第五十話:風
夏も真っ盛りの今日この頃。
暑さでどうにかなってしまいそうな気がしないでもないが、元気な人は元気なもので。
『もしもし、わたし、メリーさん』
はいよ、どうしたんだい? メリーさんや?
『今度の土曜、お祭りに連れてくの。隣町の小さなお祭りだけど、打ち水をやってて涼しいと評判なの』
隣町の祭り? そんなんあったっけ? 隣町だとたまに情報が届かないときがあるんだよな。
『地元住民からの確かな情報なの』
あ、碓氷さんか。なるほど。
『たこ焼き、イカ焼き、焼きそば、フランクフルト、わたあめ、チョコバナナ、金魚にヒヨコ♪』
こらこら、金魚すくいにカラーヒヨコといいなさい。
食べ物と一緒に語ると、食べる気なのかとビックリするだろ?
『さすがにヒヨコは食べないの。金魚も、鯉くらいの大きさじゃないと食べた気しないの』
……うーん。大きくて食いでがあるなら食べるって言ってる気もするんだけど?
『もー。鯰やザリガニならともかく、金魚は食べないの……』
あ、うん。生は無理だよな。
『とにかく、お祭りに連れてくの~。また、電話するの』
ひゅおお、ちりん、ちりん、ちりーん。
お、通話切った音が風と風鈴の音とは。
メリーさん、風流だね。
さて、日曜は早く起きて、姉貴を予約していた美容室に預けて、レンタル浴衣の着付けをしてもらいつつ、メリーさんを回収して姉貴と合流して、碓氷さんの待つ隣町の工場へ。
浴衣を用意したという碓氷さんの格好は、水色と白のグラデーションが涼しげな印象で、アジサイの花が夏を思わせていた。
また、珍しく髪をアップにしていて、うちわと巾着袋がまた似合っていた。
「ど、どうですか……? おかしくないですか?」
すがるように問う様は、庇護欲を誘うようで、
「うん、似合ってるよ碓氷さん。綺麗だ」
素直に誉めれば、
「そ、そ、そうでしょうか……?」
面白いくらいに顔を赤くしてうろたえる碓氷さん。
本音ではあるけどさ、ちょろすぎない?
俺、心配になってくるんだけど。
「わたしのも見るのっ!」
そういって背中を見せるメリーさん。
……うーん、こいつぁやべぇな……。
足元が、草原を思わせる薄い緑色から、上に向かってだんだん白に近くなっていくグラデーションで、背中にはギラついた目の人の顔みたいな太陽が、存在感マシマシで鬱陶しく主張していた。
……おかげで、メリーさんの背中見るたび暑苦しくなってくよ。
誰だよこんなんメリーさんに着せたヤツ。
……まさか、マダムか?
それに対して姉貴は、ピンクから白へのグラデーションで、おかっぱな髪を後ろでまとめていて、無難ながらも可愛らしく仕上がっていた。
……こりゃもう、センスというよりは方向性の違いなんだろうな……。
はいはい、二人ともかわええよ。
なでりこなでりこ。
※※※
隣町の祭りは、町のメインストリートをそれなりの大きさの山車が練り歩くもので、あまり派手さはない。
しかし、メインストリートを水浸しにして、さらに水をまき続けることで、
そこを通る山車は海を渡ることを表現しているのだとか。
海を渡ることで、先祖が海から来たことを示し、その先祖が船を造るために、山あいのこの町にやってきたことを示すのだとか。
神事が行われ、祝詞が奉じられ、山車が動きだすが……。
山車を引く人たちと水をまく人たちとの威勢のいい掛け声をよそに、メリーさんは出店の食べ物をあれこれ買い漁っていた。
たこ焼き、イカ焼き、お好み焼き、焼きそば、焼き鳥、フランクフルト、わたあめ、チョコバナナ、クレープ、りんごあめ、かき氷。
お祭り価格だろうと構わずどんどん買っていく様子は、見ていてハラハラするし、荷物持ちを買ってでた碓氷さんがなんともあわれに見えるが……。
買って隣の店に移動しながら姉貴と分けあって食べる様子は、なんともほっこりするもので。
「おう、お嬢ちゃん。うちのもどうだい?」
「食べるのならこっちでも売ってるぞ!」
「お嬢さんおいで~」
「はあはあ、金髪少女と黒髪幼女が仲良くお手々つないで……はあはあ」
へい旦那、うちの子たちになんか用かい?
……って、熱中症かよ? お祭りの責任者さーん、救急車ー。
「たくさん食べて満足なの!」
お腹をポンポン叩いて見せるメリーさん。
……こら姉貴、そんなの真似しなくていいの。
そこからは、射的にくじ引きに型抜きに輪投げに、ゴムボールや風船すくい。
変わりだねとしては、鮎すくいがあったな。ほぼ釣りだったけど。
鮎釣ったら、焼いた鮎と交換してくれるシステムだっけ。
あつあつはふはふいいながら、1本の鮎の串焼きを二人で分けあって食べる様子は、注目の的だった。
「見てるだけで、楽しくなりますね」
碓氷さんの言葉に、ほんとそれな、とうなずく。
「……その、見てるだけで、お腹いっぱいになりますね……」
……ほんと、それなー……。
祭りそっちのけで出店を堪能していれば、日もだんだん傾いてきて、時間もそろそろいい感じになってくる。
山車の移動が終われば、またお払いやって締めの挨拶になる。
そろそろ帰ろうか、と言ったとき。
風が、ぬるりとまとわりつくような風がふいて、そして……。
ジジジッ、と、強く焼け付くような感覚。
感じた瞬間、姉貴を抱き上げ片手でメリーさんを押し背中で碓氷さんを庇う。
ごっ! ぎゃりいんっ! びしゃっ!
重い打撃音と、刃物で金属を斬り付けたような音と、液体をぶつけたような音。
足に微かな衝撃があったものの、何かの影響で、無傷で済んだようだった。
『おや、倒れないぞこやつ?』
『おや、斬れないぞ兄者?』
『おや、塗れないぞ兄者?』
「なんだお前ら……」
目の前には、つむじ風。木の葉や砂ほこりが舞っていることで、かろうじてその存在を認識できるが……。
『ならば、倒れるまで』
『ならば、斬れるまで』
『ならば、塗れるまで』
『『『疾風の如く、駆け抜けるまで』』』
ゾクッと、した。
つむじ風が、回転速度を上げながらこちらへと向かって来る。
まずい。
そう、思った時だった。
くぁん。
なにか、動物の鳴き声が聞こえた気がした。
気がつけば、つむじ風は嘘のように消えていた。
くぁん。
また聞こえた、何かの動物の鳴き声に振り向いたとき。
ふさふさの、実り豊かな稲穂のような金色のしっぽを見た気がした。
「……な、ん、……だったんで、しょうか……?」
かろうじて、声を出す碓氷さんに、分からんと首を振るのが精一杯な俺。
「……ちっ、横からかっ拐われたの」
こらこら、女の子が舌打ちなんかするんじゃありませんよもう。
姉貴は姉貴で、自分から地面に降りて、つむじ風が当たったらしい俺の足をペタペタ触ったあと、俺を見上げてサムズアップした。
……無表情なのに得意気に思えるのは、姉貴がなんかやって守ってくれたってことか?
ありがとうな。
・俺 : 主人公。男性。名前は『孝緒』
……備考 : 職業・総合商社の営業。優良物件。
何の鳴き声だっけ? どっかで聞いたことがある気がする……。
・メリーさん : 金髪碧眼の、少女の姿の……怪異?
……備考 : もうすっかりマダムの家の子。
なんだか分からないけれど、わたしにケンカ売るとはいい度胸なの。
格の違いを見せてやるの。
……と思ったら、横やりが入ったの……。
・桜井 美咲 : 同じ会社の、同僚の女性。
……備考:会社内では、入籍カウントダウンな扱い。
夏祭りには、家の用事で行けなかった。
浴衣着て、一緒にいきたかったです……。
・源本 雫 : 主人公に憑いた何者かによって、死の淵から生還した、名家の令嬢。
……備考:外見からして、深窓の令嬢然としている。
あの人と一緒の夏祭りより優先することがあって、ちょっと腹立つ。
・木ノ下 双葉 : 無口で無表情で無愛想な、現役女子高生。
……備考:父は総合商社の営業課長(やや天然)。母は専業主婦(天然)。
学校で、浴衣を自分で縫ったとクラスメイトに言ったら、それを聞いてた男子に、一緒に祭りにいく相手がいるのかよ? と言われてキレかけた。
……キレてないですよ?
・碓氷 幸恵 : 幸薄い誘導員。実家は歴史ある町工場。
……備考:誘導員は退職、工場の事務に専念。
何か悪いものが出てきたことは分かった。そして、何か良いものが出てきたことも。
・朧 輪子 : 明るい笑顔を絶やさないタクシードライバーの女性。
……備考:先祖に人化した妖怪を持つ、先祖返り。
このクソ暑い中、涼しく移動できるタクシーはいつでも仕事が舞い込みます。
あー、一緒にお祭り行きたかったなぁ……。
・謎の幼女 : 御神木の桜の木の中から引っ張り出した、姉と認識する幼女。
……備考:霊だったはずなのに、実体がある。
口数も少ないが、別にしゃべられないわけでもなさそう。
姉として、弟のことは私が守る
傷つけるつもりなら容赦はしない。
・カマイタチ : イタチの妖怪。三位一体。
・備考 : 自然現象を妖怪になぞらえたもの。
三兄弟で、一番前がこん棒をもって足を打って転ばせ、二番目が鎌で斬り付け、最後が薬壺をもって薬を塗って出血を止めると言われている。
また、飯綱など、いくつかの名前を持っている他、中国の伝説の妖怪とも結びつけられることも。
・稲荷 : 神の眷属。あるいは、社に宿る神の化身。狐の姿をしている。
・備考 : 諸説あるものの、実り豊かな稲穂のような金色の毛並みとしっぽ、農家の天敵にして貯蓄する食料を食い荒らす小さな害獣のネズミを獲ることから、豊穣の神として奉られる。
また、キツネの字に別の漢字をあてることで、精霊などになぞらえることも。
だからといって、野生のキツネを触ったりしてはいけない。
どさん子のヤツは、特に危ない。




