11.騎士団の失態
あの襲撃の後、視察は中止になるかと思いきや一時中断はしたものの、予定通り最後まで行われる事となった。
当然、ティナも怪我の手当てをしたら業務再開しようと準備をしていたのだが、両殿下に休んでいろと無理矢理馬車に詰め込まれ、現在絶賛時間を持て余している。
ティナは手当てされた頬を触った。まだ斬りたてな為触るとツキリと痛む。
あの時は咄嗟に身体が動いたが、少し何かが狂っていたら死んでいてもおかしくはない状況だった。事実、オイゲンが彼の剣を落とさなければ死んでいただろう。
改めて王家という立場の危うさを自覚した。
何かがあれば真っ先に不満を向けられるのは王家だ。王家が直接関わっていなくとも様々な事柄を無理矢理関連付け、批判する。冷静に考えるとおかしい事柄でも頭に血が昇っている人や、何でも良いから文句を言いたい人にとっては筋が通って見えるのだろう。
(それがいけないとも言わないけど)
人の考えなどそれぞれだ。否定しようとは思わない。だが、今回のように一線を超えるとそうではない。彼は裁かれなくてはならなくなった。王太子殺害未遂という大きな罪で。
ティナは頬に手をやったまま、ぼーっと考えていると不意に馬車の扉をノックする音が聞こえた。
「俺だ」
聞き覚えのある声にティナはどうぞ、と返事をする。
返事と共に開けられた扉の先に居たのは想像した通りの人物、オイゲンだった。
「あなた、仕事は?」
「お前の警護だ」
「……それはそれは、ありがとうございます」
扉を開けたが、馬車に入っては来ないオイゲンに形ばかりの言葉をティナは掛けた。
彼が此処に来るだろう事は正直分かっていたので驚きは無い。ティナが馬車に詰め込まれた時に遠目で彼の視線を感じていたのだ。オイゲンはきっとくる、それは予想ではなく確信だった。
ティナは扉を開けたは良いものの一向に入ってこないオイゲンに苦笑すると、そのまま手招きをした。
「入って。お礼が言いたいわ」
命の恩人へ無礼な事は出来ない。自分は馬車の中、彼は外に立ったままという位置で感謝の言葉を伝えるのは何となく失礼な気がした。
ティナは珍しく困った様な表情を浮かべるオイゲンに再びクスリと笑うと腰を上げ、オイゲンの手を取った。ティナよりも遥か太い手首に少し驚いたが、そのまま引っ張り馬車の中へ誘う。抵抗する事なく入ってきたオイゲンは勧められるがままティナの前に座った。
普段、馬車の警護をする事はあっても中に入る事は少ないのだろう。少し居心地が悪そうにしている。そして何より馬車の内装に似合わない事、似合わない事。
馬車内でのオイゲンの浮きっぷりに笑いそうになったが、此処で笑うのは絶対駄目だとティナは自分に言い聞かせ、軽く咳払いをした。その意図を彼も分かった様だったが、特に何も言うことも無く珍しく大人しくしている。
性格的に軽口の一つや二つ言いそうなものだが、表情を変えずティナを見ていた。
何となくやり辛さを感じたティナは少し視線を泳がせてから、申し訳なさそうに微笑んだ。
「さっきはありがとう。死ぬところだったわ」
ティナの言葉にオイゲンがピクリと反応する。
「ベルツ卿がいなければきっと私は死んでた。死にたく無いと思ったけど身体が動かなかったの」
その言葉にオイゲンはピシリと表情を固まらせた。そして次第に顔を悔しそうに歪めていく。
「謝るな、お前は」
謝らなくて良い、そう苦しそうに言ったオイゲンは視線をティナから外し、下を向いた。悔しさからか大きな拳を太腿に打ち付ける。相当強い力を入れられているのか、拳が震えていた。
彼を知ってからそんなに経ってはいないが、こんな風に感情を見せる人では無いと思っていた。なので今、あからさまに怒りとも悔しさとも言えぬ表情を見せているオイゲンにティナは戸惑いさえ覚える。
きっと彼なら軽口で終わると思っていたのだ。気にすんな、そんな言葉だけできっと終わると。サラリとやり取りを終わらせ、またいつもの求婚が始まるに違いないと何処か思っていた。だが蓋を開ければ、やはり彼は責任感のある騎士だった。
今回の事は騎士団の失態であるのは調べなくても明らかである。それは今回唯一の怪我人であるティナにも解る。命を守ってくれた事とは別として今後の為に原因を究明し、警備体制の見直しをするべきだ。
だが、それを指摘するのはティナではない。それをオイゲンも分かっているだろうと思っていた。だからティナは感謝しつつもいつもと同じ調子で話しかけたのだ。
もしかしたらオイゲンはティナの感謝の言葉に隠していた感情が出てしまったのかも知れない。ティナは感情を露わにするオイゲンの姿に言葉をただただ無くした。
「あれは俺達の失態だ。人員が減っていたのはあいつの仲間が陽動をしていたらしい。それにまんまと俺らは引っかかったんだ」
握りしめた拳を片方の手で覆い、オイゲンは苦しそうに額に付けた。
オイゲンの声が自分を責めるように厳しくなる。感情を一気に吐き出す姿をティナは静かに見ていた。
「俺は恐らくお前よりも早くあいつの存在に気付いたんだ。だけどな、遠かった。俺達が動くよりも早くお前があれの目の前に立ったんだ」
顔は見えないが、辛そうな声に彼の表情を想像する。きっと声と同じ顔をしているのだろう。何故か頬に触れたくなり、ティナは彼の方へ手を伸ばした。
ティナの気配を感じたのだろう、オイゲンはゆらりと頭を上げ、ティナの手を取る。加減をしていないのか少し手が痛んだ。
「スローモーションで見えたよ、お前が」
その顔は後悔しか見えなかった。掴んでいた手を引き、体勢の崩れたティナを抱き締める。浅く吐かれた息に心が音を出した。
「ずっと好きで、やっと手に入りそうだと思った瞬間、居なくなるのかと思った」
掠れた震える声にティナは彼の気持ちを知った。自分は知っていた筈だった。だって何度も気持ちを伝えられていた。でも実際は自分が理解しているものよりも遥かに大きく、重いものなのかも知れない。
彼は確かに私を愛している、抱き締められた胸の中でティナは静かにオイゲンの激しい心音を聞いていた。




