◆第69話◆ 『宝石級美少女はもっと悩む』
「なんでそんなに君は、天馬くんに依存しているんだ」
こう店長に問われ、星宮の肩はピクリと僅かに跳ねた。その理由は勿論、店長の指摘したことがあまりにも図星だったからだ。星宮が何も言えずに黙りこんでいると、店長は難しそうな顔をして目を細める。
「......やっぱり、他に何か悩みがあるんだね」
「......一応あります」
そう。星宮にはこの事とは別に『大きな悩み』を抱えている。だがしかし、その別の悩みまで店長に相談するつもりは星宮にはなかった。
「でも今日私が店長さんに相談したいのは『私と天馬くんのこと』だけなので、それだけを相談に乗ってもらいたいです」
「それはなんでかな?」
「ちょっと、過去のトラウマというか......あまり人に話したくないことなので」
星宮は自身の悩みを、過去をあまり詮索されたくない様子を見せる。その証拠の一つに、放つ言葉の重みが変わっていた。そんな星宮の態度に店長は腕を組み、細めていた目を閉じる。
「まあ......その別の悩みを私に話したくないというのなら、それは別に構わないよ。どっちみち、私が君に返す答えは変わらないからね」
「答えって......?」
どうやら店長は、この星宮の相談の答えをもう見つけていたらしい。まだ相談は始まって数分だが、この短時間で一体どのような答えが導けられたというのだろうか。星宮は少々の不安を胸に抱えつつも、店長に視線を合わせた。
「ああ。私の思う答えは単純だよ。でも」
「でも?」
ここで店長は一呼吸置く。少しの間を開け、店長は乾いた唇を再び開いた。
「この私の答えは多分、今の君にはできないことだろう」
その言葉に、星宮は「えっ?」と反射的に声を漏らした。答えを聞く前からそのような悲観的な言葉を吐かれ、胸の中の不安が更に大きなものになる。だが何故、店長がそのような悲観的な言葉を吐いたのか、その理由は直ぐに分からされることになった。
「君の相談に対する答えはこうだ。君は天馬くんと――」
店長の答えを聞き、星宮は直ぐに確信した。ああ無理だ、と。
***
扉越しに、日がそろそろ落ちそうになっていることに気がつく。突き刺さるような寒風に身を震わせ、星宮はかじかんだ手に黄色い手袋をはめた。肩にはいつも使うお気に入りのショルダーバッグをかけて、コンビニから外に出る。
(......)
外に出た星宮はそのまま帰ることはせずに、コンビニの壁に背中を預け、大きく溜め息をついた。マリンブルー色の瞳を何となく薄暗い空に向け、そのままボーッと空を見上げる。
(結局、何も解決になってない......)
今日で少しは解決してくれると思われた悩みは、解決するどころか余計に星宮を追いつめる形になってしまったのだ。その事に店長に何か非があったわけではないし、相談に乗ってくれただけでも感謝なのだが、店長の考えた答えは星宮にとって残酷なものであった。
とてもじゃないが、店長の考えは今の星宮にできるわけがない。今のままじゃ、無理だった。というより、そもそも店長の答えは星宮が求めていたものではない。
(私が天馬くんに依存している、ですか。本当にその通り......ですね)
店長の言葉を思いだし、星宮は再び溜め息をつく。その言葉は本当に星宮の核心を突いたものであり、反論の余地もない正論であった。そして星宮は、何故自分が庵に依存してしまうのか理解している。
でも理解したところで、その依存は簡単に治せるものではない。治すにはまず、星宮が抱える悩みの根本的な部分から解決しなければならないからだ。その方法は星宮にとってとても重いものであり――、
「んんっ。もう私はどうしたら......」
難しい事ばっかりで埋め尽くされた思考を、一度頭を大きく振ることでリセットする。いくら思い悩んでも、結局星宮は答えを出すことができない。どういう選択をすればいいのか永遠に分かる気がしない。そもそも選択肢すら用意されていないのでは、とも思わされるほど、何も答えは思い浮かばなかった。
(......今頃、天馬くんは何してるんでしょうね)
考え疲れた星宮は、ボーッとそんなことを思いだす。星宮の最後の記憶に映る庵は、とてもじゃないが元気そうとは言えない様子のものであった。顔色は良くなく、覇気もない。それがちょうど3日前の話だ。
(元気なら、いいんですけど)
心の底から、星宮はそう願う。親の死という壮絶な経験をした庵。本当に辛かったはずだ。
だが、もうその日からだいぶ時間が経過した。そろそろ、いくらか心か落ち着いてきた頃合いなのではと星宮は予想している。
(もし天馬くんが立ち直っていたら、私に復縁の話を持ちかけてきたり......しないですかね)
人任せな甘い考えとは理解しているが、星宮の中でその可能性は少し期待されていた。正直言って、振られた側の星宮から復縁を催促する度胸はない。なので庵から復縁の話を持ってきてくれれば、それが一番星宮にとってベストなのだ。
でも、それはただの絵空事なのかもしれない。希望を持っても、星宮はことごとく運から見放される不幸者なのだから。
そんな考え事をウンウンと続けているときだった。
「......え?」
ふと、星宮は何者かの足音がこちらに近づいていることに気がついた。空を見上げていた視線を戻し、その足音が聞こえた方角に目を向ける。そこには、確かにここのコンビニへと向かう人影が見えて――、
(えっ......天馬、くん)
その足音の正体は天馬庵だった。
何の因果か、星宮は庵と唐突な再会を果たしてしまったのだ。庵は星宮がコンビニの前に突っ立っていることに気づいているだろうが、躊躇なく真っ直ぐにこちらへと歩いてくる。
(......っ)
だんだんと庵が近づいてくるにつれ、星宮の心臓の鼓動が早まる。気持ちの準備ができていないので当たり前だ。急に庵の姿を見せられて、どう行動するべきかなんて分かるはずがない。
対する庵は死んだ魚のような目をして、星宮の気持ちなど全く気づいていないかのような足取りで、そのまま距離を詰めてくる。
(......何か。何かっ)
会ってしまったからには、何も喋らないわけにはいかない。庵が十分に星宮の元まで近づいたところで、星宮は勇気を振り絞った。何を喋るかなんて考えていないけど、衝動に促されるまま口を動かした。
「あのっ。え、えっと、天馬く......」
「――」
スっと、星宮の横を空気が掠める。庵は足を止めず、あっさりと星宮を無視して、そのまま横を通りすぎっていた。
きっと星宮の声は庵の耳に届いたはずなのに、庵は星宮に対して一切の反応を示さなかった。一人取り残された星宮は、その場で呆然と硬直する。
「......え?」
自然と疑問の声が漏れ、息を飲む。もしかしたら庵の方から話しかけてくれるかも、と体中で身構えていたのにこのザマだ。
短くても、絶対に何か話せると確信はあった。なのに庵は、星宮のことを道端の石ころでも見るかのような目つきで無視をしたのだ。いつも優しい視線を向けてくれる、あの瞳が。
よく分からない、何か熱いものが目から溢れそうになった。体が震えて、その場から動けず、庵を追いかけられない。恐怖という感情が、星宮の心に埋め尽くされた。
「嫌っ......!」
あまりのショックに、星宮は拳を強く握りしめる。爪が肉に食い込んで痛いはずなのに、今は何も感じられなかった。




