異譚23 救援要請
白奈が家を出てから数日後。春花の訓練をしていると、異譚発生の知らせが届く。
警報、ではなく知らせ。と言う事は、黒奈達が属する対策軍本部の管轄外という事になる。
対策軍は各都道府県に四つずつ拠点を置いている。東西南北に一つずつ、どの範囲で異譚が発生してもカバーできるように配置されている。
感知範囲内で異譚が発生すれば対応する対策軍に警報が鳴り響き、そこの魔法少女が出動する。
それ以外の対策軍には、有事の際に援軍を送れるように異譚発生の通達がされる。また、全国民の携帯端末に情報が送られ、ニュース速報も流れる。
つまり、今回の異譚発生の知らせは黒奈達対策軍本部の管轄外という事になる。
端末を見ながら、黒奈は春花に言う。
「今回は出動の必要は無いかな。異譚侵度も一番低いDだし、他県だしね」
「……そう」
少しだけがっかりしたように言う春花。
自分の力を試したい、という性格では無い。春花の目標が異譚である以上、そこに向かえない事が残念でならないというだけだ。
ただそれも健全な理由ではないけれど。
本来であれば異譚に出撃する事を目標になんてしない方が良い。何せ、文字通り命に関わるのだから。
「とりあえず、待機してようか。一応、救援範囲内ではあるしね」
黒奈が言えば、春花はこくりと頷く。
確かに救援範囲内ではあるけれど、他の支部の方が圧倒的に近い。救援要請されるとすれば、一番近い支部になるだろう。
それでも、一応は救援範囲内だ。形だけでも待機はしておくべきだろう。
「……」
本当は、少しだけ焦りもある。
今回発生した異譚の近くに、自身の父親の家がある。異譚の範囲からは外れているものの、避難勧告の範囲内にはなる。
現在、父親の家では白奈を預かってもらっている。父親は仕事で家を空けているが、白奈は父親の家にいるはずだ。白奈には携帯端末を持たせているし、父親の家にはテレビもある。警察も避難誘導をしているだろうし、緊急時の町内放送も流れているはずだ。
連絡は無いけれどちゃんと避難している、はずだ。
一応、白奈にメッセージを送ってはいるけれど、既読にすらなっていない。
一抹の不安を抱えながらも、春花とチェシャ猫を連れ、黒奈は春花の自室へと向かう。
規模も最小サイズだったので、最短でも二時間で解決するだろう。確かに不安はあるけれど、きっと何も問題は無いはずだ。
ゆっくり、お茶でも飲んで待っていれば終わっている、はずだ。
だが、黒奈の予想とは裏腹に、二時間を経過しても異譚は終わらなかった。
それどころか、来ないと思っていた救援要請すら届く始末である。
「どういう事? 異譚侵度Dなんでしょ?」
「それが……異譚の中に入った途端に流れの読めない乱気流に襲われて、一般市民の避難もままならない状況らしいです」
「それ、もうちょっと早く救援要請送ろうと思わなかったの?」
「一般市民を避難のために集めた後、急激に風速が上がったそうです。魔法少女なら耐えられるのですが、普通の人だと歩く事すらままならないようですね」
「なるほどね……嫌にタイミング良いのが引っ掛かるわね」
避難するタイミングに合わせて風速が上がったのか、それとも時間経過で徐々に風速が上がっていっているのか。どちらかは分からないけれど、一般人が逃げ辛い世界になっているのは確かだ。
どちらにせよ、人命救助のために一人でも多くの魔法少女の動員が必要になる。
「それと、異譚内部には強烈な酒気が漂っているようで……それで一般市民が酩酊状態になっているようでして……」
「酒気? それってアルコールって事?」
「はい」
「どういう事……?」
「さぁ……そこまで子細な報告が無くて」
「ま、突拍子が無いのが異譚よね。行ってみて確かめるしか無いわね。……今回は、春花ちゃんも同行するって事で良いの?」
「はい。異譚侵度Dですので、デビュー戦には持って来いかと」
「分かったわ。春花ちゃん、初陣になるけど大丈夫?」
傍らに立つ春花に訊ねれば、春花はこくりと頷く。
「今回は初陣だから、避難誘導が主な仕事になるわ。けど、異譚生命体と戦闘になる確率は高いと思うから、戦う覚悟はしておいてね」
「……うん」
戦闘になるかもしれないと聞いても、特に緊張した様子も無く頷く春花。
「増援って私達だけ?」
「童話の三人と、星、花で十人ずつです。五人一組が五組出来るようになってます」
「と言う事は、私は童話とチームって事で良いのね」
「はい。春花もそうですが、他の三人の事もよろしくお願いします」
「ええ。と言っても、私から指示出すつもりは無いわ。今回は、あの子……機織さんに従うつもり」
チーム単位で動くのであれば、リーダーは明確にしておかなければいけない。
今回、黒奈はアリスの引率なので、そちらに集中したい気持ちもある。それに、童話のリーダーは真琴である。急ごしらえのチームであるならば、真琴がリーダーである状況に慣れている織音と燐の事を考えると、黒奈が出しゃばるのは悪手である。
それに、急にチームに入って来てリーダー面をされても三人とも面白くないだろう。いかに黒奈の方が経験があるとはいえ、童話は彼女達のチームだ。黒奈はあくまで花の魔法少女。同じ魔法少女ではあるけれど、その差異は如実であり、精神的な隔たりも大きい。
特に、真琴を慕う二人は童話以外の魔法少女に対しての精神的な隔たりが大きい。事を荒立てずに任務を遂行するのであれば、あくまで黒奈はチームにお邪魔するというスタンスを崩さない方が良いだろう。
「そうですね。先輩がフォローに回っていただけるのであれば有難いです」
そこら辺の事は沙友里も良く分かっているので、黒奈の意見に賛同する。
「春花。初陣は一番殉職率が高い。先輩の言う事をよく聞いて、必ず生きて帰って来るんだぞ?」
沙友里は春花と視線を合わせながら、春花の頭を撫でる。
沙友里の言葉に、春花はこくりと頷く。
春花が頷いたのを見て、満足そうに頷いた後、沙友里は真剣な面持ちで黒奈を見やる。
「それでは、出発の準備に入ってください。異譚侵度Dとは言え、長引けば死傷者は増える一方です。早急な人命救助をお願いします」
「了解」
背筋を正して敬礼をする黒奈を見て、春花も見様見真似で敬礼をしてみせた。




