第二十五話:とても、大きいです……。
「係長、この度は誠に申し訳なく」
「ああ、うむ。話は聞いた。人助けの後、急な体調不良と。うん、むしろ、このご時世で体調不良のまま営業に行ったりしたら、そちらの方が先方に迷惑がかかる。分かるね?」
いきなり被せてきやがったよ、このデブ。
謝罪くらい全部言わせろや。
「君には、今日やってもらいたいことがあるのだよ」
いきなりなんだよ。営業なんだから、あいさつ回りに行かなきゃならんだろうが。
「もちろん、先方には許可を取ってある」
それって、取引先のことだよな?
やってもらいたいことの話じゃないよな?
「では、会議室に行こうか」
俺の話聞いてくれる? 聞く気ない? あっそう。
「……ふぅ、君は、方々でずいぶんと可愛がられているのだね?」
会議室で始まったのは、俺が営業先で女性から言い寄られていることに対する愚痴だったり、
「君の代わりに営業に歩いたのだがね? あれだけ歩いたのは久しぶりだったからなぁ。やれやれ、膝が痛いよ」
日頃の運動不足への泣き言だったり、
「桜井くんとはどうなんだね? その気があるなら、早くもらってあげなさい」
余計なお世話だったり。
早く本題入りなよ。マジで。
俺帰るよ? 営業行くよ?
「……んん、では、本題に入ろう」
俺の念が伝わったか、ようやく話が進むようだ。
「うちの甥っ子が、部屋に引きこもってしまってね」
「営業行きます」
おもいっきり私事じゃねぇかよ。付き合ってられん。今、仕事時間だぞ? 今日は休みじゃねぇんだぞ?
「待ちなさい。気持ちは分かるが、取引先との話だよ。座って、最後まで話を聞きなさい」
怒りだすでも焦るでもなく、デブの淡々とした口調から、この話は深刻な話なんだと思い知らされた。
……てかさ、デブさあ、普段から今みたいな真剣な顔してたら、普通にモテると思うよ?
役職持ちで高給取りで身内の危機には全力って、プラス要素ばかりじゃないか。
これで、普段からセクハラしたり上司に揉み手したり部下をいびったりしなけりゃな。
……何て残念なデブなんだ……。
で、話をまとめると、
・中学生の男の子が、引きこもりになった。
・理由を聞いたら、背の高い女が僕を見て笑う。と言う。
・その女、家の周りを歩き回りながら、段々近付いてくる。
・だから、部屋の四隅に盛り塩して引きこもっている。
・しかし、大人は誰一人、そんな背の高い女なんて見ていない。
「……これで全てだ。何か分かることはあるかね?」
分かるかよ。
「それで、私にどうしろと?」
「解決したまえ。可能かね?」
「…………可能とは言いませんが、まずは先方の話を聞こうと思います」
「それで良い。誰にも見えない女など。思春期男子だからといって、妄想も大概にしないとな。家族や身近な者以外の他人がちゃんと話を聞けば、落ち着くかもしれん」
…………つまり、あんたら身内は、まるっきりうそや妄想と決めつけてたってことになるんだが?
身内が信じてやらないで、いったい誰が信じてくれるんだよ?
……で、やって来ました西の住宅地。
んで、視線の先には…………ああ、うん、確かに。
………………でかいわぁ………………。
何がって? 背丈だよ。身長でかすぎるわぁ。
各住宅には塀が建っているが、その塀より背は高い。
普通にビビるレベルですよ。
なのに、その姿は、まるで避暑地の令嬢。
白い帽子に、白のワンピース。肌は日焼けなどとは無縁に白い。
……んで、やはり、チリチリと鳥肌が立つような恐怖を感じる。
『ぽっぽ、ぽぽぽぽ、ぽーぽー』
……んで、ある意味、恐怖を感じる鳴き声。
ハト? フクロウ? どっかの部族?
すっげぇ突っ込みたい!
だってさあ、明らかに視線が固定されているのに、体は揺れること無く音も立てず楚々と歩く様は、本当に令嬢然としていて、見とれてもおかしくないくらいなんだから。
なのに、
『ぽぽぽ、ぽぽぽ、ぽぽぽ、ぽーっぽっぽ』
なんだよ? この、気の抜ける鳴き声は?
『うふふ、今行きますからね? 待っていてくださいね? そのうち行きますからね? 待っているといいですね?』
なんだよ? この、訳の分からない言葉は?
すぐ行くのか? いずれ行くのか?
そもそも、ちゃんとしゃべれるのかよ?
……ああ、突っ込みたいっ!
でも、実際どうすっかな?
この、会話が成立しなさそうな感じ。
話し掛けたらいきなりキレそうだし。
もう少し、様子を見るか。
そのまま観察を続けると、あることに気付く。
ぽーぽー鳴きながら、何事か呟きながら同じところを何度も行ったり来たりしてる。
……まさか、道に迷ってんの!?
…………ああっ、マジで突っ込みたいっ!
そんな風に、悶々としていた次の瞬間、何かが物凄いスピードで通過し、白い女性が吹っ飛んでいった。
……今の、俺の見間違いじゃないと、ケツから火を噴いて飛ぶジジイと、長い白髪を風になびかせ、前傾姿勢で疾走する鬼のような形相の婆さんだった気が……。
で、吹っ飛んだ白い女性。
上半身がギャグみたいに壁にめり込み、
『ぽっぽー』
と鳴き声一つあげると、少しずつ体が透けていき、消えてしまった。
呆然としていると、スマホに着信。
こんなときに誰だよ?と舌打ちしながらディスプレイを見てみれば、
(゜Д゜≡゜Д゜)?
何かあったのかい? メリーさんや?
『もしもし、私、メリーさん』
はいはい。こっちも大変だけど、メリーさんも大変そうだな?
『空飛ぶおじいちゃんと、それを追っかけるおばあちゃんが、今目の前を通っていったの。すごいスピードだったの』
そうか? 前にテケテケ追っかけてたメリーさんも、大概だったぞ? なんせ、高速バスを一瞬で追い抜いてったんだからさ。
『空飛ぶおじいちゃん、お尻から火が出ているのに、お尻を火傷してないか気になるの』
そうか? ジジイのケツなど興味はないけどな。
『おばあちゃん、いっつも、おじいちゃんの愚痴ばかり言ってるの。浮気ばっかりするって』
おっと。メリーさん、知り合いか? 世間は以外と狭いな。
『じゃあ、お仕事頑張って、なの』
……あ……。ヤバい、メリーさんの恥ずかしそうな応援の声って、理性がどっか行きそうだ。
今目の前にいたなら、だっこして頭ナデナデしまくってただろうな。
『また、電話するの』
がちゃ、つー、つー、つー。
…………つまり、この件は、終了ってことでいいのかな?
…………俺、今回なんもしてないけど。
…………まあ、たまにはいっか。
・俺:主人公。男性。
……備考:職業・総合商社の営業。優良物件。
ハーレム願望はありません。
今回はなんもしなかった。なんかする前に終わった。
・メリーさん:少女の姿の……怪異?
……備考:もうすっかりマダムの家の子。
見かけたけど、今回は追っかける気にはならなかったの。
・桜井さん:同じ会社の、同僚の女性。
……備考:会社内では、入籍カウントダウンな扱い。
今日は係長のセクハラがない。助かるけれど、何かあったのではと逆に心配です。
・八尺様:身長が八尺(約2m40cm)ほどあるでかい女。見るものによって認識する姿(年代)が変わる。
……備考:白い帽子に白いワンピースと、令嬢然とした姿で、14歳くらいまでの思春期の少年を連れ去るという怪異。ショタコン。
『ぽ、ぽぽ』などと鳴く。
地蔵などの結界により、一定範囲に封印されているが、封印が決壊した場合、野に放たれるといわれている。
創作とはっきり記されている、新しく作られた怪異でありながら、その容姿から萌えキャラ扱いされるようになり、ネットという異界の中で市民権を得るに至った。
清楚なお嬢様、という扱い。しかし、でかい。何がって?身長ですよ。
……身長ですよ?
※このネタ《八尺様》は、《イクス》さんより提供していただきました。
・ジェットジジイ:老人の姿の怪異。
……備考:超高速で移動する。空戦用。
ジジイになってもハーレム願望垂れ流し。
高く飛ばないのは、婆さんとの追い駆けっこが楽しいから。
・ターボばあちゃん:老婆の姿の怪異。
……備考:超高速で移動する。陸戦用。
婆さんになってもジジイ一筋の純愛ぶり。
ただし、浮気したら修羅と化す。




