6.報告会
その後、何度も求婚してくるオイゲンを全てまるっと拒否し、その場を離れたティナはマリアに今あった出来事を話し、一旦寮へ着替えに帰った。
離れていた時間が長かった為、リリアナに何か言われるかと思ったが、特段何か言われる事はなかった。ただ意味深な視線は送られてしまい、心の中でオイゲンをしばき倒した。
首元に出来た鬱血痕は化粧品で出来る範囲隠したが、見る人が見ればわかってしまうかもしれない。ティナは人目を気にして、冷や汗をかきながらその日の業務を終えた。
業務後、マリアが今日の詳細を聞こうとティナの部屋におつまみだけ持ってやってきた。当然アルコールは無しである。
「で、こないだの相手がオイゲン・ベルツだったって?」
「そうなの。何か髪型も違かったし、日数も経ってたから気付かなかったんだけど、相手はバッチリ覚えてて…外で襲われかけた。いや、あれは襲われたと言っても過言ではないのでは?」
昼間の事を思い出し、若干青褪める。あんな外で、まさかあんなに盛られるとは思ってもみなかった。チュッチュッとよく外で恥ずかしげもなくやったものだ。しかもあんな強い力で押し付けて。もしティナが気の弱い女だったら、今頃手篭めにされていただろう。
恐ろしい事を想像して、ティナは思わず身震いした。良かった、気が強くて。
「やけに遅いなぁと思ったのよ。侍女長の方が先に帰ってきたし。まさかそんな事になってたなんてねえ」
自分の体を抱き締めているティナを面白そうに見ていたマリアはテーブルにあるナッツを一つ口に入れる。カリカリと軽い音が聞こえ、ティナも釣られてナッツを口に放り込んだ。
「本当やんなっちゃう」
「んで、プロポーズされたと」
「断ったけど」
あはは、と死んだ目で即答したティナを見ていたマリアはそういえばと声を上げる。
「確かオイゲン・ベルツってめちゃくちゃモテるわよね」
そんな情報にティナは興味無さげに適当に返事をした。
「そうなの?ああまぁ、顔は良いもんね」
騎士という花形職というのもあるが、がっしりした体に切長の涼やかな目元、スッとした鼻筋に程良い厚さの唇。
口にナッツを放り込みながらティナはオイゲンの容貌を思い出し、見た目だけは好みだなと思った。だからホイホイ着いて行ったのだとは思うが、本当に自分の愚かさに涙が出る。
「それに伯爵家だし、今の当主になってから事業が右肩上がりで資産凄いらしいよ」
「へー」
見た目が好みでも、性格はどうやら合わなそうなので正直オイゲン情報には興味が無い。ティナはマリアの話に適当に相槌をうつ。
それにティナには結婚願望も無い。彼の実家がどんなに太かろうが関係ない事だ。
「まあ、結婚せずに此処に骨を埋めるって決めたから」
ナッツを食べ過ぎて乾いた喉を潤す為、ティナはコップに入った水を飲む。その姿をマリアが何故かニヤつきながら見ていた。水を飲みながら首を傾げれば、マリアが小さく笑った。
「じゃあ、今度の視察ヘマせずに頑張ってねぇ」
ヒラヒラと白く細い指を動かし、これから何かが起こるのを期待している顔でマリアは言うと、ティナと同じく水を飲む。
「嫌な顔で嫌な事言うね」
ジト目で非難すれば、マリアは『よく言われる』と軽やかに笑った。
ティナがオイゲンと再会してから数日、何故かエンカウント率が上がり、会う度に呼び止められる様になった。
会うとオイゲンは歩幅を広げ、ティナに近寄ろうとするが、ティナがその度に身近な所へ逃亡するので、あの再会から会話は一つもしていない。強制的に姿を見掛ける程度な関係にしている。
だが、遂に今日は逃げきれず腕を掴まれた。
(この野郎)
掴まれた腕を確認し、そのままゆっくり視線をオイゲンに移したティナは座った目で睨みつける。
「ティナ、避けるな」
「どの口がおっしゃっているのかしら?あんな事をしておいて避けるなですって?ちゃんちゃらおかしい事をおっしゃるのね。お腹が捩れそうだわ」
ウフフと口では笑っているがティナの眼光は鋭く、オイゲンを射抜いている。
オイゲンはティナの眼光など怖くも何とも無いのだろう。視線を逸らす事なくはっきりと口を開いた。
「俺は結婚したいだけだ、お前と」
「だから私はしたくないんですって。本当にもう、話が通じない人ですね」
どうしてそこまで結婚したいのか。何度目かの求婚に溜息が漏れそうになる。一夜の過ちに対して責任を感じているのなら、感じなくても良い。寧ろ知らない振りをしてくれていた方が楽だ。
でもオイゲンの様子を見ると責任から言っている風には見えないからおかしな話だ。本当に好意から言っているのであれば、その理由も分からない。あの夜しかティナとオイゲンの接点は無いのだから。
真っ直ぐにティナを見るオイゲンの視線から逃げる様にティナは腕を掴んでいる手を叩く。そこまでして漸く離された腕は心なしか赤かった。
どんな力で掴んでるんだ!と憤りながらもそれを表面には出さず、ティナは冷ややかな声を出す。
「そんなに結婚をしたいのでしたら、他の人とお願いします。ベルツ卿は人気があると窺いました。よりどりみどりでございましょう?」
じろりと睨めば、複雑そうな顔をしたオイゲンが恐る恐る口を開いた。
「……嫉妬ではないよな」
「する訳ないですよね?」
キッパリ斬り捨てるとオイゲンはそうだよな、と呟く。
兎に角、早くこの場から去りたいティナは苛立ちを隠さず『もう良いですか』と冷たく突き放した。しかしオイゲンはそんなティナの事などお構い無しで、話を続ける。
「誰とでも結婚したい訳じゃなくて、お前が良いんだよ」
だから何故自分なのか。必死さは感じない声だが、目だけは力強い。ティナはその瞳に若干怯んでしまう。
「……なら諦めて下さい。私、独身主義なので」
この城に勤める前から決めていた事。今更変える事は出来ない。侯爵家には生まれたが、その責任を放棄した自分に結婚など出来る筈も無い。ティナは決めているのだ、身一つで生きていくと。
「ティナ」
ティナが一瞬、切なげに目元を下げたからだろうか。オイゲンが心配そうに名を呼んだ。その声にハッと意識を戻したティナは、作り笑顔で優雅に微笑む。
「ではでは、ごきげんよう」
引き留めるオイゲンの声を背後に聞きながら、ティナは足早に仕事へ戻って行った。




