◇After Story第21話◇ 『ありがとう』
「琥珀先輩! 庵先輩! ご卒業おめでとうございます!」
そう、いつもと変わらぬ元気な声で庵たちを祝福してくれたのは、秋の妹――小岩井みのり。初めて出会った時よりも少し身長が伸びて、可愛さも増した彼女は、少し大人びた気もする。ただ、性格の方は何も変わっていないようで、今日も天真爛漫な振る舞いで庵たちを笑わせてくれた。
「はいっ、ありがとうございます。ほんと色々ありましたけど、みのりちゃんとは先輩後輩関係なく仲良くなれてよかったです」
みのりから花束を受け取り、琥珀は大事そうに胸に抱える。ひょんなことから出会い、そして仲良くなったみのりともしばらくお別れだ。そう思うと、胸の奥から何か熱いものがこみ上げてきた。
「ほんとですよーっ。琥珀先輩とはほんと、先輩なのに壁が全然ありませんでした! もー、先輩後輩の関係というより、家族......いや、恋人の関係くらい発展しちゃってましたよね!」
「残念だけど、みのりが琥珀と恋人関係にはなれないな。俺がいるから」
「むっ。庵先輩......! 庵先輩がいなかったら、琥珀先輩の隣は必ず私が手に入れてたんですからね!」
「お前彼氏いるだろ。軽く浮気発言するな」
今みのりには彼氏がいるらしいが、それはそれとして琥珀のことは依然大好きなようだ。聞いた話だと、みのりはよく琥珀に勉強を教えてもらったり、秋と琥珀と一緒に遊んだりして、学校外でもそれなりに関わりがあったらしい。宝石級美少女とそんなにお近づきになれたら好きになってしまって当然だが、その隣は庵が絶対に譲らない。
拳を突き出して戦闘態勢に入ろうとしたみのりだが、冗談だったようで、すぐに表情を戻して、庵にも花束を差し出した。
「それはそうと、はいっ。庵先輩にもあげます」
「え......あ、ありがとう。俺にもくれるんだな......めっちゃ嬉しいわ」
「庵先輩は帰宅部だから、祝ってくれる後輩が私くらいしかいないでしょ? だから当然、庵先輩の分も用意しときましたよー」
「ははっ。みのりも言うようになったな」
庵は琥珀ほどみのりと関わった時間は少なかったが、それでも『星宮救出withカーテン大作戦』のメンバーとして、今日までその関係を大切にしてきた。今ではだいぶ打ち解け、軽口を言い合える仲になっている。
「じゃ、二人とも大学でも頑張ってくださいね! 私、めっちゃ応援してますから!」
「はいっ。みのりちゃんも今年受験勉強頑張ってくださいね! 私も応援してます」
「うぎゃーっ。こんなめでたい日に受験の話はやめてー! まだ現実逃避してたいよぉ!」
そんなふうに、みのりとの会話は最後まで賑やかで楽しく幕を閉じた。
***
「――よ、庵。星宮さん」
「お」
廊下を歩いていると、聞き慣れた声から名前を呼ばれた。後ろを振り返ると、暁と朝比奈が手を振っている。
「もうすっかり見慣れてきた見慣れてきた光景だな」
「ふふっ、ですね」
最初は違和感しかなかった二人の組み合わせも、今となってはすっかり日常に溶け込んでしまった。それがどこかおかしくて、庵たちはくすりと笑いあう。
「何二人とも僕らを見て笑ってんの。どうかした?」
「いやなんにもないよ。ただ時の流れ感じてただけ」
庵のキザな言い回しに、暁は「何言ってるんだこいつは」とでも言いたげに首を傾げ、朝比奈は眉を寄せて顔をしかめた。
「そういう中二病みたいな言い回しやめた方がいいわよ。聞かされてるこっちは普通にうざいから」
「中二病って。そこまで言わなくていいだろ......俺こういうキャラじゃん。知らんけど」
朝比奈の言葉に割とダメージを受け、げんなりとする。庵から言わせてもらえば、朝比奈こそいちいち毒のある喋り方をするのをやめた方がいいと思うが。
「いやぁ、にしてももう卒業かぁ。なんか、色々あった割にはあっという間だったよな」
庵はさておき、暁が腰に手を当てながら感慨深そうに呟く。全員同じ気持ちだったので、みんな同じように頷いた。
「ま、色々の八割が琥珀関連だったけどね」
「もう、美結ちゃんっ。それ言わないでくださいよ」
琥珀は頬を膨らませて怒っているが、庵は内心「確かに」と同意した。高校生活で一番記憶に残っていることは何かと聞かれれば、間違いなく琥珀関連の話が一番に思いついてしまう。やはりインパクトが強すぎるのが原因だろう。
暁は女子二人の言い合いを横目に、腕を組みながら天井を見上げた。
「ま、星宮さん関連の騒動は確かに僕も一生忘れないだろうな。あれより印象に残る出来事はもう起きないんじゃないかな」
「ふーん。去年の私との夏祭りは琥珀以下なの。あーっそ。別いいけど」
別いい割には、しれっと、けれど容赦なく暁の手の甲を指でつまんでいた。突然の痛みに、暁は目を見開き、表情を歪ませる。
「あたたたっ。いや忘れてないよっ。確かに、美結との去年の夏祭りが一番印象残ってる気がしてきた」
「気がしてきた?」
「あっ、痛い痛いっ。一番っ。美結との思い出が一番だよ!」
「それでいいのよ。それで」
ここまでして、ようやく朝比奈は暁から手を離す。庵は何を見させられているんだという気持ちになり、ただ苦笑していた。
暁という自分よりもスペックが何倍も高い親友が、過去の庵の敵である朝比奈に尻にしかれてる光景。それには言葉にはできない複雑な感情を抱いてしまう。隣の琥珀は微笑ましいものをみるかのように笑みを浮かべていたが。
「っと、そういや今更だけど、二人とも第一志望合格マジでおめでとう。星宮さんはいけるだろうなって思ってたけど、庵もちゃんと合格したのほんとすごいよな」
話題を切り替え、軽い拍手と共に二人を祝福する暁。琥珀は素直に「ありがとうございます」と受け取っているが、庵だけ特別扱いされているような祝われ方は少し引っかかる。
「俺も受かるに決まってるだろ。なんたって人生史上一番勉強頑張ったからな。というか、俺が勉強頑張ってるのは暁も見てただろ」
「見てたけど本格的にブーストがかかってきたのは9月くらいからだっただろ? それに最後の最後までE判定だったしさ。これで不安に思わないわけないだろ」
暁の反論に悔しそうに拳を握る庵。何か言い返したいが、言葉が何も出てこない。
すると、隣の琥珀が庵の横腹を小突いて――、
「そうですよ庵くん。私にはずっとA判定とかB判定とか誤魔化してて、それでバレて大喧嘩したのもう忘れたんですか?」
「「!?」」
「あーっ! 思いっきり秘密を暴露するのやめてくれ!」
突然の琥珀の暴露に、庵は慌てて声を上げ、残る二人は衝撃に目を見開いていた。
ちなみに嘘がばれてしまった原因は、教室にやってきた琥珀が、庵の机に置きっぱなしにしてあった模試結果を見てしまったというものである。その後、呼び出しをくらって、琥珀とは思えないほどの剣幕で怒られたのだ。
「いや庵......それはお前やってるな。同じ大学志望してる彼女に嘘つくのは強すぎる」
「まぁあんたならやりそうな感じしてるけど......琥珀がかわいそうね」
「ごめんなさいっ。ごめんなさいっ。でもその話はもう俺らの方で解決したから掘り返さないでくれると助かります」
「何言ってるんですか庵くんっ。私はまだ許してないですよ」
「マジかよ!?」
琥珀からは険しい目つきを向けられ、暁からは冷笑され、朝比奈からは軽蔑の眼差しを向けられる。庵は頭を抱えて、その場から逃げ出したくなった。
「とんでもない嘘ついときながら、人生史上一番勉強頑張ったとか言えるメンタルは見習いたいわね。ほんと、どうやったらそんな」
「あーっ。おけおけっ。俺が悪かったということで、この話はもう終了! 今日は俺らの高校生活最後の日なんだから、もっと楽しい話しよう。うん。そうしよう」
まだ批判が続きそうな空気だったので、庵が手を大きく振って強引に話を終わらせる。その情けない様子に、暁と朝比奈は肩をすくめて顔を見合わせた。琥珀は呆れたように溜め息をついている。
とはいえ、庵の言っていることにも一理あるので、これ以上の追及は誰もしなかった。
「えっと、暁は来月から警察学校に入学するんだよな? どう? 緊張してる?」
「うーん、知り合いに同じ警察学校行くやつ誰もいないから、ちょっと不安かな。まぁでも、何とかなるだろの精神で臨むつもりだよ」
「いやお前ならほんと何とかなると思う。コミュ力あるし、そっちでもすぐ友達できるだろ」
「ま、だといいね。入学したら積極的に僕の方から話しかけてくよ」
「おう。頑張れよ」
暁は卒業後、地元の警察学校に入学し、警察官の道へ進む。それは庵には想像もつかない険しい道なのだろうが、暁をよく知る庵からすれば、どんな困難が訪れても対処できるという謎の安心感があった。
それはそうと、暁のお縄には絶対にかかりたくないものだが。
「美結ちゃんは看護師目指すんですよね」
「そうよ。ま、目指してるっていうか、お母さんが看護師だから何となく私もって決めちゃった感はあるけどね」
「でも美結ちゃん絶対看護師似合いますよっ。なんか、前から美結ちゃんって看護師っぽい雰囲気ありましたから」
「なによそれ」
琥珀の応援に、少しくすぐったそうに笑う朝比奈。
朝比奈は卒業後、地元の看護系の大学に進む。看護系といえば、実習や座学が他の学部よりもキツイと聞くので、正直朝比奈にこなせるか不安だ。とはいえ、受験勉強を経て覚醒した朝比奈なので、案外すんなりとこなしてしまうのかもしれない。
「じゃあ朝比奈が看護師になったら俺朝比奈に注射打ってもらおうかな」
「じゃあ特大の注射針ぶちこむわね」
「なんでだよ。こわすぎだろ」
「あははっ。冗談よ」
看護師志望としてあるまじき発言に、庵は唇を曲げる。ケラケラと朝比奈は笑っているが、実際にされたら笑い話ではすまない。
「まぁ、お互いどこ行っても頑張ろうな。夏休みとか、四人で遊ぼうよ」
「いいですね。私、それまでにバイト沢山してお金貯めときます」
「だな。俺も新しいバイト探しとかないとな......」
卒業しても絆が消えるわけではない。どれだけ離れても友達だということを確かめ合い、最後に全員でハイタッチをする。
今度出会うときも、今日のように気兼ねなく、心の底から安心して会話をしたいものだ。
***
「庵せーんぱいっ。琥珀ちゃん! 卒業おめおめー!」
「うぉ、びっくりした!? なんで学校にいるんだよ!」
どこからともなく庵たちの前に現れた金髪ギャルが、クラッカーを鳴らしながら祝福をしてくれた。だが、あまりにも突然の登場すぎて、庵も琥珀も思わず一歩後ずさってしまう。
「ありがとうございます......でも校舎は確か、関係者以外立ち入り禁止だったはずですよ?」
「今日くらい固いこと言わない言わない。そんなこといちいち気にしてたら、せっかくのめでたい空気が台無しになっちゃうじゃーん」
愛利は口元で指を振りながら、得意げな顔で笑った。どうやら、当然のように不法侵入してきたらしい。これにはさすがの琥珀も呆れているが、今日くらいは何も言わずに許していた。
「てか琥珀ちゃんたちこんなとこに通ってたんだ。なんか、フツーって感じでウケる」
「そうですね。普通の学校だと思いますけど......そんなウケますか?」
「ウケるウケる。マジウケる。庵先輩の顔くらいウケる」
「それはどういう悪口だよ」
意味の分からない話に何故か比較対象として挙げられた庵。どういう意図があるのか分からず、溜め息混じりに目を細めた。とりあえず誉め言葉ではなさそうだ。
「愛利ちゃん、ほんと出会ったときから変わらないですよね。最初はノリについていけなかったですけど、今はもうだいぶ慣れちゃいましたよ」
「いやそれな。愛利ってこのまま大人になってくのか? だとしたらちょっと怖いな......」
「はいはーいっ、ストップストップ! アタシの悪口はそこまで! てゆーか、アタシのノリの良さは長所だから!」
真面目な視線に刺された愛利が、耳を塞いで、自分の話を強引に切り上げる。
しかし、愛利の言う長所は確かに一理あり、彼女のぶっ飛んだ悪ノリは受験勉強の息抜きにはちょうど良かった。少し過度な部分はあるが、TPOを弁えれば案外社会に出ても通用する能力なのかもしれない。
「ま、話戻すけどさ、琥珀ちゃんも庵先輩もほんと卒業おめでと。アタシ、あんたらに会えて良かったわ」
満面の笑顔から、ふと消えてしまいそうな表情に変わった愛利。手を後ろに組み、どこか照れくさそうに、もう一度二人を祝福してくれる。
「な、なんだよ。愛利らしくない祝い方だな」
「そんな最後のお別れみたいな言い方しなくても......」
出会ったときから変わらないという話をしたばっかりなのに、変わった愛利の様子を見て困惑する二人。無論、嬉しいには嬉しいのだが、愛利にこんなに畏まられると、少し反応に困ってしまう。
「でもさ、庵先輩も琥珀ちゃんも他県に行くんでしょ? だから、しばらく会えなくなるじゃん。ほんとは笑顔で見送りたいけど、アタシやっぱ寂しいの」
と、そう笑顔で言ってみせるけど、その表情の奥には儚さをうっすらと感じる。愛利の意外な一面に、庵はどう返していいか分からず、言葉を詰まらせた。
けれど、琥珀はすぐに崩した笑みを浮かべ、寂し気に揺れる愛利の手を取り、
「大丈夫ですよ愛利ちゃん。距離ができても愛利ちゃんとはずっと友達ですし、夏休みとかは帰ってきますから、絶対また会えますよ」
「......ほんとっ? アタシら、遠くにいてもずっとマブダチ?」
「はいっ。一生のマブダチです!」
琥珀は愛利の手をぎゅっと握りしめながら、そう満面の笑みで目の前のマブダチに言い切った。愛利は嬉しさを隠せない様子で、パッと表情が明るくなる。
「庵先輩は? 庵先輩は、アタシとずっとマブ?」
「そりゃな。勝手な予想だけど、愛利とはなんやかんや死ぬまで仲良くしてる気がするわ」
「あはははははっ。何それ、ちょーウケる」
冗談を言ったつもりではなかったが、庵の言葉がツボに入ったようで、腹を抱えて笑われた。何はともあれ、いつも通りの愛利に戻ったようなので、庵はやれやれと言った感じで息を吐く。
「来年こそは、おでんを奢ってやるよ。愛利が凍え死なないようにな」
「――? ――っ」
庵の言葉に、一瞬首を傾げた愛利だったが、すぐにハッとした顔つきになり、にんまりと笑った。抑えきれない衝動のまま、といった様子で庵の腕辺りをバシンと叩く。
「あっつあつの、大根ね!」
「ああ。しょうがないな」
そんな、昔からずっと変わらない愛利のいじらしい笑みを、庵は力強い頷きで応じた。きっとまた会って、あの時のように、同じ時間を過ごせる。そう、信じて。
愛利はくるりとその場で二人に背を向け、誰にも見せたくない表情を終わらせてから、もう一度振り向いた。
「――ま、ならいっか。アタシ、二人がどこ行っても忘れんし、応援してるからさ」
その言葉と共に、愛利は拳を前に突き出す。
「ファイト! 庵先輩! 琥珀ちゃん!」
「ああっ」
「はいっ」
***
それからしばらくして、琥珀は一人で理系クラスの方へと足を運んでいた。その理由はもちろん、会いたい人に会いに行くためだ。
「――あっ、秋ちゃん!」
「ん」
もう、何度も足を運んだ教室に入ると、お目当ての人物はすぐに見つかった。名前を呼ぶと、目線だけ琥珀の方に向け、小さく反応してくれる。
しかし、琥珀は秋の机が異様な状態であることに気がつき、整った眉を寄せた。
「え、なんですかこれ」
「見てわからない? 学校におきっぱにしていた漫画を回収したら、こんだけ出てきたの」
「見てわかるわけなくないですか?」
秋の机の上にあるのは、山のように積み上げられた大量の漫画本。秋が教室で漫画を読んでいることは確かに日常茶飯事だったが、まさか学校内に溜め込んでいたとは予想だにしなかった。
学校にある荷物は今日中にすべて持って帰らなくてはいけないが、秋がどうするつもりなのか見当もつかない。絶対鞄に入らないだろうし、そもそもこんな大量の漫画本を秋の細腕で持ち上げられるとも思えなかった。
「あ、そう。コハに頼みたいことがあるんだけど」
「......なんですか?」
嫌な予感しかしない前ぶりに、琥珀はその場から一歩後ずさった。
「これ、今日半分私の家までも」
「無理ですっ。秋ちゃんの頼みでも、それはさすがに無理ですっ」
秋が言い切るより早く、琥珀は大きく手を振ってNGを出した。基本的に人の頼み事は断れない琥珀だが、今回に関しては即答だった。
「えぇ......じゃあみのりに頼むしかないか」
「みのりちゃんは秋ちゃんが学校に漫画溜め込んでること知ってるんですか?」
「言ってないから知らないんじゃない」
「知らないって......そんなの絶対みのりちゃん怒るじゃないですか......」
ぶっきらぼうな秋の言葉に、琥珀はみのりへの哀れみの溜め息を溢す。そんな意味不明な頼みごとをしたら、みのりがどんな反応をするかなんてすぐに想像がつく。ただ、なんやかんや引き受けてくれそうではあるが。
衝撃の光景に目を取られていたが、本題は別にある。漫画本タワーについては一度視界から外して、琥珀はスマホを取り出した。
「まぁその話は置いといて、秋ちゃん写真撮りましょっ」
「写真? 何故に」
突然の琥珀の提案に、秋はいぶかしげな表情を浮かべる。
「記念にですよ。卒業したらしばらく秋ちゃんには会えなくなるし、私、一つも秋ちゃんとの写真を持ってないんです」
「でも私の写真なら卒アルに載ってるけど」
「それはなんか......違うじゃないですか」
「どこが?」
「どこがとかじゃなくてっ、違うものは違うんです。というか、私が欲しいのは秋ちゃんの個人写真じゃなくて、私との写真ですよ」
庵も、朝比奈も、山下も、二つ返事ですぐに応じてくれたのに、秋はなかなかすんなりとはいかない。その理由を察するに、おそらく誰かと写真を撮った経験があまりないのだろう。
秋らしいといえば秋らしいが、二人が制服姿でいられるのも今日が最後。これからはもう、出会う事すら難しくなってしまう。だから絶対に琥珀は引き下がれない。
「秋ちゃん。私、秋ちゃんのことほんと大切な友達だと思ってるんです。やっぱり、ずっと独りぼっちの中でできた高校初めての友達だったので......思い出を少しでも形に残したいんです。だから秋ちゃん、お願いします」
「えーなにそれエモ。いいよ。撮ろっか」
「えっ。ほんとですか! やったっ」
琥珀の言葉の何かが秋の胸に響いたのか、あっさりと許可を得る。その判断基準やノリといい、やっぱり秋はいつ如何なる時においてもぶれないようだ。
琥珀は小さくバンザイをして、秋の隣に詰め寄った。尚、肩が触れ合うほど近づかれても、秋はいつも通り無表情だ。
「じゃあじゃあ、ポーズはどうしますか?」
その言葉に、秋は漫画タワーの中から一冊取り出して、とあるシーンを指さした。途端に、琥珀の顔が険しくなる。
「なら、あっきーが機械獣ポセイドンに敗れて、絶対絶命のピンチのときに奇跡の復活を果たした感動シーンの再現を」
「私が決めますね。卒業証書を二人で持ちましょ」
「おい」
全く知らないアニメかつ、内容も意味不明すぎたので仕方ない。琥珀はスクールバッグから卒業証書を取り出し、カメラを内カメする。秋も渋々と机の中から卒業証書を取り出してくれた。
「はい。じゃあ撮りますね」
「ん」
琥珀が満面の笑みに対し、秋は普段と変わらない真顔――かと思いきや、少しだけ口角が上がっていた。シャッター音と共に高校生活最後の思い出が琥珀のスマホに保存される。
「ありがとうございますっ。あとで秋ちゃんにも送りますね」
琥珀からの感謝に、写真用の笑顔からスンと真顔に戻った秋は親指を立てる。
これにて琥珀は、学校で出会えた大切な人との写真をすべて撮り終えたので、もう悔いはない。今日撮った写真たちを見返して、琥珀はほっとしたように頷いた。
「コハ」
すると、秋が静かに名前を呼ぶ。
「ん、なんですか?」
秋は琥珀の目をジーっと見て、そしてクスリと笑う。それは、琥珀も初めて見る表情で――、
「ありがとう」
「え?」
ただ一言、感謝の言葉を述べられた。それが何に対しての感謝だったのかは分からない。
琥珀を困惑させたまま、秋は視線を外し、また真顔に戻って漫画タワーを鞄に詰める作業を再開しだす。そんな秋を見て、琥珀は「はぁ」と溜め息まじりの微笑みを浮かべた。
「しょうがない人ですね、秋ちゃんは。少しだけ手伝ってあげます」
「お。それでこそ私のコハだ」
結局、良心をくすぐられて手伝うことになってしまった琥珀。
二人だけのにぎやかなやり取りが、思い出の詰まった学校のどこかで静かに響き続けていた。
***
靴を履き替え、玄関を出て、そして後ろを振り返る。何度も、何度も、通ったこの場所は、もう当分訪れることはできない。実感は湧かないけれど、心のどこかではそれを理解していた。
つらいことも、苦しいことも、嫌なこともあった。
でも、楽しいことも、嬉しいことも、出会いも、別れも――すべてがここにあった。
「――じゃあ、せーの」
この学校で過ごした青春の日々は、庵たちにとって永遠に色あせることのない思い出。だから、最後に言わせてくれ。
「「ありがとう!」」
青春の詰まった学び舎に、心からの感謝を。
「あ、そうそう庵くん。打ち上げって結局焼肉になったんですか?」
「そうだよ。もう朝比奈が予約してるっぽい。前行ったとこより良いとこらしいから、良い肉食えるかもな」
「へーっ。楽しみですねっ。じゃあ今日はお昼食べずに沢山お腹すかせときます」
「それ俺も考えてた。今日の夜はマジで食べまくるしかないよなー」
「ふふっ。庵くん、いっつも私の倍の量食べますもんね」
「俺いつもそんな食ってんのか......てか、その手に持ってるの何?」
「あぁ、これは秋ちゃんが学校に溜め込んでた漫画で――」
次回、最終話!
《作者の勝手にQ&Aコーナー》
Q、一番お気に入りのキャラは?
A、好きなキャラしか書いていないので嫌いなキャラはいません。その中でも特に好きなのは、星宮、朝比奈、暁ですかね。
Q、After Story長くないですか?
A、物語の方向性から仕方がなかったんですけど、本編で全然ラブコメできなかった分やりたいことが溜まりすぎちゃったんです......(文字数計算してみたら書籍一冊分書いていました)。
Q、書いてて一番楽しかった章は?
A、圧倒的一章です。次点でAfter Storyか二章かな。
Q、一番お気に入りのシーンは?
A、星宮と朝比奈の和解シーン(176話~)です。積み上げたものがあったからこそ、あれを書いたときは気持ちよかったです。
Q、琥珀パパはどうなったの?
A,、こんなとこで爆弾発言するのもあれですが既に離婚しました。
Q、ハッピーエンドになりますか?
A、ハッピーエンドです。ここまで書いておいてバッドエンドでした、ちゃぶ台どーんとかできないですよ......実は、書き始め当初はバッドエンドを想定していたんですけどね。
Q、作品を書く上で何か意識していたことは?
A,、庵に好意を寄せる女性が星宮だけというところです。ぶっちゃけ、庵ってマジで魅力ありません。かっこよくもないし、うじうじしてるし、まぁそんな男がモテるわけないですよね。だからハーレム展開は絶対にしないと決めていました。
Q、作中では「琥珀」なのに、あとがきでは「星宮」と呼ぶ理由はなんですか?
A、琥珀と呼ぶより、星宮と呼ぶ方がしっくりきませんか? ......そういうことです。
最終話の執筆はまだ一文字も進んでいないですが、三日以内には投稿できたらなと思います。あ、最終話直前で言うのも変ですが、質問は基本なんでも受けつけますよ。




