◆第92話◆ 『宝石級美少女のFJK』
長かった冬休みは終わりを迎え、三学期が始まった。あと三ヶ月ほどすれば、一年生も終わり、クラス替えも行われる。残りの時間をどう過ごすかは生徒次第。勉強に励むも、部活に励むも、遊び散らかすのも自由た。
そんな三学期も始まってから数日が経ち、そろそろ休みボケも抜けてきた頃。とあるクラスで、一つ話題になっていることがあった。
それは、星宮琥珀の変化。お人形のように笑いもせず、クラスメイトとコミュニケーションを取ろうとしなかった星宮が、突然そのスタンスを崩したのだ。
「――はぁっ!? 上手すぎだろ星宮さん」
三時間目、体育。バトミントンの授業が行われていて、ダブルスの試合をしていたときのこと。一人の男子生徒が、星宮から放たれた高速のスマッシュに目を見開いていた。そのタイミングでちょうどよくタイマーの音が鳴り響き、ゲームセットとなる。
「......ふぅ」
ラケットを手に持ちながら、満足そうに息を吐く星宮。今の彼女は髪をポニーテールにまとめていて、体育仕様だ。
そこにダブルスでペアだったもう一人の女子が、星宮の元に近づいてくる。
「ナイス、コハ。やるじゃん」
「はいっ。秋ちゃんも上手いですね」
この女子の名前は小岩井秋。藍色のショートヘアで、眠たそうなじと目をしている星宮のクラスメイトだ。
最近仲良くなった二人だが、秋は星宮の事を『コハ』と呼ぶ。星宮は秋のことを『秋ちゃん』と呼ぶが、秋は呼び捨ての方が嬉しいらしい。ただ、星宮は呼び捨てというものがなかなかできない性分なので、とりあえずは『秋ちゃん』という風に呼んでいる。
「私は別に上手くないよ。今だって、コハがほとんどカウンター決めてたでしょ」
「そんなことないですよ。秋ちゃんだって、ちゃんと動いてたじゃないですか」
「うん。だからこれからコハに全部任せていい? ラケット振るのもう疲れた」
「......なんでそうなるんですか。それは困ります」
謙遜しているようで、ただ自分が楽したいだけの秋。そのことに気づいた星宮は思わず苦笑いしてしまう。ここ数日で分かったことだが、秋はかなりのマイペースな人間だ。移動教室のときも、星宮が一緒に行こうと誘っていても勝手に出発してしまう。本人に悪意が一切無いので、それが困ったところだ。
「――あのっ。星宮さん」
「え?」
星宮と秋が会話をしているところ、さっき対戦していた男子が話しかけてきた。
「星宮さんバドめちゃくちゃ上手いね。マジでビックリしたんだけど」
「えっ、ありがとうございますっ」
「――」
男子の率直な感想に、星宮も素直に笑顔で喜んでしまう。今まで星宮は自分の実力を目立たないように控えめに出してきていたので、本当の実力をこうして誉められると嬉しくなってしまう。
その一方、話しかけてきた男子は何故か星宮の前で硬直していた。そのことに気づいた星宮は不思議そうに首を傾げる。
「......あの、どうしたんですか?」
「あっ。いや、別に何でもないんだけど......さ。星宮さんって、その、こんなキャラだったっけ?」
「こんなキャラ?」
「いや、その......っ、ごめんっ。やっぱり何でもない! 対戦ありがとう!」
何かを言おうとするが、諦めて、顔を隠すようにしながら颯爽と星宮の前から逃げていった男子。星宮はその男子の行動の意味が分からず、ますます訳が分からなくなった。
とりあえず、秋に聞いてみる。
「こんなキャラって、どういうことですか?」
「コハが急に学校で喋るようになったことを言ってるんじゃない。よく覚えてないけど、コハ、いっつも無口だったし。そんなお人形みたいな子が急に笑ったり喋ったりするようになったら驚くでしょ」
「ああ......そういうことですか。じゃあなんでそう言わずに帰っていったんですか?」
「無自覚か。罪な女め」
呆れたように溜め息をつく秋。じとーっとした瞳を星宮に向けるが、きょとんとした様子から本当に無自覚らしい。
「あの男子はコハの笑顔が眩しがってるの。分かる?」
「眩しい? 私、眩しいんですか?」
「......私の表現が悪かったのか、コハが天然なだけなのか気になるな」
今の説明では理解しきれなかった星宮が更に追及しようとするが、秋にぷいと横を向かれてしまった。
「ん......やっぱ疲れた」
独り言をぽつりと溢し、どこかへと歩き出す秋。おそらく休憩をするつもりなのだろうが、先生の指示もないのにマイペースすぎる。
「秋ちゃん、待ってくださいっ。まだ一試合しかしてないですよっ」
「分かってる。ちょっとだけ休憩」
星宮の訴えも空しく、秋は近くの壁を背によりかかり、スポーツドリンクを口にしていた。いつの間にかスマホも取り出しているので、休憩する準備は万端だ。あまりのマイペースさに星宮も溜め息をつくが、これが小岩井秋という人間なのだと、ここ数日で何度も分からせられている。
そろそろ、星宮も秋の扱いに慣れたところだ。呆れながらも、星宮も秋の後ろに続いた。ラケットを壁に立て掛け、秋の隣に腰を下ろす。
「コハも休憩するの? 先生にバレたら多分怒られるけど」
「秋ちゃんが休憩するなら私もします。バレたらその時はその時です」
「おー、良い度胸」
そう言い、直ぐに手元のスマホに視線を戻す秋。
特に星宮は疲れているわけではないが、秋と一緒じゃなければ体育の授業に参加できない。それは『○○ちゃんと一緒じゃなきゃ嫌だ!』といった子供の癇癪のようなものではなく、しっかりとした理由がある。
それは、今までの星宮の学校での振る舞いが原因だ。クラスメイトとのコミュニケーションをあからさまに避け、感じの悪い女子高生をつい最近まで演じ続けてきた星宮。そんな人間が、突然一人でクラスの輪に入れ、なんて言われても無理な話。秋が一緒でないと、星宮は肩身の狭い思いをしてしまう。
つまり、星宮が星宮らしく振る舞うには、秋という存在が必要不可欠なのだ。
「......秋ちゃん」
「何」
「秋ちゃんって何か好きなものありますか? 趣味とか」
星宮は、まだ秋のことを詳しく知らない。せっかくの機会なので、親睦を深めるためにも当たり障りのない質問をしてみた。
「あー......今は『名探偵○ナン』、『○しの子』、『○ラえもん』辺りが私の中で熱い」
「......???」
「え。今めっちゃ有名なのに知らないの」
「何一つ分かりません」
おそらくアニメ関連のことだろうとはうっすら察せたが、具体的な内容についてはさっぱりだ。そういう系統のものには疎い星宮は、どう会話を続けるか頭を悩ませる。この会話は一度切ってしまった方が得策か――とも思われたその時、秋の顔がぐっと星宮に近づいた。
「じゃあコハ、今日私の家来てよ」
「えっ」
「コハに私の推しの良さを分からせてあげる。あの良さを知らないまま生きるのは、人生の半分損してるようなものだから」
突然の秋の申し出に、星宮は分かりやすく顔を輝かせた。あまりの眩しさに、秋は目を細めながら星宮オーラを手で遮る。
「秋ちゃんの家行っていいんですか!?」
「いいって言ってるつもりなんだけど」
「行きますっ。絶対行きますっ」
星宮のあまりの反応の良さに、心なしか秋が若干引いているように見えた。だが、そんなことは星宮にとって関係ない。思わぬ流れで、友達の家にお邪魔できることになったのだ。目的はどうあれ、秋の家に行けるというのは星宮にとって最高の機会。これで秋との親睦をより深められる。
「今日の放課後が楽しみですねー」
「......私の部屋、汚いよ」
こうして、星宮の止まっていた時間が――高校生活が動き出す。過去という枷に縛られ続けていた星宮だが、その枷はもう自分で外してしまった。
残り僅かとなったFJKだが、今まで溜め込んでいた分を精一杯楽しもう。今は、天馬庵との再開を目標にして――。
第三章スタートです
ここまで読んでくださっている読者様なら既に察しているかもしれませんが、今回も安定にシリアス展開となります
今回の章は比較的早い段階でシリアス展開に移行し、第二章よりもドギツイ展開になる予定なのでよろしくお願いします´`*




