◆第70話◆ 『宝石級美少女とサンタさん』
「――ちょ、ちょっと天馬くん。こんなにいっぱい買って、一体どうするんだい」
呆然としていた星宮が我に返ったのは、店長の慌てた声が耳に届いたときだった。コンビニ店内に目を向ければ、扉越しに庵と店長がレジで向かいあっているのが見える。何か、ハプニングだろうか。
「何が......?」
庵の元へ向かうのは怖いが、店内で庵が何をしているのかは気になる。息を飲んだ星宮は、自動ドアが反応しないように、そっと店内の様子を覗きこんだ。
「......え? あれって......? え?」
店内を確認した途端、星宮は分かりやすく困惑した声を上げた。視線の先は、庵と店長を挟むレジにある。
――そのレジには、約20個くらいはあろうカップ麺の山が、所狭しと積まれていたのだ。
「なんであんなにカップ麺を......?」
庵が何を考えているのか分からない。もしかしたら明日が大雪で、その備えのために非常食を買いためているのかもしれないが、そんな大雪の予報は星宮の耳には届いていない。
きっと何か意味があっての行動だと思われるが、あれだけの量のカップ麺を購入すれば並大抵の金額では済まないだろう。庵の懐事情はよく知らないが、きっとかなりの痛手のはずだ。
「......」
店内の異様な光景に驚く星宮は、つい体がその場から動いてしまう。故に、反応させないように気をつけていた自動ドアが反応してしまった。
「......あっ。待って」
自動ドアは動物ではないので待ってはくれない。機械的な音と共に、自動ドアが開かれる。すると、レジに居る庵と店長が同時に星宮へと視線を向けてきた。
庵は直ぐに視線を戻し、店長は驚いた様子で星宮を見つめる。
「星宮さん、まだ帰ってなかったのかい?」
「え、えっと......ちょっとボーッとしてて......?」
店長はとっくの昔に星宮が帰っているものだと思っていたはずなので、まだこの場に星宮が居ることに驚くのは当たり前だ。
星宮は慌てて目元に残っていた涙を拭い、しどろもどろに言い訳をする。だが店長は、星宮がまだこの場に居ることをあまり気にしていない様子。何故なら、店長もそんな星宮を構っていられないほどに困惑している状況であるからだ。
「......あの、早く会計してください」
「分かったよ。でも、こんなに沢山のカップ麺を......本当に必要なのかい?」
「早くしてください」
「......」
抑揚のない庵の声に急かされ、店長はしぶしぶといった様子で会計を進める。沢山積まれたカップ麺の山が少しずつ崩され、ビニール袋の中に詰められていった。
その様子に対して星宮は何も口出しすることができずに、頬を硬くしてその場に立ち尽くす。口出しをしたところで、また無視をされる気がしたのだ。
「これ全部、大きいビニール袋二つに分けて入れてください」
「ああ......そうするつもりだよ」
星宮の視点から金額は見えなかったが、どうやら会計は済んだ様子。パンパンに詰められたカップ麺の袋が二つ、レジに置かれている。
それを庵は片手ずつに分けて、二つとも手に取った。その様子を見て星宮は、サンタさんみたいだと場違いで益体もない感想を抱いてしまう。
星宮がサンタを想像している中、店長はレジから身を乗り出し、心配そうに庵に声をかけていた。
「天馬くんっ。少しだけでいいからちょっと話さないかい? 君、目にすごいクマができているよ。ちゃんと寝ているのかい!?」
「――」
「返事をしてくれ天馬くん。君と私のよしみじゃないか。ずっと私は君の事を心配していたんだよ。人に話せば、少しは楽になれることもあるかもしれないと思わないかね」
庵は店長の呼び止めに振り返らず、レジに背を向けてコンビニから出ようとする。庵の進行方向上に居る星宮は、慌ててその場から横に動いた。
「――っ。天馬くん、あのっ」
気づけば、星宮も庵に声をかけていた。庵と会話するのは怖いが、体中から沸き上がる衝動を抑えきれなかったのだ。
「この前、私天馬くんにキツイこと言ってしまいましたけど、あれ嘘ですからっ! ちょっとあのときは、急に天馬くんが私の家に来てびっくりしただけなんです」
「――」
3日前、庵が星宮の自宅に訪れたときのこと。あのとき星宮は庵に対して、普段は絶対に言わないようなキツい言葉を吐いてしまった。理由は勿論、突然振られてしまったことによるショックからだ。
あのときの星宮の言葉は本心であるし、今言ったように嘘ではない。だが、今は嘘をついてでも星宮は庵の心を解してあげたかった。そうすれば庵の心に寄り添えると思えたから。
だが、そんな付け焼き刃の嘘は、今の庵には通用しない。
「だから天馬くん。私は天馬くんのことが嫌いになったわけじゃないんです」
「――んなわけねぇだろ」
「えっ」
庵は、そんな星宮の言葉をいとも簡単に切り捨てた。星宮に視線を合わせることもなく、自動ドアへと向かいながらだ。
「......っ」
無視をされなかっただけマシ。だが、これ以上は星宮も庵に言葉をかけれなかった。故に、店内からそそくさと出ていこうとする庵の背中を見送ることしか、星宮にはできなくて。
「――」
そうして、カップ麺約20個を手に持つサンタクロース庵が店内から姿を消そうとしたときだった。
庵に自動ドアが反応するより早く、自動ドアが開いた。つまり、誰かがこのコンビニに入店してきたということ。
その入店してきた人物に対し、星宮は息を飲んだ。
「......何してんの、アンタ」
このタイミングでコンビニにやってきたのは金髪ギャル――愛利。パーカーを腰に巻き、ヘアゴムを何個か腕に付け、凍てついた瞳をする彼女の放つ圧は凄まじい。
大量のカップ麺を手に持つ庵を見て、愛利は不快なものを見るように目を細めた。
斯くして、ここにバイト仲間全員が集結したのであった。
※次回、ちょっと汚い表現があるので注意




