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宝石級美少女の命を救ったら付き合うことになりました  作者: マムル
After Story・残りの高校生活

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220/234

◇After Story第8話◇ 『黒羽暁と朝比奈美結(前編)』

今日は19:01と20:01に二話連続更新です。

合計14000字くらいあります。どひゃー。

 

 朝比奈美結は夏祭りが好きではない。

 その理由としてはありがちなもので、蒸し暑さや、人の多さ、騒がしさ――そして夏の終わりを感じる虚しさが嫌いなのだ。夏祭りのメインである花火も、場所取りの大変さや、会場の混雑さを乗り越えてまで見るほどのものではないと思っている。

 

 だが、そんな嫌いな夏祭りに今年は参加した。というよりも、参加させられた。友達がどうしてもというので渋々おっけーを出したのだ。

 そして会場について朝比奈は早速来たことを後悔した。今年の花火は前年の1.5倍の量が打ちあがるらしく、いつもに増して来場者が増えていたのだ。これを後から知った朝比奈は、どこを見ても人が居る人地獄に眩暈を催している。


 しかも朝比奈に訪れた不幸はそれだけじゃない。更に追い打ちをかけるかの如く、今、更に頭を抱えてしまいそうな災難が朝比奈に訪れていて――、


「あぁもう、みんなどこ行っちゃったのよ」


 たこ焼き屋の屋台の横で座り込み、一人溜め息をつく朝比奈。そう、一緒に来た友達とはぐれてしまったのだ。

 スマホで連絡を取ろうと思ったら、昨日寝る前に充電をし忘れてもうバッテリーはゼロ。そしてこの人の量なので、とてもじゃないが自力で見つけられる気がせず、割とピンチな状況だった。


「はー。やっぱ夏祭りなんか行くんじゃなかった」


 もう一度溜め息をつき、友達の誘いに乗ってしまった自分の決断を呪う朝比奈。そして、来年の祭りは絶対に行かないとここで決意する。


「......もう帰ろ」


 朝比奈の中で何かが吹っ切れて、探してくれているであろう友達を置いて一人帰宅することにした。あとで友達に怒られることよりも、この空間にスマホなしで一人で居ることの方が苦痛に感じたのだ。

 重い腰を上げて、来た道を振り返った。光景は先ほどと何も変わらず、人・人・人の地獄密集地帯。

 見ているだけで吐き気を催すが、ここでうじうじしていても仕方ないので、嫌々と足を人混みの中に運ぼうとする。


 そのとき、後ろから何者かが朝比奈の名前を呼んだ。


「――朝比奈さん!」


 同じ名前が呼ばれただけで、自分が呼ばれたわけではないと聞こえていないフリをする。これが女の声だったら一緒に来た友達かと疑ったが、男の声だったので気にも留めなかった。

 だが、名前を呼ばれてから一つの足音が朝比奈に向かって近づいてくる。こんなに騒がしい会場なのに、それだけは確かに分かって、それでようやく朝比奈は後ろを振り返った。


「え。黒羽くん?」


「そうそう、僕。急に話しかけてごめん」


 名前を呼ばれたのは勘違いではなく、正体は黒羽暁のものだった。走って朝比奈を追いかけてきたのか、暁は一度呼吸を整えてから、頭一つ分小さい朝比奈の目線に視線を合わせる。

 朝比奈はこの前一緒に帰宅したぶりに暁と出会い、少々の気まずさと困惑を隠せなかった。


「朝比奈さんっぽい人見つけちゃってさ、ワンチャン人違いだったらどうしようって思ったけどちゃんと朝比奈さんで安心したよ」


 と安堵した様子を見せる暁だが、庵と琥珀に確認をしてもらっているのでほぼ100パーセントの確信を持って朝比奈に話しかけている。だからここはちょっと嘘だ。


「そう、なの。黒羽くんも花火見に来たの?」


「花火というか、祭りを楽しみきた感じ? 部活のメンバーに誘われてさ。にしてもすごい人の量だよね。頭くらくらしてくる」


「え、それめっちゃわかる。人多すぎよね」


 暁が朝比奈の思っていたことを代弁してくれたので、思わず素の反応で共感してしまった。すると暁が嬉しそうににこっと笑う。


「ね。僕人混み苦手だからさー、なんか足よりも心の方が疲れてくる感じする」


「分かる。私もなんか疲れてきて、今帰ろうとしてたとこだし」


 帰ろうとしていたことを伝えた瞬間、暁の表情が真顔に戻った。その変化に朝比奈が首を傾げる。


「帰るって......花火見ないの?」


「まぁ、別に見なくてもいいかなーって思った。そもそも夏祭りあんまり行く気なかったのよ」


 朝比奈が正直に答えると、心なしか暁が少しだけ悲し気な表情になったように見えた。なんで暁がそんな表情になるかは分からないけれど、朝比奈は特別花火が好きだとかそんなこだわりはないので、別に今年は見なくてもいいやと割り切れている。だから、暁が同情して悲しむ理由はない。


「でもあと20分くらいしたら始まるし、せっかくここまで来たんだから見といた方が良いんじゃない? 今年の花火はすごいって噂されてるから、絶対見といた方がいいよ」


「うん。まぁ、まったく興味ないわけじゃないけど......」


 暁の言っていることはもっともで、せっかくメイクもヘアセットもしてここまで来たのに、このまま友達とはぐれたことを理由に帰宅というのは消化不良感が否めない。いくら祭りが嫌いと言っても、花火だけは少し興味がある。

 ただ、一番の懸念点が朝比奈にはあり、それを暁に打ち明けた。


「実は、一緒に花火見よって約束してた友達とちょっとはぐれたのよ。スマホの充電もないし、連絡も取れないし、この人の量だから見つけるの大変でしょ? だから諦めたの。......今日はもういいわ」


「......そうだったんだ。だから一人だったんだ」


 花火の前に友達とはぐれて連絡が取れなくなった。割とショッキングな内容に、暁は目を伏せる。

 そう、いくら花火に興味があろうが、さすがの朝比奈も一人で見ようとは思わない。一人で見る花火など、空しさ以外の何ものでもないだろう。


「黒羽くんが暗い顔しないでよ。別に私、気にしてないから。さっきも言ったけど、今日の夏祭りには割と嫌々で来てるのよ。だから大丈夫なの」


「でも、ここまで来て帰るのはちょっと......」


 朝比奈のことを思ってか、食い下がる暁。気づけば花火開始まで20分を切っている。屋台の横に置いてあった時計でそれを確認した朝比奈は、口元に笑みを含ませながら暁に言葉をかけた。


「色々心配してくれてありがとう。もう、いいのよ。もうすぐ花火始まるから、黒羽くんは早く友達のとこ戻って。場所取り早くしないと、良いところで見れないわよ」


 気にかけてくれたことは、お世辞抜きで嬉しかった。でも、このまま引き留めて今度は暁まで花火が見れなくなるのは嫌だったから、朝比奈はここで暁を突き放す。


「じゃあ、ばいばい」


 悲し気に揺れる暁の瞳に映されながら、朝比奈は暁に背を向ける。これで良かったと自分に言い聞かせながら、この場を去ろうとした。


「待ってよ朝比奈さん」


「えっ。ちょ」


 名前を呼ばれた後、朝比奈の手を温かい感触が包み込む。再び後ろを振り返って、それが暁の手だと気づいたとき、朝比奈は思考停止した。

 顔を上げれば、凛々しく真っすぐとした男の瞳が朝比奈の瞳を撃ちぬいている。


「今から一緒にその友達を探しに行こう。今ならまだ間に合うよ」


「まっ。何言ってんの!? きゃっ!?」


 そんなこと、朝比奈は頼んでもないし望んでもない。でも暁は朝比奈の意思を無視して、小さな手を引っ張り、一緒に人混みに飲まれながら友達捜索を開始した。



***



 ――あったかくて、大きな手に引っ張られる。


 何度も朝比奈の視界を遮るように見知らぬ人が通り過ぎるが、それを抜けた先には大きな背中がある。絶対もっと早く走れるのに、朝比奈を気遣ってか小走り程度でエスコートしてくれる。朝比奈のことを思って、助けようとしてくれている。

 そんな優しさが、朝比奈の胸を確かに打った。しかし同時に、自分のために付き合わせているという申し訳なさが肥大化していく。


「はぁ......はぁ......もう、いいって! 見つかるわけないわよっ」


「まだ時間あるよっ。絶対見つかるから!」


「――っ」


 もうとっくの昔に朝比奈は諦めているのに、暁はまだそれには早いと、首筋に汗を浮かべながら励ましてくれる。そんな爽やかな表情を見て、朝比奈はやるせなさに口をつぐんだ。


(――なんで) 


 なんで自分だけのために暁がここまでしてくれるか分からない。暁だって、一緒に来た友人と屋台を回りたいはずなのに、その時間を削ってまでして、朝比奈の見つかるかも分からない友達探しに付き合ってもらっているのだ。朝比奈からしたら、そんなのありがた迷惑だし、仮に見つかってももう素直には喜べないのに。


「はぁっ、はぁっ、あと5分。まだ、今見つかれば......」


「――黒羽くん」


「あっちは行ったから、今度はこっちか。いや、この道の方が人多いし、可能性高そうか......?」


「黒羽くん!」


 少し人の通りが少なくなった道で、朝比奈は暁の手を強引に振りほどいた。そしてようやく暁の足が止まり、後ろの朝比奈に視線を向ける。朝比奈はその視線を受けて、胸に手を当てながら訴えた。


「もう、いいの。本当にいいの」


「朝比奈さん.....?」


 正直、朝比奈は頭にきていた。暁が優しくて、自分のために頑張ってくれているのは分かるけど、でもそれは朝比奈が今求めていることじゃない。むしろ、真逆のことだ。

 ここまでしてもらってこんなことを思うのは良くない。良くないと分かっているけれど、あえて朝比奈の思ったことをそのまま書き記そう。


 ――これは嬉しくない。


「これでさ、黒羽くんまで花火見れんくなったら私の責任じゃん。黒羽くんはそれ覚悟で私の友達見つけようとしてくれてるのかもしれないけどさ、それ仮に見つかっても嬉しくないから。私絶対、罪悪感で花火楽しめないわ」


「僕のことは気にしなくていいよ。僕もさ、部活のメンバーに誘われて来ただけだし、ほんとは花火なんてそんな興味ないんだよ。だから、朝比奈さんが僕に罪悪感を感じる必要はないから」


「感じる必要ないって言われても、私は感じちゃうの。それと、私も誘われて来ただけよ。絶対に黒羽くんより嫌々来たって断言できる。だから、こんな人の為に無駄な時間をこれ以上費やさないで!」


 言い合いの末、朝比奈は暁の勇気ある行動を、無駄な時間と口を滑らしてしまった。言ったあとに少し後悔しかけるが、これで暁が分かってくれるならと思い、謝罪はぐっとこらえる。


「無駄な時間じゃないよ。僕は、朝比奈さんがせっかく夏祭りに来たんだから、花火を見て帰ってほしい。ただ、それだけなんだ」


「もう、見たくない。こんな申し訳ない気持ちで花火なんて見れない。家に引きこもってた方がマシ。だからもう、私に構わないで」


 その優しさを断ち切るように、暁が朝比奈のために尽くす理由を一つずつ潰していく。ここまで言われると、さすがの暁も返す言葉を失い、何も言えなくなった。

 我ながら最低で、意地悪で、自分のことが嫌いになりそうになる。


「ここまで、色々とありがとう」


 最後に感謝だけ伝えておく。悲痛な暁の視線を受け、朝比奈はそっと目を逸らした。心の鬼にして、朝比奈は今一度暁に背を向ける。


「早く、友達のとこ戻ってよ。帰り道は分かってるから......」


「朝比奈、さん」


 ここで突き放さなかったら、本当に取り返しのつかないことになってしまう。胸が掻きむしられるような感覚を味わいながら、朝比奈は胸の内をすべて伝えることができた。 


「――じゃあね」


 もう暁の表情は見たくないから、顔は絶対に上げない。今度会うときは絶対気まずいだろうな、なんて思いながら、小さな歩幅で帰路を進みだす。

 

「――待って」


 また暁が朝比奈を呼び止めた。でも朝比奈は無視する。なんとなく、また呼び止めてくる気はしてた。そのときはもう無視と、心に決めている。ここで振り返ったら、朝比奈の負けだ。


「じゃ、じゃあ――っ」


 じゃあって何。これ以上、朝比奈は暁に時間を使えないし、使いたくない。これはお互いのためを思ってのことなのだ。だから、これから何を言われようと朝比奈の心は変わらない。


 ――その、はずだった。絶対にもう後ろは振り返らないと、何も聞かないと、そのはずだったのに。



「僕と一緒に、花火見よ。――二人で」



 まさかの提案に、まず朝比奈は自分の耳を疑った。しかし、聞き間違いと言い訳できないほどに、その声は堂々と、しっかりしていて、朝比奈に逃げ道を与えてくれない。


「え?」


 後ろを振り返る。そこには、2~3メートル距離を開けて、暁の姿があった。後ろに手を組んで、顔を赤らめながら、朝比奈の反応を待っている。

 胸の中がまたざわざわと蠢きだす。無理解と、また別の無理解がぶつかりあって、朝比奈の心を更に搔き乱した。


「なんで、私と? 友達と見るんでしょ?」


 淡々と、ありえない程冷静に、朝比奈はそう口にする。口にした内容としては、当たり前の話だ。暁は朝比奈とこの夏祭りに来たわけではない。部活のメンバーと共に来ているのだ。

 ここで朝比奈と花火を見たら本末転倒。一番意味の分からない選択肢だと、朝比奈はそう思う。


「それは......っ」


 朝比奈の言葉に、暁が少し言いづらそうに口を開いた。でも、なかなか次の言葉が続かない。何を迷っているのか、その表情はどこか苦しそうで、今から言おうとしていることをためらっている。


「――」


 だが、朝比奈からの視線を受け、暁はハッとする。そして、ここでこの言葉を言い逃したら、取り返しのつかないことになると、そう悟った。

 そのことに気づくと、自分の胸の中の栓が外れたような気がして、気持ち体が軽くなった気がする。同時に己の心がきれいに整理され、何を伝えたいかがはっきりとした。

 体がふわふわとする不思議な感覚を味わい、ついに暁は覚悟を決める。まずは一度深呼吸を挟み、胸に手を当て、目の前の好きな女に言ってやった。



「それは僕が、朝比奈さんのこと好きだから! だから僕は、朝比奈さんと花火を見たいです!」



 溢れた思いが織り成す、暁には似つかわしくないバカみたいにでかい声の告白。それを受け、朝比奈は切れ長な目を大きく見開く。 

 同時に、今日一発目の花火が大きく夜空に打ちあがった。

 



◇宝石級美少女tips◇


夏はピンク色のハンディファンを常備している。

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