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宝石級美少女の命を救ったら付き合うことになりました  作者: マムル
After Story・残りの高校生活

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◇After Story第2話◇ 『黒羽暁は恋をした』


 ――とある昼休憩時間だった。


「なぁー庵。僕の恋愛相談聞いてくれない?」


「げほっ。ごほっ。......なんだよ急に。暁が俺に恋愛相談?」


「恋愛マスター天馬庵に、ちょっとご教示お願いしたくてね」


 屋上であぐらをかきながら二人で弁当を食べていたら、暁がどこか神妙な面持ちでそんなことを言い出したのだ。突然すぎる話題に、庵の喉にあやうくコロッケが詰まりかけてしまう。


「まず恋愛マスターってなんだよ。俺恋愛マスターなのか?」


 呼吸を整えてから、まず一番に気になったことを問いかけた。


「あの星宮さんと付き合ってんだから十分恋愛マスターの肩書きに値すると思うよ」


「......琥珀と付き合えたら恋愛マスターになれるのか」


 ならば、恋愛マスターの肩書きを得るにはまず宝石級美少女の命を救うことから始めなければいけない。救ったら、あとは家で待機して琥珀がお礼をしにやってくるのを待つ。まるで鶴の恩返しのように。

 ただ、この過程が恋愛と言えるかどうかと聞かれれば答えは一択な気がするが。


「で、その話は置いといて俺に恋愛相談ってなんだよ。暁らしくない」


 本題はそっちじゃないので、庵は話を本筋に戻す。


「いやさ、ちょっと気になる人ができたんだよ。だから、僕からアタックしていきたいなーって思って」


「へぇ......冗談とかじゃないんだな」


「そりゃ勿論」


 箸を置き、真剣な面持ちで口を開く暁。まだ僅かに暁がふざけている可能性を疑っていたが、ここでようやく彼が本気なのだと理解した。とはいえ、そもそも暁はあまりふざけるようなキャラではないが。


「その気になる人ってのは誰よ。俺の知ってる人?」


「庵の知ってる人だし、庵の仲のいい人だと思う。でも名前はまだ内緒で」


「俺の仲のいい人......? あ」


 暁の好きな人は庵と仲がいい人らしい。となると、幸か不幸か選択肢はかなり絞られてくる。おかげですぐに察しが付いた。



(うわこれ絶対愛利のことじゃん。俺の仲の良い人で、暁と関わりがある女っていったら愛利しかいないしな)



 前島愛利。最近庵はあまり会っていないが、ちょっと前まで一緒にコンビニのバイトをしていた金髪ギャルだ。

 その愛利はなんと幸運にもちょうど暁に好意を寄せている。つまり、この暁の気になる人が愛利というのならば愛利の好意は実り、相思相愛となったわけだ。


「なー.......るほどな。ほうほう」


 二人が相思相愛というのなら話は早い。愛利はもう既に暁にメロメロなので、暁は悩まずとも恋が成就するわけだ。あとはどっちから告白するかの問題。ここは、どちらとも仲の良い庵が恋のキューピッドになるべきだろう。


「暁はその人のどんなところが好きなんだ」


 名前はまだ内緒と言っているので、一応気づいていない体で話を進めていく。恋愛相談をされる側なんて経験したことないけれど、恋愛マスターとまで言われて頼られたので、できる限りのことはしてあげたい。


「好きなところか。そうだなぁ〜」


 暁は空を見上げながら、どこか楽しそうにお相手さんの好きなところを語りだす。


「やっぱまず顔だよな。容姿も僕の好みドンピシャ」


「なるほどな。可愛いんだ」

(暁ってギャルが好きなんだ。良かったな、愛利)


「それとちょっとツンデレなとこが好き。素直じゃないとこが可愛い」


「あぁー、ギャップって良いよな」

(まぁ確かに、あいつあんま素直じゃないよな。暁に対しても意外とそうなのか)


「あとは、なんかその子のこと見てると守ってあげたくなるんだよね。その子、多分自分にも相当自信があって、悩みなんてありませんみたいな顔をいっつもしてるんだけどさ、でも僕には弱い部分が見え隠れしてるのがよく分かるんだよ。その子もか弱い女の子なんだなって。だから僕が守ってあげたいんだ」


「おぉ......暁、その子のこと相当好きだな」

(めっちゃ愛利のこと好きじゃん。あいつってか弱い部分あるのか。俺には全然そうは見えなかったけど)


 今のを聞いて、いや特に三つ目の理由を聞いて確信する。暁は相当その女の子のことが好きだ。気になる人どころじゃない、もう大好きな人だ。これはなんとしても、暁には報われてほしい。俄然、庵のやる気が湧いてきた。


「恋愛マスター庵的には僕はこれからどうアタックしていけばいいと思う? 考えを聞かせてほしい」


「いやもうこれは恋愛マスター俺に任せろ。俺があい......じゃなくてその子と暁をくっつけてやる」


「おぉ! さすが恋愛マスター。頼もしいよ」


 ついに恋愛マスターという謎の肩書きを自分で名乗りだし、やる気が湧いてきた庵。暁も嬉しそうにニカっと笑う。というわけで、寄せられた期待に応えるため早速名案を考えてみた。箸を置いて、目を瞑りながら腕を組み、脳みそをフル回転させる。


 そして思いつく答えとは――、


「そうだな......とりあえず、デート誘ったら?」


 身も蓋もない、恋愛マスターとしてあるまじきド直球な答えだった。そんな恋愛マスターの言葉に、さすがの暁も苦笑いが隠せない。


「いやまぁそれができたら最高なんだけどさ......もうちょっとワンクッション何か踏めない? 僕とその子、まだ大して仲言いわけじゃないんだ。多分、僕のこと異性としても意識してないだろうし」


 ちょっと話したことあるくらいの仲から次のステップがデートというのは確かに客観的に見ればハードルは高い。

 だが恋愛マスターの視点は違った。いや、正直恋愛マスターとかは関係なく、相手が誰なのかを知っているから庵はこう答えたに過ぎない。


「大丈夫。そんな回りくどいことしなくてもその子、多分いけるから!」

(だって愛利だし)


「そ、そうなのかな?」


 名案もくそもない。だってそうだろう。元から勝ち戦なのだから、あとは庵が暁の背中を押してあげるだけ。彼はもうあと一歩のところまで来ているのだ。


「でも......確かに、庵の言ってることも一理ある気がしてきた。変に回りくどいことするより、ストレートに男らしくいった方がやっぱ相手の気も引けるのかな」


 最初は不安そうな様子だったが、考えを改めたようで、庵の言葉に少し揺らぎだす。


「そうだよ暁! 恋愛はガッツ! 気合! 根性! だ。お前ならいける! やってやれ!」


「おぉ......」


 庵は根性論で最後の一押しをした。すると、暁の顔がパッと目が覚めたかのように切り替わる。


「そうだな。庵の言う通りだ。さっきまでの僕にはガッツが足りてなかった」


「あぁ。でも今のお前ならいける。だろ?」


「勿論。ありがとう庵。これからどうすればいいか、分かったよ」


 暁がその場から立ち上がる。そして腰に腕を当て、雲一つない青空を見上げた。凛々しい顔立ちのすぐ横を、小さな風が空の匂いを乗せて通り過ぎていく。


「僕は今日、その子に二人で帰ろって誘ってみる」


「おおっ。さすが暁。頑張れよ」


「ああ。僕も、アオハルを手に入れてやるさ」


 二人で帰るのを狙うということは、愛利のバイト終わりを狙うのだろう。何はともあれ、暁は覚悟を決めてくれた。ならばあと庵にできることは応援のみ。庵は暁と拳を突き合わせ、エールを送る。


 そうして、次の時間が体育らしい暁は、ひと足早く屋上から帰っていった。



 

「にしても、ついに暁にも彼女ができんのか......」


 一人取り残された庵は、屋上の空気に当てられながら一人黄昏れる。今の暁の話を聞いて、庵は琥珀と付き合いたての頃を思い出してしまった。あの頃はお互いのことを何も知らなくて、どういう距離感で喋っていいか分からなかったし、とにかく気まずいと感じることが多かった。

 暁もきっと、最初の内は愛利との適切な距離を掴めず、悩むことやどうしたらいいか分からないことが多々でてくるだろう。


 そんなときは――、


「いつでも俺を頼ってくれよ暁。俺はお前の恋愛マスターだから」


 なんて自信満々に言う庵だが、彼が琥珀と行った恋愛がかなり特殊なのを忘れてはいけない。庵は付き合うまでの過程をすべて吹っ飛ばして、琥珀と交際関係に至った、完全なイレギュラーなのだ。果たして、そんな彼のアドバイスがどこまで暁の役に立つかは未知数である。


(良かったな、愛利。暁が振り向いてくれて......)


 心の中で愛利にも祝福を送っておきながら、二人が付き合ったらどういじってやろうかと早速余計なことを考える庵だった。



***



 ――放課後。


「庵くん。今日も一緒に帰りましょ」


「おっけ。あとちょっとで片付け終わるから待ってて」


 今日も長い長い一日が終わった。最後の授業が終わった瞬間、琥珀が小走りにやってきて庵を帰宅に誘ってくれる。交際関係をオープンにしてからはもうほぼ毎日だ。


「あっ、朝比奈さんも一緒に帰りますか? 私たちと三人で!」


「何バカなこと言ってんのよ。あんたたちの空間に私を巻き込まないで。てか私、今日部活なのよ」


 琥珀は良かれと思って朝比奈を誘うも、当然のように断られてしまう。ただ部活があるというのなら仕方ない。確か朝比奈は吹奏楽部に所属しているらしく、近々発表会も控えているそうだ。


「んーそうですか。じゃあまた今度、一緒に帰りましょっ」


「......気が向いたらね」


「はいっ。部活頑張ってください」


 琥珀の明るさと可愛さに押し切られ、どこか呆れた様子で微笑する朝比奈。まだまだ塩対応が多いけれど、少しづつは打ち解けてきているようだ。

 朝比奈はひと足早く教室から出ようと、身支度を終え、スクールバッグを手に持つ。


 そして教室の扉を開こうと朝比奈が扉に手をかけた。

 しかし、朝比奈が扉を開くよりも先に扉が開いて――、


「――えっ、朝比奈さん」


「うわっ。びっくりした」


 扉を開いて教室に入ってきたのは暁。突然の鉢合いに、体と頭がごっつんこしかけている。

 庵も突然友人がやってくるのだから驚いた。一緒に帰ろうと庵を誘いにきたのだろうか。だとしたら既に先約がいるので断ざるをえないが。


「どうしたんだ暁? 俺は今日琥珀と――」


 今日は一緒に帰れない理由を口にしようとしたとき、庵は違和感に気づく。今暁の視界の真ん中に庵は居るのに、暁と目が合わなかったのだ。


 朝比奈はもう暁の横を通り過ぎて廊下に出たから、彼の視界を遮るものはなにもない。なのに暁と目が合わないということは、暁がこの教室に来た目的は庵ではないということになる。


 では、何をしにここへ。そんな疑問の答えは庵にとって最も予想外の形で提示された。


「待って。朝比奈さん」


「えっ?」


 暁が突然後ろを振り返り、廊下に出ていった朝比奈を呼び止める。その呼びかけに、朝比奈は目を丸くして暁の方を振り返った。


 そして目が合う二人。どこか緊張した面持ちの暁は、困惑した様子の朝比奈の瞳をジッと見つめ、僅かな沈黙の後、口を開いた。



「えっと、今日なんだけどさ、良かったら僕と一緒に帰らない?」


  

 放たれたまさかの一言。それを聞いたこの場の、庵、琥珀、そして朝比奈全員に衝撃が走る。その中でも特に庵の受けた衝撃は凄まじかった。


「え......? 私? なんで?」


「いや......なんでって言われたらちょっと上手く言えないんだけどさ、一緒に帰れたら嬉しいなーって思って誘った」


「あぁ......そう、なのね」


 朝比奈もあまりにも突然のことすぎて、理解が追いついていない。ぶっちゃけ、朝比奈の認識では暁はまだ知り合い以上友人以下程度なのだ。だというのに一緒に帰ろうなんて誘ってくるのだから『そんな距離感だったっけ』と混乱してしまう。


「どう、かな?」


「えっと、どうしよ。ちょっと待って」


 しかし朝比奈だって馬鹿じゃない。これが恋愛的意味を含んだアプローチなことくらい、察しがつく。友人として誘っているのなら距離感がおかしいだろとツッコめるが、恋愛的意味合いなら話は別だ。


「えぇ......」


 朝比奈の目の前の男は、手を後ろに回し、若干顔を赤くしながら朝比奈の返答を待っている。

 でも朝比奈はすぐに答えを出せない。何せ、朝比奈は今までの人生で追う恋しか経験しておらず、追われる恋は経験はしてこなかった。だからこういうとき、どうしたらいいか分からない。


「――」


 ツインテールをいじりながらもじもじ考えていると、朝比奈はふとあの時のこと思い出した。


『朝比奈さんもう大丈夫だから。安心して』


『ごめんけど、僕は朝比奈さんの味方をするよ。彼女はやってないと思う』


『朝比奈さん、どこも怪我してない? 大丈夫?』


 掲示板の件で冤罪をかけられたときの話だ。理不尽に追い詰められていたとき、屋上にやってきた暁が朝比奈の窮地を救ってくれた。あのときから、朝比奈は暁にすごく感謝の念を抱いている。いつかこの恩を返したいと、あのときはそう思っていたはずだ。


「......じゃあ」


 もう北条との恋は終わった。気持ちもとっくの昔に切り替えてある。

 

 今はまだ目の前の男の子のことを、好きでも嫌いでもない。だけれども、こうして誘われて、自分の心臓はおかしくなりそうなくらいドキドキとしてるし、不思議と胸も強く高鳴っている。


 まだ何も、相手のことも、自分の気持ちも何もわからないけれど、その答えを知るためにまた少し勇気を出してみてもいいんじゃないかなって、そう思えた。


 だから――、


「部活、終わってからでいい? それまで待ってくれるなら......いいけど」


「ほんとっ? やった、ありがとう朝比奈さん。じゃあ玄関で待っとくよ」


「う、うん。分かった。でも六時くらいまで待たせるけど、いいの?」


「うん。全然大丈夫。頑張ってね、部活」


 そうして今日の放課後、一緒に帰宅することが確定した暁と朝比奈。その一部始終を見届けた庵と琥珀は、お互い目を見合わせて驚きを共有し合った。


 

暁は庵が琥珀と一緒に弁当を食べるようになったから割とさみしく感じてます。

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