第六十五話:失う
・木ノ下 双葉 の視点でお送りします。
バレンタインデーも無難に……無事に? 過ぎ去り、卒業式を控えた余裕のある時期。
私こと木ノ下 双葉は、同じ大学に通うことが決まっている友人たちと、ファミレスのドリンクバーでのんびりおしゃべりをしていた。
雫は、家の用事があると迎えに来た車で先に帰ったけれどね。
他の人たちは、大学受験とかで忙しそうにしているけれど、私や雫や友人たちはそういうのとは無縁で、推薦ですでに合格が決まっている。
……現金積むのが推薦入学の条件とか、そんな大学初めて聞いたわ……。
まあ、有名なお嬢様大学だというし、事前のテストで学力としては問題なしと判断されている。
雫がその大学に行くというから私も行くことに決めただけで、正直大学までは考えてなかったわ。
だって、ねえ?
雫を付き人無しで一人で大学に通わせたら、お持ち帰りされるか拐われるかの二択しか考えられなくなってしまって、ね。
少しずつ体力がついてきたように思える雫だけど、段差もなにもないところでつまずいたりするのは相変わらずだから、私がそばにいてあげないと、と思ってしまう。
「……双葉、聞いてる?」
「……あ、ごめん。ボーッとしてた。なんだっけ?」
いけないいけない。友人たちと会話中だっけ。
今の話題は、たしか……。
「都市伝説って、なんで、物語の語り部がさらわれるとかころされるとかで終わってるのに、その話が伝わっているのかな? って話よ」
「ついでに、春になったからおかしな人やヤバい人が出始めるんじゃないってとこ」
……うん? そうだっけ? まあいいか。
「都市伝説は、主に創作とか妄想とかでっち上げで、ヤバい人は季節を問わず出てくるでしょ」
「知ったら死んじゃう系とかも、創作なの?」
「知ったら死んじゃうなら、誰が伝えていくのよ? そういうの、ネットがない時代からずっとあるのよ?」
「あ、そっか」
全然聞いてなかったけれど、まさかの都市伝説とかの話で、ドキリとした。上手くごまかせたかな?
そういうのは、興味をもって探したり近づいたりすると寄ってくるものだから、話題にも出さない方がいいんだけれど……。
「じゃあさ、『牛の首』って、知ってる?」
「なんだかよくわからないけれど、内容を知ったら死んじゃうやつでしょ。知ったら死ぬのに、なんでそんな話があるのかってのさ。それこそ、妄想のでっちあげよ」
「なーんだ、そんなもんかー。せっかく、ネットでいい情報拾ったと思ってたのに」
「ちなみにさ、そのネットの情報、どんな内容?」
盛り上がりかける友人たちに、思わず制止の声をかけようとした。なにか、嫌な感じがしたから。
けれど、自然に声をかけるタイミングを逃してしまった。
彼女たちの口から、語らせてしまった。
「『牛の首』って都市伝説の内容を知ったから直接会って語りたいと、友人に連絡した人が、待ち合わせ場所に行くときに事故に遭って、首から上が無くなっちゃったんだって。
失う、首。
うしなうくび
うしのうくび
うしのくび
友人が語るに、内容を知ってしまうと、首から上が無くなってしまう。これこそが『牛の首』だ。……だってさ」
「なまっとるんかいっ」
怪談を語るノリで内容を口にする友人と、ノリツッコミするもう一人の友人。
できれば、言い切らないでほしかった。
それが本当かどうかなんて、関係ない。
たまたま波長が合っただけ。
ただ、それだけの理由で。
「双葉、どした? 具合悪い?」
きっと私の顔は、青ざめてるだろう。
なぜなら……。
視界の、端に、
首から上が、
黒いナニかで塗り潰された、
男性と思われる、ナニか、が、
突如、現れ、そして、
「ごめん、二人とも。すっぽかすとヤバい用事を思い出したから、全力ダッシュで帰るね。また明日」
「なぁんだ。じゃあね~」
「間に合えー」
のんきな声の二人にイラッときつつも、こちらに向かって走り出したアレから逃げなければと、全力で走る。
ファミレスの自動ドアが開くのももどかしく、できるだけ、人にぶつからないように、走る。
けれど、アレは、自動ドアとか、通行人とか、障害物とか関係ないように、走り迫ってきた!
そうやって、後ろを確認したのが、まずかった。
「……あっ!? ……っつ……痛ったぁ……」
無理な体勢に、足がもつれて、盛大に転んでしまった。
すぐに立ち上がろうとしたけれど、全身が痛んで動きが止まってしまう。
そして、首がないナニかが追い付き、私に馬乗りになって、首を締め上げてきた。
そのまま握り潰されそうなほど締め付けられて、意識が遠退きかけて、不意に聞こえた物音に目がいけば、
居眠り運転のトラックが迫ってきて、タイヤが、首に迫って……。
………………。
…………。
……。
「……やあ、目を覚ましたね。双葉嬢、大丈夫かい?」
「…………ぅぇっ? …………げっほ、げほっ」
「ああ、まだ、しゃべらない方がいいよ。とりあえず、あの顔が黒塗りの変質者は蹴飛ばしておいたから、安心して」
死んだと思ったら、無事で? 首というかのどが痛いけど、なぜか孝緒さんに背負われてて?? 変質者???
「なんだかね、近くにいた目撃者の証言だと、交差点で信号待ちをしていた双葉嬢が、後ろから黒い目出し帽を被った何者かに首を絞められた挙げ句道路に突き飛ばされたらしいよ。……普通の人の認識では、そうなってる」
なにそれ? 普通の、人?
「周囲の人が、車道に投げ出されて車に轢かれそうになった双葉嬢を目で追った隙をついて、犯人は逃走。身長も体型もよく分からない不審者が、まだ逃走中。それが警察の公式発表」
……なによ、それ。
「……こういうの、卑怯だと思うけどさ、これから先も、こういうことは起こると思うよ? 俺のそばにいる限りは。……なんもかんも忘れてさ、波長が合わないようにもしてもらえると思うよ? どうする?」
…………どうするって、なんなのよ?
「その人は、……いや、なんか人じゃないっぽいけどさ、信頼できるのは確かだよ。俺が頼めば断らないだろうし、もう二度と、よく分からんナニかに脅かされることなく、暮らしていけるよ。……全部全部、忘れてさ」
……忘れるとか、そんなの……。
「……けほっ、……んんっ、……忘れるとか、そんなの、無理。……だって……」
……だって、私とあなたは、赤い糸で結ばれてるんだよ?
……なのに、全部忘れるなんて、無理。
できることなら、お金ならあるから、私が養ってあげたいくらいなのに。
私や、私の大切な友だちがピンチなときはいつも駆けつけてくれるのに。
……なのに、全部忘れるなんて、無理。
「……あー、分かった。悪かった。謝るから、首を絞めるのはやめてくれないかな? 双葉嬢?」
無理ぃ……。
「いや、ごめんて。もう言わないから、首が…………」
無理なのぉ……。
「……う、お……ムリムリ……ギブ……ギブ……」
好きだから、私は、木ノ下双葉は、あなたのことが、大好きだからぁ……。
・俺 : 主人公。男性。名前は『孝緒』
……備考 : 職業・総合商社の営業。優良物件。
助けた人に絞め落とされかけた。
……いやまあ、無事に送り届けましたがね。
・メリーさん : 金髪碧眼の、少女の姿の……怪異?
……備考 : もうすっかりマダムの家の子。
狩人たるもの、首を狙うのは基本なの。
・桜井 美咲 : 同じ会社の、同僚の女性。
……備考:会社内では、入籍カウントダウンな扱い。
三度目の桜を見て、そろそろ決意を固めようとしても、実際は勇気が足りない……。
・源本 雫 : 主人公に憑いた何者かによって、死の淵から生還した、名家の令嬢。
……備考:外見からして、深窓の令嬢然としている。
親の薦めで大学に通うことになったものの、それよりはみんなとの時間を増やしたい。
・木ノ下 双葉 : 無口で無表情で無愛想な、現役女子高生。
……備考:父は総合商社の営業課長(やや天然)。母は専業主婦(天然)。
走ったら転ぶのは、むしろ自分の方だと頭を抱えることに。
感情が極まって助けてくれた大好きな人の首を絞めることになって、さらに頭を抱えることに。
・碓氷 幸恵 : 幸薄い元誘導員。実家は歴史ある町工場。
……備考:誘導員は退職、工場の事務に専念。
クビと聞くと、解雇のことばかり思い浮かぶ。
・朧 輪子 : 明るい笑顔を絶やさないタクシードライバーの女性。
……備考:先祖に人化した妖怪を持つ、先祖返り。
安全運転のために、体調にも気を付けようと思った。
・謎の幼女 : 御神木の桜の木の中から引っ張り出した、姉と認識する幼女。
……備考:霊だったはずなのに、実体がある。
口数も少ないが、別にしゃべられないわけでもなさそう。
姉として、弟のことは気がかり。
首に手を回してだっこしてもらうのが好き。
・西のマダム : 高級住宅街に住む、セレブな女性。既婚者。
……備考:メリーさんを迎え入れ、たくさんの犬と旦那と一緒に過ごしている。
犬はたまに増える。犬じゃないのもたまに増える。
ちょっと本気で動いてみている。
仕込みは上々。
その結果に、責任を取るとは言ってない。
・牛の首 : 都市伝説の一種。
・備考 : 内容を知ったら死んでしまうという噂。そのため、『牛の首』という話のタイトルは知っていても、内容までは誰も知らない。
知ったら、死んでしまうから。
よって、本文のそれは真実ではなく、ただのジョーク。
好奇心は猫も殺す、という言葉をご存じか?
好奇心に負けて、行動を取ってしまった結果、ひどい目にあったことはあるだろうか?
この都市伝説は、
『危ない場所やものには近づかない。好奇心に負けてはいけない』
という教訓から作られたものではないかと愚考する。
怪我をして後悔するよりは、自分の身を大事にしてほしい。




