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宝石級美少女の命を救ったら付き合うことになりました  作者: マムル
第二章・後編

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◆第57話◆ 『現実に叫ぶ』


 電話の後、直ぐに帰ってきた恭次。髪には薄く雪が積もり、服装は激しく乱れている。そんな恭次に――父に、庵は腕を掴まれ、そのまま車に乗せられた。


 父からは何の説明も受けていない。ただ「青美が大変なことになった」とだけは聞かされた。具体性に欠け、何の想像もつきそうにない。しかし、文面だけ見れば、不穏な雰囲気が漂っている気がしてならなかった。


「おい。父......さん?」


「――」


 信号で車が停車する。瞬間、恭次の足蹴りが車内に響き渡った。そしてそのまま、恭次はアクセルを大きく踏む。


「くそ......っ。仕方ない」


「お、おいっ。赤信号なんだけど!?」


「お前は黙ってろ!!!」


 堂々と信号無視をする恭次。長年ゴールド免許を保ち続けてきた恭次の奇行に、さすがの庵も大声を上げる。しかし、その声は更なる罵声に蓋をされた。


「うあっ。あぁっ」


 一度信号無視をしたと思えば、それを皮切りに何度も信号無視を繰り返し、まさしく蛇行運転を繰り返し始めた恭次。一歩間違えれば大事故になりかねない狂行。何度も揺れる車内に、庵は心臓を跳び跳ねさせながらしがみついた。

 

「一体......どこ向かってんだよ......!」


 事故の恐怖と、車内の寒さに身を震わせながら声を上げる。だが、答えはもう目の前に建っていた。雪が降り、視界が悪い窓の先、白く大きな建物が建っていて――、


「......は? 病院?」


 庵を乗せた恭次の車は、乱暴に駐車場に停車した。



***



 どこか大きな病院を到着するや否や、後ろを振り向くことなく病院内へと入る恭次。そんな恭次の大きな背中を追いかけ、庵も後を続く。


「走れ!!」


「わ、分かった」


 人の迷惑も考えず、病院の廊下を走っていく。途中、アルコール消毒液が置かれた台を倒してしまうが、勿論無視をする。


「何が......っ、どうしたってんだよ」


 病院内を走っていく内に、だんだんと人とすれ違わなくなっていく。一体、恭次がどこに向かおうとしているのか分からない。ただひたすら、何も分からずに足を動かす。


 そしてどれくらい病院内を走っただろうか。二人は、『手術中』と光る看板が付いた部屋の前までやってきた。そこには、血相を抱えた一人の看護師が待機していて――、


「っ。天馬さんでしょうか?」


 青っぽい手術用の服を着る看護師。マスクで目の回りしか見えないが、汗が浮かんでいる。その看護師に対し、恭次は肩を掴み、食らいつくように話しかけた。


「青美はっ! 青美はどうなった!!」


 神にもすがるかのような悲痛な叫び。しかし、その叫びに看護師は芳しくない反応を示す。その反応が既に、この問いの答えを示していて――、


 しかし、その答えが言い渡される前に、手術室の扉ががらりと開く。


「っ。先生!」


「ああっ、こちらの方は?」

 

「はい。天馬さんのご家族の方です」


 出てきたのは看護師と同じく、手術用の服を着た老齢の病院の先生だ。こちらも、額には大量の汗が浮かんでいる。恭次は看護師から手を離し、次は先生の肩を乱暴に掴んだ。


「先生っ。青美は、どうなったんですか!? 無事なんですか!!」


 恭次の必死の叫び。展開についていけない庵は、何も思考をまとめることができず、ただ先生の顔だけを見つめていた。


 そして無情にも、先生の口から残酷な答えは告げられる。


「――最善は尽くしましたが、残念ながら」



***



「うあああああああああっ!!!うおおおおっ!!!」


 隣で恭次の絶叫が聞こえる。しかし、その声は庵の耳にはまったく入っていなかった。庵は白いベットの前で棒立ちする。目の前には理解し難い光景が広がっていた。


「......え? は?」


 ――目の前には、ベットの上に乗せられた母の姿。顔には白い布が被せられ、身体にも布を被せられている。しかし、体格を見ればそれは紛れもなく青美のものだった。


「いやっ。いやいや、何の冗談だよ。笑えないって」


 青美は台の上で、ピクリとも動かず、寝息の一つも立てない。これが何かの冗談としか思えず、庵は現実逃避をする。しかし、残酷すぎる現実は直ぐ目の前に存在しているのだ。


「か、母さん? おい、母さん? 母、さん」


 青美の手を掴む。ありえないくらい、冷たかった。


「うあぁっ!?」


 人間じゃないものを触ったかのような感覚に、庵は直ぐ青美の手を離し、その場に尻餅をつく。離した青美の手は、だらしなくベットからぶらさがった。


「嘘だ。嘘嘘、嘘だって。いくらなんでもタチ悪すぎんだろ......!」


 己を鼓舞し、立ち上がり、もう一度青美の手を掴む。――やっぱり冷たかった。


「嘘、だぁ......!」


 目尻が熱くなる。鼻が痛い。気づけば、涙がこみ上げてきた。庵は止めどなく流れる涙を、必死に服の袖で拭う。だが、いくら拭っても拭いきれない。


「うっ......くそがっ......」


 泣いている自分が気持ち悪い。泣くということは、この現実を肯定してしまっているようで、そんな自分が庵は許せなかった。受け入れる筈がないのに、心のどこかではこの現実を受け入れてしまっているのだ。


「なんでっ。なんでぇ......!!! 何があったって、言うんだよ!」


 何も分からずに、突然こんな状態の母親を見せられて、庵は怒りと悲しみを同時に感じ出す。青美の手を握る手に力を込め、叫ぶ。がっつくように、思いの丈を叫んだ。


「――星宮と、初詣に行く約束だっただろ! アレはどうなるんだよ! めちゃくちゃ楽しみにしてただろ! 母さん! ......俺はあんまり楽しみじゃなさそうにしてたかもしれないけどさ、実は結構楽しみにしてたんだよ」


「悪かったよ。いつも余計な見栄ばっかり張って、母さんを困らせてさ。謝るよ。謝るからさ、一緒に、家族みんなでっ、星宮も連れて初詣行こうよ! そういう約束だっただろ! ドタキャンとか、そういうの無しだから!」


「だから、母さん、戻ってこいよおぉ!!!」


 返ってくる答えは何もない。冷たい青美の体の上に顔を埋める。体の震えが止まらず、気づけば人目も憚らず大泣きをしていた。


「あああああああぁっ!!!」


 恭次と一緒に泣き叫ぶ。鼻水垂らして、顔を真っ赤にして、頭がおかしくなりそうだった。


 まだほとんど理解できていないのに、青美の『死』だけはしっかりと脳が理解してしまっている。それが、一番認めてはいけないことだと分かっているのに。


 

 ――今日、庵の母――青美は死んだ。そして、この出来事は庵の『これから』を大きく狂わせていく。

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― 新着の感想 ―
[一言] この結末に至った要因がまだはっきりしてないから何とも言えないけど…今回は庵サイドがピンチな章か…
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