◆第50話◆ 『もう二度と人生ゲームなんてしません』
「あっ。ラッキーマスです。私が起業した会社が大成功したみたいですね」
「へぇ。大成功するとどうなるの?」
「報酬として十万円が貰えます。ラッキーですねー」
「......十万」
人生ゲームも後半戦となり、そろそろ勝敗が予想できそうになってくる頃合い。星宮は起業に成功したり、宝くじに当選したりと終始運良くゲームを進めていた。対する庵は交通事故にあったり、よく分からない重い病気に感染したりと散々な目にばっかり合わされた。そろそろ今までの不運を挽回したいところだが、どうも天は庵を味方しないようだ。
「......えーとこれは」
次こそはと意気込んでサイコロを転がす。しかし、現実は無情。あからさまにハズレそうな灰色をしたマスにコマが着地した。そのマスに書かれていることを庵は読み上げる。
「殺人鬼マス......もう名前からしてハズレだろ。大体どんなマスか想像できるし」
「えーと、殺人鬼マスは......あ、このマスに止まった人は殺人鬼に襲われちゃうので、殺人鬼に見逃してもらうために十万円を払わないといけないらしいです」
「払えないとどうなんの?」
「殺人鬼の手によって死んじゃいます。ゲームオーバーですね」
「だろうな」
説明書を読み上げる星宮の解説を聞き、庵は深く溜め息をついた。またもや災難な目に合わされ、自分の不運さを呪いたくなる。それに、庵の手持ちのお金は、とうの昔にゼロだ。
お金を払わなければ殺人鬼に殺されてゲームオーバーとなってしまうこの状況。ゲームとはいえ、背に腹は代えられない。庵は仕方なく星宮に頭を下げた。
「星宮、お金貸してくれ」
「ふふ。また借金ですねー。今どれくらい溜まってるんですか?」
「これで多分百万超えるな。俺、マジでクズだな」
既に庵は多大なる借金を未納中。庵は更に星宮から十万円 (先ほどの起業成功の報酬金) を受け取り、あまりの空しさに自嘲する。お金を借りすぎて、最早あんまり罪悪感を感じなくなってきた。
「やったー。これで殺人鬼に見逃してもらえるぞー」
思ってもいないことを棒読みで言う庵。そのどんよりとした様子に、星宮が少し苦笑する。
ゲームなのだから、何か殺人鬼に対抗できる術の一つでもあってもいいと思うのだが、この人生ゲームは無駄にリアルにできている。本当に無駄な部分がリアルなのだ。せめて、借金以外の救済処置が欲しい。
「はい。次、星宮の番」
「そろそろ私も危険なマスに止まっちゃうかもしれませんね」
「止まったとしてもお金持ってるから大丈夫だろ」
「まあお金はありますけど、もしかしたらお金じゃ解決できないイベントが起きるかもしれませんよ? 人生ゲームですから」
「俺が止まったマスは全部お金を請求してきたけどな」
ちょっとだけ不機嫌な様子の庵を、星宮が「まあまあ」と宥め、テーブルに転がったままのサイコロを手に取る。星宮は手の中でサイコロを少し振ったあと、テーブルにサイコロを転がした。サイコロはくるくると回り、一の目を出す。
「えっと......」
コマを手に取り、出た目の分だけ動かすと、コマはピンク色をしたマスに着地した。止まったマスに書かれていることを星宮が読み上げる。
「結婚マス?」
どうやら星宮が止まったマスは『結婚マス』らしい。一体どういうイベントが発生するマスなのか、星宮は説明書を取り出して解説を探す。沢山の説明が記載されている中、お目当ての一つを見つけるのは時間がかかる。数十秒の時間をかけて、ようやく結婚マスの説明を見つけたらしく、小さく「あっ」と声を上げた。
「結婚マスは、今一番コマが近い人と結婚します......らしいです」
「あー......なるほど。短くて分かりやすい説明だな......うん」
結婚マスの説明がされたところで、二人の間に沈黙が生まれた。
確かにこれは人生のシュミレショーンゲームなのだから、結婚というイベントがあっても文句はつけれない。何せ、結婚は人生においてのビックイベントだ。
結婚マスを踏んでしまった星宮。この人生ゲームのプレイヤーが庵と星宮の二人しか居ない時点で、結婚するのは必然的に庵と星宮の組み合わせになる。
「......結婚ですね」
「......そだな。このゲーム内でな」
抑揚のない声で結婚という事実を確認し合う二人。ただ、これはゲーム内での結婚であり、現実での結婚ではない。だからお互いに何も気にせず、堂々としていればいい話なのだが――、
(うわぁ。めちゃくちゃ気まずいぃ)
庵は天井を見上げ、心の中で声を漏らす。それもそのはず、さっきまでお喋りしながら雰囲気良くゲームを進めていたのに、結婚マスを踏んだ途端、二人はそわそわしながら黙りこんでしまったのだから。どっちかが笑い飛ばせば、この気まずさを吹き飛ばせるだろうが、庵も星宮もそんなメンタルを持ち合わせていない。
――故に、この気まずさのまま、ゲームは進められていく。
「次、天馬くんですよ」
「あ、そうだな」
どこか距離のある会話をして、庵は星宮からサイコロを受けとる。
(なんか、この気まずい感じを吹き飛ばせる変なマス来てくれよ、頼む。この際、殺人鬼でも交通事故でも重病でも何でもいいからっ)
そわそわが止まらないこの状況。その状況を上書きしてくれるような変なイベントのマスが今、庵には必要だ。変なマスに止まれるよう、心の中で強く念じ、ゆっくりとサイコロを転がした。サイコロは数回転して、星宮の足元で止まる。そして、出た目の数を星宮が読み上げてくれた。
「三ですね」
「三か」
コマを手に取り、庵は三マス分コマを進める。そしてコマは、ピンク色をしたマスに着地した。そのマスに書かれていることを、前屈みになりながら庵は読み上げる。
「えーと......出産マス」
そう口にした瞬間、今度は空気が凍りついた。庵は前屈みになりながら硬直。星宮は若干体をぷるぷるさせながら説明書を手に取った。
「......出産マスは、このマスに止まったプレイヤーが結婚していると......そのプレイヤーの間にこ、子供が産まれるそうです」
「......へぇ」
どんどん小さくなる声で出産マスの説明をした星宮。どうやら、結婚していると子供が産まれるらしい。そして生憎と、庵と星宮はついさっき結婚したばっかりだった。
確かに、庵は変なマスを踏むことを望んだ。望んだのだが――、
(余計気まずくなってんじゃねーかあぁぁ)
庵は心の中で嘆く。これではまさに泣きっ面に蜂だ。もう恥ずかしいやら気まずいやらで、まともに星宮と顔を合わすことができない。それは星宮も同じだろう。
「あの、天馬くん、サイコロを振ってください」
「......え?」
「子供は、サイコロで出た目の数だけ産まれるそうです」
「......」
なんと、産まれる子供は一人とは限らないらしい。そう言われた庵はもう一度サイコロを手に取り、転がす。なんとなく、良い目を引ける予感がしない。
案の定、サイコロは数回転してから――六が出た。
「――」
「――」
六の面を表にするサイコロを、しばらく二人は見つめる。星宮はもう湯気が出そうなほど顔が真っ赤で、かなり居たたまれない様子。庵は今すぐにでもこの場から逃げ出しいほどに空気に押し潰されそうだった。
この地獄のような空気の中、庵は精一杯の苦笑いを浮かべ、顔を上げる。
「星宮」
「......は、はい」
「このゲーム、もうやめよ」
「そう......ですね」
斯くして、庵と星宮の間に六人の子供が誕生したところで、人生ゲームは幕を閉じたのであった。




