◇After Story第12話◇ 『ガールズトーク』
とある休日、琥珀と朝比奈はショッピングモールに訪れていた。
「――うーん」
二人が訪れていたのは水着コーナー。夏の庵との旅行に備えて、琥珀の水着を選びにきたのだ。朝比奈は付き添いで、学校の水着しか持っていない琥珀のお手伝いをしている。
琥珀は女性用の水着の種類の予想以上の多さに、どうしたものかと悩み果てていた。
「どうせならうんと凄いの選びなさいよ。水着姿見せるのは彼氏だけなんだし」
「うんとすごいのってどんなのですか?」
「例えば......」
朝比奈は沢山の水着の中から一着、明らかに布面積の少ない――いわゆる三角ビキニというものを取り出してきた。それを見て琥珀は顔をしかめる。
「そんなエッチなの嫌ですよ。ほぼ下着じゃないですか」
「そう? だいぶ定番の水着じゃない? 私が暁と海行くならこれ着てくけど」
朝比奈はさておき、着るのは琥珀なのだ。琥珀の要望としては、あまり露出が少なく、ボディラインがはっきりと出ないもの。要望というよりは、絶対に外せない条件と言えるだろうか。
「まぁこれじゃボディラインがくっきり出るもんね。あんた顔は良いのに胸ないから困ったわね」
「......」
何の悪気もなさそうにドストレートに言ってくれるので、琥珀は不満げに頬を膨らませる。咄嗟に言い返そうかとも思ったが、朝比奈と比べたら確かに琥珀は平らなので、出かけた言葉は喉の奥に引っ込めた。
「はぁ......」
琥珀は今まで自分の胸については、人よりも無いことは自覚しながら一切気にせず生きてきた。何せ、琥珀はそれ以外の容姿についてはかなりの自信があったし、胸の小ささを指摘してくるようなデリカシーのない人間は琥珀の周りには居ない。愛利でさえ、琥珀の胸の話題には一切触れてこなかった。
しかし朝比奈は普通に言ってくる。そして一度言われると、他の人にもそう思われてるのかな、と邪推してしまう。そのせいで、嫌でも現実を突きつけられるようになったのだ。
「私、庵くんにも胸ないって思われてるんですかね」
「そりゃ見ればいつでも分かるし、当然でしょ。でもそう思われてるからって、別に何か変わるわけじゃないわよ」
「......だといいんですけどね」
当然と言われ、表情には出さなかったものの、琥珀は心をナイフで刺されたかのような感覚を味わった。これは今日だけの話ではなく、一切の遠慮を入れずに放つ朝比奈の言葉は、たまに琥珀の急所を正確にえぐってくるのだ。
「――てかさ、一泊するんだっけ?」
朝比奈が水着を探しながら、抑揚のない声音でそう問いかけた。少し俯いていた琥珀は顔を上げ、朝比奈の問いに答える。
「はいっ。二学期になったらもうほとんど遊べないと思うので、その前に思い出作りとして一泊二日の旅行です」
「ふーん。いいじゃん」
受験前、最後の思い出作り。どれだけ楽しい旅になるのか、琥珀は今からドキドキやワクワクが止まらない。ただ、それが終わったら受験まではもう何もできないと思うと、ちょっと寂しいような気もする。とはいえ、今から旅行が終わったあとのことを考えても仕方ないが。
朝比奈は琥珀の言葉を聞いて、少し聞きづらそうに口を開いた。
「あんまこういうの聞くのあれだけどさ、一泊ってことは......そういうことするつもりなの?」
「あぅっ!?」
胸の話はド直球にしておいて、”そういうこと”の話はオブラートに包んだ朝比奈。勿論、”そういうこと”が何を指すのか伝わらないほど、琥珀も鈍感ではない。とはいえ、そこを聞いてくるとは思いもしなかったので、変な声が出てしまった。
ただ、琥珀もあと半年ほどで18歳の大人の女性。下ネタひとつでいちいち顔を赤くするような幼い自分はもう消えつつある。だから、すぐに冷静になれた。
「――それは、分かんないですよ」
「分かんないってどういうこと?」
「そういう空気になったらするかもしれないですし、ならなかったらしないです。私から庵くんを誘うことは......多分ないので、庵くん次第ですかね」
「ふーん」
一泊すると決まって、琥珀がそのことを考えなかったわけがない。というより、真っ先に考えたのがそれ。
だがまだ考えている最中で、琥珀の中で確かな結論は出ていない。色々な不安や恥ずかしさが思考を邪魔して、夜をどう過ごすべきかまったく想像がつかない。
「でもさ、あんたたちって付き合ってそろそろ一年半でしょ。さすがに焦らしすぎじゃない?」
「そうですけど......私は、焦る必要はないと思います」
「あいつのためにも、ちょっとは焦ってあげたら? あんたの彼氏って草食系だし、自分から襲う勇気も度胸もなさそうだから、琥珀からちょっとアシストしてあげないと一生できないんじゃない?」
「......」
朝比奈の言葉は、今では一理ある。何故今ではと表現したかというと、それは今の庵が琥珀とのスキンシップを恐る恐る取るようになってきている傾向があるからだ。その理由は分かっていて、高二の四月に琥珀が庵の家に遊びに行ったとき、庵に押し倒されたのを一度拒絶してしまったからである。
その件についてはお互い謝って解決してはいるのだが、庵の中で一種のトラウマとして未だ残っているのは琥珀の目から見ても明白だった。
「私の、責任でもありますもんね......」
琥珀は「はぁ」と溜め息をつく。こればっかりは庵は悪くないので、情けないなどとは決して思ったりしない。とはいえ、あのとき拒絶してしまったのは琥珀にとって仕方のないことなので、それ含めて考える複雑な気持ちになってしまうが。
「その話は置いといて、琥珀にぴったりな良い水着見つけたわ」
さっきから水着探しに夢中で一度も視線を合わせてくれなかった朝比奈が、ようやく琥珀の方に振り向いた。琥珀は朝比奈の見つけた水着に「おー」と感嘆の声を漏らす。
「えっ。めっちゃいいじゃないですか。すごくかわいいです」
「でしょ。あんたにすごく似合いそうだわ」
今回のは、トップやボトムにフリルが付いた可愛らしいデザインの白の水着。胸元に大きくフリルがあしらわれていて、これなら琥珀でも何も気にせず着用できそうだ。上下が分かれたデザインなので、おへそは出てしまうが、それくらいなら琥珀の許容範囲である。
「気に入りました。じゃあ私これ買います。夏はこれでいっちゃいます!」
「でも、もっと露出高い方が彼氏も喜ぶと思うんだけどー?」
「私にエッチなのは似合わないので大丈夫です」
「それを決めるのはあんたじゃないわよ」
というわけで、旅行用の水着を購入した琥珀は、夏までに少しずつ準備を整えながら、その日が来るのをドキドキしながらも心待ちにしていた。
◇宝石級美少女tips◇
高3になってから少し髪を伸ばしている。
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次回から、庵と琥珀の最後のデート回です。




