12.帰りの道中
西部視察での事件は新聞にも大きく取り上げられた。内容は主に二つ。今回の首謀者の事、それと騎士団の失態についてだ。
首謀者については小麦農家だった事もあり、同情的な意見もあったが、多くの国民は八つ当たりも甚だしいと憤っていた。何故なら国が多くの補償をしていたからだ。天災なので税は免除になったし、農作に必要な資材や肥料も無償で国から届けられた。苦しい家庭には食糧の配給もあり、全世帯に現金の支給もあった。なのにも関わらず王太子に刃を向けた犯人。これ以上彼は何を望むのか、国民は怒りと戸惑いに満ちていた。
一方、騎士団の失態については殆どが厳しい意見だった。二つの騎士団が付いていながら、守ったのは近くにいた侍女。全てが後手後手に回った事に平和ボケしているのでは?と冷ややかな意見が多い。
視察帰りの道中には既に記事が出ていた為、行きの和やかな感じは一変。街を通過する際の人々の目はかなり厳しかった。行きは王太子夫妻に対しては勿論の事、騎士達にも友好的だった。手を振られたり、花を貰ったり黄色い悲鳴を上げられたり。だが帰りの道中、彼らに向けられたのは非難の視線のみである。
反対に王太子夫妻に対しては行きよりも熱狂的な声が多かった。皆、両殿下の無事を自分の目で確認したいのだろう。我が我がと波の様に押し寄せてきて大変だった。当然騎士団がそれを統率をするのだが、その度に罵声が飛ぶ。無能だの、給料泥棒だの、もっと酷い言葉もあった。だがそれに彼らは反論する事なく淡々と処理をしていた。
見ていて心が痛くなった。
今もそうだ。人の波に馬車は止められ、騎士達が馬車の周りの人を退かそうと声を掛ける。だが素直に退いてくれる人は少ない。
「自業自得っちゃそうだけど、見ていて良いものじゃないわね」
同じ馬車に乗っているマリアが薄く開けたカーテンから外を見ながらそう言った。
「そうね、本当に」
ティナも複雑そうな顔で肯定すると溜息を吐く。
「これが王都まで続くのは辛いなぁ……」
一人の男を脳裏に浮かべながらティナはぽそりと呟いた。
オイゲン、あの馬車の中での出来事から話をしていない。彼はティナを強く抱き締めた後、馬車から降り通常通り警備を行なっていた。それが彼の仕事なのでおかしい事はない。その時はそう思っていたのだが、数日経っても彼は話し掛けて来なかった。行きは事ある毎に話しかけてきたというのに。
最初は罪悪感から話し掛けないのだろうと思って、無理に話す事もないとティナからも声を掛けなかったのだが、そうこうしていたらあっという間に二日、三日経ってしまった。
たまに視線は感じるので見られてはいるようなのだが、振り返れば視線は途切れ、姿も見えなくなる。まるで極東の国にいるニンジャの様だ。ニンジャなんて良く知らないけれど。
(流石にあからさま過ぎる)
ティナは落ち着かない心を外の喧騒のせいにして、再び大きな溜息を吐いた。
「早く動かないかな」
「本当早く動いて欲しい。聞いた?もしかしたら到着一日ズレるかも何ですって」
「今朝、かも知れないって話は聞いたけど確定?」
「ほぼ確定みたいよ。明日の宿を宰相補佐がどうしようかと側近達と話してたわ」
その話の通り、一日遅れの帰城が決まった視察団は時間に囚われず、ゆっくりと馬車を走らせた。
そうして迎えた最終日。宿泊地は王都の隣にあるアイスラー公爵領にある公爵邸である。白鷲騎士団、団長であるメルキア・アイスラーの実家だ。
メルキアはあの事件の後なので、父親である公爵に対面すると気まずそうにしていた。そして後で部屋に来る様言われていたので、恐らく何か言われてしまうのだろう。公爵に声を掛けられ、真っ白になっていたメルキアを見ていくつになっても親と居ると子供なのだな、としみじみ思ってしまった。
公爵邸の王太子夫妻に与えられた部屋に荷物を運び込み、自分達の部屋で少し休憩をする。本日も同室なマリアが隣のベッドで大の字に横たわった。
「疲れたー」
「座るとドッと疲れが出てくるね」
ドレッサーの椅子に腰掛けたティナはぐたりと体勢を崩した。
「明日は本当に帰れるかしら?」
「王都に近付くにつれ人増えてるよね。でも流石にこの距離だったら着くと思うんだけど」
馬車の周りに居た人達を思い出し、少し不安になる。だが、ここから王都であれば通常であっても3時間程度で着いた筈だ。よっぽどの事が無ければ明日の夕方までには着くだろう。
頭の中で予定していた仕事の組み替えをしていると、マリアが『ねぇ』と声を掛けてきた。
「ティナはさ、オイゲン・ベルツと最近話してる?」
マリアの質問に思わず固まってしまった。
「行きでは結構、彼は絡んで来たじゃない?でも帰りは全く来てない気がして。もしかして喧嘩してるの?」
「喧嘩なんかしてないよ。そんな仲でも無いし?」
「じゃあ何で話してないの」
何故話していないか。そんな事言われても分からない。だって彼が話しかけてこないから話していないだけで、こちらから話そうとも何と言って話し掛ければ分からない。
それにその内、放っておいても話し掛けてくる気がする。こんな状況はきっと今だけだ。
「彼も色々思う事があるんじゃないのかな。あとほら、忙しいと思うし、今」
それでもティナは自分が傷付かない言葉を無意識に選んで話した。
彼と話したのは何日前だろう。あの馬車での体温はもう思い出せない。彼の激しい心音も段々朧げになってしまった。
翌朝、早々に身支度をしてアイスラー公爵邸を出発した視察団はその日の15時に王城へ戻る事が出来た。城下町に入ったのは13時。通常30分程で抜けられる町なのだが、熱烈な歓迎を受け倍以上の時間を掛けて城へ戻る事が出来た。これには流石の王太子夫妻も部屋に着いたら苦笑いのヘロヘロ気味であった。
「ティナ達も今日はもう休んで良いわ、ゆっくりしなさい」
リリアナにそう言われ、視察に付き合ったティナ達侍女は有難く下がる事となる。さて、では自室で寝るとしようと少し浮き足だったティナだったが部屋から出る際、リリアナに呼び止められた。
「ティナ、傷薬を医務室で貰ってから帰りなさい。もう伝えてはあるから」
いつの間にそんな手配をしてくださっていたのか。ティナはリリアナの配慮に感謝し、頭を下げた。
「そんな事までして頂いてありがとうございます。この後行ってみます」
「ええ、よく効く薬を頼んだからすぐよくなる筈よ」
頬の傷は最初程は痛くなくなったが、今もたまに痛くなる。ふとした時にツキリと痛むのだ。触ると余計に痛くなるので変にいじる事も出来ず、今は肌色のテープで覆っている。
傷跡が残るかは今のところは分からないが、きっとリリアナが指示した薬だ。残らず消える事だろう。
ティナはリリアナの部屋を出ると、言われた通り医務室へ向かった。長い廊下を抜け、城の最北へ向かう。奥まった暗い部屋が医務室である。
医務室に入ると顔見知りの医者が待っていたよ、とすぐに薬をくれた。小さな瓶に入った緑色の薬にギョッとしたが、肌に塗れば馴染むと言われホッとする。ティナは薬の説明を一通り受けると、医務室を後にした。
医務室の扉をパタンと閉めたところで、覚えのある視線を感じ、その視線の元を見た。思った通り、其処にはオイゲンが居る。
「あ」
久しぶりに正面から見た顔に安心感を覚えたティナはそのまま話しかけようと一歩近付いた。
「ベ」
―――ベルツ卿
そうティナは呼ぼうとしたのだ。だが言葉を全て言う前にオイゲンは表情を変えずに素早く身を反転させると反対方向へ逃げていった。
呆気に取られたティナはその逃げる背中をまん丸な目で見る。
(何故逃げる)
見開いていた瞳を段々と細くし、ティナは腕を組んだ。
これで確信した。オイゲンはティナを避けている。
「あの男……」
自分は逃げて良いが、逃げられると腹が立つ。ティナは舌打ちをしたい気持ちを抑えて、オイゲンが消えた廊下を睨み付けた。
12話くらい予定としておりましたが、もう少し続きます。




