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第六十九話:乱れる

 その後の話です。

 マダムがなんかやらかして法律をねじ曲げてから、ほどなくして、旦那さんが亡くなったと聞かされた。


 関係者は、大がかりな告別式を執り行うようだが、残されたマダムは、身内だけでの静かな別れを望み、そのとおりになった。


 ……その身内に、俺や結ばれたばかりの恋人たちが全員含まれていたのは、ちょっとよく分からなかったけれど。


 旦那さんが亡くなったことで、広い屋敷をもて余すようになったとボヤくマダムは、喪が明けたら俺たちに一緒に住まないかと提案してきた。


 さすがに、旦那さんに悪いとは断ったものの、メリーさんを除く7人で生活を始めようとしている物件は広さが微妙で、これから先、子どもが産まれたなら狭くなってしまうだろうと予想ができてしまっていた。


 ……ワンフロア全部押さえるって、雫と双葉が息巻いていたけれど、金は無限にある訳じゃないんだし、ワンフロア押さえたところでそもそも一部屋はそこまで広くないので、別居と同じになってしまう。


 そのため、熟慮の末ではあるものの、マダムの屋敷にお世話になることに。


 メリーさんは変わらず屋敷にいるけれど、愛してくれた旦那さんがいない屋敷は、寂しくて耐えがたいと泣かれてしまっては、世話になっている恩人だし、どうにかしてあげたいと思ってしまうわけで。


 家事を分担することで、得手不得手はあるものの、全員それなりにできるようにはなっていく。


 気分や体調や仕事の都合で、どうしても家事をやれない、なんて時もある。

 そんな時だって、当番を代わってもらって、別の日にがんばるようにすることで、なんとか上手くいっている。


 俺だって、恋人たちに愛想尽かされたくないし、みんなだって気持ちは同じだ。


 メリーさんだって、姉貴だって、当番の日は黙々と家事をこなしたり、たまに騒ぎになったりしながら、力を合わせて生活していってる。

 そうすることで、家族としてより強く繋がっていくのを実感できていた。




 そんな、ある日のこと。




 深夜、喉の乾きを覚えて、キッチンに向かう。


 どこもかしこも広い屋敷は、トイレも普通の一軒家よりは遠いし自室に併設とかされてない。

 それはそれで不便だなと思わなくもないが、みんなで生活できて、将来子どもが産まれても安心な広さとセキュリティがあって、なによりマダムもいる。

 ほんと、この人がいると、色々と安心だ。



 ……たまに、ポンコツ化するが。



 それはそれとして、尊敬する相手ではあるので、自宅としてくつろいでいる時も、軽んじることがないように気を付けてはいる。



 実は人外だったマダムと、ある素質を持っているという俺とで主従契約を結んだことで、魂の一部が繋がったようで、意識すればいつでもマダムのことを感じられるようになった。

 マダムがなにを考えているか、今どんな気持ちなのかなどを、おぼろげながら感じ取れるようになった。


 それらは、マダムの側も同じのようで、お互いに、良い生活ができるように気を配っていることが伝わり合っているので、関係を……契約を結ぶ以前よりも、親しい仲になっているとの確信があった。



 だから、マダムがそこにいるのは、分かっていた。



 深夜、一人で、リビングのソファで、旦那さんの遺影を抱いて泣いているマダムを見て、込み上げるものがあった。



「マダム」


 偉大なる存在とは思えないほど細い肩に、そっと手を置く。


「…………夢を、見たの」


 涙をぬぐうこともせず、ポツリと漏らしたマダム。


 どんな夢かなんて、愚問だが。


「……どんな、夢でしたか?」


 いい夢であってほしいと願うが、


「……主人が出てきたの。……でも、主人ではなかったの。主人は、あんなことを言う人ではなかった。ただ一途に、ただひたすらに、私を愛して、私に愛を捧げた一生だったわ」


 つまり、誰かにとって都合のいい夢か、とびきり都合の悪い夢か。


「それで、今も私は夢を見ているの。偽物の主人の夢を見て、傷ついてうちひしがれていたから、あなたに、孝緒(たかお)さんに慰めてほしいなあって、思っていた時にね、孝緒さんが来るのだもの。そんな、都合のいいこと。夢に決まっているわ」


 表情が削ぎ落とされ、止めどなく涙を流すマダムは、それでも美の女神だとでもいうように美しい。











 ………………で? 俺の恩人(主人)を泣かすやつは、どこのどいつだ?




 弱っている人に、追い討ちをかける外道は、どこのどいつだ?




 出てこいや? 俺の大切な人(主人)を泣かせたこと、後悔させてやるから。




「……孝緒さん。あなたは、いなくならないでしょう? 私の前からいなくならないでしょう?」


 旦那さんの遺影を胸に抱いたまま、俺にすがりついてくるマダム。


 そのまま、しばし見つめ合って、お互いの顔が、少しずつ近づいていって、そして……。




 旦那さんの遺影ごと、マダムを抱きしめる。


「いなくなりはしませんよ。あなたにもう要らないと捨てられるまでは」


「私、そんなこと、しないわ」


 いまだに涙をこぼし、しゃくりあげながら、見上げてくる妙齢の未亡人(マダム)


 その、退廃的な蠱惑さは、麻薬のように……そんなもん使ったことはないが……思考を、衝動を、ある一色に染め上げようとしてくる。



 ふざけんな。俺の、大切な人を、侮辱するな。



「マダム。たとえこの身が滅びようともですね、俺とあなたは魂で繋がっています。離れるとかいなくなるとか、ありえません」


 それ以前に、俺もマダムも、人としての寿命とか守る気あるかどうか微妙だけどな。


「それに、いずれ産まれてくる俺の、俺たちの子どもが、あなたのそばにいます。その子たちが先にいっても、その子たち、孫がいます」


 俺と妻たちとの愛の結晶だ。

 きっと、あなたもたくさん可愛がってくれると確信しているよ。


「別れは、悲しくてつらいことだけれど、涙は我慢しなくても大丈夫です。俺がいつでも受け止めますから」


 だから、泣きたいときは、存分に泣いてくれ。

 悲しくても、つらくても、俺がそばにいるから。


 なぜなら、俺があなたの一番の眷属だから。


 あなたの悲しみを癒すための存在だから。


 だから、安心してほしい。




「ああ……ああ……孝緒さん…………」


「はい、マダム。俺はここにいますよ」




 旦那さんの代わりにはなれないけどさ。


 旦那さんと同じほど愛してはあげられないけどさ。


 その分、ずっとそばにいてあげるから。




 ……だから、夢はもうおしまい。


 怖い夢も、悪い夢も、嫌な夢も、全部俺がぶっとばしてあげるから。


 楽しい夢を、優しい夢を、愛しい夢を、見てほしい。



 明日また、笑顔でおはようと言うために。











※※※











※※





















「さて、腐れ外道。てめえには絶望を見せてやる」


 マダムから預けられた権能を解放する。


 髪の色に合わせたようなキツネ耳とフサフサの尻尾が顕現し、黒い炎が俺の周りで渦を巻く。


「《狐火(きつねび)黒蝕(こくしょく)》」


 突き出した掌に黒い炎が集まり、(うごめ)き、(ぎょく)となる。


(むしば)め」


 魔性を蝕む黒い炎が、悪夢を見せる悪魔に纏わりつき、燻り出し、言葉どおりに蝕んだ。


 姿を見せたのは、醜い老婆の姿をした化け物。

 顔立ちも、姿かたちも、誰が見ても一目で醜いと断じることができるレベルで醜い存在だった。


 魔性だけを焼く黒い炎にその身を焼かれ、醜い悲鳴を上げながら、醜く転げ回っている。


「万回死ね。腐れ外道が」


 出力を高めて、確実に仕留めた。


 ……しかし、蘇生した。


 旦那さんを(うしな)って心が弱っていたとはいえ、マダムに悪夢を見せるほどだ。想像以上に高位の存在だったのかもしれない。


 ……しかし。


「なら、死ぬまで殺してやる。燃え尽きるまで焼き尽くしてやる。俺の大切な人の心を傷つけた罪、死んで償え」


 後悔しても遅い。


 謝罪など不要だ。


 贖罪の機会など与えない。




 誰を怒らせたのか、思い知らせてやる。











「おはようございますマダム」


「あ、た、孝緒さん、お、おはようございます」


「……大丈夫ですか?」


「ええ。あなたのおかげで、もう大丈夫よ」


 泣き腫らしたような顔を、化粧でごまかしてはいるけれども。

 とても、大丈夫には見えなかった。


 それでも、マダムは気丈に笑い、 


「私のためにがんばってくれた孝緒さんには、ごほうびをあげたいのです」


 結構な爆弾発言をぶちかましてきた。


「なんでもいいのよ。大抵のことは叶えてあげます。……あ、不老不死はダメよ? 不老長寿はできるけれど、不死は、そこまでの権能は持っていないの」


 いつぞやのように、えっへんと豊満な胸を張るマダムに、イタズラ心が湧いた。


 耳に口を寄せ、小声で《ごほうび》をねだる。


 少しの間キョトンとした表情で首をかしげたマダムは、だんだん顔を赤くして、


「…………えっ、…………ええええぇぇぇぇーーーーっ!?」


 驚きのあまり、滅多にない大声をあげていた。




 もちろん、その後に誤解は解かせてもらったが。





・俺 : 主人公。男性。名前は『孝緒(たかお)

……備考 : 職業・総合商社の営業。優良物件。

 元々霊的に絶大な防御力を持っていたが、マダムの眷属となり、魔性を退ける攻撃的な権能を得た。

 その時の気分というか感情で、権能の効果が変わる。

 


・メリーさん : 金髪碧眼の、少女の姿の……怪異?

……備考 : もうすっかりマダムの家の子。

 春から中学校に通うことに。

 いつも明るく振る舞い場を和ませていたが、それだけでは足りなかったことを知りちょっぴり落ち込んだ。

 


桜井(さくらい) 美咲(みさき) : 同じ会社の、同僚の女性。

……備考:愛しい人と一緒に台所に立つ夢が、夢ではなくなった。

 マダムの屋敷での生活は驚きの連続だったが、家族のために適応することを選んだ。

 


源本(みなもと) (しずく) : 主人公に憑いた何者かによって、死の淵から生還した、名家の令嬢。

……備考:外見からして、深窓の令嬢然としている。

 マダムの屋敷での生活は、実家関係から考えてもあれこれ有利に働くことに気づいて、上手に活用する方向で受け入れた。

 


()(した) 双葉(ふたば) : 無口で無表情で無愛想な、現役女子高生。

……備考:父は総合商社の営業課長(やや天然)。母は専業主婦(天然)。

 胸の大きさについて、マダムに相談した。

 真剣に。とてもとても真剣に。

 


碓氷(うすい) 幸恵(さちえ) : 幸薄い元誘導員。実家は歴史ある町工場。

……備考:美咲と共に、家庭内のことを主に担当している。

 広い屋敷に面食らったが、掃除に庭の手入れにと、やることがたくさんあってやりがいを感じている。

 


(おぼろ) 輪子(りんこ) : 明るい笑顔を絶やさないタクシードライバーの女性。

……備考:先祖に人化した妖怪を持つ、先祖返り。

 タクシードライバーから、マダムのお抱え運転手に転職。

 主に、長距離移動が必要なとき、その権能を遺憾なく発揮した。

 


・謎の幼女 : 御神木の桜の木の中から引っ張り出した、姉と認識する幼女。

……備考:霊だったはずなのに、実体がある。

 口数も少ないが、別にしゃべられないわけでもなさそう。

 春から小学校に通うことに。

 弟の嫁たちと一緒に過ごすようになって、それなりに会話もするようになった。

 


・西のマダム : 高級住宅街に住む、セレブな女性。既婚者。

……備考:メリーさんを迎え入れ、たくさんの犬と旦那と一緒に過ごしていた。

 犬はたまに増える。犬じゃないのもたまに増える。

 孝緒を眷属にしたことで、接する機会・時間が増えることになったが、その関係性は上司と部下のそれより深く濃いものとなった。

 旦那に先立たれてからは、孝緒達を邸宅に招き入れ、同居するように。

 手にした家族を、また喪う時が来ると思い、つい、不安を覚えて隙ができてしまっていた。




・夢魔/淫魔:悪夢を見せて衰弱させる悪魔の総称。

……備考:悪夢を見てうなされた人物が、目が覚めた時には衰弱しているほどまでに、夢の中で悪魔に激しく攻め立てられたという。

 その悪魔の姿は、馬だったといわれており、ナイトメアの名が付けられるようになった。ナイトは夜。メアは雌馬を指す。

 夢にナイトメアが現れると、衰弱するほど精気を奪われるとされている。


 淫魔の方は、夢に美しい姿の女性が現れ、みだらな夢を見せて精気を奪い取る悪魔を指す。

 ……ただし、その真の姿は、あまりにも醜い老婆の姿だという。


 夢に、気になる女性が出てきて、嬉し恥ずかしな体験をした夢を見た男性の皆さん。

 ……それ、騙されているかもしれませんよ?


 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 本当に削られるんですよね、夢で本人に会えたと思うのに、どこか違っていたり、私の後悔を反映して生前には言わなかった言葉を吐いたり。 配偶者に置いて逝かれるのも楽じゃないですわ。 ナイトメアの…
[一言] きゃわわわわ( ˘ω˘ )
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