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宝石級美少女の命を救ったら付き合うことになりました  作者: マムル
最終章・後編

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209/234

◆第197話◆ 『甘音アヤとエメラルド』


 ――ワタシは、生まれつき病気を持っていた。


 その病気というのが、全身の血管壁を作るタンパク質がほとんど作られず、血管が常に薄くて脆くて、少しの血圧変動や衝撃ですぐ破裂してしまうというもの。

 ワタシが抱えてしまったこの病気は、どうやら世界で前例のない珍しい病気らしくて、治す手段は一つも確立されていなかった。


『――先生! どうか、どうかお願いします。私の、私の娘を助けてください』


『いやぁ......勿論、最善を尽くすつもりではありますが、如何せん、娘さんの症状というのが私らでも本当に分からない、原因不明のものでしてねぇ......』


『じゃあっ、娘は、私のアヤはどうなるんですか!』


『......大変心苦しいですが、心の準備を少しずつ始めていただければと思います』


『そ...んな......』


 ワタシが泣いたり咳をしたり、少しでも刺激が加わると、目から、鼻から、口から、ありとあらゆる箇所から出血をした。特に泣いて出血ってのが致命的で、泣くのが仕事な赤ちゃんにとって、それはあまりにも辛い現実だったね。

 だからワタシは、産まれてすぐに余命宣告されたの。長くて一週間。早くて半日ってね。まぁでもなんやかんや一週間以上生きれちゃったんだけどさ。



***



 色々な病院の先生に診てもらい、ワタシの症状に近い病気の治療薬などを沢山試してみたところ、一つだけワタシの症状を一時的に抑えられるものが奇跡的に見つかった。


 でも、その薬というものが普通の家庭ではとても買うことのできない高価なものらしくて、しかも海外の薬で国内未承認ってやつなの。そのせいで保険が適用されなくて、薬の購入は全額自己負担になっちゃった。


『すまないな、アヤ。こんなお父さんでごめん』


『――』


 お父さんは、しばらくの間の養育費を家に残し、ワタシとお母さんと置いて夜逃げした。

 ワタシはお父さんの顔を覚えていないし、理由を聞く術もないから詳しい事情は分からないけど、多分ワタシと家族の将来を悲観してのことだと思う。




『――アヤちゃん。お母さん、どうしたらいいかな?』




 まだはいはいもできないほど幼かったのに、この記憶だけは今でもぼんやりと覚えている。ずっとずっと、お母さんがワタシの居る病院のベッドで、ワタシの手を握りながら泣いてるの。

 お母さんの親は既に亡くなっていて、頼れる親戚も少なくて、ワタシしかもうお母さんの涙を受け止められる人は居なかったから、毎日毎日ワタシのところに来て弱音を吐いてたんだろうね。


 でも、ワタシだけじゃお母さんの苦しみをすべて受け止めきることはできなかった。


『――』


 ある日を境にお母さんはワタシの居る病室に来なくなった。


 何時間待っても、何日経っても、何か月経っても、お母さんはやってこない。お母さんが来なくなってからワタシはよく泣くようになったらしく、泣くことが致命傷になり得るワタシに、病院は常に厳戒態勢を取るようになったんだって。


 本当、病院の人には沢山の迷惑をかけたと思う。まあ、その記憶は今じゃ全然残ってないけどね。でも、せめて、お母さんがもっとワタシに会いに来てくれれば、病院もてんやわんやにならなくて済んだんじゃないかなーって思ったけど......それは無理な話だった。


 だってお母さんは既に自殺をしてたから。



***



 それから数年後。ワタシは奇跡的に死ぬことはなく、何度も生死の境をさまよいながら、三歳にまで成長した。病状も時折波があるときがあるけれど、調子が良いときは一人で数歩歩けるくらいまでには改善された。ワタシを担当していたお医者さんは「奇跡だ」って言ってたらしい。まぁそうだよね。一時期は余命半日なんて言われてたからさ。


 まぁ生きれたのはいいとして、こっから問題は山積み。

 とりあえず大きな問題が二つ。ワタシの引き取り先と、お金の問題。


 一人取り残された病気のワタシは、親族が引き取ってくれるわけもなく、児童養護施設に預けられることになった。施設に預けられたワタシは、施設の人に付きっきりで日常生活のサポートをしてもらったらしい。まあでも、あのときの年齢だってだって大人の目が常についてなきゃだめだよね。その中でも特にワタシは、厳重に扱われていたの。


 そしてお金の問題。これは、意外にもなんとかなった。勿論国の制度とかを活用してお金はもらえたりしてたけど、主な収入源はクラウドファンディングだった。施設の人がワタシのクラウドファンディングを始めてくれて、世界に前例のない奇病の患者っていうのが多くの人の目に留まり、とんでもない額のお金が支援されたらしい。


 その支援のおかげで、ワタシは幼稚園に通えることになった。勿論、普通の子とは同じようには通えず、特別支援学級ってとこで過ごすんだけどね。


 ――それがワタシの運命の分かれ目。


 

 そこでワタシは、ホージョーくんと――いや、新開(しんかい)黄緑エメラルドくんと出会った。



***



 ――エメラルドくんがワタシと同じ特別支援学級にやってきたのは、年長の6月だった。


「――殺す! 殺す! 絶対、あいつだけは、星宮だけは......っ。ああぁっ!」


 エメラルドくんはいつも、幼稚園生とは思えない汚い暴言を吐きながら、壁にパンチを繰り返していた。でもすぐに疲れて、へなへなと床に倒れちゃうまでがセット。それからいっつも先生に「暴れないの」って叱られてる。


 そんなエメラルドくんの様子を、ワタシはいつもベッドの上からボーっと眺めていた。すごく乱暴そうな子だなーって思ってたけど、怖いとは思わない。だって見ててちょー面白いから。なんか一人で暴れてて、先生に叱られて、何してんだろって笑っちゃう。


 ワタシは基本的にずっとベッドの上で暇だったから、エメラルドくんが暴れているのを見るのは、暇つぶしにぴったりだ。


「星宮っ、星宮っ......!」


 そういえば、エメラルドくんはずっと”星宮”って名前を口にしていた。壁を殴る度に星宮、星宮って。だから最初は、殴ってる壁の名前が星宮? なのかなーなんて思ってた。


「――ほし、みや?」


 ワタシはこのときはまだ、エメラルドくんのことを何も知らない。彼がこの時から既に、蛇のようなおぞましい執念を抱えていたことも、何もかも、ね



***



 ――ある日、エメラルドくんが骨折した。


 理由は明白で、壁殴りすぎて折れちゃったらしい。それで散々先生に怒られて、泣いて、もう二度と壁を殴らないことを誓わされてた。

 正直、ワタシとしてはつまらない話だよ。何故なら、もうエメラルドくんの謎の暴走が見れなくなっちゃうから。ホージョーくんの壁殴り鑑賞はワタシの数少ない娯楽の中の一つだったので、これでまた一日が長くなっちゃう。


 あーあ、退屈だなぁ。ワタシも、エメラルドくんみたいに元気に動き回りたいなぁって、この頃はよく考えるようになったよ。


「――お前さ、俺の練習相手になってよ」


「え?」


 エメラルドくんが特別支援学級に来て一か月。ワタシは、初めてエメラルドくんに話しかけられた。そのとき、まさか話しかけられるとは思ってなかったから、頭が真っ白になってフリーズしちゃったのをよく覚えてる。だって、ワタシにとってのエメラルドくんはいっつも壁を殴ってる、ただそれだけの人。それは、テレビ越しでコントをしている人間を見てるのと同じ意味。だから、エメラルドくんに話しかけられたときは、テレビに居るはずの人間にテレビ越しに話しかけられたかのような感覚だった。


「え、えっと......」


「俺、星宮倒したいから。その練習相手になって」


「あ......星宮って壁の、こと?」


「は?」


「え、え?」


 大人の人以外との、初めての会話。正直、めっちゃ怖かった。というか、このとき星宮は壁の名前じゃなかったってことを知って、めちゃくちゃ混乱した。もうとにかく、いろんな感情がごっちゃ混ぜになったよ。


「というかお前、俺のとこ来いよ。なんでずっと布団にいるの」


 これは布団じゃなくてベッドなんだけどねという訂正はさておき、今度はエメラルドくんにこっちに来いって言われた。ワタシはちょー困った。


「む、無理」


「は? なんで」


「ワタシ、病気だから、歩いちゃダメって先生に言われてる。歩いたら、血がドバーってなるの」


「なにそれ。絶対嘘じゃん」


 説明したけどまったく信じてもらえない。まぁ、歩いただけで血が出るとか普通の人からしたらありえない話だもんね。仕方ないっちゃ仕方ないよ。


「いいからこっち来て」


「えっ。あっ!」


 ワタシはエメラルドくんに腕を引っ張られて、ベッドから降りてしまった。ワタシのいつもの移動手段は、先生のおんぶか車椅子。自分の足で歩くことは、ほんとに僅かな距離でかつ、先生の目が届く範囲でしかしない。


 久しぶりに二本の足で立つ感触。少しフラってしたけど、すぐに落ち着いた。


「歩いてみてよ」


「え。でも......」


「いいから」


 エメラルドくんにそう頼まれる。ワタシの心はというと、怖い気持ち半分、挑戦してみたい気持ち半分といった感じ。数秒悩んで、エメラルドくんの怖い圧が決め手で歩くことを決意する。


「......あ」


 歩き慣れてないから、一瞬バランスを崩しかけたけど、すぐにコツを掴んだ。平均台を歩いているわけでもないのに、両腕を広げながら、一歩一歩歩いてみる。不自然で不格好だけど、ワタシは特に何の問題もなく歩けた。


「ほら。血が出るとかやっぱ嘘じゃん」


「わっ......すごいっ、すごいっ。ワタシ、歩けてる!」


「別にすごくないから」


 ちょー感動だった。ずっと自分にはできないって思い込んでたけど、それはただの思いこみで、ワタシにも”歩く”ってことは全然できたんだ。それを気づかせてくれたのがエメラルドくん。ワタシはこのとき、エメラルドくんが神様みたいに見えたと思う。


「あのねあのね、ワタシずっと一人で歩いてみたかったの。でも、先生とかがずっとだめって言うし、ワタシも血が出ちゃうの知ってたから。だからね、歩けてすごーく嬉しい!」


「歩けて嬉しいとかおもしろ。じゃあ走ったらもっと嬉しいじゃん」


「え、走る!? うんっ。走ってみたい!」


「じゃあ、鬼ごっこでもする?」


「鬼ごっこ! うん! する!」


 鬼ごっこ。その言葉の響きに、ワタシはその場で飛び跳ねそうになっちゃう。


 ワタシは歩くことが禁止だったから、他の子が鬼ごっこをしていても参加させてもらえず、窓の外から眺めてるだけだった。

 みんな楽しそうに走って、笑ったり、転んだり、泣いたりしているのを、いいなーって指をくわえながら、ずっと見ているだけ。正直とてもさみしかったし、羨ましかった。


 でも、今ワタシはエメラルドくんに鬼ごっこを誘われた。ワタシが、プレイヤーとして!

 とても嬉しくて、歩けた今だったらなんだってできる気がして、ワタシはエメラルドくんの誘いに大げさに頷いてしまった。



***



「――エメラルドくん! アヤちゃんはベッドの上から歩いちゃだめなの! もしこれでアヤちゃんが死んじゃったら、あなたが責任を取らないけないのよ!」


「......ごめんなさい」


 先生がエメラルドくんにものすごい剣幕で怒っている。ワタシは体を縮こまらせながら、ベッドの上でその様子を見ていた。


 何故こうなったかというと、やっぱりあの鬼ごっこが原因。あれはさすがにワタシにはまだ刺激が強すぎた。今まで溜まってた欲求を発散するため、エメラルドくんが鬼役で全力で逃げ回ってたら、視界が赤くなって、それから少し吐血したの。

 勿論先生は大激怒で、さっきからずっとエメラルドくんを叱っている。ワタシもこれから病院に行かないといけなくなった。


「やっぱりだめだったけど......」


 やっぱり血は出たし、走るのはアウトだった。でも、悪いことばっかりじゃない。ワタシは今日、数歩歩けたし、ちょっとだけだけど走ることもできた。これは間違いなく大きな成果。ワタシはエメラルドくんのおかげでちょっと勇気づけられた。



***



「ねぇエメラルドくん! ワタシ、もっと歩きたいし、走りたい!」


「は? 嫌だし。また俺が怒られんじゃん。てかお前、歩いたら本当に血が出てくるじゃん。気持ち悪ぃ」


「ねーお願い! お願い! もう出さないから!」


 鬼ごっこで出血した日から、エメラルドくんはワタシに冷たくなった。まあ初めて話したのがあの日だったわけだし、関係も浅いから、別にショックとかはないけど。

 それよりも、ワタシはもっとエメラルドくんと遊びたかった。もう一回、エメラルドくんと鬼ごっこがしたい。


「ワタシ、ちょっとなら血を出さずに歩けるよ? だから、歩いて鬼ごっこする?」


「なんだよそれ。意味わかんねー」


「ねぇエメラルドくーんっ。お願いーっ」


 歩いてする鬼ごっこを提案したけど、意味がわからないって却下された。とっても悲しい。やっぱりワタシが血を流しちゃうからだめなのかー。どうにかして治せたら、もっともっと遊べるのに。まぁ......それができたら苦労しないんだけどね。


「あっ」


 ここでワタシは閃いた。


「じゃあ、エメラルドくんがワタシの病気治してよ!」


「はぁ?」


 突拍子もない提案に、エメラルドくんは呆れたように溜め息をこぼした。まぁそりゃ、意味不明すぎるお願いだしね。


「俺はお医者さんじゃないし、無理に決まってんじゃん。ばかなの?」


「エメラルドくんなら絶対大丈夫! だって、この前ワタシを走らせてくれたじゃん」


「お前が勝手に走ってただけだろ。血も出てたし」


「でもでも、エメラルドくんならできる気がするの! だってエメラルドくん、すごいもん!」


 ワタシが目を輝かせながらエメラルドくんを説得してる最中、ワタシの言った「すごい」って言葉にエメラルドくんは硬直した。それから、僅かに頬を赤らめながらワタシの目をジッと見てくる。


「俺ってすごい?」


「うん。すごいよ? だってずっと歩けなかったワタシを歩かせてくれたし!」


「俺は、星宮より、すごい?」


「ほしみや? 分かんないけど、絶対エメラルドくんの方がすごいよ!」


 突然比較対象として出てきた星宮ってワード。とりあえず壁の名前ではないってことは分かったけど、このときもまだ星宮って言葉が何を指すか分かってない。でも、ワタシはその場のノリでエメラルドくんは”星宮”よりもすごいって適当言っちゃった。


「......」


「エメラルドくん?」


 ワタシの言葉に、目を見開くエメラルドくん。そんなに驚くようなこと言ったかなって、ちょっと不安になった。でもそんな不安は杞憂だった。


「分かった。――俺がお前の病気を治してやる」

 

「え! ほんと! やったー!」


 ダメそうかなーってちょっと諦めかけてたんだけど、まさかのおっけーが出てびっくり。ワタシは能天気に万歳した。......治してやるなんて何の根拠も確証もないのにね。でも、エメラルドくんだから頼れるし、信じられたの。


「でも」


 これではいよかったねで話が終われば良かったけど、そうはいかなかった。ワタシが呑気に万歳しているところ、エメラルドくんは真面目な視線でワタシを睨みつけて――、


「その代わり、お前も俺を手伝え」


「え? 手伝うって?」


「星宮を殺すこと」


 また出た星宮というワード。その後に続いた、殺すっていう物騒なワード。ここでようやくワタシは、星宮っていうのは人の名前なのかな? というところまで辿りついた。

 だとしたら、エメラルドくんがしようとしていることは殺人。幼稚園児でも分かる、絶対にしちゃいけない良くないことだ。


 でもワタシは、何の躊躇もなくエメラルドくんの言葉に頷いていた。エメラルドくんに病気を治してもらうんだから、ワタシも何かしらの対価を払うのは当然だしね。


 とはいえ、こんなとんでもない話に素直に頷いちゃったのは、エメラルドくんの言葉に魅入られちゃって、善悪の判断がつかなくなったからなのかな。ま、ここで頷いたことに対しての後悔なんてこの先一度たりともしないけどさ。


「分かった! ワタシが星宮を殺すの、手伝ってあげる」


「......そっか。じゃあ俺も、お前の病気を治すの手伝う」


 お互いに何を相手にしてあげるのかを口にして、ワタシたちの約束は交わされる。

 すると、エメラルドくんが突然ワタシに手を伸ばしてきた。でも触ってきたりしないから、意味がよく分からない。


「握手だよ握手。そんなのも分かんないのか、アヤは」


「あっ......」


 強引にワタシの手を握りながら、しれっとワタシの名前を初めて呼んでくれた。それがなんだか嬉しくって、こそばゆくって、えへへと変な笑みがこぼれてしまう。


「ワタシの病気を治してくれるの、絶対絶対、約束だからね!」


「アヤもな。しっかり俺を手伝えよ」


「うん!」


 ......なんて。

 この頃は未来への期待と希望で満ち溢れてたなぁ。



***



 ――数年後。

 

 特別支援学級を無事に卒業して、小学校もワタシだけ普通の教室で暮らせなかったけど無事に卒業。そしてワタシとエメラルドくんは中学生になった。中学生になったあたりからワタシの病状はだいぶ改善されて、もう普通の一人の女子中学生として学校生活を過ごせるようになったよ。


 そして、特別支援学級でお互いの願いを叶えると誓い合ったあの日から沢山の年月が経った。小学生になっても、中学生になっても、ワタシたちの気持ちは変わっていない。ワタシたちは今でもその願いを諦めず、絶対叶えられると信じて、今日も頑張っているんだ。


 ね、エメラルドくん。


「だから、俺はもうエメラルドじゃないって言ってるだろ。ったく、何回言ったら分かんだ」


「あっ、そっか。ごめんごめん。へへ、やっぱまだ慣れないや。えーっと、ホージョーくん?」


「まぁエメラルドじゃなかったら呼び方はなんでもいいけど」


 放課後の帰り道、隣を一緒に歩いてくれてるのはホージョーくん。つい最近、家庭裁判を起こして名前を北条 黄緑エメラルドから北条 康弘やすひろに変えた。なんでそこまでして名前を変えたかって言うと、幼稚園生の頃にキラキラネームを星宮ちゃんにバカにされたことがよっぽど悔しかったからなんだって。

 あ、苗字も変わってるのは小学生の時にホージョーくんの親が再婚したから。だからね、ホージョーくんの名前は上も下も全部丸々変わっちゃったの。


「......あぅ」


 これは、どうでもいい話なんだけどさ。ワタシ、今ホージョーくんのことホージョーくんって呼んだじゃん? ほんとは、康弘くんって呼びたいの。ずっとエメラルドくんって下の名前で呼んでたんだから、別に呼んでも全然変じゃないってのは自分でも分かってるんだけどさ......ワタシにはできない!

 ......だって、ホージョーくんのこと好きになっちゃったから。変に意識しちゃって、下の名前が呼べないの。


「そういえばアヤ。最近体の調子は?」


 ま、ホージョーくんはワタシの乙女心なんか全然気にせず下の名前で呼んでくるんだけどね。ほんと、罪な男だよ。


「んー、ぼちぼちかなぁ。やっぱ薬飲んでても週一で体調崩すし、発作もまだ起きちゃう。だから完治まではまだ遠そうだねぇ」


「そうか。まぁでも、昔と比べりゃだいぶ良くなっただろ」


「うん、そだね。スポーツも大体できるようになったし、ほんと、昔と比べたら大成長だよ。全部ぜーんぶ、ホージョーくんのおかげでね」


「ははっ、まぁな」


 ワタシの病気についてだけど、幼稚園生の頃と比べたら驚くほどに改善された。昔は薬を飲んでいてもちょっとの距離を歩いたり走ったりしたら全身から血が噴き出たけど、今は薬さえ飲んでいたら、よっぽど激しい運動をしない限りは血が出たりはしない。

 でも、人より体調を崩しやすかったり、怪我をして出血したときに傷がふさがるまでが遅かったり、薬を飲んでても発作が起きたりと、懸念点は沢山ある。ワタシが目指してるのは完治だから、これからもまだまだホージョーくんには頼りっぱなしになりそうかな。


「じゃあ今日も、ちょっと遠くまで散歩するか」


「そだね! 今日はどこ行こっか」

 

 それで気になる、ホージョーくんがワタシに何をしてくれてるかっていう話なんだけど、ホージョーくんはワタシのために毎日散歩に付き合ってくれたり、一緒に筋トレしたり、苦い薬を飲むのを手伝ってくれたりしてくれます!


 いやいやそれ病気の治療とは全然関係ないじゃんって思うじゃん? これが意外と効果あるんだなぁ。


 特別支援学級でホージョーくんとお互いの願いを叶えるって誓い合ったあの日から、ホージョーくんはワタシのためにまず小さな運動から手伝ってくれて、脆い体に耐性を付けてくれたの。それからできることをどんどん増やしてって、ちょっとずつちょっとずつ体を慣れさせて......ってして、そしたらいつの間にかワタシの体は頑丈になってった。これが薬の効果かワタシの免疫の効果かホージョーくんのおかげかは分からないけど、ワタシはホージョーくんのおかげって信じてる。

 それに、病は気からって言うしね。ホージョーくんがワタシのために色々してくれてるときは期待で胸いっぱいだったんだから。あ、今もだけどね!


 まぁともかく、ホージョーくんは約束通り、ワタシの病気を治すために沢山頑張ってくれています。


「てかアヤ。薬はちゃんと毎日飲んでるよな」


「うん。そりゃもちろん。なんで?」


「お前いつだったはか忘れたけど、五日くらい薬飲むのさぼって血のゲロ吐いてたことあっただろ。あれ俺ほんと焦ったんだからな。実際、結構危なかったし」


「血のゲロって言い方やめてよ......ま、あれは確かにワタシが悪かったけどさ」


 今ホージョーくんが話したことだけど、一度だけワタシはわざと薬の服用をやめたことがあるの。そのときはだいぶ症状が改善されてきた絶好調の頃でさ、これもうにがーい薬飲まなくても大丈夫かな? って思っちゃったんだよね。それで薬飲むのやめてみたら、やっぱだめで、ホージョーくんの前で思いっきりおえーって血を吐いちゃった。

 あれからホージョーくんは口酸っぱくワタシが薬をちゃんと毎日飲んでるか確認してくる。ワタシももう二度とあんな経験ごめんだし、あれからはちゃんと薬は飲んでるよ。あ、たまに一日忘れちゃったりはするけど。


「あ、そういえば、ホージョーくんの方はどうなの?」


「何が?」


「あれだよあれ。星宮ちゃんの復讐のやつ」


「あー」


 ワタシの話はさておき、次はホージョーくんの話。


「俺は終わったよ。神代真由美にも対価は払ったし、星宮への復讐も大成功。てかあいつ、今クラスで孤立してるらしいぞ。マジで笑えるよな」


 星宮ちゃんの通う中学とワタシたちの通っている中学は別々。ホージョーくんは、星宮ちゃんと同じクラスの神代さんって人と交渉して、どうやってかは知らないけど神代さんたちに、代わりに復讐をしてもらうことにしたらしい。そしてそれは大成功したみたいで、今星宮ちゃんは大変な状況なんだとか。


「それで終わりで良かったの? ホージョーくんは、星宮ちゃんを殺すのが目標だったんでしょ?」


 復讐が成功したのはおめでとー!って感じなんだけど、ホージョーくんの願いは”星宮を殺すこと”だったはず。なのに、今のホージョーくんからは星宮を絶対殺すという殺意は消えていた。


「......まぁ、そうだったんだけどな。事情が変わったんだよ。殺さなくても、それ相応の復讐はできる」


「えーと、それが今言ってた復讐のこと?」


「そうだけど、まぁあとはあれだな。――星宮を、俺の女にしてやるとか」


「うぇ!?」


 星宮を、俺の女? それってつまり、付き合うってこと? ワタシは今のホージョーくんの発言にちょー混乱した。


「どどど、どゆことぉ? 星宮ちゃんのこと嫌いじゃないの?」


「嫌いに決まってんだろ。でも、昔俺のことを散々バカにしてくれた星宮が、今になって俺に惚れだしたら傑作だろ? 付き合えたら、絶対あいつのことぼろくそこき使ってやるぜ」


 ......そういうことか。確かに自分をバカにしてた相手が、自分に惚れたらそりゃ面白いし、気持ちいいだろうなぁ。


「あぁー......なるほど。なるほどですー」


 ホージョーくんの言葉に微妙そうな反応をすると、ホージョーくんは不思議そうにちらりとワタシに視線を向けた。


 だってこんな反応になっても仕方ないじゃん! 言いたいことは分かるんだけどさぁ。ワタシはホージョーくんのことが好きなのに、ホージョーくんが星宮ちゃんと付き合うとかマジで嫌だよ。まぁ恋愛感情ゼロってのは分かるんだけど、だとしてもモヤモヤはめちゃくちゃするなぁ......


「そんな暗い顔すんなよ。俺が復讐の一環で星宮と付き合っても、俺にとっての一番はアヤだから」


「え、ワタシ?」


 少し落ち込みかけていたワタシに、ホージョーくんがそんな言葉をかけてくれた。ワタシの心臓は分かりやすくドキッとときめいちゃう。


「当たり前だろ。お前がずっと俺の傍に居てくれたから、今の俺があるんだろうが。そこに関しちゃ、アヤには色々感謝してる。それに、まだお前の願いを俺は叶えられてないからな」


「あっ」


「だからま、お前は俺を信じて病気を治すことだけに専念しとけって。俺もずっと、お前の傍に居るから」


 ワタシの頭をポンと叩いて、まるでプロポーズみたいなことを言ってくれるホージョーくん。そんなこと言われちゃったらさ、文句なんて言えるわけないじゃん。最初っから言えるわけないんだけどさ。


「じゃあ、約束だからねっ。ずっとずっと、ホージョーくんがおじいさんになってもワタシの傍に居てよね」


「あぁ、もちろん」


「ワタシたちの願いがどっちも叶ってもずっと、ずっとなんだからね!」


「分かってるよ。ずっと一緒だ」


 ホージョーくんからしっかり言質を取れたので、満面の笑みになっちゃうワタシ。気づいたらポケットからスマホを取り出して、カメラのアプリを開いていた。


「――はいっ。ホージョーくん笑って―」


「おいっ。急になんだ」


「ツーショットだよツーショット。ワタシたちのずっ友記念」


「はぁ?」


 困り顔のホージョーくんと強引にツーショットを撮っちゃった。何気に初めてのツーショットだったけど、なんかノリで撮れちゃってサイコー。これは大切の保存しとかなきゃだね。多分、毎日見返しちゃうんだろうなぁ。あ、ならコンビニで現像しとこっかな。それで額縁に飾ったりして......てへへ。


「ったく、あとでその写真俺にも送っとけよ」


「もちろんもちろん。ホージョーくん全然笑ってなかったけどね」


「あんな急に撮られたら当たり前だろ」


「うっそだぁ。事前に言っても笑わないくせに」


 あれ。今日のホージョーくんとの会話はなんか楽しいな。なんでだろ。そりゃ、いつも楽しいんだけどさ、今日は特別楽しいや。なんか、あったっけ。


 ――あ、そっか。ワタシ、安心してるんだ。


「――そっか。じゃあホージョーくんはもう、星宮ちゃんを殺すなんてことはしないんだね」


 殺人。それは、ワタシたちの世界では大犯罪。

 もしホージョーくんがほんとに星宮ちゃんを殺してたら、ホージョーくんはきっと警察に捕まっちゃう。その事実をワタシはずっと見て見ぬふりをして逃げてきた。

 でも、もうそれもしなくてよくなったんだ。だってホージョーくんは、星宮ちゃんへの復讐を”殺す”以外の方法に切り替えたから。


 ワタシは、ホージョーくんがワタシの前から消える心配がなくなって、安心してたんだね。


「いや、どうだろうな」


「え?」


「俺が星宮と最後に会ったのはもう10年前くらいの話だしな。それっきりもうずっと会っていない。......高校で再会して、星宮の顔を見たら、また殺意が湧いたりするのかもな」


 ワタシの安堵した心を裏切るかのように、不安になる言葉を言ってくれるホージョーくん。ワタシの心は少しだけチクリと傷んだけど、すぐに首をぶんぶんって振って余計な考えを振り切った。


 今のを聞いて、がっかりとかは全然ない。だって別に、ホージョーくんはそれでいいんだから。星宮ちゃんを殺すって目標のために、ホージョーくんはここまで成長したんだよ。それを今更引き留める権利なんてワタシにはないよ。むしろその逆。ワタシはあの日、ホージョーくんと誓い合ったんだから、ホージョーくんの夢を応援する立場なんだ。


 ――もういいじゃんなんて、口が裂けても言えない。


「――そっか。でも、ワタシはホージョーくんにどこまでもついていくよ。もし気が変わって、ホージョーくんが星宮ちゃんを殺すってなっても、ワタシはその手伝いをする」


「あぁ、ありがとな。アヤ。俺も、お前のその病気、絶対に治してやる」


「ふふっ......だからねホージョーくん」


 ホージョーくんはワタシに沢山の希望をくれて、絶望の底から救い出してくれた。ホージョーくんが居てくれたから、今のワタシがあるんだ。

 ホージョーくんのためなら、犯罪でも、なんでも、どんな修羅の道でも進んでやる。その覚悟はずっと昔からできている。

 だって、その道の先には君が居てくれるから。


「――ずっとずっと、一緒だよ!」


 




























 ずっとずっと一緒って、言ったのにさ。



※ ※ ※



 ――意識が朦朧としてる。視界が滲んで、前が見えないし、今がどういう状況なのかまったく分からない。


 あれ、ワタシ何してたんだっけ。

 なんか、体がふわふわしてるし、口の中がごぼごぼしてるよ。


「私はもう大丈夫です! 大丈夫ですから、甘音さんを助けてあげてください!」


「何言ってんだ琥珀! 甘音なんかより、琥珀優先に決まってるだろ!」


「そうじゃないんですっ!」


 なんか、声が聞こえるなぁ。

 この声は確か......天馬くんと、星宮ちゃんか。

 そんなに慌ててさ、どうしちゃったんだろ。



「さっきから甘音さんの様子がおかしいんです! 口から血を沢山吐いてて、今にも死んじゃいそうなんですよ!」

 


 あー......

 そっか、そうだったね。


 ワタシ、星宮ちゃんを殺そうとして、失敗しちゃったんだ。

 失敗の原因は、ワタシか。

 

 だってもう、薬の服用をやめて一週間経っちゃてるもんね。そりゃ、こうなるよ。



「――」


 うわぁ、何も見えないけど、手がびちゃびちゃで、なんかあったかいなぁ。

 これ、全部ワタシの血かぁ。


 ......これはもう、ダメだなぁ。 



「――ごめんね。ホージョー、くん」



 なんとなく、漠然と分かってたよ。

 ワタシとホージョーくんは、ハッピーエンドを迎えられないって。

次回◆第198話◆『悲しみに暮れたその先へ』、明日更新。

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