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魔法少女異譚【書籍化決定】  作者: 槻白倫
第4章 破風と生炎

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異譚15 スポーツ

 春花に明確な感情を芽生えさせるためには、様々なアプローチが必要だ。


 それと同時に、少しずつ大体の人間が怖いものではないという事を教えてあげなければいけない。ずっと誰かを怖がったままでは外出もままならない。


 という訳で、黒奈は春花を連れて訓練室へとやって来ていた。


 今回は以前のように貸し切りにしていない上に、他の魔法少女達も使っている時間帯を選んでいる。とはいえ、利用者の少ない時間帯を選んでいるので、それほど春花の負担になる事は無いだろう。


 現状、アリスの存在は最重要機密(トップシークレット)だ。それに伴い、有栖川春花の情報も取り扱いに注意しなければいけない。何せ、男が魔法少女になるのだ。前例が無く、余計な混乱を招く可能性が高いため、むやみに外部に情報を出せない。


 だがまあ、最重要機密(トップシークレット)だけあって、春花の事を知る者はかなり少ない。そして、春花が普通の少年に見えれば話題にもなっただろうが、春花は一見して少女にしか見えないため、少女だらけの対策軍ではさして目立つ存在ではない。


 変に隠そうとするほうが逆に目立ってしまう。堂々としていれば、案外誰も注目をしないものである。


 そう考えて春花と一緒に訓練室へと来てみたのだけれど、どうやら黒奈の思惑通りに事が進みそうである。


 少女達は自分達のトレーニングに集中しており、二人を気にする素振りも無い。


「今日は運動をします。といっても、ジョギングね」


「……はい」


「運動は良いよ~。身体も健康になるし、身体を動かす事でストレス発散にもなるしね」


 黒奈は運動が嫌いではない。とりわけ、水泳やランニング、登山やスノーボードなど一人で出来るスポーツの類いが好きだ。スノーボードや登山は家族と一緒に行っていたけれど。


「本当は外を走るのも良いんだけど、春花ちゃんが疲れた時に止められるようにランニングマシンにしようと思います」


 言って、二人はランニングマシンへと向かう。


 縮こまったように背中を丸めて、自分はいませんよとでも言うように身体を小さくして黒奈の後ろに隠れる。


 そんな春花に気付いて、黒奈はあははと笑う。


「あはは、流石に居づらいよね。端っこ行こ、端っこ」


 人が少ないとは言え、この訓練室には女性しか居ない。男の子である春花からしたら居心地悪い事この上ないだろう。


 春花は黒奈の手を引いて端っこにあるランニングマシンの方へと向かう。


「本当は公園とかで運動しても良いんだけど……この間みたいな事もあったからね。今回は訓練室を使おうね」


 ショッピングモールに行った時に春花は男達にナンパされた。普通の子であればナンパされたなんていうのは自慢話に出来るような出来事にしかならないだろう。まぁ、あまりにしつこいナンパは苛立ちや恐怖の対象だろうけれど。


 ただ、春花にとっては知らない誰かに声を掛けられるなんて恐怖でしかない。


「色々慣れてきたら、色んなところ行こうね」


 黒奈の言葉に春花はこくりと頷く。


「それじゃあ、早速走ろっか。ゆっくりで良いからね~」


 二人はランニングマシンを使って、緩やかに走る。


 スポーツを楽しんでもらいたいという意図は本心だけれど、もう一つ別の思惑もある。


 春花の体力は普通の中学生よりも少ない。魔法少女は変身前の身体能力が変身後に影響する。なので、元の身体能力の向上も魔法少女には必要な事なのだ。


 身体能力の向上は、春花のためにもなる。身体を動かす事にも慣れていってもらう必要があるのだ。


 黒奈はジョギングは慣れたものなので、春花が飽きないように声を掛けようとした、その時――


「あん? テメェあの時の……」


 今はあまり聞きたくない声が聞こえてきた。


 声の方を見やれば、そこにはやけにこだわったスポーツウェアを身に纏った真琴が立っていた。


 真琴は眉を寄せながら黒奈を見て、直ぐにその隣を走る春花に視線を移した。


「コイツがアリスか?」


 真琴の言葉にびくっと身を震わせる春花。


 けれど、黒奈にとって真琴の質問は想定内だ。


「違うわよ。私の親戚。暫く預かる事になったから、今は一緒にスポーツを楽しんでるの」


「そうか」


 興味を無くしたのかそれだけ言って、黒奈の隣のランニングマシンへ向かう。


 真琴はワイヤレスイヤホンを両耳に付け、二人に何も言う事無くランニングを始める。


 真琴がこちらに構う様子を見せないので、黒奈も気にする事無く春花の方を見る。


 春花は真琴の存在が気になるのか、ちらりと真琴を見て慌てて視線を下に戻す。


「春花ちゃん、今日のお昼は何食べたい?」


 黒奈は春花の気を紛らわせるために声を掛けるけれど、春花は特に食べたい物が無いのか視線を彷徨わせるだけである。


「チャーハン……は、中華鍋(うち)だからなぁ。あ、おうどんどう? 今日も寒いからさ」


 黒奈の提案に春花は黒奈の方を見やって頷こうとする。しかし、慌てたように直ぐに視線を下に戻す。


 黒奈というよりはその向こうを見て視線を下に戻したと感じた黒奈は、すぐさま視線を自身の隣を走る真琴へと向ける。


 真琴は視線のみで春花を見ていたらしく、黒奈が自身の方を見た事に気付いた真琴は直ぐに視線を前に戻した。


「何かご用かしら?」


 黒奈が訊ねるけれど、音楽を聴いている真琴に届いていないらしく真琴は反応を示さない。


 たまたま視線が合っただけ、であれば良いのだけれど、初対面であれ程気性の荒い姿を見せたのだ。真琴の事は警戒してしかるべきだ。


 だが、わざわざこちらから刺激する必要も無い。


 黒奈は真琴から視線を戻し、春花の方に視線を戻す。


「春花ちゃん。お昼、おうどんでオーケー?」


 黒奈の言葉に、春花は下を向いたままこくりと頷く。


「よし。じゃあこれが終わったらお買い物行こっか」


 もう一度、春花はこくりと頷く。


 その後、三十分程ジョギングをしたけれど、その間春花はずっと下を向いていた。


 三十分も走れば春花はすっかりへとへとになってしまった様子であった。


「お疲れ様。ちょっと休んだら、一緒にお買い物行こうね。っと、お水買い忘れちゃった。ちょっと、買ってくるね」


 春花をベンチに座らせて、黒奈は訓練室内の自動販売機へと向かった。


「おい」


「――っ」


 ベンチに座って一人になった春花に、真琴が声を掛けた。


 急に声を掛けられ、びくりと身を震わせる春花。


 他人に声を掛けられるのも恐ろしく、返事なんてまともに出来ない春花は俯いたまま真琴の用事が終わるのを待つ。


 そんな春花の態度にイラついた様子を見せる――


「チッ……汗ぐらい拭け。風邪ひくぞ」


 ――事も無く、真琴は自身のタオルを春花の頭に被せる。


「なぁ、オマエ――」


「ウチの子に何か用?」


 そのまま話を続けようとした時、厳しい目をした黒奈が真琴に声を掛けた。


 真琴は面倒くさそうに一つ舌打ちをした後、直ぐに春花の元から離れる。


「なんでもねぇよ」


 それだけ言って、真琴は訓練室を後にする。


 真琴の様子に気を配りながら、黒奈は春花の隣に座る。


「大丈夫? 何かされた? って、このタオル……」


 春花に何があったのかを聞こうとし、持ってきた覚えのないタオルを頭に掛けている事に気付く。


「これ、あの子から借りたの?」


 黒奈が優しく問えば、春花はこくりと頷く。


「風邪、ひくからって……」


「そう……悪い事しちゃったわね」


 借りたタオルで春花の汗を拭いてあげながら、黒奈は自身の早とちりでキツイ声音で声を掛けてしまった事を後悔する。


「今度会ったら、お礼言いましょうね」


 黒奈が言えば、春花はしっかりと頷いた。


「私はちゃんと謝らないとね……」


 自分の非はきちんと認めながら、心中に湧く疑問に目を向ける。


 てっきり、自分中心の我が儘な子だと思っていたけれど、どうやらそう単純な話では無いらしい。


 今日会ったばかりの春花にタオルを貸してあげるだけの優しさを持つ少女が、何故アリスの教育係に選ばれなかったのか。アリスが童話に合流する以上、その問題から目を背けてはいけない。


 後で童話の三人の資料を閲覧しようと思いながら、春花のお昼ご飯を作るために訓練室を後にした。


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― 新着の感想 ―
[一言] おどおど春花にときめきを感じてしまう。今日このごろ
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