと案内してくれた。

しかし俺達は階段を下りて地下へと向かっている。

そして幾つもの扉を抜け厳重に隔離された通路の先にその娘の部屋は存在していた。

これだけ奥に隠していると言う事はそれだけの理由と言う事だ。


ギドは扉の鍵を開けると慎重な動きで俺と中へと入って行った。

するとそこには封印具と鎖で固められた少女が俺に視線を向けている。

その見た目は白い髪に金の瞳、身長は150センチほどで胸は心なしか膨らんでいる程度だ。

顔は少し幼さが残るが目は鋭く可愛らしいが何処か擦れた印象を受ける。

何だか思春期真っ盛りのお年頃な中学生の様だ。


そして彼女は俺を見た後に鋭い視線をギドへと向けた。


「今度はこいつを蹴り殺せばいいの?」


すると妙に物騒な事を言っているが彼女は人間ではない。

俺が読んだ資料には麒麟キリンと書かれていて霊獣の一種らしい。

近い物ではスレイプニールだろうか。

しかし、通常の麒麟の姿は鹿の体に鱗を生やし、顔は龍に似ていると言われている。

ただ、能力に空を飛べるとあるのでとても便利そうだ。

一応、霊獣も魔物と変わらないらしく食事も排泄もしないので飼うのは簡単だろう。


「何だか失礼な事を思われている気がするのだけど。」


中々に鋭い様だが俺は誤魔化すようにしてギドに視線を移し確認を行った。

資料からは能力は分かっても気性などは書かれていない。

それに一応はコイツも商品のはずなのにこの扱いとなると虐待ではないかと思えて来る。


「こいつはどういう扱いなんだ?」

「そうですねー。自由にすると復讐されそうですし売ろうにも危険で売れないという所でしょうか。もともと大人しい性格らしいのですが怒ると気性が荒いんですよ。ははは、困った物です。」


そう言ってギドは力なく笑い彼女に視線を送る。

しかしこのままだと彼女は一生ここから出される事は無いだろう。


「それなら俺が引き取っても問題はないな?」

「しかし、手なずけられますか?こう見えて下位の竜種並みの力はありますよ。」


ギドは目を見開いて驚いているがそれは交渉次第だろう。

決裂すればこのまま放置して戻れば良い。

連れ帰っても臍を曲げたまま働かなかったり、暴れて皆に怪我でもさせたら困るからな。


「それなら交渉だな。少し話をしてみる。」


そう言って俺はキリンの傍まで歩み寄った。

すると彼女は拘束具を引き千切ろうと力を入れて俺を威嚇してくる。


「貴様もこの体が目当てなのね。今までの者達は私を見て鼻の下を伸ばしていたもの。でも私には霊獣としての誇りがある。死んでもこの身を好きにさせるつもりはない。」


どうやらかなりご立腹の様だ。

話を聞いた限りだとどうやらそういう客ばかりが来ていたようだがどうしたものか。

ハッキリ言って俺も体が目当てと言えばそうだからな。


「まずは言っておくが俺もお前の体が目当てだな。」


すると彼女は「フン!」と鼻で笑うと俺に侮蔑の籠った視線を向けて来る。

しかし、本当の姿が馬に近いだけあって鼻で笑うのも様になってるな。

ヒヒヒーンじゃなかったのが少し残念だ。


「ほら見ろ。私は跨られるのは嫌いではないが跨るのは嫌いなの。だから諦めて帰れ!」

「いや、俺はお前を移動手段の一つとして引き取りたいんだ。跨るのも俺じゃなくて女性ばかりだ。それでもダメか?」


するとキリンは目をパチクリさせて俺の顔を見詰めた。

この機に俺は更に畳掛けて話を進めることにする。


「俺のテイムは進化してコントラクトと言う契約スキルに変化している。それなら互いに納得いく条件でお前を引き取れる。だからどうだ。俺に付いて来ないか?ここよりは快適な暮らしを約束するぞ。」


するとキリンは俺の顔をジッと見つめてギドに視線を向ける。

その目には今も怒りは籠っているが、最初程の強さは感じられない。

どうやら自由と復讐の間でどうするか悩んでいる様だ。


「アイツを殺すのは無しなの?」

「無しだ。」

「う~~~~!」


よほど怒りが蓄積しているのか俺は彼女の結論が出るのをのんびり待つ事にした。

そして小腹が空いて来たので俺は肉でも焼きながら待つ事にする。

当然、焼くのはメガロドンの肉だ。

それを3本の鉄串に刺して魔法の火で炙る。

魔法の火なので酸素の心配はしなくていいので安心してじっくり焼くことが出来る。

そして塩と胡椒を振ると俺は一つをギドに渡し一つは自分の口に入れた。


「何か本能的に食いたいと思う肉ですが良いのですか?」

「要らないなら俺が食うぞ。要るなら食べれば良い。」

「それならありがたく頂きます。」


そう言ってギドは肉に嚙り付いた。

すると彼は残っている左目から涙を流し喜びに口角を上げる。


「う、美味い。これは天上の料理ですか?」

「メガロドンの肉のただの串焼きだ。塩も胡椒も普通の物を使ってある。」


すると俺の言葉にギドは再び目を見開き俺に顔を向けた。

食べている途中に視線を外せるとは凄い精神力だな。


「いや、メガロドンは普通食べれませんよ。恐らくこの串一本で金貨100枚は下らないでしょう。」

「まあ、偶然釣り上げるチャンスがあっただけだ。そんな事よりその目はどうかしたのか?」


俺は会った時から気になっていたので時間つぶしに聞いてみる事にした。

大した事ではないかもしれないがキリンも串をガン見して涎を垂らしているので手頃な時間で話しは終わるだろう。


「これですか?恥ずかしながら以前に彼女から一撃くらいましてね。それ以来目が見えなくなってしまったのです。どうやら呪いも含まれている傷の様でして。」


俺はその話を聞くとキリンにジト目を送る。

すると彼女はプイっと横を向いて視線を逸らした。

しかし、すぐに肉に釣られて視線はこちらに戻って来る。

そんな彼女に俺は最終確認を行う事にした。


「そろそろ決まったか?」

「う、うん。付いて行ってやっても良いわよ。でも、その男の呪いは私でも解けないからね。」

「それならこちらに考えがある。ギド、少し目を瞑っていろ。」

「構いませんが何を?」


俺はギドが目を瞑った瞬間にツクヨミを放ち彼の呪いを切り裂いた。

そして何か違和感を感じたギドは目を開けて俺に視線を向ける。

しかし、その時には俺は剣を収めて同じ位置に立っているので気付いていないようだ。


「後はこのポーションを飲んでみろ。」


そして俺が秘薬を渡すとギドはそれを躊躇なく飲み干した。


「これは何のポーションですか?」

「エルフの秘薬だ。メガロドンの肉との相乗効果でそろそろ目が治ったんじゃないのか?」


俺がそう言うとギドは急いで眼帯を外して閉じられていた瞼をゆっくりと開けて行く。

するとそこには真っ白になった眼球があるが、それは次第に元の色を取り戻していった。


「み、見えてきました。これは本当に秘薬なのですね!」


そう言ってポーションの入っていた小瓶を見詰めるギドは今度は両目に涙を浮かべて頬を濡らした。


「しかし、呪いはどうしたのですか?かなり高名な方にお願いしても解呪は不可能でしたのに。」


俺もかなり強力だろうと思い聖装、ツクヨミ、解呪を同時に放っている。

それでもかなりの反発を感じたので普通の者には解呪は不可能だったろう。


「そこは企業秘密だ。それはこいつの代金として受け取ってくれ。」

「しかし、以前秘薬がオークションに出た時は金貨1000枚を超えてましたよ。」


それだけの価値はあるかもしれない。

部位欠損すら治し、殆どの病気も直してしまう夢の薬だからな。

そして憂いも晴れた所で俺は彼女に向き直った。

これからこいつと契約内容を煮詰めなくてはいけない。

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