異譚84 恋物語
呆然とするエイボンを捨て置き、ロデスコは両手両足を一瞬だけ爆破させて空中へ飛び上がる。
冷たい太陽の爆発の影響で一帯は更地と化していた。その上、本来であれば異譚と世界を隔てる暗幕も虫食いのように穴が空いている。
その中心、爆心地で燃え盛るのは意識を失う前よりも火勢を増した冷たい太陽。
「アンタもやる気十分って訳ね」
ロデスコと冷たい太陽は互いに睨み合い、どちらからともなく動き出す。
爆発的な加速で冷たい太陽に迫るロデスコに、冷たい太陽は超火力の奔流を吐き出し続ける。
収束した炎はロデスコの手足を模り、自由自在に動かす事が出来た。
今はそんな余裕は無いけれど、恐らくは歩いたり走ったりすることも出来るし、物を蹴ったりする事も出来る。
今まで手足のように操っていた炎が文字通り手足となった事に内心では驚いているけれど、そんな事を気にしていられる状況では無い。
ただ、本音を言うのであれば、姿見を見た時は正直絶望した。物が持てない。立てない。歩けない。触れられない。今まで普通に出来た事を一瞬で奪われた。
呆然とし現実を受け入れる事を頭よりも先に心が拒んだ。この光景を直視し続ける事を心は拒絶する。
直視に耐えない現実を前に、逸らしそうになった視線を――
『朱里』
――ロデスコは意地で固定させた。
絶望の淵、脳裏に過ぎったのは春花の笑顔だった。
血が出る程に唇を噛みしめる。
走馬灯のように次々と何気無い日常が思い出される。
『お帰りなさい。ご飯、もう出来てるよ』
良く見ろ。ちゃんと見ろ。これが現実だ。しっかり見ろ。受け止めろ。逃げるな。絶対に、逃げるな。
『はい、コーヒー。あんまり根詰めないようにね』
受け入れたくない現実を直視し続けて頭がぞわぞわする。不快感に吐きそうになる。動悸が早まり、呼吸が荒れる。
『この動画の猫、チェシャ猫に似てる。ねぇ、似てるよね?』
それでも、ロデスコは自身の姿を目に焼き付ける。
『……あ、ごめん。ちょっと寝てた』
受け入れがたい現実を、目に焼き付ける。
『バスボム、どっちにする? こっちは猫の小物が入ってて、こっちは深海の生物だって』
だって、目を逸らしても前には進めない。手足が無くなってもまだ頭と身体は残っている。それに、まだ心も残ってる。
『寝るならお部屋で寝てね。風邪ひいちゃうから』
なら戦える。足が無いなら作れば良い。手が無いなら模れば良い。魔法は、自由で良いのだから。
「燃えろ、赤い靴ッ!!」
空を自由に飛びながら、ロデスコは赤い靴を更に燃え上がらせる。
手足が無くなるのは不便だろう。けれど、アリスならきっと便利な義手義足を作ってくれる。慣れるのは時間が掛かるだろうけれど、私生活はちゃんと送れるようになるだろう。
手足を失った自分を不憫に思う者も居るかもしれない。けれど、春花は悲しみはすれど憐れんだりは決してしないだろう。そうして今までみたいに一緒に過ごしてくれるはずだ。
そう。そうだ。ロデスコにとって、手足が無くなる事よりも悲しい事は、春花の元へ帰れない事だ。
だって、まだ死ねないだろ。残して逝けないだろう。違う、逆だ。残して逝きたく無い。春花を独りになんて、絶対にしたくない。
恩がある。情がある。思い出がある。後悔がある。やりたい事はまだ一杯ある。
まだ、春花と――!!
「あぁ、そっか。そうだったんだ!!」
空を飛び、特大の笑みを浮かべながらロデスコは燃え盛る冷たい太陽を見据える。
少しだけぼんやりとしていた思考が一気にクリアになる。鮮明になった思考は更に巡り、ロデスコのこの気持ちの答えを導き出す。
「アタシ、アイツの事が!!」
ぐっと空中で力を溜め、爆発的な加速で冷たい太陽へと自身を射出する。
「好きだったんだ!!」
眩い光を放ちながら流星は冷たい太陽と衝突する。
冷たい太陽と衝突した瞬間、熱と衝撃波が広がる。
世界を震わす程の爆心地の中に居ながらも、ロデスコの表情から笑みは消えない。
「そっか!! そうだったんだ!! これが、これが!!」
弾けんばかりの笑顔と共に、炎の脚に更に力を込める。
「恋だったんだ!!」
喜色の声と共に赤い靴に力が漲る。
世界を震わす程の衝撃波を生む衝突の拮抗を破り、ロデスコの蹴りが冷たい太陽を穿つ。
ロデスコは一直線に進み、真っ直ぐに冷たい太陽を抉り、勢い余って地面に衝突する。
まるで欠けた月のように一気に抉られた冷たい太陽だけれど、即座に内側から燃え上がって身体を修復する。それと同時に、無数の火の粉を生み出し、幾つもの冷たい炎の奔流をロデスコへと殺到させる。
地面に不時着したロデスコは、爆風で地面を抉りながら移動し、冷たい太陽の攻撃を回避する。
体力も魔力も精神も限界。そのはずなのに、冷たい太陽と相対するロデスコの表情から笑みが消える事は無い。
この逆境より。この不幸より。今は何より、自身が抱く事は無いと思っていた恋心に気付いた事がどんな感情よりも勝った。
手から吹き上がる炎で冷たい太陽の火の粉を吹き飛ばし、華麗な身のこなしで冷たい炎の奔流を回避する。
あの事件以降、男性とは距離を置いていた。なんなら、少し敵視していた。
全員が全員あんなクズみたいな人間では無い事は分かっていたけれど、それでも、一線を引かずにはいられなかった。
そうして生きて、高校生になって、男性への嫌悪感はまだ消えなかった。多分、自分に恋は出来ないし、誰かを好きになる事も無いのだろうと考えていた。恋をする自分を想像も出来なかったし、誰かと家庭を築く自分も想像出来なかった。
そんな自分が誰かを好きになれた事が嬉しかった。そんな自分が春花を愛していた事が嬉しかった。
「あぁ、そう!! これが、これが恋なのね!! 今なら、なんだって出来そうだわ!!」
感情が膨れ上がる。気持ちが爆発する。心が燃え上がる。
地面スレスレで爆発し斜め上に加速。そして、冷たい太陽と衝突。拮抗すら許さず、ロデスコは冷たい太陽を劈く。
「異譚だか何だか知らないけどね、んなふざけた話にこれ以上付き合わせんじゃ無いわよ!! こっからは、アンタ達が脇役で、アタシが主人公の――」
冷たい太陽を貫いたロデスコは上空から冷たい太陽を見下ろし、勝ち気な笑みを浮かべて声を張る。
「――恋物語よ!!」




