◇After Story第16話◇ 『宝石級美少女と江ノ島旅行【江ノ島の海】』
――脳が揺さぶられる。
「......じろじろ見すぎです。もうちょっと遠慮してください」
そう口にしたのは、水着に着替えた琥珀だった。琥珀は庵からの熱い視線を受け、後ろで手を組みながら、恥ずかしそうにもじもじとしている。
「あっ、いや、すごく似合ってるなーって思った」
「そう、ですか? なら、良かったですけど......」
まずはパッと思いついた感想を一つ口にした。しかし、頭の中はそれ以外の感想で埋め尽くされている。
やはり、琥珀の水着姿という視覚的刺激の強さが問題なのだろうか。付き合って約一年半となるが、庵は琥珀の素肌をあまり見たことがない。雑に言えば、視覚的ラッキースケベが起きなかったのだ。
そこで今回の水着姿。それもトップとボトムに分かれていて、フリルがあしらわれているとはいえ、隠すべき部分しか隠されておらず、それ以外はすべて曝け出されている。当然琥珀の服の下には肌色があるのは分かっていたことだが、実際に目の当たりにするとこんなにも衝撃を受けるのか。
庵は目をぱちくりとさせ、琥珀の言葉を無視して遠慮なく宝石級美少女の水着姿を見まくった。
「あーっ、やっぱり恥ずかしいですっ」
ところが、琥珀は庵の視線に耐えかねて砂の上に座り込んでしまう。羞恥心が限界を迎えたのだろう。
これはどう考えても庵の責任なので、急いでフォローに入る。
「琥珀っ、大丈夫! 全然変じゃないし、めっちゃ可愛いから。もうマジ最高だよ」
「......」
「いやほんと天使。マジで見たときびっくりしたもん。うわ、俺の彼女可愛すぎって」
「......っ」
ここまで言うと、次は庵の言葉に照れてしまう琥珀。ゆっくりと体を起こし、おしりに付いた砂を手で払った。
今度は琥珀の方から庵に視線を向け、試すような口ぶりで小さく言葉を口にする。
「そんなに、可愛いですか?」
「ああ! もうマジ、宝石級に可愛い!」
「なんですかそれ」
超絶可愛いの上位互換、宝石級に可愛いを繰り出すと、気持ちが伝わったのか琥珀の表情が少し和らいだ。まだ羞恥心は捨てきれていないようだが、やっと視線を逸らさずに合わせてくれる。
「水着を着てるとすごくスースーします。だからさっきからすごく落ち着かなくて......あーっ、また恥ずかしくなってきました!」
「なんでだよ!?」
落ち着いたと思いきや、今度はスースーが原因でダウンしてしまう。そればっかりは庵も意味が分からず、困惑するしかない。
「多分水の中入れば落ち着くって。学校の水泳も、水に入る前ってなんか落ち着かないけど、でも一回入ればすぐ慣れるじゃん。海もそれと同じだって」
「うぅ......よくわかんないけどわかりました。もう海行きましょう。あと暑いですっ」
「あぁ、わかってくれてありがとう」
その言葉を信じて、琥珀は庵から逃げるように一人砂浜を駆け出した。その後ろ姿を見て、庵も琥珀の足跡を辿るように追いかけだす。燦燦と輝く太陽に照らされながら、庵は小さく笑みを表情に含んだ。
***
庵の言葉通り、一度海に入ると、琥珀はすぐにその環境に慣れてくれた。太陽のような笑みを振りまきながら水遊びをする琥珀は、誇張抜きの表現で『天使』だ。庵はその笑顔に心臓を撃ちぬかれ、思わず海に溺れそうなる。
「――庵くん! すごいです! ちゃんと動いてますよっ」
「うおおおぉぉぉ」
琥珀が乗った浮き輪を庵が引っ張っている。あまり体力に自信のない庵だが、この琥珀の笑顔を守るために持てる力のすべてを出し切った。ほんと、琥珀が小鳥のように軽くなければ一瞬のうちにダウンしていたところである。
「あ、庵くん。前になんかゴミみたいなのが浮いてます」
琥珀が何か教えてくれるが、庵は琥珀の浮き輪を引っ張ることに必死で何も聞こえない。そのせいで、庵は琥珀の言う”ゴミ”に衝突してしまう。
「え、ぎゃああ!?」
その衝突したものが、ぬめぬめとした謎の異物だった。突然の変な感触に庵は叫び声をあげ、思わず琥珀の浮き輪を乱暴に突き放してしまう。
そのせいで浮き輪は大きくバランスを崩してしまった。
「えっ!? い、庵くんっ! あっ、あー!」
浮き輪がひっくり返り、ザバンと水しぶきを上げて、琥珀が海に落ちた。庵はそれを見た瞬間、全身の毛という毛が総立ちし、血の気が引く。
幸いなことに、琥珀はぷかぷかとすぐに浮き上がってきてくれたが。
「琥珀っ! 大丈夫か!」
「ぶくぶくぶく......はい、なんとか大丈夫です。びっくりしましたよもう」
「よ、よかった。いやマジで焦った。ごめん本当に」
特に怪我もしていないようで、庵は心の底から安心する。落とされて最初は膨れ顔だった琥珀だが、すぐに笑顔に戻って、安堵する庵を笑った。
「ふふっ。前はちゃんと見てなきゃだめですよ庵くん。私のことエスコートしてくれるって言ったのに、私のこと落っことしてるじゃないですか」
それを言われてはぐうの音も出ない。しょぼんと頭を下げる。
「いや、それはもう以後めちゃくちゃ気をつけます」
「はい。以後気をつけてくださいね」
とはいえ、落とされた琥珀もそれを含めなんやかんや楽しんでいる。こういう小さなハプニングも後々良い思い出話になるので、悪い経験とは一概に言えないだろう。
***
それからというもの、定番の水のかけ合いをしたり、砂の城を作ったり、少し泳いでみたり、自由気ままに江ノ島の海を堪能した。
そろそろ疲れてきたかなというタイミングで海から上がり、今はビーチパラソルの下で休憩している。そこで早速今日のことを振り返ったり、これからの予定を話したり、ちょっとした雑談タイムを始めていた。
「――つめたっ」
海の家で買ってきたかき氷を一口食べると、キーンと頭にくる衝撃が走った。すぐに頭をぐりぐりと押さえると、隣にいる琥珀に笑われてしまう。
「庵くん一口が大きすぎですよ。そんな一気に食べたらキーンってなるの当たり前じゃないですか」
「いや俺はちびちび食べるのが苦手なの。一気に食った方がダイレクトに味感じれていいじゃん」
少しずつ食べて、小さな美味しさを長く堪能するか、がっつり食べて、ダイレクトな美味しさを短く堪能するか。庵は後者を選ぶ。
一気に食べるなんて勿体ないという気持ちも分かるには分かる。しかし、少しずつ食べて美味しさをはっきりと味わえないのも勿体ないだろう。
変なことを言ったつもりはなかったが、琥珀は庵の思想を聞いて、少し鼻で笑っていた。
「分かってないですね庵くん。まずはちびちびと食べて、それからゆっくりと一口の量を増やしていくんです。それが美味しいものを食べるときの最適解ですよ」
「はっ――。確かに」
先ほどの前者と後者、そのどちらの良いところも取った名案に庵はあっさり納得させられてしまう。そうかその手があったのかと、庵は己のかき氷に視線を落として一人震えた。
「ふふん。――あっ、冷たいっ」
しかし、琥珀も一口の量をミスったのか、庵と同じく頭をキーンとさせてしまう。せっかく庵に解説したばっかりなのに、これでは台無しだ。
「――」
それはそうと、さっき海から上がったばっかりなので、まだ二人とも濡れ髪の状態。呻き声を上げながら自身の頭をコンコンと叩く琥珀を見て、庵は今更ながらこう思う。
(いやめちゃくちゃ可愛いな)
濡れ髪の琥珀を見て抱く感想はただ一つ。
本当にファンタジーの世界から飛び出てきたかのような女の子だ。欠点がどこかと言われれば胸なのだが、庵は別に巨乳好きではないのでなんらマイナスポイントにならない。
どんな状況下であれ”可愛い”が崩れない琥珀は、本当に最強と言いきれてしまう。
「――そういやもう水着姿は落ち着いたか?」
ふと琥珀が最初、自身の水着姿をとても恥ずかしがっていたことを思い出し、聞いてみた。すると、琥珀はかき氷を口に運びながら肩を跳ねさせる。
「庵くん......せっかくそのこと忘れてきてたのに......」
「あ、ごめんなさい」
「別にいいですけど」
先ほどの羞恥心を思い出させてしまったのか、また少し頬を赤く染める琥珀。どうやら思い出させない方がよかったようだ。
「でも、慣れましたよ。別に水着って、変な格好でも何でもないんですからね。海だから当然着ているんですよ」
どうやら少しは開き直った様子。そんな琥珀に、庵はちょっと意地悪なことを言いたくなってしまう。
「じゃあもっとじろじろ見ていい?」
「......」
「ごめんごめん冗談だよ」
実は少し期待を込めて聞いたのだが、ジト―っとした視線にはじかれてしまった。仮におっけーをもらったとしても、庵が耐えられなくて直視することはできないのだが。
「――海、楽しかった?」
話題を切り替え、さっきからずっと聞きたかったことを聞いてみた。海での一時を終え、琥珀がちゃんと楽しめてるか不安だったのだ。
「はいっ。とても楽しかったです。江ノ島に来れたっていうのがすごく実感できて、もう最高でした」
返ってきたのは、庵が求めていた百点満点の言葉。満足げな吐息と共に出たそれを聞いて、庵はホッと一安心する。色々あったが、ここまでは大成功と言えるだろうか。
「庵くんはどうでした?」
「いやそりゃもう......」
琥珀からも問われ、待ってましたと言わんばかりに庵は意気込む。瞼を閉じて、その裏に今日の海での出来事を思い描きながら、それを表す一言を探した。
ゆっくりと瞼を持ち上げ、輝く太陽を睨んでから、笑顔いっぱいで琥珀の方を振り向く。
「最高だったな!」
「ですよね!」
江ノ島の海。それは庵たちにとって、最高の形で幕を下ろした。そしてまだまだ旅は終わらないことを忘れてはいけない。ここからも勿論、最高の思い出が増えていくばかりなのだから。
◇宝石級美少女tips◇
日付が変わる前には眠るようにしている。




