104 商業都市タスク ①
俺達は近くの食堂に入るとそこで給仕をしている少女に声を掛けた。
「すみません。今日は何がありますか?」
こちらの国にはメニュー表を置いている所は少ない。
その為、俺達の様な一見さんの客はこうして確認を取りその中から選んで行くのだ。
少女は元気に「はーい。」と答えると俺達の所に駆けて来るとサービスの笑顔を浮かべてくれた。
こういう所は日本の客商売とそれほど変わらないようだ。
「こんにちは。私はハンナ、よろしくね。今日は良いお肉が入ったから高いけどステーキがお勧めよ。お客さんは旅人さん?」
「ああ、さっきそこの門から入って来たばかりだ。」
「そうなんだ。今はダリスが門番をしてるのかな。」
「ダリス、どんな奴なんだ?」
するとハンナはクネクネしながら特徴を言いはじめた。
その特徴なら先ほど俺達を通してくれた門番だろう。
何だか次第に惚気になって来ているので俺達は話を中断しステーキを注文しておいた。
あまり店のスタッフの足を止めさせるのも迷惑だろう。
「分かったわ。味は保証するから期待してて。この町は商業都市だから調味料も豊富なの。」
そう言って彼女は去って行き15分ほどで料理を持って戻って来た。
するとそこには厚さ2センチ、横20センチ程のステーキが乗せられニンニクの様な匂いとスパイシーな香りが漂ってくる。
どうやらこの国では初めて期待できる料理の様だ。
俺達は早速、肉を切り分けてそれを口へと放り込む。
すると癖のない油と肉汁が口いっぱいに広がり香辛料の味と香りがその味を何倍にも跳ね上げてくれる。
「これは美味いな。」
「そうでしょう。私達の今日の賄いはこのお肉を焼いた後の油で作る野菜炒めなの。お客さんたちが沢山注文してくれたからみんな喜んでるわよ。」
そう言って店の奥を指差しそちらに視線を向けると他の女の子たちが笑顔で手を振っている。
ちゃっかりしているというか何と言うか。
しかし、こういう強かさも生きて行くには必要なのだろう。
この肉を焼いた後の肉汁で作る野菜炒めなら味もかなり良い筈だ。
そしてハンナは俺達にお礼を告げると仕事に戻って行った。
俺達は昼食を堪能した後はすぐに町を出る予定だった。
しかし、あそこの料理が美味かったので今夜はこの町に泊まり、もう一度あそこの料理を食べようと言う事に決まる。
それに昨日の夜は見晴らしの良い場所で修業をしていた為に音や血のニオイで魔物が引き寄せてしまい、結果として大量に討伐が出来た。
それを先にギルドで換金しているので懐も温かい。
そして夕方までは自由行動となり、俺はホロを連れて周囲の露店などを見て回る事にした。
するとホロは俺の手を引き一つの露店の前に連れて行った。
「ユウ、あれ欲しい。」
そして俺達が足を止めたのは奴隷用のアイテムが置かれたお店だった。
首輪にリードなどがありホロが指さしたのは首輪である。
そういえば最近犬の時様の首輪が痛んでいたな。
「これを売ってくれ。」
「お客さん。そんな可愛い奴隷を連れてるなんて何処かの金持ちかい。それにしても躾が出来た奴隷だな。普通はこんな大衆の面前でそんな事言うのは滅多にいないよ。」
そう言って男は何故か紙に何かを書き込み俺に差し出して来る。
しかし、それを見ると住所の様だが売っている物以上に男の姿は怪しい
見た目は小太りの少し薄汚れた身形の男で片目に眼帯を付けていて顔には大きな傷もある。
堅気には見えない見た目だが話し方はフランクで親しみを持ちやすい声質をしている。
俺はそれを握らされ首を傾げていると男はニヤリと笑みを浮かべた。
こうしてみると映画に出て来るマフィアのドンみたいだ。
「俺はこう見えても奴隷商館のマスターでね。気に入った客にはこうやって招待状を渡してるんだ。」
どうやらマフィアではなかったが、一般人でもなかったようだ。
しかし俺はその途端に鋭い目を男に向け、ある程度の威圧も同時に叩きつけておく
「ホロを売れと言うならその奴隷商館ごと消し炭にするぞ。」
すると男は焦った顔で両手を突き出し違うというジェスチャーを送って来た。
どうやら俺の言葉を本気と理解してくれたようだ。
「違う違う。俺の所は真っ当な店だ。良ければ後で見に来てくれ。今日は良い客に会えたから店じまいして商館に引き上げるからよ。」
そう言って男は素早く店を仕舞うと逃げる様に去って行った。
ホロはその横で新しい首輪を笑顔で見詰め、それを首に付けると俺に振り向けて来た。
「似合う?」
その首輪は赤に金の刺繍が入った可愛らしい見た目をしている。
それはとても似合っていたので俺は笑顔で頷いて返した。
「可愛いよ。今度は散歩でも使おうな。」
「うん。」
そんな俺達のやり取りを周囲がどう見ているのかにも気付かず、手を繋いで先ほどの男が去って行った方向に向かう。
奴隷には興味は無いがヘザーと比較をするには良いだろうと考え、俺は行ってみる事に決めた。
当然、何者かが俺達の後を付けている事にも気づいてはいたが今は何もしてくる様子が無いので放置しても良いだろう。
何かして来れば対処するつもりだ。
そして俺達はその場を離れ、奴隷商館へと辿り着いた。
門の前に立っている男に声を掛けてメモを見せると何も言わずに開けてくれる。
そして庭を抜けて建物の中に入るとそこは綺麗な絨毯が敷かれ、先程の露店で会った男が俺達を待ち構えていた。
しかし、その服装は先程とは違い音楽の指揮者が着る様な燕尾服だ。
片目には眼帯をハメているがその反対にはモノクルを掛けている。
そして先ほどまでの親しみやすい顔つきと違い真剣そのものな目付きで俺を見詰めていた。
どうやら奴隷商館を見に来てくれと言うのは口実で他に何か目的がありそうだ。
男は俺達に一礼すると館の奥へと促した。
「お待ちしていました。こちらにどうぞ。お話だけでも聞いてもらえれば幸いです。」
「話だけならな。その後どうするかはその時に決める。それで良いなら招待を受けよう。」
すると男は頷いて歩き出した。
俺もその後に続き奥へと向かって行く。
そして部屋に入ると俺達は備え付けのソファーに座り向かい合った。
俺の横には犬の姿に戻ったホロがソファーの上で目を瞑り俺の足を枕に眠りに落ちている。
(昨日は徹夜だったからな。)
その後に絶叫マシーンにも乗ったので仕方ないだろう。
そして男は俺達の事は気にする事無く話し始めた。
「自己紹介をさせていただきます。私はギドと申します。恥ずかしながらこの町の奴隷商を束ねる仕事をしております。」
すなわちこの町で一番偉い奴隷商か。
そんな奴が俺に何の様だ。
「現在、この町で人攫いが横行しているのはご存知ですね。」
「ああ、町に入る時に聞いたな。」
「出来ればその解決に協力して頂きたい。既にあなたのその獣人も奴らのターゲットになっている様です。」
そうなると俺達を尾行していたのはその人攫いのグループと言う事か。
既にマーカーは付けているので奴らの動きを追えば拠点は判明しそうだな。
「それで、何で俺なんだ。冒険者とか頼める先は幾らでも居るだろう。」
するとアギトは溜息を付き話し始めた。
どうやら俺が思っている以上に深刻な状態に陥っている様だ。
「今のこの状況で誰が敵で誰が味方か分かりません。それに今までギルドを使った検挙は全て失敗に終わっています。おそらくは内通者が居るのでしょう。」
それなら少しは納得できるがそれは俺が選ばれた理由にはならない。
「それに門番のダリスからも連絡がありました。あなた達は信用が出来そうだと。それにあなたと会い、私も何か希望の様なモノを感じました。報酬は弾みますので協力をお願いできませんか?」
俺は少し考え込むとその間に他のメンバーにメールを送り意思確認を行っておく。
『構わんぞ。』
『面白そうね。』
『賛成だがこちらもその人攫いと思われる者に尾行されている。』
『私も構いませんよ。』
全員が即決で賛成の様だ。
なら、後はどのような流れで了承するかだな。
「話は受けても良いが俺達は勝手に動かせてもらう。それでも良いなら契約完了だ。なにせ俺達のメンバーにはかなり無茶をする者が居るからな。何かあった時に俺達は町から逃げ出せば良いがあんたはそうもいかないだろう。報酬は成功した時に受け取る事にする。」
「それは構いませんがよろしいのですか?」
「ああ、その代わり踏み倒したら死よりも恐ろしい事が待っていると思ってくれ。仲間の暴走は俺にも止められないからな。」
アキトやゲンさんはともかく、サツキさんはその手の事は厳しそうだ。
彼女が怒ってここに乗り込んだ場合、誰も止められる者は居ないだろう。
素直に言えば関わりたくないと言う方が正しいかもしれない。
そして成功報酬は金貨300枚。
日本円にして1500万円だが命が掛かっているなら安いだろう。
それと奴隷を6人、好きな者を選んでも良いそうだ。
これはゲンさんが喜びそうな報酬だな。
日本は現在、人材の育成に力を注いでいるが指導者が足りていない。
誰か手頃な人材が居れば良いけどな。
そして俺達は商館を出ると人の少ない道を進んで行く。
するとやはり俺達を尾行していた者達が姿を現した。
人数は3人だが何処かで見た様な装備をしているな。
「貴様ら止まれ。」
「お前達は誰だ?」
「な!見て分からないのか。我らは栄えある王国兵だ。貴様ら先ほどあそこの奴隷商館から出て来たな。あそこは現在犯罪者の集団として国がマークしている。これから取り調べを行うので貴様らを拘束する。」
(ああ、思い出した。王国兵か。偽物かと思ったが本物の様だ。俺のスキルにもしっかりと王国兵と出ているな。)
どうりでギルドに協力してもらっても失敗する訳だ。
ギルドは国と癒着しているので成功するはずがない。
「俺達は無実なので協力を拒否しま~す。ホロ、逃げるぞ~。」
そして俺達は背中を向けて走り出した。
すると当然、王国兵たちは俺達を追って来る。
どうやら奴等は国を背景に好き勝手出来る様だが、追われているのを見て周りの者は苦り切った顔をしている。
恐らくはこういう事が頻繁にあり、下手に手を出すと同罪で捕まってしまうのだろう。
そしてギドの商館の前まで来ると足を止めて兵士たちに向き直った。
すると兵士たちは運動不足なのか、たったこれだけで息を切らしている。
「か、観念したようだな。逃げても無駄だ。この町にお前たちを助ける者など存在しない。」
「いや、お前らから逃げたのはここに誘導するためだ。」
そして俺は既に移動しており王国兵の後ろから声を掛けた。
彼
奴らが追っていると思っていたのは俺の分身体で本体は物陰に隠れて後ろから追跡を仕掛けていたのだ。
「大人しく寝ていろ。」
そして死なない程度の一撃を入れると再び奴隷商館に入って行った。
周囲に人や目撃者が居ないのは既に確認済みだ。
俺が門の前に立つと門番の男は再び無言で門を開いてくれる。
そして中に入ると俺は再びギドへと声を掛けた。
「さっきぶりだな。」
「いえ、まさか早速動かれるとは。こちらへどうぞ。尋問室を用意してあります。」
流石は町を束ねる奴隷商だ。
なぜ、そんな部屋があるのか聞きたいが正攻法だけではこの世界の組織は回せないのだろう。
俺達は地下に下りるとそこにある拘束器具の付いた椅子に兵士を固定して回復魔法を掛けた。
そして一人を起こすとスキルによる質問を始める。
「お前たちは人攫いだな。」
「あ、ああ・・・その・・通りだ。」
「目的を言え。」
「この町は・・国の・・利益になるが・・・人で・・溢れている。・・搾取しない・・手は・ない。」
ここは王都から近く、貿易の要ともいえる町だ。
その為、税を掛け過ぎると破綻して自分たちの首を絞めかねない。
しかし、人は集まるので少しずつ攫って連れて行っているのだろう。
それを聞いてギドは何故か革手袋を手に嵌めている。
そして俺にニコリと笑うと王国兵に歩み寄った。
「これからは私達流でお話を聞いておきます。お二人には後でお教えするので今日の所はお帰り下さい。」
どうやら、彼にはこれまでの事でかなりの鬱憤が溜まっている様だ。
俺のやり方では制裁にならないとならないと感じたのかハードな尋問に切り替えるらしい。
そして言われた通りに部屋を出ると中から声が聞こえて来た。
「俺が売った奴隷たちも数人消えてるんだよ!何処へやったんだ!素直に言わねーと皮を剥いで吊るすぞ!」
聞いていると犠牲者の中には彼が売った奴隷も含まれている様だ。
それにしてもこうして聞くと何処かのヤのつく職業の人みたいだな。
俺もなるべく怒らせない様にはしておこう。
そして、俺達はそのまま何食わぬ顔で商館を離れて行った。
それに空を見れば日は沈み始め赤くなっているのでそろそろあの食堂に行っても良さそうだ。
そして俺達はそのまま歩いて店に向かう事にする。
しかし店に到着するとそこでは思いもよらない出来事が起きていた。




