◆第99話◆ 『宝石級美少女と恋バナ』
「コハに彼氏とか。おとなしそうな性格してるのに、しっかりメスだったか」
「......居たら悪いんですか」
庵という彼氏がいることを認めた星宮。言い訳をして余計な誤解を生ませてしまうよりも、打ち明けてしまったほうが後先のためにもなると考えたのだ。しかし、思わぬバレ方をしたため、星宮は恥ずかしさに顔を赤く染める。引き出しにプリクラの写真を仕舞った過去の自分を強く恨みたい。
「その写真の男、なんて名前? 同じ学校?」
「天馬くんって言います。......同じ学校で同学年ですよ」
「天馬......知らない」
クラスが違うのと、そもそも秋の人脈が狭そうなので、庵の存在を知らないのは当たり前だろう。逆に、星宮は以前、庵に秋のことについて話したが、庵も秋のことを知らなかった。
「いつから付き合ってるの、その天馬ってのと」
「去年の秋くらいからで......だから、三ヶ月前くらいからですね」
「けっこう最近か」
始まりは、庵に命を救ってもらったあの日。あのとき、命を救ってもらった見返りとして、恋愛感情ゼロの交際をスタートした。最初の頃はいろいろと不安はあったけれど、今はしっかりと天馬庵という存在に恋愛感情を抱いている。今となっては、様々な苦難をともにした自慢の彼氏だ。
「どっちが先に告ったの。コハが告るとことかあんま想像つかないけど」
「天馬くんですよ。でも、あれはあんまり告白って感じはしなかった気がしますけど......」
思い返してみれば、庵が星宮に交際のお願いをしたときは、かなり遠慮がちな言い出しだった。おそらく、庵本人も半分冗談のノリだったのだろう。最早、星宮という宝石級美少女の存在を舐めていると言っても過言ではないのかもしれない。そのような舐めた告白、しかも初対面で、容姿も優れてなくて、誰が一体オーケーを出すものか。だがしかし星宮はオーケーを出した。その選択には、星宮の様々な苦悩があったうえでのものであって――、
「......あのときの私、だいぶ悩んでましたからね」
秋にも聞こえない声でポツリと溢す。とはいっても、今はもう悩んではいないし、過去に抱えていた悩みは庵に打ち明けている。おかげで、今は体も心もとても軽くなった。
「へえ。それで、ラブラブ?」
「きゅ、急になんですか。知りませんそんなの」
「この反応は黒か。どこまでやってるの」
「どこまでって......何がどこまでなんですか」
そう聞くと、秋が至って真面目な表情で首をかしげる。きょとんとした表情が星宮を見ていて――、
「言わなきゃ分からない? ハグとか、キスとか、セ○○○とかの話。してるんでしょ」
「セっ!?!?」
なんのためらいもなく秋の口から出てきた単語のオンパレードに、星宮の顔が再び真っ赤になる。とっさに秋のもとまで近寄って、その肩を掴んだ。マリンブルー色の瞳をアワアワとさせながら、首をブンブンと振る。
「そ、そんなことしてるわけないじゃないですか!! 変な冗談やめてください!!」
「いや、冗談じゃなくて真面目に聞いたつもりだったんだけど......もしかして図星だから慌ててる? やっぱりヤッてんの」
「だから、そんなことしてませんし、そういう事は無理って天馬くんにだいぶ前から伝えてあります。私と天馬くんの関係は至って健全です。だから、変な想像するの禁止です!! 怒りますよ!!」
全力で星宮が否定するが、それが逆効果となってしまって、余計、秋の燃料に油を注いでしまう羽目になる。口角を少しだけ上げた秋が、慌てる星宮を追い詰めるかのように、顔を近づけた。
「まあ、今はまだしてなくても、これからどうせするんでしょ。コハにする意思はなくても、男の方は多分ヤりたがってるだろうし」
「て、天馬くんはそんな人じゃないです。会ったこともないのに、適当なこと言わないでくださいっ」
「バカ。男は全員下半身にも脳みそがついてんの。常にそういうことばっかり考えてて、どうやったらヤれるのかばっかりもう一つの脳みそで計算してる。コハはめちゃくちゃ可愛いし、妄想の中ではもうとっくにいろいろとやられてるよ。いろんな、すんごーいことを」
「っ。す、すんごいこと」
「そう、すんごいこと」
考えを少し捻じ曲げられ、秋の言葉を真に受けだした星宮はコクリと喉を鳴らす。そういえば、つい最近星宮は庵にキスを要求されていた。恋人としての一線を越える行為を要求したということは、もしかしたらその先のことも見据えているのかもしれない。変な想像をしてしまい、星宮は自身の体を抱きしめる。
「......でも、天馬くんは優しい人ですから、きっと、大丈夫です」
「優しい顔しながら、そのうちコハをベッドに押し倒すよ。琥珀、今日は寝かせないぞ......とか言って」
「っ。きゃあっ」
そんなことされたら、きっと星宮は抵抗することができない。その場の空気に流されて、庵にされるがままにされてしまう自信がある。そんな仮定の話があまりにも現実的に思えてきて、星宮は身を震わせた。
「天馬くん、私をそんな目で見てたんですか......!」
すっかり洗脳され、庵はあらぬ疑いをかけられてしまう。この場に庵が居たら猛烈に抗議をしてきそうだ。しかし、残念というべきか、あと三ヶ月は会うことはないので、この疑いが晴れることはしばらくはないだろう。
「で、そこまではいかなくてもキスまではしたの?」
「き、キスって......さっきから質問攻めしすぎじゃないですか......」
「いいじゃん。コハの彼氏とか普通に気になるから」
質問ばっかりする秋。ただ、星宮も庵の話をしたくないわけではない。ずっとコソコソ隠れて交際関係を続けてきていたのだから、少しでも誰かに話を聞いてもらいたかったのだ。思わぬ形ではあったが、庵のことを語れるのに少しだけ幸福感を感じる。――が、星宮はこの手の会話に慣れていない。
「まあ、その......一回だけ。天馬くんが、してほしいって言ったので」
「ひゅーひゅー。チュッチュしちゃったんだ」
「っ! もう嫌です!」
あからさまな秋の茶化しに、耐えかねた星宮が白旗を立てる。中学の時、恋バナはいつも聞く立場だったので、いざ話す側になるとこんなにも恥ずかしいものなのか。近くのクッションに真っ赤になってしまった顔を押し付けて、秋を視界から遮断した。
「キスっていってもチークキスです! もう、この話はやめてくださいっ。おかしくなりそうです!!!」
足をジタバタとさせ、顔を見られないよう必死に隠している。そんな可愛い乙女の様子を見て、ニマニマとする秋。星宮がオーバーヒートしたところで、ようやくこの話題は幕を閉じたのだった。
***
それからというもの、他愛もない雑談をしたり、動画アプリで好きな動画を送り合ったりと、友達として充実した時間を過ごした二人。趣味や性格は真反対といっても過言ではない二人だが、それでもどこか共通する部分があるのか、二人の間に笑顔はあり続けていた。
星宮の中で、今まで埋まっていなかったものが、どんどんと満たされていく。ずっと一人で寂しく高校生活を続けてきて、それで心が辛くて、なかなか眠れない日もあって、泣き出しそうになるときもあって。そのせいでどんどんと心は荒んでいってしまったけれど、今はもう違う。可愛くて面白い一番の友達の秋が居て、今は少し険悪な関係になってしまっているけれど、優しくてかっこいいバイトの先輩の愛利が居て、頼りがいのある優しさいっぱいの店長も居る。庵の友達の暁にも優しくしてもらったし、そして何より、今の星宮には恋人である庵も居るのだ。
「――私って、意外と幸せ者なのかもしれませんね」
大切な人たちの顔を思い出したら、少しホワワンとした気持ちになってきた。特に、庵のことを思い浮かべると、少しだけ胸がドキドキしてしまう。そんな自分がちょっとおかしく思えてきてしまい、クスリと笑みがこぼれてしまった。
「ん」
何かを見つけたのか、短い声が漏れている。星宮が感慨に浸る一方、秋はまた不振な動きをしていて――、
「コハ、この写真は?」
「え?」
声をかけられ、星宮は我に返る。秋が指さしているのは、クローゼットの上に置いてある写真立て。また何か秋に餌を与えてしまったのかと一瞬焦ってしまうが、今回のは別に見られても恥ずかしくないものだった。
「それは私が幼稚園に通ってた頃の写真ですね」
それは、幼き頃の星宮と、先生と、茶髪の男の子との三人の写真。久しぶりにその写真を見て、星宮は懐かしさに目を細める。また、感慨に浸ってしまいそうだ。
「へえ。かーわいい。この頃はポニテか」
「中学の頃まではずっとポニーテールでしたよ。高校に入ってからは体育のとき以外、ずっとおろしてますけど」
「ふうん」
写真の星宮は今と違ってだいぶ毛量が少なく、ポニーテールといってもそこまで先が長いものではない。勿論、この頃から美しい雪色という点は変わらないが。
「で、この隣に写ってる男は誰」
「ああ。その子はですね......」
星宮の隣に映る、真顔の男の子。全体的に細身な体型をしていて、表情に元気を感じられない。この男の子について懐かしい思い出が蘇り、少しだけ表情が暗くなる。少しだけ重たい口調で、ゆっくりと星宮は口を開いた。
「――新開黄緑くんって言うんです、その子」
「......エメラルド?」
「はい。黄緑って書いて、エメラルドくんです」
「おー。すごいキラキラネーム」
稀に聞くキラキラネームに、秋が驚きの声を上げる。しかし、星宮はこの名前をキラキラネームとは言いたくなかった。それには、あまり思い出したくない、昔の星宮とエメラルドとの間に起きたとある出来事が理由で――、
「私、エメラルドくんを傷つけちゃったんですよね」
悲しそうに言葉を溢し、星宮は過去を思い出す。
次回、再び過去編。物語完結に向けて、いろいろと進めていきます




