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宝石級美少女の命を救ったら付き合うことになりました  作者: マムル
最終章・後編

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◆第198話◆ 『悲しみに暮れたその先へ』


 高校一年生の2月5日。いや、日を跨いだから2月6日。ホージョーくんの星宮ちゃんを殺すという計画は失敗に終わった。


 敗因としては、まず第一に朝比奈ちゃんの裏切り。次に星宮ちゃんの諦めの悪さ。そして、ワタシのよく知らない金髪ギャルの子や、黒羽くん、小岩井ちゃんが邪魔しにきたこと。最後に天馬くんの根性ってところで、ホージョーくんは圧倒的有利な状況から大敗北をした。


 これにはさすがのワタシもがっくしときちゃったよ。ようやく、ようやくホージョーくんの願いが叶う後一歩のところまで来たのに、その最後の一歩が届かなかった。ほんと、運命って残酷だよね。


 これでホージョーくんの願いが叶う日はまた遠くなっちゃった。だって、ホージョーくんは警察に捕まって、これから少年院に連れていかれるから。そりゃそうだよね。殺人未遂してるんだもん。言い訳しても目撃者は沢山いるし、なんなら星宮ちゃん以外の被害者も沢山だからさ。


 まぁでもね、ワタシは待つよ。ホージョーくんが帰ってくるまでずっと待つ。すっごく寂しいけれど、何年でも待ってみせる。なんとなくこうなっちゃう気は前々からしててさ、心の準備は割とできてたんだよね。だから、ワタシは大丈夫だよ。


 ――だって、ずっとずっと一緒って約束したもんね。



***



「――もう、俺たちの関係は終わりにしよう。アヤ」


「え?」 


 2月6日。みんな揃って病院行きになったあの日。ワタシはホージョーくんに呼び出された。

 そして開口一番に告げられた一言。その突然すぎる内容に最初は何も理解ができなかった。


「終わりって......どういうこと? 意味が分からないよ」


「特別支援学級から続いていた、俺たちの約束。俺がお前の病気を治す手助けをして、お前が俺の復讐の手助けをする。今日までその目的の達成目指して色々やってきたわけだが、その関係を終わらせようって言ってるんだ」


「......え? 急にどうしたの? ホージョーくん」


 きっと、ワタシにちゃんと意味が分かるようにホージョーくんははっきりと説明してくれた。でも、やっぱりワタシには理解できなかった。理解できるわけがなかった。

 

 約束を終わらせる? 何を言ってるの。どういうことなの? 突然、なんでそんな意味不明なこと言っちゃってるの?


「――お前も、ずっと前から分かってただろ。俺がお前の病気を治せないって。俺がアヤにしてあげられることは何もないんだよ」


「そっ、そんなことないよっ。だってワタシ、昔と比べたらめちゃくちゃ元気になってるじゃんっ。これは全部、ホージョーくんのおかげなんだよ? 忘れちゃったの?」


「俺はお前に何もしていない。アヤの病状が良くなったのは......そうだな。ただ運が良かっただけだ」


「......いやっ。いやいや、何言って、るの」


 今までのワタシたちの頑張りを冒涜するかのような、ひどい言葉。ワタシは今何も分からないのに、なんで一人で分かった気になってるの。


 ホージョーくんが星宮ちゃんを殺すのをワタシが手伝って、ワタシの病気を治すのをホージョーくんが手伝う。この関係性をワタシたちは約十年続けてきた。そう、十年。

 それを今ホージョーくんは、俺は何もしていない、ワタシの病状が良くなったのは運が良かっただけって、鼻で笑ったんだ。ほんとに、信じられないよ。まさか今更、この関係性を根本から否定されるなんて思ってもいなかった。


「俺は俺の目的のためにアヤに手伝わせているのに、俺は何も対価を支払えていない。それは不公平だろ」


「そんなことない。そんなことないよっ。か、仮にさっ、ホージョーくんがワタシに何もしてあげられてないとしても、それでもいいの! ワタシは、何の見返りもなしに、ホージョーくんの手伝いをする! ホージョーくんが星宮ちゃんを殺すまでずっと手伝うよ! だから、だからさ――っ」


「もう、アヤはいいんだ。――ここでお別れだ」


 聞く耳すら傾けてもらえず、冷たい言葉で突き放された。


 見返りもいらずに手伝うって言ってるのに、なんでそれすらも拒否するの。ワタシは不公平でも全然気にしないのに、なんで分かってくれないの。十年も一緒に居て、なんで今のワタシの気持ちが分かってくれないの。


「なんで、なんでそんな急にワタシを突き放すの!? 昨日までワタシたちずっと、ずっと一緒に頑張ってきたじゃん! ワタシ、何かしちゃったかな? ワタシが昨日、全然ホージョーくんに役に立てなかったことを怒ってるの? それとも他のこと? ねぇ、教えてよっ! 急にそんなこと言われても納得できないからっ」


「......」


「急にそんなこと言われたら、ワタシ泣いちゃうよ......」


 一方的に関係を終わらせるなんて言われても、当然はいそうですかなんて納得できるわけがない。まあ理由を言われてもワタシは納得しないけど、それでもまずは理由が聞きたかった。それが聞けないと、このままホージョーくんに無理やり丸め込まれちゃうから。


 ワタシの叫びに、ホージョーくんの顔が僅かにひきつっている。ワタシの言葉はホージョーくんの心に届いていた。

 でも、それ以上にホージョーくんの覚悟の方が強かった。


「俺は、お前の人生を壊したくないんだ。俺がこれから少年院に入って、出所して、また星宮を追い詰めるとして、それまでに後何年かかる。アヤは、それまで俺を待ち続けるのか? お前は俺のために人生を棒にふるうのか?」


「うんっ。待つよ、待つ。ワタシはいつまでもホージョーくんを待つよ。ワタシは、ホージョーくんのために人生を捨ててもいい」


 きっと今の言葉でホージョーくんはワタシを納得させようとしたんだろうけど、そうはいかない。ワタシは即答でホージョーくんの問いにイエスと答えた。それに、これはその場しのぎの嘘でもなんでもない。紛れもないワタシの本心だ。


 ワタシの答えに、ホージョーくんは数秒目を閉じ、何事か考える素振りを見せて、改めてワタシと目を合わせた。


「――俺は、星宮が嫌いだ。なんでかって言ったら俺の人生をめちゃくちゃにしてくれたからだ」


「――」


「ここで俺がお前を突き放さなきゃ、お前はずっと俺のために人生を費やす。それは俺がお前の人生を壊すのも同然だ」


「え。いや、それはちが――」


「違わない。俺が星宮にされたことを、お前にするわけにはいかない。――今ならアヤはまだ引き返せる」


 おそらくね、これがホージョーくんがワタシを突き放した一番の理由なんだと思う。でもワタシはこれを聞いて、ワタシを突き放すための、自分に都合のいい綺麗ごとにしか思えなかった。


 それにホージョーくんは何も分かってない。だってもう既にワタシの人生はホージョーくんのせいで良い意味でも悪い意味でもめちゃくちゃじゃん。天馬くんにも恨まれて、星宮ちゃんに嫌われて、ホージョーくんの人殺しに加担して、こっからどうしろっていうの。


 今、ここでワタシだけ突き放されちゃったら、ワタシは何を道しるべに生きたらいいか分からなくなっちゃうよ。


「だから今日でお別れだ。もう俺に二度と関わるな。俺もアヤに二度と関わらない。俺は俺の道を歩む」


「ま、待って。待って!」


「お前は可愛いし、優しいし、一緒に居て落ち着くし、良い女だよ。早く俺以外の男を見つけて、お前だけは幸せになってくれ。俺は地獄に墜ちるから」


「だから待ってって言ってるじゃん。まってよ。そんな、一方的に言わないで。ワタシの話も聞いてよ。なんでそんなに焦ってるの!」


「じゃあな。今まで沢山苦労をかけて悪かったな」


「まっ――いたっ」


 伸ばした手をホージョーくんは乱暴に振り払って、ワタシの前から姿を消した。最後はワタシは喋らせてすらもらえていない。あまりにも一方的で、無理やりで、自分勝手すぎる。


 一人取り残されたワタシはその場に立ち尽くして、小刻みに震える自分の手のひらを何の意味もなく眺めていた。

 若干汗で滲んだ、ワタシの小さな手。今、この手はずっと先の未来まで大切に抱えていこうとしていたものを手放してしまった。それは目に見えるものではないし、触れられるものではないけれど、確かに手放したという事実だけは脳が理解していて、じわじわと心が締めつけられてくる


「―――っ」


 ワタシはその場で大泣きした。呼吸が苦しくなって、何度もむせちゃうくらい泣いた。文字通り、血を吐くほどに苦しんだ。


 ホージョーくんはワタシの人生を壊したくないって言った。でも、今ホージョーくんがワタシにしたことが一番ワタシの人生を壊してるんだよ。

 あの日、二人で誓い合った約束。そんなこと、正直言ってどうでもいいんだよ。ワタシの病気なんて別に完治しなくたっていい。星宮ちゃんだって殺されなくたっていい。


 ただ、ワタシとホージョーくんがずっと一緒に居る口実にだけなってくれればそれで良かったんだ。


「――」


 ねぇ、なんで分かってくれないの。

 ワタシに本当の友達なんて一人もいないよ? ホージョーくんが作れっていうから、無理して作っただけなんだよ。ほんとはワタシの時間は全部、ホージョーくんに捧げたいんだよ。

 誰のために可愛くなる努力を沢山してたか知ってる? 全部、ホージョーくんのためなんだよ。他の男子のためなんかじゃないんだよ。

 暗闇からワタシを救い出してくれたのは誰か覚えてる? ホージョーくんだよ。ほぼ寝たきりのワタシに希望を、可能性を見せてくれたのはホージョーくんなんだよ。


 なんでワタシがここまでホージョーくんに尽くしているのか知ってた?

 ホージョーくんが大好きで大好きで仕方ないからなんだよ。


「――ワタシ、ホージョーくんが居ない世界なんて生きたくないよ」


 ワタシの世界からホージョーくんが消えるなら、さっさと死んだ方がマシ。

 生きる意味がない。

 ワタシはホージョーくん以外の誰のことも好きじゃないし嫌いじゃない。ホージョーくんのためだから一般人を振るまえた社会不適合者。


 こんな女、もう生きてても意味ないじゃん。


「......」


 ――たまに、思うんだ。


 もしワタシがホージョーくんに、星宮ちゃんへの復讐なんかもうやめよって言えたら、みんなハッピーエンドを迎えられたんじゃないかって。


 まぁ、そんな世界線が実現する可能性はもうなくなっちゃったけどね。


「――ホージョーくんがその気なら、もういいよ。終わりにしよっか。来世なら、仲良くできるよね」


 ホージョーくん、ワタシの久しぶりのわがままを許してください。



※ ※ ※



 窓を外から割って入り、宝石級美少女の命を救うことに成功した庵。しかし、入った室内には想定していない惨状が広がっていた。


「さっきから甘音さんの様子がおかしいんです! 口から血を沢山吐いてて、今にも死んじゃいそうなんですよ!」


 椅子に縛り付けられている、傷だらけの琥珀が叫んだ。琥珀だってとんでもない傷の深さで重傷を負っているのに、自分のことよりも甘音の心配をする琥珀。そんな彼女含め、苦心して辿りついた現場に庵は困惑した。


「......なんで、こんなことなってんだよ」


 庵は琥珀を助けに来た。何故なら、甘音が琥珀を殺そうとしていたからだ。


 しかしいざ来てみれば、死にそうになっているのは何故か甘音の方だ。甘音は仰向けに倒れたまま、口の端から血をこぼし続け、意識があるのかどうかも分からない。琥珀の言う通り、確かに今にも死んでしまいそうだ。


「私は大丈夫ですっ。早く、甘音さんを助けてあげてください!」


 琥珀のどこが大丈夫なのか。琥珀の自慢の雪色の髪の毛は無惨にも切られ、両肩には深い刺し傷。そして一番の問題は未だにどくどくと流れている血。このままじゃ、失血死してもおかしくない。


 確かに今、命が一番危うそうなのは甘音だ。でも、甘音は庵たちの敵。庵の中の優先順位はどうしても琥珀になってしまう。一番大切な人をこのままほっとけない。


 でも、その大切な人は敵を優先しろと言う。


「琥珀も全然大丈夫なんかじゃないだろっ。それに、甘音を助けるったって......俺は、琥珀を!」


「庵くん!」


 庵が決めきれずにいると、琥珀に怒鳴られた。


 マリンブルー色の瞳が、庵に真剣に訴えかけている。庵は歯ぎしりした。こうして悩んでいる時間も勿体ない。今は一挙手一投足、一分一秒が問われる、非常事態。


 琥珀か、甘音か。


 果たして、一体どちらを優先すればいいのか。


「――っ」


 数秒の思考の末、庵は決断をした。

 そして瞬時に床に転がるガラスの破片を拾い上げて、琥珀の元に駆け寄る。


「庵くん! 私は大丈夫って言ってるじゃないですか!」


「分かってる。それでも、最低限のことはやらせてくれ!」


 琥珀は庵が自分の言うことを聞いてくれなかったショックで声を荒げるが、庵はそれに対して聞く耳を持たない。

 庵には無理だった。このまま琥珀を放置したまま甘音の元に駆け寄るなんて。だけれど、琥珀の気持ちを無碍に扱ったりするつもりもない。


 庵はまず、手に持った窓ガラスの破片で琥珀を縛るロープを断ち切り、拘束から解き放った。それからポケットに入っていたハンカチを少々乱暴に琥珀に渡す。


「それで傷押さえといて。俺は、甘音の方に行く。琥珀はそこでジッとしとけよ」


「......あっ」


 琥珀とのやり取りはハンカチ渡すまで含めて約30秒。無駄な時間はできる限り最小限に留めて、庵は甘音の所へ向かった。


「甘音! おい甘音! 俺の声が聞こえるか?」


 甘音の元に駆け寄り、庵はまず甘音の肩を揺らした。すると、虚ろな瞳が僅かに庵の方に向いたような気がして、庵はごくりと息を飲む。甘音の血まみれの手が、かすかに動いた。


「......天馬くん」


 声がかすれて聞き取り辛かったが、確かに甘音は庵の名前を呼んだ。


「――っ。そうだよ。俺だよ。甘音は、大丈夫か?」


「ワタシの心配じゃなくて......星宮ちゃんの心配しなよ。ワタシは......天馬くんたちの敵、でしょ?」


「琥珀がお前の心配をしろっていうからしてるんだ。それより、そんな血吐いて、どうしたんだよお前!」

 

 息絶え絶えに、一本の千切れかけの糸で繋いでいるかのような意識で、甘音の唇が静かに言葉を紡ぐ。先ほどまでは狂気に満ちていたはずの彼女の顔は、今ではどこか安らかなものに変わっていた。それはまるで、今にも命を溢してしまいそうな儚さだ。


 そんな人間を目の前にして、庵は何をしてあげればいいのか分からなかった。分からなくて、心臓がばくばくとして、よく分からない汗が沢山吹き出くる。唐突な無力感が全身を駆け巡り、胸が苦しくなった。


「ワタシのことは構わなくていいよ。もう、死んじゃうからさ」


「はぁ!? 何言ってんだよお前! 死なせるかよ! お前には、聞きたいことが沢山あるんだっ。勝手なこと言ってると怒るぞ!」


「ふふっ、天馬くんの嫌いな女の子が今にも死んじゃいそうなんだからさ......もっと喜ぼーよ」


「何......何言ってんだよお前!」


 こんな大変なときに、まるで軽口を叩くくらいのノリでとんでもないことを次々と口にする甘音。こっちは本気で心配しているのに、相手と気持ちが嚙み合っていない。そのせいで余計どうすればいいか分からなくなった。


「――」


 頭をひねれ。考えろ。保健の授業を思い出せ。今までの経験を思い出せ。


 相手がまともに会話を取り合ってくれなくて、しかも原因不明の吐血で死にかけている場合、どうしたらいい。――いや、どうしたらいいもくそもない。こんな特殊な状況、医師でもない庵がいくら対処法を考えたって無駄だ。


 なら、過去の経験から――、


「――薬っ。甘音、薬はどこだ! お前、不治の病で薬を毎日飲んでるんだろ? その薬を飲んだらよくなるんじゃないか!?」


 思い出した。

 確か、庵が甘音とプリクラを撮って一緒に帰宅したあの日。甘音が庵の目の前で突然発作で倒れてしまったことがる。そのときは確か、甘音が薬を取り出し、それを服用した途端に症状が治まって何事もなく解決していたはずだ。

 

 今回の場合は前と症状が違いすぎて、すぐには思い出せなかったけれど、もしかしたら今回は症状が深刻なだけであの時と同じ状況なのかもしれない。もしそうなら、甘音が常備している薬が有効なはずだ。


「薬は......持ってないよ。というか、もう一週間は......飲んでないかな」


「......は?」


 希望の兆しが見えたと思ったら、すぐに白紙に塗り替えられ、そして更なる爆弾発言が飛び込んでくる。

 甘音が服用している薬は、確か毎日飲まなくてはいけないもの。それは、他ならぬ甘音から聞いた話だ。

 それを飲んでいないとなると、きっと大変なことに――いや、すでにその代償は起きているのか。


「薬飲んでないから、今ワタシ、死にそうになってるんだよ? 天馬くん」


 庵の嫌な予想は、甘音の言葉によって確定する。

 今甘音の身に引き起こされている症状は、たまたま今起きてしまったものではなく、起こるべくして起きた症状というわけだ。それ即ち、甘音は自らの選択でこの状況に陥ったということ。


「なんでっ、なんで薬飲まないんだよ! 甘音は、死にたいのか?」


「うん。そう。死にたいの。琥珀ちゃんと一緒に、消えてしまいたかった」


「――っ。なんで!」


 否定してほしい問いかけを肯定されてしまい、庵は激しく表情を崩す。声を荒げる庵に対し、甘音は僅かに口角を上げて――、


「ワタシはね、ホージョーくんがいない世界を生きたくないの」


「北条って......」


 北条。耳にタコができそうなほど聞いた名前だが、今でもその名前を聞くと庵の心臓は飛び跳ねる。


 庵の認識では、甘音は北条の相棒のようなイメージで、恋人でも友人でもない特別な関係――強いて言うならばビジネスパートナーのように見えていた。無論、これはあくまで庵の推測であり、北条と甘音の関係性について庵は何も詳しくない。


 ただ、北条がいない世界を生きたくないということは、甘音は北条のことが好きだったのだろうか。しかし、その推測でいくと、庵たちがしてきた考察と矛盾する。


 それは――、


「――お前が、北条を殺したんだよな。甘音」


「うん。そうだよ」


 即答。庵の問いかけに、甘音は何の躊躇もなく頷いた。


「......」


 やはり、犯人は甘音だった。祝勝会でした考察通りというべきか、庵はここに特段驚きを感じない。というか消去法で甘音以外の選択肢がなかったのだ。


「......でも」


 これで北条を殺した犯人が判明したわけだが、また更なる謎が生まれてしまう。今、甘音が出した答えは矛盾の肯定。北条がいない世界を生きたくないというのに、北条を殺したのは自分という意味不明な事実が残ったのだ。


「なんで殺したかなんて......話さないからね。それは......ワタシだけの秘密だから.....かほっ、けほっ。げぇっ」


「甘音っ!」


 これ以上は話さない。そう言おうとした甘音の口から、大量の血が飛び散った。庵は甘音の血を制服にダイレクトに浴びて、そのあまりの出血量に驚愕する。素人目でも分かる、完全なアウトラインだ。


 これでもう、呑気に会話なんかしている場合じゃなくなった。


「救急車っ。救急車はまだかよ!」


 『星宮救出withカーテン大作戦』を決行する前に、みのりが救急車を呼んでくれていたはず。本当は琥珀のために呼んでいたのに、まさか甘音のために一刻も早い到着を願うことになるなんて思いもしなかった。

 

 目の前で苦しむ甘音に、庵は自分にできることを探す。仰向けだと吐いた血が逆流して呼吸が苦しそうだったので、とりあえず体の向きを横にしてみた。だけど、こんなのただの気休め程度にしかならない。


「げほっ、かほっ......もう、いいよ、天馬くん。ワタシの体は......さ、ワタシが一番分かってるから」


「何勝手に諦めてんだよっ! まだだっ。何か俺にできることがあるなら何でも言え! 何だってするから!」


「.......ふふ、天馬くんは優しいなぁ」


「馬鹿言ってんじゃねぇよ!」


 何かできることがあるならしてあげたいのに、それをしてあげられないやるせなさ。さっきまで腸が煮えくり返りそうなほど苛立っていた相手なのに、もうそんな激情は一ミリたりとも湧いてこない。過去のことなんてどうでもいいから、今はただ、目の前の女子を救ってあげたかった。


「馬鹿なこと、言うなよ......」


 そんな絶望の最中、後ろからゆっくりと小さな足音が聞こえてくる。


「甘音、さん」


「はっ?」


 庵のすぐ傍から聞こえる、弱弱しい声。咄嗟に横を振り向くと、そこには痛々しい琥珀の姿があった。

 何故ここに。酷い傷を負っているから、今動いたら傷が開いて致命傷になりかねない。さすがの庵も動揺してしまい、琥珀に対して言葉を荒げてしまう。


「琥珀っ。ジッとしとけって言っただろ! 傷が開いたらどうすんだ!」


「ごめんなさい庵くん。でも、ちょっとだけ無理させてください」


 庵が強い語気で怒るも、琥珀は一言謝るだけで一切動じなかった。そこに彼女の強い意志のようなものを感じて、庵は次の言葉を失ってしまう。


「無理って......っ」


 その時、庵は琥珀の目尻に一粒の涙が浮かんでいることに気がついた。誰のために泣いているかなんて、そんなの聞くまでもない。マリンブルー色の瞳は確かに甘音アヤだけを映し、悲し気に揺らめいていた。


 庵は琥珀から視線を外す。そして、小さく歯を食いしばり、今は琥珀を信じることにした。


「星宮......ちゃん。彼氏くんが、怒ってる......じゃん。悪い子、だよ?」


「......」


 甘音の弱弱しくて今にも消え入りそうな言葉に、琥珀は顔を俯かせた。だけれど、すぐに顔を上げて、甘音の手を優しく握る。

 すると、甘音は僅かな握力で琥珀の手を握り返してくれた。


「――ごめんなさい。私が、エメラルドくんを傷つけていなかったらこんなことにはならなかったですよね」


 朝比奈が琥珀をいじめたのも、北条と壮絶な死闘を繰り広げたのも、甘音が今死にそうになっているのも、元をたどればすべて同じ場所に行きつく。すべての始まりは、幼稚園時代に琥珀がエメラルドを傷つけてしまったことが原因だ。

 琥珀の言葉に、甘音の顔が僅かにこわばった。


「謝らないで......星宮、ちゃん。星宮ちゃんが、ホージョーくんを、傷つけていなかったら、ワタシはホージョーくんと出会えなかった。ワタシは......星宮ちゃんに、少しは感謝してるんだよ。......まぁ、さっき殺そうとしてたんだから、信じてもらえないと思う、けどさ......げほっ。げほっ」


 甘音が琥珀の言葉を否定する。確かに甘音からして言えば、琥珀のおかげで北条と出会えたのも同然なので、感謝するのも分からなくはない。ただ、そんなのは結果論だ。

 琥珀があのときエメラルドを傷つけていなければ、甘音にも北条にも自分にももっと良い未来が訪れていたかもしれない。そんなこと考えたって仕方ないし、意味がないって誰もが分かっているけれど。


 そしてもう謝っている時間すらも許されない。甘音が更に血を吐き、教室の床に大きな血だまりができてしまう。もう、限界だった。


「甘音さんっ! もういいですっ。喋らせてごめんなさい。もうすぐ救急車が来るから、それまで頑張ってください!」

 

「分かって......たんだ。ワタシは、幸せになれないって。けほっ。かほっ」


「甘音!」

「甘音さん!」


「でもさ......ワタシは......けほっ、かほっ......これでも後悔はないんだ。琥珀ちゃんを、最後に殺せなかったのも、そういう運命って、受け入れてるから......けほっ」


 もういいって言ってるのに、どれだけ血を吐いても喋ることをやめない甘音。残された僅かな命が湯水のごとく減っていく。だというのに甘音は笑顔のまま表情を崩さなくて、本当にこの運命を受け入れているようだった。


「星宮ちゃん。今まで、沢山迷惑かけてごめんね。星宮ちゃんはワタシの分まで、沢山幸せになってよ。こんなにかっこいい彼氏くんがいるんだからさ。ワタシとホージョーくんのこと、いつまでも覚えてちゃだめだよ」


「何言ってるんですか! そんな最後みたいな......私はまだ、甘音さんと話したいことや聞きたいことが沢山あるんですよ!」


「天馬くん。大切な星宮ちゃんを沢山傷つけちゃってごめんね。ほんと、申し訳ないって思ってるよ。あ、そういえば天馬くんとの文化祭準備楽しかったなぁ。確か、モンクマだっけ? 一緒に作ろーって言ってたやつ。あれ、最後まで完成させたかったよ。めっちゃ、面白いアイデアだったしね」

 

「完成させたかったって......これからまた作ればいいだろ! なんでそんな一人で諦めてんだよ! 俺、許さねぇぞ!」


「あとは、朝比奈ちゃんにも伝えといて。ホージョーくんのこと裏切ったの許さないぞーハートって」


「――っ」


「でも、朝比奈ちゃんはワタシたちも沢山傷つけちゃったし、お相子か......ふふ、朝比奈ちゃんは素直で良い子だからなぁ。きっと、これから幸せになっていくんだろうな」


 甘音が、一人一人に言葉を残していく。力ない笑みと共に、それはゆっくりと行われた。


「――あぁ」


 甘音の体から力が抜けていく。くりりとした瞳が、重たい瞼と長いまつ毛に少しずつ隠されていく。呼吸の音が、途切れ途切れになって、どんどん浅くなっていく。


 庵はその様子に息を飲み、心臓が鷲掴みにされてるかのような錯覚を味わった。隣の琥珀も大きく目を見開き、甘音の手を強く握り返す。


「甘音さん!」

「おい! 甘音!」


「おめでとう天馬くん、星宮ちゃん。これで、完全にワタシたちの負けだよ。もう、二人に悪さする人はいないから、安心して幸せになってね」


 耳が聞こえていないのか、庵たちの呼びかけに反応がない。もう、痛みすら感じていないのだろうか。

 甘音は空いた片方の手を最後の力でゆっくり天井に伸ばし、小さく笑う。同時に、星宮と甘音を繋ぐ手が静かに床に落ちた。


 転がっていた甘音のスマホ。そのロック画面には北条とのツーショットが煌々と輝いていて――、



「ワタシも来世は、ホージョーくんと幸せになりたいな」


 

 そんな言葉が、甘音アヤの最期だった。

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― 新着の感想 ―
うわあ…北条に依存してる感じすごい好き。でもこれで本当に終わりかー早かったなあ…
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