◇After Story第4話◇ 『朝比奈美結はモヤモヤしています』
――明日の朝。
「おはよう、暁」
「おっ、庵。おはよーさん」
見覚えのある大きな背中に声をかけてみたら、案の定暁だった。爽やかな笑みを向けられ、朝っぱらからイケメン成分をたっぷり摂取する。これで庵もイケメンになれればいいのだが、そういうわけでもない。
「どうした庵。目の下にクマ付いてるよ。寝不足?」
「いつも通りだろ。俺にとってクマは体の一部だから」
「あー確かに。それもそうだわ」
自虐ネタとはいえ、真顔で納得されると少々心にくるものがある。庵は自分の容姿にだいぶ無頓着な人間だが、最近は琥珀のためにも垢抜けたいとは考えていた。しかし、考えているだけに留まって、行動にはなかなか移せていないが。
「で、どうだったよ。朝比奈とのデートは」
「やっぱそれ聞く?」
「聞くだろ。聞かないわけないだろ」
話題は早々に変わり、昨日からずっと気になっていた暁の恋の行方について尋ねてみる。
一応、昨晩LINEで聞こうとしたのだが、暁が文章じゃなくて明日会って話そうと、謎のこだわりによって断られていた。ただ、もったいぶるということは、それだけ面白い話があるということ。
待たされた分、期待は大きく膨れている。庵は内心子供のようにわくわくしながら暁が語りだすのを待った。
「んー。結論から言うと......いやめっちゃ緊張したあぁぁ」
「おおっ」
突然がくりと首を倒し、大きく息を吐いた暁。よっぽど抱えていたものが大きかったのか、今にもその場に倒れてしまいそうだ。これだけで、昨日彼がどれだけ勇気を振り絞ったのかがよく分かる。
「そんな緊張したのか?」
「当たり前だろ。僕、今まで女子と二人で帰ったことなんて一度もないんだぞ。何話せばいいかもイマイチ分からないし、お互い家まで結構あるし、割と沈黙もあったし、いやほんと大変だったよ」
今まで彼女が居たことのない暁には新鮮な経験だったらしく、いつもより早口で昨日の出来事を語ってくれる。庵にとっても共感できる部分は多く、まるで昔の自分を見ているかのようで思わず頷いてしまった。
「暁も女子と話すの緊張するんだな。琥珀とは割とフレンドリーに話せてるイメージだったけど」
「あー、それはやっぱ僕が星宮さんを意識してないからだろ。恋愛対象の女子はやっぱ話が変わるよ。もう頭真っ白でとりあえず会話続けることしか考えられなかった」
らしくない暁の一面を聞き、少し見てみたいなと思う庵。ただ、昔の庵もそうだったので今の暁を笑うことはできない。
「まーでもね、ちゃんと楽しかったよ。あんま笑わない人なのかなーって最初は思ってたけど、話してみたら意外と笑ってくれるし、朝比奈さんからも話振ってくれたし......まぁ昨日はとにかく大成功よ」
「そりゃよかった。朝比奈って笑うのな」
「何言ってんだよ。庵よりもちゃんと笑ってたぞ」
「俺も笑うだろ」
「庵はいつも鼻で笑ってるだろ。冷笑系男子みたいな」
「......そんな自覚ゼロだったんだけど」
暁には庵の笑い方がそんなうざったいものに見えていたなんて。まさかの事実に庵は心の中で少し落ち込んだ。琥珀にも同じように思われていたら嫌なので、今日会ったら早速聞いてみようと心の中にメモをしておく。
「そうそう、インスタもLINEもどっちも交換できた。てか朝比奈さんのインスタのハイライトめっちゃプリクラ載せてあってさ、どれもめっちゃ可愛かったわ」
「俺インスタやってないんだよ......でも朝比奈のプリクラはちょっと気になるから見せてくれ」
インスタのハイライトとはなんぞやといった感じの庵であるが、朝比奈がSNSにプリクラを公開しているというのは理解できる。そして朝比奈のプリクラは謎の好奇心が働いてとても見てみたい。
「――ほら」
「おー、なんか......やっぱプリクラって別人だな」
見せられたスマホの画面には、知らない女子と朝比奈の二人のプリクラが映っている。朝比奈はいつも通りのツインテール。ただし、目がやたら大きかったり肌が白すぎたりと違和感を感じる部分も多い。
「可愛いだろ」
「うーん、俺はリアルの方が可愛いと思う」
「分かってないな、庵は」
「琥珀もプリクラよりリアルの方が可愛いし」
なんて、ここから学校に着くまではずっとプリクラの良さ悪さの話をし続けた。結局結論は出なかったけれど、別に庵はプリクラが嫌いというわけではない。
去年の琥珀とのクリスマスデート。そこで初めて二人で撮ったプリクラは、庵にとって一生忘れることのない色濃い思い出となっているからだ。
***
「――おはよう」
「――」
「無視か」
教室に到着して、まず隣の住人、朝比奈に朝の挨拶をする。聞こえていないのか聞こえていないフリをしているのか、今日は無視された。
しかし今日の朝比奈は、何やら数学の教科書とノートを開いて朝から勉強をしている。あれそんな真面目キャラだったかと感心したのも束の間、思いっきり答えの丸写しなことに気づき、何なら今朝比奈がしている範囲は先週提出だったはずの範囲なことにも気づいてしまった。
「......朝から忙しそうだな」
課題に集中しているようなので、これ以上は話しかけないことにする。庵も課題を遅れて提出することは多々あるので朝比奈のことはあまりバカにできない。最近は琥珀と一緒に課題をすることも増え、期限に遅れることは少なくなってきたが。
「......ねぇ、昨日のってさ」
「え?」
突然シャーペンを置いて口を開いた朝比奈。多分、庵に話しかけている。
「あれって実はあんたの仕業だったりする?」
「あー、暁が朝比奈に一緒に帰ろって言ったやつ?」
「うん。そう」
想定外の質問に、思わず失笑してしまう。暁の言っていた冷笑系男子というのはこういうところなのだろうか。
それはさておき、勿論この質問には首を横に振らせてもらう。
「なわけないだろ。俺も暁が朝比奈を誘うなんて思いもしなかったし、第一俺の仕業って俺に何ができるんだよ。暁は真面目なやつだから、悪ふざけでお前を誘ったりしないって」
「ふーん。ならいいけど」
それだけ聞きたかったのか、すぐにシャーペンを持ち直して勉強に戻る朝比奈。否、勉強ではなく答えの丸写し。
「それで、暁との放課後デートはどうだった?」
勉強の邪魔はしないつもりだったが、好奇心が抑えられずつい聞いてしまった。
「......あっちから聞いたんじゃないの?」
「あっちとは」
「黒羽暁」
「フルネーム呼びかよ。一応聞いたけど、朝比奈からも聞いておきたいなって思った」
黒羽くんでいいところをわざわざフルネーム呼びするあたり、まだ暁に心は開いていなさそうだ。
「まあ普通の優しい人って感じ? 話しやすい人だとは思った」
「暁話しやすいよな。分かる。他は?」
「......」
感想がそれだけってことはないだろうと思い、更なる追求をしようとするが、さっきからずっと曇っていた朝比奈の表情が更に険しくなった。これ以上は聞かないほうがいいのだろうか。
庵が撤退を考えた瞬間、朝比奈がシャーペンを机に叩きつけて頭を抱えだした。
「あぁーもうっ。ほんとモヤモヤするんだけど! なんなのあいつ。私のこと好きなわけ?」
「びっくりしたぁ。急にどうしたんだよ」
いきなり大きな声を出すので心臓に悪い。一瞬朝比奈の逆鱗に触れてしまったのかと勘違いして焦る。
「はぁ.......もうどうしたらいいか分かんない......」
声を荒げたと思ったら、すぐに勢いを失って次は机に顔面から突っ伏しだす。様子がどうも情緒不安定だ。これは、暁に対してよっぽどモヤモヤとした感情を抱えているのだろうか。
「......俺でよかったら相談乗るけど」
「あんたには頼まないわよ」
「はい。すみません」
朝比奈が何を思っているかは分からないが、相当悩んでいるのはよく分かる。
とりあえず現段階ではまだ朝比奈の感情が暁に傾いていないのは確か。ここからどうなるかは暁次第といったところだろう。
◇宝石級美少女tips◇
まだちょっと朝比奈が怖い




