◆第75話◆ 『ずっと憧れてたもの』
――『天馬くんと、しばらく距離を取りなさい』。
それが、店長が星宮に教えた答えだった。その答えを言い渡されたとき、星宮は直ぐに不可能を悟った。それは何故か。
星宮は、庵に依存しているからだ。
依存という言葉単体だけ見ると、何か重いものを感じるが、星宮がメンヘラというわけではない。星宮はしっかりと思慮分別ができる、健全な女子高生だ。
ではどういうところが依存といえるのか。それは簡単な話である。
「......私は、天馬くんとの生活に慣れすぎてしまったんです」
教室の橋に座る宝石級美少女は、授業中にボーッと窓の外を眺める。誰も聞こえない声で、ぽつりぽつりと一人言を溢し始めた。
「私が唯一心を開ける人が、天馬くんしか居ないんです。そんなの、依存しちゃうに決まってるじゃないですか」
星宮が庵に依存する理由。それは、とても単純な話。星宮は学校に行っても友達は居らず、家に帰っても親は居ない。そんな環境のなか、唯一存在するのが庵という存在だ。
庵だけは、自分を包み隠さずに晒けだすことのできる唯一無二の存在。寄りかかれる存在が庵しか居ない星宮は、自然と庵が居なければ落ち着けない体になっていた。
まさに、成るべくして成った依存といえるだろう。
「女の子をここまで沼にはまらせるなんて、天馬くんは罪な男の子ですよ本当に」
そうは言うが、もともと沼にはまるような環境に星宮が居たのは、庵のせいではない。
「今さら、天馬くんの居ない環境に戻ることなんて、できません。一人ぼっちって、とても辛いですからね......」
ここで星宮は「はぁ」と一息つく。遠い瞳をして、青い空を見上げる。今は現国の授業中。クラスメイトの教科書を読む声が、静かな教室に響き渡っていた。
「――でも、天馬くんのためを思うなら、私は天馬くんと距離を取るべきなんです」
依存しているからこそ、星宮は庵と距離を取る事ができない。だが、そんなわがままを言っている場合ではないのが今の現状だ。
今、庵の心には様々な傷痕が残っている。そんな状態の庵と復縁し、依存できる環境が戻ったとしても、それは庵にとっても星宮にとっても良くないこと。
お互いに考える時間が必要だからこそ、星宮と庵は距離を取らないといけない。
だからこそ、星宮は。
「......距離を取っている間、一人ぼっちにならないために私は友達を作ります。天馬くんを助けるためなんですからね」
そう一人言を続けて考えを整理している内に、授業終了のチャイムが鳴り響いた。いよいよ7限は終了。時間は放課後へと移り変わる。
「――頑張れ、私っ」
***
クラスカーストが高そうな人は、ダメ。そもそもそんな女の子に話しかけるのはハードルが高いし、友達になれたとしても、きっと直ぐには馴染めないから。
友達の多そうな子は、ダメ。沢山友達が欲しいわけではないから、交友関係の多い子と関わるのはあまり得策じゃない。だからダメ。
無論、男子はダメ。きっと変な目で見られてしまうから。
「――あっ」
そうして候補を絞っていくと、星宮はとある一人の存在が目に入った。席は最前列で、今まさに帰る準備をしているクラスメイトの女の子。
ショートで藍色の髪の毛をして、身長は星宮と同じくらい。話したことがないのは当たり前として、その女の子は凛としたとても可愛い女の子だった。
そして星宮の知る限りでは、この女の子が他の誰かと一緒に行動しているところを見たことがない。いわゆる、一匹狼というものだろうか。彼女がどういう子なのかは分からないが、選択肢は彼女以外に見当たらない。
「――っ」
本能が訴えている。友達にするなら、この女の子だと。そして、アタックするなら今しかないと。
「――」
勇気を出して一歩ずつ歩みを進める。話しかけるまで気づかれたくないな、なんて事を思いながら、少しずつ近づいていく。
「――っ」
そうして、星宮はその女の子の目の前まで距離を詰めた。しかしまだその女の子は星宮の存在に気づいた素振りを見せない。気づいてはいるが、気づいていない振りをしているのだろうか。真偽は分からないが、どのみち最初に話しかけるのは星宮からだ。
「......ね、ねぇっ」
星宮らしくない、変な声が漏れた。何せ、高校に入ってからクラスメイトに自分から声をかけるのは初めてのこと。それを踏まえれば、いくらかの緊張があってもおかしくないことだ。
そして、その女の子は星宮の言葉が自分に向けられたものだと理解すると、直ぐに顔を上げた。整った顔立ちが、星宮を見る。相手はあまり驚いてはいない様子だった。
「何?」
抑揚のない声が返ってくる。それが自分に向けられたものだと理解すると、一気に心臓の鼓動が早まった。一瞬、心が怖じけつくが、暁にもらった応援を思い出して、自分を奮い立たせる。もう後には引けないところまできているのだから、やりきるしかない。
「あのっ。そのっ」
「......どうしたの」
もごもごとする星宮を、女の子は不思議そうな目で見る。星宮は体がみるみると熱くなっていくのを感じ、頭がいっぱいいっぱいになった。でも、ラスト一押しに必要な勇気は、あとちょっとでいい。
『頑張れ、星宮さん』
ゆっくりとひとまず、大きく深呼吸。そうした、相手の目を真っ直ぐに見る。そして――、
「一緒に、帰らないですか......?」
思ったより落ち着いた声で、そう口にすることができた。だが、顔が真っ赤になっていると思うので、相手には緊張しているのが丸わかりだろう。しかしその女の子はそんな星宮の様子のことに対し、特に気にした素振りを見せない。
「一緒にって、私と?」
直ぐに答えが返ってくるわけではなく、女の子は不思議そうな顔をしたまま、自分を指差して星宮にそう聞いた。勿論答えはイエスだ。
「はいっ」
「ほぉー」
力強い星宮の答えに対し、女の子は不思議な反応をする。じと目を星宮に向けて、数秒見つめ続ける。だが、直ぐに星宮から視線を外すと、こくりとその女の子は頷いた。
「いいよ別に。確か、星宮だよね名前」
出た答えはOK。その反応に、星宮は満面の笑顔を顔に張り付けた。先ほどまでの懸念は吹き飛び、高揚した気持ちだけが胸に残る。
「いいんですかっ。ありがとうございますっ」
「おお、眩し」
星宮の笑顔を眩しがる女の子は、手で星宮オーラを遮断する。自覚のない星宮は、オーラを放ち続けたまま、満面の笑みを崩さない。そのくらい、星宮の素の笑顔は凄まじいものである。
「私と帰るんなら、準備してきなよ。もう私は帰る準備万端」
「はいっ。直ぐ準備しますね」
「別にゆっくりでいいよ」
そうして、星宮はその女の子に背を向ける。自身の席に戻って、宣言通りに直ぐ荷物をまとめ、女の子の席まで戻った。星宮はまだ少し気まずいものを感じるが、相手側はあまりそういうものを感じてなさそうで、それが星宮にとって少し救いになる。
「じゃ、帰ろうか」
「はいっ」
いざ教室を出ようとする手前、女の子が「あっ」と声を出し、足を止めた。じとーっと星宮の方に視線を向けて、小さく口を開く。
「私、小岩井秋。知ってると思うけど、一応自己紹介しとく」
「小岩井さん......」
女の子の――秋の自己紹介を受けて、星宮は咄嗟に上の名前で呼んでしまう。そうすると、再び秋はじとーっとした視線を星宮に向けてきた。
「別に呼び方とか気にしないけど、小岩井さんは止めてほしいかも」
「えっ。......じゃあどう呼べばいいんですか?」
「小岩井さん以外」
基本的に上の名前呼びしかしない星宮にとって、いきなり秋から課された課題はなかなかに重いものだった。仕方なく星宮は少し頭を捻り、「じゃあ......」ともったいぶりながら口を開く。
「秋さん」
「却下」
「えぇー......」
「さん付け嫌い」
星宮にできた新しい友達――小岩井秋。
この女の子はちょっと不思議な雰囲気を纏った子であるが、星宮から見て、とても可愛い女子高生であった。
藍色のさらさらショートヘアに、目立ちすぎない黒いヘアピン。色白な肌と、出すぎず凹みすぎずの健康的な肉体。そして女子高生らしい良い香り。そして特に印象的なのは、何を考えているのか分からない藍色のじと目だった。
こんなにもあっさりと友達ができたのだとを思うと、星宮はなかなか実感を沸かすことができない。まだ秋を友達認定するのは早計かもしれないが、星宮的には一緒に帰る=友達なのだ。秋も、嫌な反応はしていなかったので、星宮を悪いようには思っていないはずだろう。
緊張とトラウマの壁を乗り越え、その先にあったものを星宮は無事に掴み取ることができた。それは、星宮が一人の女子高生としてずっと憧れていたものだ。
久しぶりに星宮は学校内で笑顔を振り撒いた。これが踏み出してはいけない一歩だとしても、今だけはこの大切な瞬間を一秒でも惜しみたかった。
――そうして星宮に友達ができたことにより、ずっと硬直状態であった盤面は動き出す。あとは、星宮が庵を救うだけだ。
新キャラはもう出さないと宣言していたのにすみません
突然の新キャラですが、この子が次に登場するのはだいぶ先なのでよろしくお願いします




