異譚10 内緒話
需要が在りそうだったら、二章の終わりに各キャラのプロフィールとか書こうかなと思います。
サンベリーナの能力は殆どがサポート系であり、攻撃系の能力は片手で数えられる程度だ。それも、あまり強くはないのだけれど。
ともあれ、サンベリーナの能力はサポートがメインである。そして、サンベリーナはサポートをするにあたって、目立たない事を意識している。
殆ど戦う事が出来ないサンベリーナは、敵に目を付けられたら逃げる事しか出来ない。なので、サンベリーナは戦いの際には身を隠している事が多い。
アリスと一緒であればアリスの髪の中に隠れる。それ以外の時は基本的に誰でも良いので適当に選んで肩に乗って静かにしている。
が、それだけでは見つかってしまう事も在るので、サンベリーナは隠密系の魔法をサポート系の魔法と同時に使用している。
そのおかげで、サンベリーナは今まで敵に目を付けられた事が殆ど無い。
その隠密系の魔法を駆使して、アリスを見守り、春花の家にお邪魔している。
その日も春花の家で隠密魔法をかけながら春花のベッドでお昼寝をしていたのだ。本当ならみのりとしてお昼寝をしたかったけれど、体温が残ってバレるのも嫌だったのでサンベリーナとしてベッドに入っていたのだ。
が、春花の匂いに包まれて眠るのがあまりに心地よく、その日は深い眠りについてしまっていた。
バレやしないだろうと油断していたというのも在るが、あまりにも寝心地が良かったのだ。
ともあれ、眠っているところをチェシャ猫にがぶりと齧られた。
「ぎゃー!?」
悲鳴を上げて起きれば、そこにはにんまり笑顔のチェシャ猫が居て、じっとサンベリーナを見ていた。
「キヒヒ。どうして此処に居るんだい?」
いつもと変わらない声音。けれど、その声にはいつもは無い威圧感が込められているような気がした。
「あ、え、えっと……な、なんでだろうね? えへへ」
だらだらと冷や汗をかきながら誤魔化そうとすれば、がぶりと頭から齧られる。
「ぎゃー!? 止めて止めて食べないで!!」
サンベリーナはジタバタと暴れ、チェシャ猫の御髭を引っ張る。
チェシャ猫がサンベリーナを解放すれば、涎でべとべとになったサンベリーナが恨めしそうにチェシャ猫を睨む。
「キヒヒ。それで、なんで此処に居るんだい?」
「そ、それは……」
言い淀むサンベリーナをじっとまん丸お目々が見つめる。
「…………」
春花が好きだからやりました。と、少しばかりの事実を交えて誤魔化そうと考えたけれど、今チェシャ猫がサンベリーナの目の前に居る事の意味に遅まきながら気付く。
チェシャ猫はアリスの相棒であり、出現するのであればアリスの家である。ここは春花の家であり、チェシャ猫が姿を現わす道理が無い。
此処に姿を現わすという事は春花とアリスの関係を疑わせる行為でもあり、敏い者であれば春花がアリスなのではと思わせる要因にもなるだろう。
知られても問題無い。もしくは、サンベリーナがアリスの正体を知っている事をチェシャ猫も知っているという意志表示の可能性も在る。
チェシャ猫は表情が変わらないので何を考えているのか分からない。チェシャ猫が何を考えてサンベリーナの前に現れたのか、サンベリーナには見当も付かない。
「……チェ、チェシャ猫こそ、なんで此処に居るの? 此処は、有栖川君のお家でしょ? ひ、他人の家なんだから、勝手に入るのは良くないと思うよ?」
探りを入れるように返すサンベリーナ。自分の事を棚に上げた言葉だけれど、そこは一切気にしない。将来的には同棲まで考えているので、それがちょっと早いだけの事だ。時代がまだサンベリーナに追い付いていないだけなのだ。
「キヒヒ。君こそ人の事言えた立場じゃ無いだろう? それに、下手な探りを入れるもんじゃあ無いよ。猫は全部分かった上で君に会ってるんだからね」
「ぐっ……」
全部分かっているという事はつまり、サンベリーナがアリスの正体が春花である事を知っている事も、サンベリーナにとってこれが初犯ではない事も知っているという事だろう。
だが、今のサンベリーナにそんな事はどうでも良かった。
何処までチェシャ猫にバレているのかは知らない。が、こうなった時に取る手段は一つだけだ。
すっと迷いなくサンベリーナは動く。
膝を着き、両手を膝の前に置き、頭を下げる。
「……あ、アリスに言うのだけは、勘弁してください……」
素直に謝罪。つまり、土下座で勘弁してください、である。
何としても、何としてもサンベリーナの行動をアリスに知られる訳にはいかない。恥を捨てて誠意を見せるしか生き残る方法は無いのだ。
「キヒヒ。言わないよ」
「へ……?」
が、返って来たのは意外な返答。
てっきり、有無を言わさず報告されると思っていたので、間の抜けた声が漏れてしまう。
「……い、言わないの?」
「キヒヒ。言わないさ。それは猫にとっても都合が悪いからね」
ひとまず、アリスまで話が行くことが無いと分かってほっと胸を撫でおろす。
が、安堵したのも束の間。
「けど、君にはやって貰いたい事があるのさ。キヒヒ」
「や、やって欲しい事……?」
「キヒヒ。そうさ。その時になったら猫の方から呼ぶよ。だから、今日はもうお帰り」
その時になったら呼ぶ。その言葉ほど恐ろしいものは無い。
その時がいつ来るかなんてサンベリーナには分からないし、何をするのかも定かではないのだから。何をさせられるのかその日まで悶々とする事になるのだ。それに、チェシャ猫がアリスに言わないという確証も無いのだ。
その日は家に帰されたけれど、チェシャ猫がアリスに言うかもしれないという恐怖に身を震わせていた。
アリスに『キモイ』とか『もう二度と近寄らないで』とか『人としてあり得ない』とか、否定されたらどうしようと考えていると、突然目の前にチェシャ猫が現れた。
「キヒヒ。やあ、サンベリーナ。早速だけど仕事だよ」
「ちぇ、チェシャ猫……! きゅ、急に現れないでよ! ていうか、今何時だと思ってるの?」
悶々としている間に、時刻は夜中の十二時。良い子はもう寝ている時間だ。
「キヒヒ。良いから変身しておくれ。それとも、アリスに全部話そうか?」
「うっ……わ、分かったよぉ……」
チェシャ猫に言われた通り、みのりは変身してサンベリーナとなる。
「キヒヒ。よろしい。それじゃあ、行こうか」
「い、行くって、何処に?」
「着けば分かるよ。キヒヒ」
サンベリーナはチェシャ猫の上に乗り、チェシャ猫は軽快に夜の街を駆ける。因みに、チェシャ猫の神出鬼没はチェシャ猫にしか作用しないので、他の人と一緒に移動をする事は出来ない。
チェシャ猫の背に乗ってやって来たのはアパートの一室。明かりは付いておらず、中の人物は不在か眠っているかのどちらかだ。
「って、此処、アリスの家じゃ……」
「キヒヒ。今から見る事は他言無用だよ。アリスだって知らないんだからね」
言って、チェシャ猫は窓を開けて中に入る。
サンベリーナもチェシャ猫に続いて部屋の中に入る。
「…………ふぅ……っ、………っ、ご、めん、なさ……っ」
部屋に入るなり、誰かの苦悶の声が聞こえてくる。
起きているのかと思って警戒をするけれど、声の主はベッドの上で眠っていると気付く。
「キヒヒ。君の回復魔法は精神を安定させる効果もあるんだろう?」
「そ、そうだけど……」
「なら、一つ頼むよ。キヒヒ」
チェシャ猫はベッドに飛び乗り、声の主――春花の頭の横で丸くなる。
春花はチェシャ猫が頭の横に居る事にも気付かず、苦しそうに呻き声を上げている。
サンベリーナが春花の顔を覗き込めば、春花は汗を滲ませながら苦しそうに顔を歪めていた。
「ちぇ、チェシャ猫、これって……」
「キヒヒ。たまにあるのさ。精神的に不安定になると、嫌な夢を見るらしくてね。アリスはまったく憶えてないみたいだけど」
顔を歪める春花の頬に、チェシャ猫は自身の額を押し付ける。
それでも、春花の苦悶の表情は変わらない。
「何を見てるのか、猫は知らない。けど、責任の多い身だ。眠っている時くらい、苦しまないでいて欲しいと思うのさ。キヒヒ」
そこで、サンベリーナは理解した。
チェシャ猫が自分を見逃した理由を。そして、その頼み事の内容を。
チェシャ猫では、この苦しみを解いてあげる事は出来ない。だからチェシャ猫は、それを出来る人物に頼るしか無いのだ。
「わ、分かった。やるよ」
「キヒヒ。なら、お願いするよ」
サンベリーナが魔法をかければ、春花の表情が徐々に和らいでいき、苦悶の声は健やかな寝息に変わる。
その日から、サンベリーナはチェシャ猫からの呼び出しがあった時に春花に魔法をかけている。春花はその事を知らないし、教えるつもりも無い。
これは二人だけの秘密。アリスを護りたいと思う、優しい内緒話。




