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宝石級美少女の命を救ったら付き合うことになりました  作者: マムル
宝石級美少女の命を救ったら

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◇最終話◇ 『宝石級美少女の命を救ったら』


「......あの女子、大丈夫か?」


 宝石級美少女が死にかけていたのは、とある秋の日だった。


 冷えた風が枯れた木々を揺らす、少し肌寒いくらいの涼しい日。そんな日に彼、天馬庵てんまいおりはのらりくらりと普段通りに学校に――、


「なんてな」


 いつしかの出来事を思い返しながら、自分の一人芝居にくすりと頬を緩めた。

 サンサンと輝く太陽が辺りを照らして、平穏な一日が庵を歓迎しているようにも見える。思い返せば、あの日も今日くらい、平和な朝だった。

 そう、忘れもしない七年前の今日の朝。それがすべての始まりで――。


「――」


 天馬庵22歳。高校生の頃と同じ、黒髪、ツンツンヘア。就活を終え、既に内定獲得済み。

 少し前の話だが、大学デビューと同時に一時期、茶髪&パーマをかけていた。琥珀からは似合っていると絶賛されていたが、就活が始まったあたりでいつも通りの黒髪ツンツンヘアに戻している。


「――ふぅ」


 何度も頭の中で繰り返した脳内シュミレーションを今一度行い、深く深呼吸をする。それから持ち物のラストチェックを行って、強く頷いた。

 一歩前に前進し、庵を待ってくれる宝石級美少女の姿を視界に捉える。

 乱れを知らなそうな、腰まで届く雪色の美しい髪。透き通るような、マリンブルー色の瞳。シミひとつない、色白な肌。華奢な肢体。

 星宮琥珀という存在はやはり、宝石級美少女という肩書きがお似合いだと再認識させられた。


「あっ、庵くん」


 線路の踏み切り前に立つ琥珀が、何かを隠しながら歩いてくる庵の存在に気づいた。穏やかな笑顔を浮かべているけれど、その表情の奥には、いつもとは何か違う上ずった感情が見える。さすがの琥珀も、わざわざ今日この場に呼ばれた理由に、何か察しがついているのだろう。


「朝からいきなり私をこんな場所に呼び出して、何の用ですか? 急すぎて、身支度でバタバタしちゃいましたよ」


 琥珀が後ろで手を組みながら、楽しそうな表情で庵に問いかける。琥珀の目の前まできた庵は、そんな大切な彼女の瞳をジッと見て、小さく息を吐いた。


「それは......ちょっと琥珀に話したいことがあってさ。それを話すなら、やっぱこの場所かなって思って、ここにした」


「はい」


 琥珀が頷いてくれる。ゆっくりでいいですよ、という気持ちが、それだけで伝わった。

 付き合ってから何回も情けない部分を見せてきた庵だけれど、琥珀はそんな庵のすべてを認めて、受け入れてくれている。その彼女の優しさが、嬉しくて居心地が良くて、時に痛かった。


 宝石級美少女の命を救ったといっても、天馬庵はただの”通りすがりの人”にしか過ぎない。あんなのはただの偶然で、それを理由にして琥珀と付き合っていいはずがないと、何度も自己嫌悪に陥った。


「――っ」


 だから、琥珀に見合う男になるように。琥珀を守れる男になるようになりたかった。もう琥珀の悲しんでる姿も、苦しんでる姿も見たくない。ずっと幸せな顔でいさせてあげたい。

 

 その一心で庵は努力して――変わったのだ。


「今日で俺ら、付き合って七年目じゃん」


「そうですね......ここで庵くんに命救ってもらって、もう七年ですか。長かったような、あっという間だったような、不思議な感じがしますね」


 琥珀がちらりと線路に視線を向け、感慨深そうに頷く。七年という月日は、言葉だけでは一見長そうに思えるが、実際の体感時間は庵もその半分以下といったところ。人生は楽しければ楽しいほど体幹時間は加速していくようで、最初の一年の一部を除けば、あっという間だった。


 気づけば、一年。気づけば、もう一年と。何度も季節は巡り、今日がやってきた。これから先も同じように楽しい日々を過ごし、思い返すとあっという間だったなと振り返っていく。それが当たり前の毎日はとても居心地が良くて、手放し難くて――これを一生のものにしたくなった。


「七年目だから、俺も色々考えたんだよ。ケーキ作ってみるとか、美味しい料理を食べにいくとか、去年みたいに記念旅行するとか......さ」


 交際記念日は、毎年二人で集まって何かをするのが恒例。去年に関して言えば、琥珀がずっと行ってみたいと言っていた韓国にサプライズ旅行として連れて行っていた。韓国での琥珀のはしゃぎようは今でも庵は忘れられない。連れて行って良かったと、そう心から思えた。


 これだけではない。過去を振り返れば、琥珀との大切な思い出は数えきれないほどにある。何十、何百と色々な経験をして、お互いのことを深く知り、そして理解し合えた。

 それを踏まえた上で。庵は結論を出したのだ。


「でもその前に、琥珀にお願いしたいことがあるなって、思った」


「――はい」


 琥珀の小さな返事に、胸の奥が引き締まる。

 ここが、庵にとって人生のターニングポイント。それを目前として湧き出る感情に、恐怖なんてものはない。この昂ぶる気持ちの正体はきっと、武者震いだ。

 ごくりと喉を鳴らし、唇を湿らせる。突然の秋風が二人の間を過ぎ去り、庵の髪がふわりと揺れた。


「今から言う俺の一生のお願いを、聞いてください」


 その言葉を言い終えたあと、庵は琥珀の前で跪いた。コンクリートの地面が膝にめりこむけれど、痛みを感じている暇がない。

 この姿勢は、中世ヨーロッパの騎士が主君に忠誠を誓ったことに由来して、現在では『永遠の愛を誓う』という意味を持っている。


「庵くん」


 琥珀が庵の行動に目を見開き、表情を強張らせる。

 庵の胸の奥で強く鼓動が脈打っていた。体がぞわぞわとして五感が働いている気がしない。でも、迷いはなかった。

 顔を上げ、絶対に離すまいと、まっすぐに琥珀の瞳をとらえる。



「俺は琥珀のことが大好きです。琥珀と過ごした日常は、毎日が楽しくて、幸せで、色の無かった俺の人生を明るくしてくれました。そして琥珀と付き合っているうちに、いつの間にか俺は、俺にはこの人しかいないって思うようになりました」


「――」


「俺は――俺は絶対に琥珀を幸せにすると誓います」




 だから――、




「俺と結婚してください」


 


***




 庵の言葉が、空気を、世界を、琥珀を、震わせる。まるで世界が止まってしまったかのような、小さな沈黙。琥珀は分かっていたのに、それでもやっぱり胸が締めつけられて、息をすることすら忘れてしまった。


「――ぁ」


 目の前に差し出された小さなケース。そこには『琥珀』の指輪があった。


 驚き、喜び、不安、幸福、ありとあらゆる感情が、琥珀の中に同時に波のように押し寄せてくる。それでも、どの感情よりも強かったのは"この人と一緒に生きたい"という思いだった。


「――」


 庵の震える肩が、どれだけ今の言葉が本気だったかを物語っている。それを見ているだけで琥珀の胸は高鳴り、熱くなった。


「――」


 琥珀は、庵がどれだけ自分のことを思ってくれているか、知っている。庵も、琥珀がどれだけ思っているかを知ってくれている。


「――」


 だから、迷いなんてない。答えは決まっていた。





「はい。よろしくお願いします」





***



「――ぁ」

 

 庵はその答えを聞き、胸が痛くなって、声が出なくなって、魂が抜けていくような感覚を味わった。ぐちゃぐちゃとした内心の多くが幸福感に塗り替わっていき、ありとあらゆるプレッシャーから解放される。

 同時にこぼれた吐息の多さを見るに、いつの間にか呼吸をすることを忘れていたようだ。あまりに大きすぎる感動に体が硬直して、何か言葉を返さないといけないのに、それすらできなかった。


「――指輪、つけてください」


「あ、あぁ。ちょ、ちょっと待って。足が、震えて......」


「ゆっくりで大丈夫ですから」


 庵は足の感覚がないまま立ち上がり、ケースから今日のために用意した琥珀の指輪を取り出す。指先が震えて落としたらどうしようと不安になったけれど、琥珀の手に触れた瞬間にすっと落ち着いた。

 左手の薬指に、静かに指輪が通される。施された『琥珀』が、朝日の光を反射して輝いて見えた。


「――」


 庵が手を離し、琥珀は自分の指に付けられた指輪をジッと見つめる。鼻をすする音が聞こえ、次の瞬間、琥珀は目尻から一筋の涙をこぼしていた。


「こ、琥珀っ」


「嬉しいです。嬉しいのと、ほっとしすぎちゃって、泣いちゃいました」


「あ......」


「大丈夫だって、分かってはいたんです。でも、やっぱり不安だったから......」


 そう言いながら琥珀は涙を服の袖で拭う。だけれど何度拭っても拭いきれず、すぐに諦めたようで、泣き顔のまま宝石級の笑みを作った。

 もう何度も見てきたはずなのに、その笑みは庵にとっていつも眩しすぎる。


「私を選んでくれて、ありがとうございます」


 恥ずかしそうに後ろで手を組んで、琥珀は小さくお辞儀をする。

 そして琥珀も、愛を誓った。


「私も庵くんのことが大好きです。もうずっとずっと、大好きです」


 涙声で消え入りそうだったけれど、琥珀の言葉はしっかり庵の元に届き、胸を熱くさせてくれた。おかげで庵まで泣きそうになってしまい、胸辺りをぎゅっと押さえてしまう。


「一緒に、幸せになりましょうね」

 

「――ああ、もちろん。ずっと俺のことだけを見ててくれ」


 ありとあらゆる不幸や困難を乗り越えて、幸せに溢れた生活を送る一人の少女。毎日たくさんの笑顔を振りまく彼女の前にはもう、何も壁はない。これが、庵が守りきった宝石級美少女の姿なのだ。

 そうしてようやく庵は――、



「庵くんっ。私の命を救ってくれて、ありがとうございます!」



 宝石級美少女の命を救い、幸せにすることができました。

 

 

『宝石級美少女の命を救ったら付き合うことになりました -完-』


 こんばんは、マムルです。執筆期間約3年、文字数にして約87万字。かなりの長期連載でしたが、ここまで見てくださった読者の皆様、本当にありがとうございました。これにて宝石級美少女との物語は完結です。


 この物語を書き始めたのが高校一年生の秋で、今は大学一年生の冬。飽きっぽい性格の私ですが、キャラたちへの愛で続けられ、ついに念願の”大長編を描き切る”ということを成し遂げました。ただ、ここまで執筆を続けられたのは、間違いなく読者の皆さんのおかげです。現時点で、感想171件、レビュー2件、ブックマーク217件、評価ポイント466pt、リアクション347件と、沢山の応援をもらっています。感想やリアクションは、もらえる度に「私の作品を楽しんでもらえてるんだな」と気分が上がり、モチベーションにつながっていました。本当に感謝でいっぱいです。ありがとうございました。


 彼らの物語はこれからもまだまだ続いていき、きっとこの先、二人はたくさんの幸せを手に入れていくことでしょう。ですが、私がこの物語の続きを書くことはもうありません。


 ばいばいを言うのは悲しいですが、これでお別れですね。

 星宮、庵。本当にありがとう。二人の物語を描けて、私は幸せでした。

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