プロローグ 救世の英雄
わぁああ、と歓声が沸き起こる。
勇者様、勇者様、と無邪気な子どもの声が、拝むような老人の声が、熱狂する若者の声が、大地を揺るがさんばかりに鳴り響く。
それらに応えて大きく手を振るのは、煌びやかな鎧に身を包み、金の光をうっすらと纏う剣を腰に刷いた青年。歓声に応じる青年の姿に、歓声は一層高まった。
勇者の凱旋。一生に1度の、奇跡の体現者。
それを目の当たりにして熱狂する人々を、文字通りのお祭り騒ぎを、リンは冷めた目で眺める。誰にも届かない声で、呟いた。
「……勇者なんて」
そう言って、少女は榛色の瞳を伏せた。
***
始まりはもう歴史書でしか分からない程、戦争が長らく続く世界があった。
終わらぬ戦に人々の心は荒れ荒み、負の感情が渦巻いた。負の感情と死という淀みは世界中のあちこちに吹きだまりを作り、いつしかそこから魔物が湧き出すようになる。
魔物は人だけを襲い、人だけを喰らう。多くの人が、魔物に命を奪われた。
それでも戦は止まらない。
民が魔物の危険に晒されても、自国の利権獲得のために徴兵をやめない国に対して、人々の不満は募る。そうして負の感情は悪循環を始め、ますます魔物が増えていく。
人類の数は、みるみるうちに減っていく。魔物の中には、病魔を撒き散らすものもいたのだ。体力のない老人子どもが次々に倒れて、助けようと薬を求めて街へ出た親は魔物に食われる。
そして──魔王を名乗る存在が、人類を滅亡させんと立ち上がった。
世界は、まさに滅びのカウントダウンを始めていた。




