◆第45話◆ 『扉を開ければ知らない美少女が居ました』
――クリスマスが終わり、ついでに二学期も終わりを迎えた。するとクラスメイト全員が待望していた冬休みが始まるわけだが、今回の冬休みに関しては庵も心待ちにしていた。
何せ、彼女である星宮と会える時間が増えるのだから、それはそれは心が弾むだろう。
とはいっても星宮とデートをする日は水曜日と土曜日と決まっている。庵の本心を言えば冬休みくらい決められた曜日以外にも星宮には会いたいところだが、そんな自分の我が儘で星宮を困らせるわけにはいかない。
だから、デートの日はしっかりと目一杯楽しもうと意気込む庵。そんなことを考えながら今日も今日とて庵はバイト先のコンビニへ向かっていた。
星宮と過ごしたクリスマスの日から四日。冬休みが始まったせいで日付感覚が曖昧になっているが、今日は金曜日である。
「こんにちはー」
気持ちのこもっていない挨拶をして、庵はコンビニの自動ドアから入店する。挨拶をすることは別に義務づけられているわけではないが、これは庵がバイトの気持ちに切り替えるために、なんとなく口に出す言葉だ。
そして、この挨拶にいつも返事は返ってこないわけなのだが――、
「こんにちはー! 庵先輩」
「......はい?」
不意に耳に聞こえたのは、全く聞き覚えのない女の高い声。咄嗟に視線を上げれば、そこにはこのコンビニの制服を着る金髪女子高生の姿があった。
***
「この子は今日からここで新しくバイトとして働くことになった前島さん。基本的な仕事は大体教えてあるけど、まだ経験は浅いから何かあったら天馬くんにサポートしてもらいたいんだ」
「前島愛利でーす。16歳でーす。JKでーす。趣味は読書かなー。まあそういうわけだからよろしくね、庵せんぱーい」
関係者以外立ち入り禁止の部屋で、店長と庵と前島と名乗る新人バイトが顔を合わせていた。どうやら今日からこの女子高生が庵と同じ場所でバイトするらしい。無論、突然できたバイトの後輩という存在を庵は直ぐには受け入れられない。
何せ、この前島という女が発しているオーラに庵の体が拒絶反応を示していた。
(......俺が一番嫌いなタイプの女だ)
そっと心の中で愚痴を溢す。そう、この前島愛利という女は端正な顔立ちの美少女であるが、一目見て分かるギャルなのだ。趣味は読書などとその容姿に似つかわしくない事を言っていたが、どこをどう見てもギャルなのだ。メイクが特段すごいというわけでもないが、ギャルなのだ。
庵はうるさい女とめんどくさい女を嫌う。まだ前島とは一切の会話をしていないが、この女は危険な部類だと庵の本能が訴えていた。
「んー。なんか庵先輩、ちょっと嫌そうな顔してない? アタシがバイトに来てウザイとか思ってたりする?」
「いや、別にそんなことないですけど」
「ふーん、ならいーや。というか庵先輩、アタシたち同い年だし全然タメでいいよ。後輩がタメで先輩が敬語とかアタシヤバいやつになっちゃうじゃん」
いやお前の第一印象は既にヤバいやつなんだけどな、と心の中でツッコミを入れてから庵は溜め息をつく。ここで渋っていても、前島がバイトを辞めていくわけでもないのだから。
それにしても前島の距離の詰め方は目を見張るものだ。初対面でここまで馴れ馴れしく話しかけてくるとは。やはりこの女も庵とは住む世界が違うのだろう。
「あー。じゃあ前島。これからよろしく」
「前島じゃなくて愛利ーって呼んでよ。そっちの方が響き的にめちゃ可愛いから」
「は?」
下の名前で呼ぶように指示する前島。それを聞いて庵は怪訝な顔をする。
なんと庵は恥ずかしいことに同い年の女子を下の名前呼びをしたことがない。勿論、彼女である星宮に対してもだ。
まあそうは言っても仲のいい女友達が皆無な庵にとって、そもそも下の名前呼びをする機会がなかったという問題がある。慣れないが、いつか星宮を琥珀呼びするための練習として前島を下の名前呼びするのもありかもしれない。
「......愛利」
「なぁに、庵くん......」
「急に馴れ馴れしくなるのやめろ」
「あはは、冷たいねー。ピチピチのJKがせっかくお色気モードをオンにしてあげたのに」
「なんだよそのモード......頼むから一生オフにしておいてくれ」
突然艶っぽい雰囲気を醸し出すので、庵はしっかりと愛利を手で拒絶する。少し会話しただけでこの疲労感。まだバイトは始まってないのに、果たして今日を乗りきれるのだろうか。
「ははっ。二人とも良さそうだね。同い年って聞いてちょっと心配してたけど、何とかなりそうだ」
顔のシワを寄せて優しい笑みを浮かべる店長。それに対し、庵は渋い表情を浮かべて、愛利は満面の笑顔を浮かべる。
「マジそですねー。アタシと庵先輩の相性ヤバいですよ」
「俺とお前、今さっき初めて会ったばっかりだろ」
「実は生き別れの兄妹だったりするかもよ?」
「愛利が妹とかお断りだ」
「店長ー。庵先輩がパワハラとセクハラしてきます」
「......はぁ、本当に黙っててくれ」
よくわからないコントのようなものが展開され、ツッコミ役の庵は頭を抱えて俯いた。愛利とはこれからうまくやっていける気が一切しない。そんな後先のことを考え、庵は顔を上げ天を仰ぐ。
「星宮に会いたい......」
妄想の中の宝石級美少女に手を合わせ、懇願した。一刻も早く、この鬱陶しい女から離れて、彼女の元に会いたいと。
「庵先輩。今なんか言った?」
「何も言ってない」
「もしかしてアタシへの愛の告白とか? ちょっと急ぎすぎじゃない?」
「バカな妄想も大概にしろ.....ったく」
にまぁとした笑みに庵は再び溜め息をついた。どうやら今日からとてもストレスが溜まっていきそうだ。明日は星宮とのデートなので、この疲労感を星宮に癒してもらおうと心の中で思う。
しかし、そんな考えはこの前島愛利という女が思わぬ形でぶち壊してくるとは、このときの庵はまだ知らなかった。
この物語に登場する最後の主要人物.....の予定です




