◆第200話◆ 『恋愛感情ゼロの物語を終えて』
数週間後。
琥珀は病院でのリハビリ生活を終え、一時はとんでもない大怪我から、無事に日常生活に支障をきたさないレベルまで回復に至った。まだ包帯は外せないが、大きな運動さえしなければ痛みもないらしい。とはいえ、病院の先生からはまだまだ安静にと言われている。
さて、今日は琥珀の退院祝いということで、とある場所に庵と琥珀の二人で訪れていた。夕暮れ時、二人は目的の地に訪れて、そのお目当ての巨大な遊具に目を輝かせる。
「――いやでっかいな。これは俺でもちょっと怖いわ」
「でもでも、てっぺんまでいったら絶対すごい絶景ですよ。早く乗りましょ」
首を大きく上に傾けなければ視界に入り切らない、巨大建造物。遠くから見ても十分巨大だったそれは、近くで見ればもう圧巻の一言だ。
「観覧車とか私、小学生以来です!」
そう、庵たちがやってきたのは巨大観覧車のある公園。
はしゃぐ琥珀に腕を引っ張られ、二人は足早に受付まで向かっていった。
***
千円というまさかの高額料金を払い、赤いゴンドラに乗り込んだ二人。荷物を置いてから、硬い座席に向かい合わせに座る。すると、何故か目が合って、お互い笑みがこぼれてしまった。
「16分で一周するらしいですよ。結構長いですよね」
「長いな。どんぐらいの高さまで行くんだろうな」
「どうなんでしょう。すっごく大っきい観覧車ですからね。私と庵くんが住んでる町も、てっぺんに行けば小さく見えるかもしれませんよ」
「確かに。じゃあ俺琥珀のマンション探すわ」
「じゃあ私は庵くんの家探します。どっちが先に見つけるか勝負ですね」
乗って早々に、お互いの住む家を見つけるゲームが始まった。琥珀の住む家はマンションで、庵は一軒家。なので建物の大きさ的に琥珀の方が少し難易度が高そうだ。だけれど琥珀は視力が庵よりも断然良いので、意外にも良い勝負だったりするのかもしれない。
「わ。見てください。さっきの受付の人がもう、あんなに小さくなってますよ」
約三十秒が経過しただろうか。窓を覗くと、庵よりも断然背の高かった大人が顔も見えないほどに遠ざかっている。これでも十分高所なのに、まだまだ上に行くというのだから驚きだ。
「ほんとだ。まだ乗ってちょっとなのにな」
「てっぺんに着くころにはごま粒みたいになってるんじゃないですか」
琥珀のごま粒という例えに、庵は少し笑ってしまう。すると「何笑ってるんですか」と怒られた。
「あ、そういえば琥珀。今日高校から連絡来てたの見た?」
ふと、庵は今思いだしたことを琥珀に訪ねてみる。
「え、見てないです。なにか来てたんですか?」
「来週の月曜から学校再開だってさ。またいつも通り、一限から七限まで始まるって」
「えっ。ほんとですか」
「うん。ほんとほんと」
甘音の一件で数週間休校になっていた庵たちの高校だが、それも今週までで終わり。来週から学校再開するという連絡が全生徒に届いていたのだ。
琥珀の耳にはまだ届いていなかったようで、目を丸くして驚いている。
「いやぁずっと休校でよかったんだけどなぁ。また朝早くに起きないといけないのだるすぎだって」
「それは庵くんが早寝すれば良い話ですよ」
「それができたら苦労しないんだよなぁ」
琥珀に正論をぶつけられるが、夜ふかしが常態化した庵にとってそれは不可能な話。そういえば前にもみのりに同じようなことを言われたのを庵は思い出し、一人苦笑する。
「でも、来週からですか......」
庵の話を聞いて、少し複雑そうな顔をする琥珀。それに気づいた庵は首をかしげた。
「琥珀も学校始まるの嫌?」
「嫌っていうわけじゃないんですけど、多分学校の人みんな私のニュース知ってるじゃないですか。だから、なんか変な目で見られないかなって、ちょっと心配なんです」
「あぁ、そっか。そうだよな......」
琥珀の言葉に納得がいった庵。。
実名報道はされていないとはいえ、ニュースでも大々的に取り上げられた今回の事件。その一番の関係者が甘音と琥珀なのだ。火のないところに煙は立たないということわざがあるように、どこから情報が漏れたのか、一部の人間には琥珀が被害者だということが既にバレている。
それにこれは琥珀だけの問題ではない。庵も校舎を屋上からカーテンで下る動画がXで拡散され、一時はとんでもない有名人になったのだ。立場としては庵も琥珀と然程変わらない。
「――庵くん。私、考えました」
「何を?」
さて来週からどうしようかと頭を悩ませ始めたとき、何やら思いついた琥珀が、指を一本立てて「ふふん」と可愛く口にしていた。
「来週からは、私と庵くんが付き合ってること、もう学校のみんなにオープンにしていきましょう」
「――え」
まさかの提案に間抜けな声を漏らした庵。対する琥珀は自分で言っておきながら少し恥ずかしかったのか、頬を赤らめている。
「きっとクラスの人は私たちのニュースのことでびっくりしていると思うんですけど、そのびっくりを私と庵くんが付き合っているっていう新しいびっくりで上書きするんです。これ、どうですか」
「......いやそれめっちゃ良いな。琥珀頭良い!」
琥珀の意図を理解し、思わず上ずった声が出る庵。琥珀も自慢げに口角を上げている。
今回琥珀が特に不安に感じていることは、学校で普段関わりのない人に事件のことについて色々と聞かれること。琥珀は、わざわざ他の人に広める必要のないことは広めたくないし、有名人扱いや目立つことは嫌いなのだ。
だからこそのこの作戦。クラスメイトの驚きを新たな驚きで上書きし、そして――、
「ふふん。それに、学校でも二人で居れば何があっても安心ですからね。庵くんのことは私が守ります」
そう、授業時間以外は常に琥珀と二人で行動する。二人で居れば、誰に話しかけられても怖くない。これがこの作戦の肝だ。
だが、一つだけ問題を上げるとしたら――、
「でも、付き合ってるの普通にバラしていいのか? 一応ルールでは二人だけの秘密だったはずだけど」
そう、付き合うときに決めたルール。そのルールの中の一つに交際関係は二人だけの秘密というものがあった。正直今更感はあるが、一応確認だ。
「いいに決まってます。もう隠す理由もないですし。というか、前も言いましたけどあのルールはもう忘れましょ」
「まぁ確かにそうだよな。分かった、もうあのルールは撤廃するか」
「はいっ。もう正真正銘カップルなんですから、私たちの好きにやっていきましょう」
ほぼ形骸化しているルールだったし、何なら最近は存在すら忘れかけていた。もう今となってはこの二人に必要なものではない。というわけでルールは撤廃。琥珀の微笑みとともに、何の枷もない交際関係が今日からスタートすることが決定する。
庵は、来週から琥珀という宝石級美少女との交際関係を堂々とオープンできることに内心大喜びした。憂鬱な学校も、これからはどんどん楽しくなっていきそうだ。
「じゃあ琥珀、さん! 月曜は一緒に学校行きましょう」
ルール撤廃ということで、早速庵がずっとしたかったことを少々の緊張を感じながら口にした。絶対に断られないのは分かってるけど、実際口にするのはとても緊張する。
「ふふ、なんでいきなり敬語なんですか。勿論、良いですけど」
「よしっ」
微笑みと共に、ずっと待ち望んでいた許可が下りた。絶対大丈夫と分かっていても嬉しくて、大げさにガッツポーズを取る。そんな庵を見て、琥珀は小さく笑っていた。
「ちゃーんと私をエスコートしてくださいね。庵くん」
「勿論。車道側は俺が歩くから安心して」
車道側を歩くのは彼氏の義務と思って口にしたら、笑われた。今日の琥珀はよく笑う。ちょっとご機嫌のようだ。
「――あ、そろそろてっぺんですよ」
話しこんでいる内に、庵たちの乗ったゴンドラは最高高度に達していた。窓から下を覗けばあまりの高さに鳥肌が立ってしまう。ただ、そこから広がる景色はまさしく絶景の一言だった。
「うわすっごい景色だな。俺たちの住む町どころか、その先の町まで見えるぞ」
「ほんとですね......私たち、あんな小さな場所に住んでるんですね」
町も海も山も、ここからだと何もかもがちっぽけに見えてくる。自分たちが普段あんな小さな場所で生きているなんて、なんだか信じられなかった。この世界は大きいようで、小さく。小さいようで、大きいのだ。
「あ、そういえば受付の人まったく見えませんね。ごま粒すら見当たらないです」
「琥珀のマンションも俺の家も、こっからじゃ見えるわけないな」
「ほんとですね。望遠鏡がなきゃ無理ですよこれ」
予想以上の高さに、最初話していた受付の人がごま粒になる説の検証と、お互いの家を見つける勝負もできなかった。だが、それはそれで面白い発見だ。
「――ぁ」
琥珀が体をよじり、窓の奥の景色をボーッと見つめている。そんな彼女の綺麗で端正な横顔に、庵は目を奪われた。
甘音に髪を切られてしまい、今はボブになった琥珀の髪型。セミロングのときよりも少し幼く見えるけど、それはそれで悪くない。素材が良すぎるから、琥珀はよっぽど奇抜な髪型でない限りなんでも似合う。
くりりとしたマリンブルー色の瞳、さらりとした美しい雪色の髪、華奢な体。本当、おとぎ話の世界から飛び出してきたかのような女の子だ。
「――私今、すっごく幸せです」
庵が琥珀に見惚れていると、突然琥珀がそんなことを口にした。
「それは俺もだけど......急にどうした?」
「ほんと、びっくりするくらい幸せで、これからもこんな生活がずっと続くって思うと、ワクワクが止まりません。でもやっぱり、頭の片隅に思っちゃうんですよね」
「――」
「私が、こんなに幸せになっちゃっていいのかなって」
声は明るいのに、どこか重みのある言葉を口にした琥珀。それを聞き、さっきまで美しく見えていた琥珀の横顔が、途端に儚く思えてくる。どう言葉を返したものか、庵は少し頭を悩ませた。
「あ。ごめんなさい。せっかく楽しい空気なのに、急に変なこと言っちゃって」
「いや別にいいよ。やっぱ、まだ悩んでるんだろ。北条と甘音のこと」
「......そう、ですね」
そうだろうとは思っていた。星宮琥珀は、恐ろしいくらいに心優しい少女だ。それだけに、自分の過去の行いが北条と甘音の人生を狂わしたのだから、琥珀はそんな自分を許せないのだ。
「......」
庵は、琥珀に「仕方のないことだった」「どうしようもなかった」と割り切ってもらっていたい。でも、琥珀がそう簡単に割り切れるような女ではないことを庵は他の誰よりも知っている。
「最後甘音さんは私に、いつまでも私と北条くんのこと覚えてちゃだめだよって言いました。でも、やっぱり無理なんです」
「――」
「あんな結末になっちゃたのは、結局私の責任なんですから」
何度も、何度も繰り返すが、すべての始まりは琥珀がエメラルドを傷つけてしまったこと。信じ難い話だが、エメラルドを傷つけた時点で、琥珀が壊されるか、北条が負けるかのどっちかの未来しかありえなかった。
庵だって過去に、悪意もなく無意識に人を傷つけた経験はある。庵だけじゃない。誰だって、無意識に人を傷つけてしまうことはあるはずだ。琥珀も同じ。ただ、誰でも踏んでしまう地雷が、琥珀の場合は最悪にも大型地雷だったのだ。
「琥珀の責任でもあるけど、北条の責任でもあると俺は思う」
「......え?」
「一般論で考えて、北条も甘音も琥珀に復讐をするならやり方を間違えてる。いくら琥珀に馬鹿にされたからって、いじめや殺人が肯定されるわけないだろ。琥珀のやったことと、それに対して北条たちがやったことは釣り合ってない」
庵は至極真っ当な話をした。でも、琥珀の表情は晴れない。当たり前だ。琥珀だってそんなことは分かってる。相手はやりすぎたけど、それでも原因を作ったのは自分。だから悩んでいるのだ。
「言いたいことは、分かります。でも結局、元をたどれば私なので......」
「琥珀が悩んでることは一生結論が出ないことだよ」
弱々しい声をする琥珀に、庵はビシッと一言言ってやった。そして、いつもは恥ずかしくて目を逸らしてしまうマリンブルー色の瞳を視界の真ん中に捉え、絶対に逃してやらない。体を硬直させて動揺する琥珀に、庵は頭に思っていることをそのままぶちまけた。
「もう、北条の暴走は琥珀にも俺たちにもどうしようもなかった。琥珀は認めたくないと思うけど、俺は何回でも言う。もうどうしようもなかったんだよ」
「――」
「これからも琥珀の過去の過ちは消えないし、たまに夢にだって出てくるかもしれない。でも、それもどうしようもないんだよ」
そう、結局悩んだってどうしようもない。変えられるのは未来だけで、過去は変わらない。庵はそれを琥珀に認めてもらって、やっぱり納得してほしかった。
「だったら、琥珀が今からできることはあのときああしていればって後悔することじゃなくて、自分がしてきたことに向き合うことだろ」
「向き合うって、どうやって向き合えばいいんですか?」
「えーと、そうだな。例えばだけど、毎朝起きたら腕立てするとか、週末はお墓参り行くとか、反省の意味を込めてなにかするんだよ。自分の中で納得のいくやり方を見つけて、向き合っていくんだ」
「......」
「俺は、琥珀には後悔してほしくなくて、前を向いて向き合ってほしい。琥珀は何も間違ってないから」
琥珀がどこまで理解してくれるかは分からないけど、庵なりに精一杯考えて持論をぶつけてみた。後悔をずっとするくらいなら、せめて真っ当に向き合えという、前向きな思考。この考え方が今の琥珀には必要だと思ったのだ。
「――そうですね。ずっとうじうじしてるより、前を向いて向き合わなきゃですね」
数秒悩んだ末、庵の話に理解は示してもらえた。琥珀の顔が若干晴れたことに、庵は胸を撫で下ろす。そしてこの話をする前から決めていたことを、庵は口にした。
「そうだよ。俺も一緒に琥珀の責任を背負って向き合うから」
「え? なんで庵くんも?」
琥珀が少し驚いて、首を傾げる。
庵はちょっとだけ胸を張ってその理由を堂々と口にした。
「そんなの、俺が琥珀の彼氏だからに決まってるだろ」
自信満々に言っておきながら、言ったあとに「ちょっと痛かったか」と後悔しそうになった庵。
でも、それを聞いた琥珀は最初ぽかんとした表情をした後、すぐにクスリと笑って――、
「ふふ。――ほんと、私の彼氏が庵くんで良かったです」
「お、おお。そう言ってもらえて嬉しい」
急に心臓がどきりとすることを言ってくれるので、ちょっとたどたどしい返事をしてしまう庵。せっかく直前にかっこつけたのにこれじゃ台無しだ。やっぱり琥珀の可愛さの破壊力にはまだ慣れない。
「なんか、うまく丸め込まれちゃいましたね。庵くん恐るべしですよ」
「丸め込むってなんか言い方悪いな。俺は琥珀の間違いを正しただけだから」
「さっき琥珀は何も間違ってないって言ってませんでしたっけ?」
「それはそれ。これはこれ」
「ふふ。じゃあ、これからは庵くんの言う通り、しっかり向き合っていきますね。......ありがとうございます。本当、庵くんの言う通りですね」
「いいよ。分かってもらえて良かった」
何はともあれ、琥珀の悩みを解決とまではいかなくとも、解決の仕方を提示し、納得してもらうことには成功した。どう向き合っていくかはまだ決まってないけれど、それはこれから庵と琥珀の二人で決めることだから安心だ。それに庵は、琥珀が納得するまで、おじいさんになっても付き合い続ける心構えである。
「――はい。庵くん」
すると琥珀が突然、庵に向けて手を伸ばしてきた。
「えっと?」
「これからもよろしくお願いしますの握手です」
「あぁ、なるほどなるほど」
意味を理解し、一度ズボンで手汗を拭う。それから琥珀の手を恐る恐る掴んだ。冷たくて、白くて、小さな手。手まで可愛いとは、さすが宝石級美少女である。
「琥珀の手はちっちゃいな」
「庵くんが大っきいんですよ」
なんて些細なことで笑い合ってから、握手は解けた。庵の手にはまだ、琥珀の手の感触が残っている。それは琥珀も同じだろう。当たり前のことなのに、それがなんだかとても嬉しかった。
「あ、そうだ。ずっとやろうと思ってたことがあってさ、それ今していい?」
「ずっとやろうと思ってたこと? なんですか?」
庵は思い出す。琥珀とこれからも交際関係を続けていくにあたって、一度どこかで区切りをつけようと考えていたことを。勿論、別れるとかそういう悪い意味ではない。では何か。
「俺たちが付き合ったのって、恋愛感情ゼロの状態だったし、俺がしたのって今更だけど告白って言えるのかなってずっと考えてたんだよ」
「あー懐かしいですね。確かに、私たちの交際関係の始まりって”普通”ではなかったですね」
今思えば懐かしい、庵と琥珀の始まり。警笛が鳴っているのに、琥珀が気づかず線路の内側まで歩き、危うく死にかけるところを間一髪で庵が救った。すると琥珀が突然家にやってきて、お礼をしたいと言い出し、庵が琥珀との交際をお願いして、恋愛感情ゼロの交際関係がスタートしたのだ。
つい最近会ったばかりの知り合いですらない他人同士だったのだから、お互いに恋愛感情がないのは当たり前。それなのに交際関係に至り、今にまで至ったのがこの二人。
「だからさ、一回仕切り直しっていうか......もう一回、今度こそ本当の告白を俺は琥珀にしたい。恋愛感情ゼロじゃない、恋愛感情100の状態で」
「――え」
「今はもう、俺は琥珀のことが好きで、ずっと一緒に居たくて、これからも隣にいてほしい。だから、琥珀も俺と同じ気持ちなら、今から俺の言うことに答えてください」
もう、今の二人の関係は昔のものとは違う。一番の違いは恋愛感情ゼロではなく、恋愛感情100なのだ。だったら、恋愛感情ゼロの関係は終わりにして、恋愛感情100の関係に移行しなくてはいけない。
今からするのは、そのための儀式だ。
「ほんと、今更なんだけどさ――」
呼吸を整え、ぐちゃぐちゃとした頭に冷静を促し、まっすぐに星宮琥珀を見つめる。そして震える唇に、力をこめた。
「俺は、琥珀のことが好きです。――俺と、付き合ってください」
そう告白し、もう一度、今度は庵の方から琥珀に手を差し伸べる。大きく頭を下げたから、琥珀の表情は見えない。そしてなかなか返ってこない返答。沈黙が一秒、一秒と刻まれ続け、庵に心に焦りが生まれかける。
しかし次の瞬間――、
「うおっ!?」
伸ばした手がグイッと引っ張られた。そのまま体勢の崩れた庵は、良い匂いがして柔らかな感触にダイブする。そして、温かな腕が庵の背中に優しく回され、幸せな感覚に包みこまれた。
「はいっ。勿論です。これから、二人で沢山幸せになりましょうねっ! 庵くん!」
「――あぁっ。そうだな!」
言葉だけでは表現しきれないほどの感情が声に乗って、庵の耳だけに確かに届く。そして、それに力強く頷いた庵。感動で涙をこぼしかけるのと同時に、これからはこの小さな温もりを絶対に守り抜くとそう決意する。
過去を振り返れば、楽しいことも、辛いことも、悲しいことも、投げ出したくなるようなことも本当に色々あった。そしてこれからも、琥珀との物語は波乱万丈に続いていくのかもしれない。もしかしたらまた同じような悲劇が訪れる可能性だってあるだろう。
でも、だからなんだ。二人には、沢山の苦難を乗り越えたからこそできた、誰にも引き剥がせない信頼と愛がある。庵と琥珀の前には、もう何が立ち塞がろうと無意味だ。
「もう、だいだいだいだい大好きです!」
ここにはもう、いじめられて心を闇に閉ざした少女や、沢山の後悔に押しつぶされそうになった少年はどこにもいない。そんな彼らがいたのは、前の恋愛感情ゼロの物語。
その物語は幕を閉じ、ここから先は、最強になってしまったカップルが新たな物語を紡いでいくのだ。
完結だけど、完結じゃないよ! ちょっと待って!
どうも作者のマムルです。最近はカフェで執筆作業することにハマっています。ちょっと前まではずっと自宅で書いていたのですが、なかなか筆が進まず、気分転換にカフェで一度書いてみたらあらびっくり。カフェの空気にあてられてか、カフェで執筆してる自分に酔ってるのか、めちゃくちゃ筆が進みます(理由が後者でないことを祈る)。お財布と相談ですが、今後はカフェで執筆することが増えそうですね。
前置きはこれくらいにして、ついに最終章・後編もこの第200話を持って終幕です。めっちゃ完結っぽい終わり方したし(頭痛が痛い的な表現)、というか考え方によれば完結と言えるのですが、完結ではありません。自分で書いておいて意味が分からないことを言ってますが、とにかく物語はまだ続きます。
どこかのあとがきで書いたように、ここからは数話、本編でやりきれなかったアフターストーリーを更新していきます。内容としては、星宮の親の話だったり、最終章でほとんど出番のなかった愛利や秋にスポットを当てた話を書いていこうかなと、そう考えています。そしてそんなやり残したことをすべて書き終えた後、真の最終話を更新してようやく完結という流れですかね。
なので、おそらく完結は10月中になるのかなと、そう予想しています。まぁアフターストーリーそんなに長くはやらないはず......なのでね。まさか11月になるなんてことは、ないと思います。はい。......はい。
他にもまだまだ書きたいことはあるんですけどね、まだ最終話ってわけではないですし、本当に語りたいことは真の最終話の方に沢山載せさせてもらいます。ちなみに最終章の補足とか解説を書いた活動報告を後ほど掲載するので、気になる方は見てみてください。ここのシーンはこういう意味だったんだと、理解度が深まると思います。
では、あと残り僅かな時間ですが『宝石級美少女の命を救ったら付き合うことになりました』を最後までよろしくお願いいたします。




