◆第40話◆ 『移り変わる季節と看病イベント』
――時は少し流れ、数週間が経過した。その間に季節は完璧に移り変わり、冬となる。今年の冬は序盤からなかなかに冷え込み始め、外を出るときは厚着をしないと風邪を引いてしまいそうだ。
いや、既に手遅れだったかもしれない。天馬家に住むとある男はだらしなくベットに体を押し付けて、はあはあと激しく息を荒げていた。パジャマ姿の彼は顔が真っ赤で、冷えピタをおでこに張りつけている。
「し、死ぬ......」
そう、天馬庵は風邪を引いていた。ベットに潜りながら身動き一つ取らない彼は、昨日の夜辺りから熱が上がり始め、現在に至る。長らく風邪を引いてこなかった庵は久々の地獄の倦怠感にだいぶ苦しんでいた。
「39.9......高いわね。庵が風邪引くなんて珍しいわ。風邪薬置いといたから、飲んどきなさいよ」
高熱を出している横で難しい顔をしているのは庵の母の青美。腰に手を当て「困ったわね」と目を細めている。
「それじゃ母さんは仕事行ってくるわね。今日は早めに帰ってくるから、そのあと病院に行きましょう」
「いや......仕事休んででも俺を病院に連れてけよ......」
「そうは言っても母さんにも外せない事情があるの。もう高校生なんだからシャキッとしなさい」
「......一生恨む」
果たして母さんは子供と仕事、どっちが大事なのだろうか。こんなにも苦しそうにしているのだから、もう少し労ってくれてもいいだろうに。庵は体勢を変えて、天井を見上げる。
「辛いぃ......」
今日は土曜日。せっかくの休日が、せっかくのデートが台無しだ。
***
「悪い星宮、ちょっと風邪引いた」
「えっ。大丈夫ですか、天馬くん」
「全然大丈夫じゃない。死にそう。冗談抜きで意識遠くなってきた」
玄関の扉越しに会話をするのは庵と星宮。最早聞きなれてしまったチャイムの音がが家に鳴り響いたので、重い体を強引に引きずって玄関まで辿り着けば、案の定星宮がそこに居た。
デートはしたいが、今回ばかりはどう足掻いても庵ができそうなコンディションではない。それに、庵は今風邪を引いているため、星宮と接触すれば風邪を移してしまう危険性もある。そんな事態になったら庵が罪悪感で潰れてしまうので、今日だけは絶対に星宮とはデートできなかった。
「てなわけだから、申し訳ないけど今日は帰ってもらっていい? 今日は遊べそうにないわ。本当ごめん」
「それは別に構わないんですけど......天馬くん、今家に誰か居ますか?」
「いや一人。これ定期ね」
そう答えると、しばらく星宮は沈黙する。庵としては早くベットに戻りたいので、なるべく早く会話を打ちきりたいところ。ただ、庵の性格上星宮を急かしたりはしない。
「......病院には行きましたか?」
「行ってない。今日母さんが帰ってきたら行く」
「なるほど。では食欲は?」
「ゼロ。多分今なんか食べたら吐く」
「......そうですか」
どこか重々しい声をする星宮。心配してくれるのは嬉しいが、今の庵はこうして会話をしているだけでもぶっ倒れそうなので、早々に会話に区切りをつけたい。鼻水をすすってから、庵は重い口を開ける。
「それじゃ俺――」
「それなら私が今日天馬くんの面倒見ましょうか? 私でよければ看病します」
言おうとしていたことを遮られた庵は、その遮ってきた言葉に目を見開く。星宮は今なんと言ったのか。しばらくの沈黙のあと庵は弱々しく心の中でガッツポーズを取った。
(看病イベントきたーっ......んじゃねぇんだよな)
ガッツポーズを取ってから、そんな自分に速攻ツッコミを入れておく。多くのラブコメ作品で出てくる看病イベントだが、実際には結構危ない話だ。看病する側もリスクがあるし、看病される側も余計な気を遣わないといけなくなって逆効果になる可能性もある。
ありがたい申し出だが、これは迷うことなく断るという選択に至った。
「悪いけど、遠慮しとくよ。気持ちは嬉しいけど、今はちょっと一人になりたいかも」
「あっ。そう......ですよね。出すぎたことを言ってごめんなさい」
「謝らなくていいよ。本当に気持ちは嬉しかったからさ」
少ししょぼんとした声をする星宮。そんな星宮に対して庵は苦笑する。本当に、星宮琥珀は庵にはもったいないくらいに優しくて可愛い彼女だと改めて思わされた。
「でも、何か私にできることがあれば遠慮なく言ってほしいです。私なんか頼りにならないと思いますけど......」
「そんなことないぞ。なんかあったら連絡する」
「は、はいっ」
勿論、この言葉は建前。形式上言っただけであり、庵は星宮に迷惑をかけるつもりは一切ない。本当に気持ちだけ受け取った形だ。別に星宮を信頼していないわけではないが、ただ単に庵のプライドの問題だった。
「じゃあ俺部屋に戻るから。さっきも言ったけど、今日はごめんな。また来週ってことで」
「分かりました。それじゃあ天馬くん、お大事にしてください」
「ああ、ありがと」
「それと、何かあったらちゃんと連絡くださいね」
「勿論分かってるよ」
という会話を最後に、星宮は天馬家の敷地から去っていった。その姿を見送ってやりたいところだが、とてもじゃないが体が動かない。こんなに寒い中わざわざ家に来てもらったのに直ぐ帰らせてしまって本当に申し訳ないと思う。
「うぁ......頭ガンガンする」
頭を押さえながら自室へと戻る庵。何かを考えることすら億劫な今の状態で、看病イベントを断れた自分を素直に称賛したい。そんなことを考えながら再び庵はベットに潜り込んだ。
そういえば、もう少しでクリスマスだなぁなんてことも同時に考えながら――。




