3.断酒を決意
ティナは途切れ途切れに言葉を詰まらせながら、マリアに伝えた。伝えるには思い出さねばならず、その記憶一つ一つに呻けばその度にマリアの叱咤が入り、もうご飯どころでは無くなった。
「どうしてあんたはそう酒に飲まれるの!」
青い顔で俯いていたティナはふるふると涙目でマリアを見ると、飲まれちゃうんだよぉと嘆いた。
「一杯は大丈夫なの!でもね、三杯目とかにいくとね、楽しくなっちゃって何も考えられなくなっちゃうの」
「だからいつも言ってんでしょ!飲むなって!何で寮まで一緒に帰ってきて男んとこに行くのよ!その男も信じらんないけど、アンタも相当の馬鹿よ!」
「わかってるぅぅぅ!わかってるって!だからもー!あーー!どうしよう!」
マリアの正論が欲しいと思っていたティナも流石の鞭ばかりの発言に頭を掻きむしった。駄目なのは一番自分がわかっている。あの朝起きた時の喉がヒュッとなる感じは二度と味わいたく無い感覚だ。朝から仕事もミスの連発で流石に上司からの叱責を受けた。
ティナ自身も自分の酒癖の悪さを自覚していた。だが、飲むとどうでも良くなってしまうのだ。飲む前は二杯までと決めているのだが、人よりも飲むペースが早く30分で二杯目が空になる。
なので、まあいいかと飲み続けてしまう。悪いとは思っている。でも、言い訳では無いがティナは今までこういう事はなかった。
飲み会に男がいた事がないというのもあるのだろう。どんなに危険でも何故だか無事に家に帰れていた。もしかしたら今までが奇跡だったのかもしれない。でも、だ。そう、今までは大丈夫だったのだ。
「だって、だってよ。私だってよくわかんないけど行っちゃったんだもん!あー!時間が遡るか記憶を消したい!どうにかして!あたまがぐるぐるする!」
呆れ顔のマリアは発狂するティナの頭を平手で叩いた。
「うっるさい!厨房の人にも聞こえるでしょ!」
「いたい」
「黙る様に叩いたんだから当たり前でしょう」
「だって」
「だってもクソも無い。でも、まあ、そうね。災難だったわね、まさか女子寮に男がいたなんて。まあ、奇跡みたいな確率よね」
そうなのだ、今ならティナも分かる。女子寮に男がいる事の違和感を。奴らは来るとしたらコソコソしているが、昨日の男は堂々と歩いていた。ティナと手を繋いで指を絡ませながら、たまに掌を指で撫で、耳元で何事か囁き………
「ぐあぁ」
脳裏に蘇った出来事に胸が苦しくなった。何と酔っぱらいの自分のパーソナルスペースが狭い事。
男の部屋までの道、手を繋いでるから必然的に近くなる距離に疑問も持たず、寧ろルンルンで腕を振りながら歩いていた。勿論繋いでいる手をだ。
部屋に入ってからは汚い床をそこら辺の服で拭き、何故か対面ではなく横に座る男の体を『逞しいねえ、腕凄い!あ!こんなところにホクロある?仕事は?ムッキムキだねえ』等とベタベタと触りまくり、ご機嫌そうな男に背後から抱き込まれ、あれよあれよという間のベッドインだ。
(馬鹿だ、女に嫌われる女をやっていた。私が嫌いなやつ)
次々と思い出される男との記憶にティナはもがく事しか出来なかった。
「その男、もしかして誰かの彼氏?」
マリアの言葉にティナはもがきを止め、ピタっとマリアを見た。
「え、そうかも。絶対そうだよね。じゃなきゃあんな所いる訳ないもん」
ならばティナはワンナイトであり、誰かの彼氏の浮気相手になってしまった事にもなる。更なる恐怖にティナは自分の肩を両手で抱いた。
「あー!もう!本当お酒やめる!!」
その発言にマリアは鼻で笑い、否定した。
「何回も聞いてる、その発言」
「今度こそ本当の本当よ!」
「それも聞いたことある」
今にも泣きそうなティナの顔を見たマリアは、仕方無しに頭を撫でると自身の肩にその頭を預けさせた。ポンポンと慰める様に頭を叩けば、鼻を啜る音が聞こえる。
「はぁーあ、可哀想なティナ。一体何処の誰にやられちゃったのかしらね」
鼻を啜りながらティナは男の特徴を言う。
「黒髪でね、筋肉ムキムキで、身長は高め」
「…そんなのいっぱい居るわ」
「騎士って言ってた」
「騎士かー。中々厄介ね。平民から貴族まで幅広いわ」
ポンポンと慰めてくれるマリアに素直に甘えながらティナは漸くサンドウィッチを一口齧った。ハムとチーズだけのシンプルな味わいはいつもより味を感じない。
「自分から会いたくもないから別に特定しなくていいよ」
会ったとしてもどうこうするつもりは毛頭ない。ティナはもぐもぐと咀嚼を繰り返す。
そもそも女子寮に入り込む様な男だ、苦手な軽い男に違いない。居た理由も彼女に会う為であったりしたら尚更会うわけにもいかない。探し出すなんてもっての外だ。
(彼女に会いに来て、他の女ひっかけて帰る男なんて凄すぎでしょ。なんでそんな男に引っ掛かっちゃったんだろ)
確かにどの部署かは知りたい。かち合いたくないからだ。なるべく避けて仕事をしていきたい。
この王城での就業者数は確か1000人行くか行かないかくらいなので、余程のことが無ければ会う事はないだろう。
でもティナは不安があった。それはティナの担当している仕事にある。実はこんな酒に弱いティナは王太子妃付きの侍女といういわゆる花形の仕事に携わっていたのだ。
侯爵家の三女という爵位こそ高いが、三女という微妙な立ち位置のティナは自身の結婚を早々に諦め、王城勤めを決めた。高位の令嬢であった為、マナーと教養は備えられていたのでトントン拍子に王太子妃付きに抜擢されたのだ。家の力と言えばそうなのだろう。だが、ティナはここに骨を埋める覚悟で入ったので喜ばしい事だった。
そう、喜ばしい事だった。昨晩までは。
だが、今はその立ち位置が煩わしい。何故なら、恐らく彼の自己申告通り、昨日の相手は騎士だろう。あの鍛え上げられた筋肉、軽薄な態度、体にあった古傷、思い出せば思い出す程騎士団所属っぽい。少なくとも文官ではないだろう。
だとしたら身辺警護や王太子妃の付き添いで行く騎士団訪問、地方視察や街の視察で会う可能性が高いのだ。
「会いたくないけど、そう思う程会ってしまいそうだわ」
すんすんと鼻を鳴らし、ティナはマリアの肩に頭を擦り寄せた。
「会わない様に祈ってあげるわ」
マリアの素っ気ないけども、頭に感じる不器用な優しさにティナは心が少しばかり浮上する。
そよそよと心地よい風が二人の間を抜け、真上の大樹が葉を揺らした。
人に話した事で少し落ち着いたティナは昼休憩の残り時間、マリアの肩に寄りかかったまま瞳を閉じる。
会ってしまう未来を考えて、会ってしまったとしても気にしない様に思考を持っていく事にした。




