第十四話:綺麗?
本日は、全体会議の日。ほぼ全社員が集まっての大会議になる。
全国の支店の社員も、テレビ電話などで繋がっての会議だ。
議題はたくさんあるし、平社員でも意見を言う機会があるということで、やたら張り切っているものもいる。
俺も、参加を強制された口だが、実際の参加率は八割程度だと言う。
というのも、今日この日でないと駄目な取引先や、電話対応などのために、どうしても参加できない社員がいるためだ。
で、そういう社員は、大層羨ましがられるわけで。
なんせ、社長に直接目にかかる貴重な機会だ。
そんな時に居眠りなんぞしたときには……うん。大変なことになるだろう。
ワンマンでアホな社長だが、商才は多方面から認められているようで。
そんな相手を怒らせた日には、業界全体から煙たがられるとか。
うん。すっごい迷惑。
そんな全体会議も、午後三時まで。
以降は社長が退席するので、以降も残った議題を片付けるために会議は続くが、空気は弛緩する……というよりは、ダレる。
社長の顔色をうかがう必要がなくなる訳で、みんなめいめいに飲み食いしながら適当に議題をこなしていく。
んで、そっちの方が素早く片付いていくわけで。
その後一時間で、半分残った議題があっさり片付いた。
ワンマン社長、超邪魔。
で、俺はというと……。
「お疲れ。…………いや、本当にお疲れさま」
午後三時から、お得意様回りでござい。
まあ、半分ほどだがな。
こんな時間にありがとうございますよ、ほんとに。
スマホで時間を確認する。
ただいま夜の七時過ぎ。会社に戻って家に帰れば……何時になるんだろうな?
俺が戻るまで待つと言ってくれた桜井さんを電話で無理やり先に帰したので、閉店業務は俺一人……とはいかず、責任ある立場の方をお待たせすることにおなりあそばせたわけだが。
だーれかさんは、残業申請。
俺は、報告後直帰になる。
残業? 申請を受け取る人がいないとな。
自称セキニンシャさまは、受け取った申請をシュレッダーにお掛けあそばせるわけで。
殺意の波動って、どうやったら目覚めるんだろうな?
帰り道。日が落ちて真っ暗になっても、寒さを感じなくなってきた。
そんな春の日だから、分厚いコートを着ている性別不詳な人物を見ると、春になると出てくる変な人でないかと思うもので。
帽子に眼鏡に布マスクにロングコート。
不審者まっしぐらなその人物が、俺の行く先を遮るように前に出てくる。
『……ねぇ、そこのあなた?』
女の声だが、返事したくねぇ。無視して回れ右すっかな?
『……ねぇ? わたし、キレイ?』
…………。
『ねぇ? わたし、キレイ?』
…………。
『ね、ねぇ? わたし、キレイ?』
…………。
『ねぇ、ねぇったら、ねぇ?』
「うっさいわ! 俺にそれを問うか?」
『そ、そうよ? ……わたし、キレイ?』
「問うと言うなら、答えてやろう。まず、そのマスクを外すがいい。顔が分からぬ相手を綺麗などと間違っても言えない。そして、亡き両親の遺言で、嘘は言えない。まずは顔を見せるがいい」
不審な女性がマスクを外す。……しかし、その顔を、認識できない。
『どう? わたし、キレイ?』
……さて、認識できない顔を、嘘を言わずにどう言うか?
「…………すまん。俺には分からない」
女性は、さすがにショックを受けたようだった。一歩後ずさっていた。
「こんな俺の持論だが、聞いてくれるか?」
『え、ええ……』
「そも、美醜とは、綺麗か否かは、個人の感性に依存するものがある。昔と今とでは、美の価値も変わる。だから俺は、顔でも、身体でも、身のこなしや立ち居振舞いでもなく、その心の在りかたに、美を見出だす」
『……え? ……えぇ……?』
「例え醜いと言われる容姿だろうと、その心が美しければ、美しいと言う。それが俺の在りかただ」
『……そう』
…………。
『……ごめんなさいね。わたし、行くわ……』
「……達者でな」
不思議と、マスクをすると、女性の姿をちゃんと認識できるようになる。
そのまま、女性は、一度も振り返らずに立ち去ってしまった。
「…………綺麗だよ。あんたの瞳は」
素顔は認識できなかったが、マスクをしたその瞳は、綺麗だと思った。
スマホに、着信。
顔を振り、ため息一つ。
こんな時に、こんな時間に、一体誰が……。
(TЗT)≡З
うん? それは何を表しているんだい?
『もひもひ、わたひ、メリーひゃん……くしゅんっ!』
おや? 風邪でも引いたのかい?メリーさん?
『花粉症の季節なの……くしゅんっ!』
ああ、花粉症か。大変だそうだからな。
薬飲んで、マスクして、度のない眼鏡かけて、注射したりしてな。
『おのれ、杉花粉……。呪ってやろうか……』
こらこら、メリーさん? 怨念が漏れてるぜ? 背筋がブルッたぜ?
『杉の木なんか、全部滅べばいいの……。また電話するの』
がちゃ、つー、つー、つー。
うーん。メリーさんも、花粉症になるんだな……。
ははは……。
なんでだろうな? 笑えてきた……。
人物紹介
・俺:主人公。男性。
……備考:職業・会社員。
花粉症とは無縁。
学生の頃、ブスと呼ばれていた心の綺麗な彼女は、今はどこで何をしてるんだろうな……。
・メリーさん:少女の姿の……怪異?
……備考:花粉症?春は鼻がむずむずするの。
おのれ杉花粉。呪ってやるの。
・桜井さん:同じ会社の、同僚の女性。
……備考:残業せず先に帰れって言われた。
セクハラ上司と一緒でなくて助かりました。気遣い、ありがとう。
・口裂け女:マスクをした女性の姿の怪異。
……備考:美容整形が流行った時代、口元の整形に失敗した女性が、「私、キレイ?」と問い、キレイと答えると、耳元まで裂けた口を見せ、「これでもキレイ?」と問う。
でも、そんなもんいきなり見せられたら、普通は悲鳴あげて逃げると思う。
で、逃げたらキレて追っかけてそいつヤッつける女性の怪異。……怪異?
美容整形の流行は、同時に、腕の悪い偽物が出たという。顔の整形は、失敗したら大惨事になるかも。そんな不安から生まれた幻。……たぶん。
※このネタ《口裂け女》は、《UENO Q STYLES》さんとの会話から着想を得ました。




