異譚22 クソ親父
白奈を探して二時間程街を走り回ったけれど、黒奈は白奈を見付ける事は出来なかった。
荒い息を整えながら、黒奈は白奈が行きそうなところを必死に考えるも、白奈が行きそうな場所など見当も付かなかった。
それはそうだ。この街に来てから、黒奈は白奈と一緒に出掛けた事が無い。この街に何があって、何処にどんなお店があって、どういう物が売っていて、なんて話も一切していない。
家に帰っても白奈との時間はほんの少ししか取れなかった。
白奈よりも春花との時間を優先し続けた結果だ。
黒奈が次に何処を探そうか考えていると、不意に携帯端末が鳴る。
携帯端末の画面を見やれば、そこには『クソ親父』と映っていた。
クソ親父。つまり、黒奈の父親。
今、父親と電話している場合ではないと無視をしようと思ったけれど、もしやと思い応答する。
「もしもし?」
『黒奈か。今、ウチに白奈が来ててな……』
「はぁ……良かったぁ……!」
白奈の居場所が分かり、思わず安堵の息を零してその場に座り込んでしまう。
『何かあったのか?』
「……うん。喧嘩……というより、私が叩いちゃって……」
『また暴力か?』
「違っ、人聞きの悪い事言わないでくれる?!」
『だが叩いたんだろう?』
「そうだけど! …………うん、そう。叩いた……」
『まったくお前は……昔っから口より先に手が出る』
結局、暴力には変わりない。
黒奈は白奈を邪魔だと思った事は無い。だが、確かに、今回の件は黒奈に非がある。黒奈が春花を優先したからこそ、白奈は自分が邪魔な存在なのだと思ってしまったのだ。
白奈の言う通り、黒奈は家族よりも自分を優先した。家族で居る事よりも、胸を張れる自分で居られる事を優先した。
『白奈から聞いたぞ。お前、離婚したんだって?』
「あー……うん、した」
『何をしとるんだお前は……』
電話口から父親の呆れた溜息が聞こえてくる。
「こっちにだって事情があるのよ。絶対に見捨てられない子が居たんだから、しょうが無いじゃない」
『それで自分の子供を蔑ろにしていたら本末転倒だろう。それに、魔法少女に復帰したんだって? 彼があれだけ嫌がってたのに、どうして……』
「さっきも言ったけど、私にも事情があるのよ。魔法的才能に長けてるあの子の育成が、魔法少女としての私の最後の仕事なの。それさえ終われば、家族との時間もちゃんと作れるんだから」
『それがお前の本心なら、俺も安心なんだがな……』
「ちゃんと本心ですけど?」
『嘘を吐くな。俺はお前をそんな利口に育てた覚えは無い』
「はぁ!? 別にあんたに育てられた覚えありませんけど!? 仕事仕事で家にいなかったくせに、今更何言ってんだか!!」
『分かってるじゃないか。お前は俺に似たからな。家族も大事なんだろうが、一番は自分の生き様を生き抜く事だ。俺にとっては仕事で、お前にとっては魔法少女って事だな』
「似てません~! あんたと私はぜんっぜん似てません~! 私の方が家族を愛してますぅ~!!」
『俺も一緒だ。だが空回りしてる。そうだろ?』
「うぐっ……」
確かに、父親の言う通りだ。
黒奈は白奈を愛している。けれど、それは白奈には伝わっていなかった。
自分だけが確かな気持ちを抱いていて、けれど気持ちは自分の中だけに留まっていた。
『まぁ、白奈の事は俺に任せろ。数日学校休んだところで問題無いだろ。お前も白奈も、頭を冷やす時間が必要だろ?』
「……うん。お願いできる?」
『ああ。こんな俺でも白奈のお爺ちゃんだからな。何とかもてなすさ』
「ありがとう、お父さん」
『ああ』
父親にお礼を言って、黒奈は通話を切る。
立ち上がり、携帯端末をポケットにしまう。
父親の言う事は、正直図星だった。
黒奈が家族を愛しているという事実に変わりはない。そこだけは、自信を持って言える事だ。
ただ、黒奈の気持ちと白奈の気持ちが噛み合っていなかった。いや、家族全員と気持ちが噛み合っていなかったのだ。
自分のやりたい事だけを押し通した。結果、家族は分離して、着いて来てくれた白奈ともすれ違ってしまった。
全ての元凶が自分であり、自分以外の誰も悪くは無い事もちゃんと分かっている。
そして、自分の本当の気持ちが何処にあるのかも理解している。
溜息を吐きながら、黒奈は帰宅するために歩き出す。
言い逃れ出来ない黒奈の本心。
結婚を機に、魔法少女を辞めた。けれど、黒奈はそれに納得してはいなかった。
黒奈にとって、魔法少女とは自分を変えた全てだった。その全てを捨てる事は、結婚という人生を変える大きな選択を迫られた時でさえ出来なかった。
心の中に残る、完全に捨て去る事の出来ない未練。
当たり前と言えば当たり前だ。自分を変え、自分の全てとなったモノを捨て去る事は難しい。
黒奈は、ずっと魔法少女で居たかった。魔法少女以外の生き方を、黒奈は受け入れたくなかった。いや、受け入れられなかったのだ。
家族に語った事に嘘偽りは無い。それは断言できる。
春花を見捨てられなかった事。春花を見捨てたら胸を張って生きていけない事。自分を救ってくれた夫に顔向けできない事。
それは、全部本当の事だ。嘘偽りの無い黒奈の気持ちだ。
けれど、それを上回るくらいに魔法少女でありたいという気持ちが強いのだ。
それだけ黒奈にとって魔法少女という存在は大きい。
もうどうしようもないくらいに、言い訳のしようがない程に、黒奈は魔法少女である自分を捨てられないのだ。
「はぁ……母親失格よね、私……」
自分が母親失格だとは分かっているけれど、それでも自分の子供は可愛いし愛おしい。
愛情なんて無ければ、愛情なんて忘れたままでいれば、こんなに苦しむ事は無かったのに。こんなに苦しませる事は無かったのに。
白奈が落ち着いたら、またちゃんと話をしよう。今度こそちゃんと話し合いをしよう。自分の気持ちだけを押し付けて、白奈に我慢をさせないためにも。
だが、そんな黒奈の気持ちも虚しく、事態は急速に進んでいく。
この数日後、一つの異譚が発生した。
その異譚が全てを狂わせる事を、この時はまだ知るよしも無かった。




