第四十六話:物件
「どうも、お世話になりました。この恩は必ず」
「あら、本当に大丈夫なのですか? 何日でも、居てもらって構わないのですよ? メリーさんも喜びますし」
「直接物件を見て回ろうかと思いますので」
マダムはそういって引き留めてくれるし、メリーさんは期待のこもった眼差しを向けてくるが、旦那さんとの愛の巣に他人が混ざるのは、俺の方が気にする。
先住犬の先輩たちもたくさん構ってくれるが、なーんか、くろすけ先輩が、ね。圧掛けてくるんだよ。旦那さんと一緒になってな。唸ったりはしないが。
あと羽生えた仔犬も一緒に。
仔犬の方はしっぽ振ってたが。
そんなわけでマダム、メリーさん、西野氏、一晩ありがとうございました。
さて、親の命日に墓参り兼里帰りしたら、村の高台にある御神木が炎上してて、自宅のボロアパートも火災発生、焼け落ちたアパートの残骸を前に呆然としていたところ、西のマダムから家まで来て欲しいと言われて一晩世話になったわけだが……。
『……?』
御神木の中から引っ張りだした、なぜか『姉貴』と認識する幼女は、今は俺の腕の中で周りの景色に興味津々のようだ。
たまに目が合うと、首をかしげたあとニコッと笑うので、既に結構な癒しをもらっている。つられてニコッてなっちまうね。かわええ。
これは、悩んでられないなと思ったりする。
ぜひとも、早急に部屋を見つけねば。
ホテル暮らしで貯蓄が削られていくのはなんとしても避けたい。
アパートの管理人とも電話で連絡は取ったが、
『不審火とかでないから保険も降りない。全く、大損だ。どうしてくれる!?』
と、なぜか逆ギレされた上に電話を切られたので、以降の会話を断念。なぜか着信拒否されたし。
というか、俺の部屋から出火した訳じゃなさそうなんだがな?
その出火した部屋の住人は、危険を感じて真っ先に逃げたそうだ。他の住人に知らせずに。
さらに言うと、消防の人の話では、タバコの火が紙類とかに燃え移ったのが主な原因らしいんだがな。
それ、不審火とは違うの?
※※※
春休み中だから時間に余裕があるという雫嬢と双葉嬢と合流して、午前中は物件巡りになりそうだ。
幸いにも、俺の車は無事だったので、俺、姉貴、雫嬢、双葉嬢の四人で不動産屋へ。
以前から見繕っていた物件の間取り図を見せてもらい、恰幅のいい担当に先導されて直接物件を見に行ったのだが……。
・1件目
目の前には、高層マンション。
地上三十階、地下四階まであるそうで、一部屋だけでもウン千万はいきそうな雰囲気の高級感漂う外観。
見学だけでも記念になりそうだが……。
「で、雫嬢。ここの何階の何号室なんだい?」
「最上階ワンフロア丸ごとよ!」
「却下で」
大きな胸に手を当て、自信満々に宣言するも、俺としては却下するしかない。
ワンフロアって、何部屋あるのさ? そして、それだけ借りるお金はいくらかかるの? 所有してるならともかく……って、買わないでね? 俺の給料でどうにかできる範囲にしてくださいな。
涙目になった雫嬢は可愛かったが、俺としては養われるよりは養いたいんだよ。
・二件目
今度は、なぜか歴史的建造物に認定されそうな日本家屋。
広い庭や畑、田んぼが付いたとても広い物件。
文化財一歩手前な日本家屋の維持管理をしてもらえればと安い金額が提示されているが……。
「却下」
「な、なんでですかっ!?」
「なんでって、周りをよく見なさいな」
条件的な面でリフォーム不可とか。他にも、
ガスはともかく電線や水道も来てないとか、家の周りは草ぼうぼう、畑も田んぼも耕作放棄地になっていて、田んぼには細い木がまばらに生えているんだよ?
開拓民にでもなるのかな?
涙目な双葉嬢も可愛かったが、現代人な俺には生活できそうもない。
日本家屋に憧れのある人ならまだしもな。
・三件目
一見、庭付き一戸建ての新しそうな家だが……。
「今度は、相場よりだいぶ安いわ。住宅地の範囲だし、周りに家が少ないから静かに生活できると思うの」
今度こそと胸を張る雫嬢と、
「築十三年、二階は四部屋、耐震補強等リフォーム済み、ソーラーパネル付き、倉庫と地下保管庫付き、最寄りのバス停留所まで徒歩一分。これほどの物件は早々ありませんよ!」
ふんすと鼻息荒くする双葉嬢は、ほんとに可愛らしくて、なんなら頭撫でてあげたいくらいだ。
……ただ、な……。
「却下」
「「なんでっ!?」」
なんでって、二人には見えないかなぁ?
俺には、新しそうなこの家の外壁に夥しい量の血が飛び散っているように見えるんだよなぁ……。
それと、屋根より背の高い怨霊……地縛霊? が、両手でバッテンしてる。
……えーとなになに? 来るなって? そちらさんが既に住んでるなら、荒らしたりしないって。静かに過ごしたいんだろ? 分かるわぁ。分かるから、だからな?
だから、怨念向けるのやめぇや。この娘たちにちょっとでも怖い思いさせたら、容赦せんぞ?
ひぇっ、て? 昼間にも出てこられるくらいの強い地縛霊なのに、なんだか情けないなあ。
こら、姉貴、手ぇ出さないの。
変なヤツに関わっちゃいけません。
バイバイしなさい。バイバイ。
「と、いうわけで、次の」
物件に、と言おうとして、視界が一瞬で切り替わる。
見た感じ、八畳間くらいの広さの普通の部屋だが、入ったわけでもないのにいきなり室内にいたのが異常事態な訳で。
「あの、孝緒さん、これは、その……」
「ん? ああ、さっきまで見てた物件、地縛霊がいたっぽくてさ。入るな来るなってバッテンしてたんだよ。だから、物件の中ではない」
「えっ!? つまりあそこ、事故物件だったってことですか!?」
戸惑う雫嬢に、驚く双葉嬢。そんな二人に、肩をすくめて見せる。
まあ、直接物件見た訳じゃない上にその事実を知らないなら、二人の反応も分かるか。
「とりあえずは、ここから脱出しようか」
「「は~い」」
不安にさせないようにのんびり言えば、二人とものんびり返事しながら片手を上げた。姉貴もそれにつられて、しゅびっと鋭く片手を上げた。
三人ともかわええなあ。
さて、脱出するにあたり、まずは状況を確認するか。
正面と右手にはドア。
左手は壁。
後ろは窓になっている。
窓の外の景色は、真っ暗でありながらも、黒と赤と紫のナニかが混ざったり分かれたりしながら蠢いているのがなぜか分かった。
雫嬢と双葉嬢が、小さい悲鳴を上げてしがみついてきたことで、少なくとも二人にもそのナニかが見えていることが分かる。
ルートを間違えると即死トラップが発動する『八門遁甲の陣』じゃなさそうだな。
とりあえず適当に、正面のドアを開けてみる。すると、闇が渦を巻いていてなんとも不安を掻き立てるが……。
「じゃ、行ってみようか」
努めて明るく振る舞えば、二人ともうなずき、四人揃って渦をくぐった。
その、先には……。
「ふむ。さっきと同じ部屋のようだな」
渦をくぐる前と同じ部屋のように思えた。
少なくとも、俺には違いが分からない。
二人に聞いてみても、答えは同じだった。
「ふむ。なら、『メビウスの環』か? それとも別のか? これはめんどくさいな。近くにいた方が守ってやれると思ったが、これなら、双葉嬢は外にいた方がよかったな」
俺が、心底めんどくさそうに吐き捨てれば、
「なんでか、理由を聞いてもいいです?」
双葉嬢は不満そうに膨れていた。まあ、気持ちは分かるが。
「なんでって、まだちゃんと繋がってるんだろ? 糸が」
はいっ! と、花が咲いたように笑い、小指を立てて見せる双葉嬢。
霊的な繋がりなのか、双葉嬢の小指にはうっすらと赤い糸が結ばれているのが見えて、しかも俺と繋がっていた。
すると今度は雫嬢がむくれてしまい、失言を悟った。
「早く出ましょう?」
膨れっ面で大きな胸を押し付けてくる雫嬢をなだめつつ、『元の位置に戻る部屋』からの脱出を試みるのだった。
一方、その頃。
「ああスッキリした。クソリア充め。子持ちの癖に可愛い女子高生を二人も侍らせているとか、世の中間違ってる。……だが、これで悪は消えてなくなった。女の子はもったいなかったが、悪が消えたことの方が重要だろう」
「なるほど。やはりお前か」
不動産屋のタヌキオヤジがぶつくさ言ってる間に、元の世界に帰還した俺と姉貴と雫嬢と双葉嬢。
ひぇっ……。と腰を抜かすタヌキオヤジを三人して冷たい目で見下ろす。
さて、どうしてくれようか?
こんな時に、スマホに着信。
どこのバカだよと思いつつ、姉貴がいるから舌打ちは我慢して画面を見れば、
。・゜・(ノ∀`)・゜・。
……あ、あれ? どうした? メリーさん? なに泣いてんの?
『もひもひ、わらひ、メリーしゃ……くしゅんっ!』
あー……メリーさんて、花粉症なんだっけ。この時期、大変だな。
『ママひゃんから、伝言、なの……くしゅんっ!』
はいはい、なんだい?
『そのタヌキ、あとでシメておくから、ほっといていいわ。……くしゅんっ! だ、そうなの……くしゅんっ! くしゅんっ!』
あー……、ほんと、大変だな。花粉症って。
『おのれスギ花粉……。来年までには呪い殺してやるの……くしゅんっ!』
ほうほうの体で逃げ出すタヌキオヤジに、内心で中指立てておく。
『また、電話するにょ……』
がちゃ、くしゅんっ! くしゅんっ! くしゅんっ!
ありゃ、通話切った音までくしゃみだよ。相当だな……。
まあ、マダムがシメるってんなら、物件探しに戻りましょうかね。
ほらほら、二人とも。いつまでくっついてるの?
ちょっと名残惜しく思いながらも、しがみつく二人の少女を出来るだけ優しく引き剥がしたのだった。
・俺 : 主人公。男性。名前は『孝緒』
……備考 : 職業・総合商社の営業。優良物件。
物件は、一日では見付からなかった……。
おのれタヌキオヤジ。
・メリーさん : 金髪碧眼の、少女の姿の……怪異?
……備考 : もうすっかりマダムの家の子。
花粉症には、呪いが届かなかった模様。
来年までにはと、本気の全力で呪いを掛けようか考え中。
・桜井 美咲 : 同じ会社の、同僚の女性。
……備考:会社内では、入籍カウントダウンな扱い。
勇気を出して、泊まりに来ても大丈夫と連絡しようとしたら、既に出遅れていた……。
・源本 雫 : 主人公に憑いた何者かによって、死の淵から生還した、名家の令嬢。
……備考:外見からして、深窓の令嬢然としている。
所有しているビルの管理者でもしてもらおうかと考えたり。
・木ノ下 双葉 : 無口で無表情で無愛想な、現役女子高生。
……備考:父は総合商社の営業課長(やや天然)。母は専業主婦(天然)。
雫と一緒に探した物件が、ことごとく問題ありと分かってへこんだ。
・碓氷 幸恵 : 幸薄い誘導員。実家は歴史ある町工場。
……備考:誘導員は退職、工場の事務に専念。
嫁もいいけど、入婿ってありかな……? なんて考えてる。
・朧 輪子 : 明るい笑顔を絶やさないタクシードライバーの女性。
……備考:先祖に人化した妖怪を持つ、先祖返り。
一緒に物件見て回りましょうと張り切ったが、仕事しろと拒否されて涙目。
・謎の幼女 : 御神木の桜の木の中から引っ張り出した、姉と認識する幼女。
……備考:霊だったはずなのに、実体がある。
口数も少ないが、別にしゃべられないわけでもなさそう。
今は色々なものに興味津々。
・蚊帳吊り狸 : 狸の使う妖術の一つ。
・備考 : 対象を、異界の部屋(蚊帳)へと閉じ込める術。部屋の外へ出ても、その先はまた同じ部屋という、無限の牢獄。
脱出するには、何十回も同じ方向に進まなければならず、方向を変えたらまた、一からやり直しという。正解を知らなければ心折れてしまいかねない。
空間のねじ曲がった無限の牢獄などというと、妖仙の操る仙術にも思えるものの、実際のところは酔って幻を見て右往左往していただけと思われる。
・メビウスの環 : ∞無限を意味する円環。
・備考 : 折り紙などを細く切って輪っかにし、繋げて鎖にして、飾り付けなどしたことがあるだろうか?
輪っかにする際、一度だけ捻ってから輪っかにすると、∞を描く環が出来上がる。
普通の輪っかなら、外側をなぞれば外側だけ、内側をなぞれば内側だけしかなぞれない。
しかし、メビウスの環は内側も外側もなぞれることから、無限に続く円環と考えられる。
そこから派生し、密室(鍵は掛ける必要はない)でメビウスの環を作って(環を作る材質は問わない。ここでは紙とする)永遠を願った者が、その密室から出られなくなるという都市伝説が生まれた。
ドアから出ても、窓から出ても、何度脱出を試みても、同じ部屋に戻ってしまう。
メビウスの環から脱出する方法は、紙で作った(材質は問わない。ここでは紙とする)メビウスの環を、ハサミを縦に入れて二つの環に切り離すこと。
ここで横に切って、一本の紙の帯にした場合、元の世界から切り離されて二度と戻れないという。
良い子も悪い子も、天の邪鬼な子も、試したりしてはいけない。
八門遁甲 : 古い占術の流派の一つ。奇門遁甲ともいう。
・備考 : 『八門遁甲の陣』とは、同占術においての八つの方角になぞらえて、八つある門の内の一つを安全な脱出経路とすることで、他の門に確殺ないし致死の罠を仕掛けることを可能とした必殺の転移トラップ。
門をくぐり抜けて無事に脱出できる確率は、八分の一。
脱出したその先にも罠がないとは限らないという、敵意を持った侵入者に対して凄まじいまでの殺意が込められた罠。
また、八門の内の一つを『死門』と呼ぶため、肉体の限界を解除して命を削る代わりに、何倍もの力を引き出す手段。
八つ目の『死門』。そこを開けたら死ぬ。という意味。
……でも、実際それやったヤツは生きているという矛盾。
リミッター解除して機体の手足を切り離した某パイロットさんは死んじゃったのにね?




