◆第187話◆ 『宝石級美少女は相談したいそうです』
「あー、それは10:0でエロ宮が悪いね」
迫真の表情でそんなことを言ってくれるのは、久しく会っていなかった琥珀の友人である小岩井秋。ソファにへそを出しながら寝転がる彼女は、漫画片手に琥珀の相談相手を引き受けていた。
「エっ......まずなんですか、その変なあだ名。星宮なんですけど」
「そうだっけ。でも今のコハならお似合いだよ。エロ宮。語感も普通に良いし。あ、痴女宮もあり」
「......」
悪びれもせずに勝手なあだ名を作ってくれる秋。やめてほしいところではあるが、今琥珀が話し合いたいことはそんなくだらないことではないので渋々これ以上の深追いはやめておく。本題が、重要なのだ。わざわざ小岩井家にまで来たのだから、秋にはしっかり相談に乗ってほしいところ。
「それよりも10:0ってどういうことですか。そんなに私が全部悪いんですか」
「うん。そう」
「......」
そしてその相談というのが、昨日の『彼氏に押し倒されたけど思いっきり拒否ってしまいました事件』。あの後、琥珀は沢山悩んだ。昨日起きた出来事は誰が悪くて、何がいけなかったのか。そして気まずくなった庵と、これからどう接すればいいか。特に、一刻も早く答えが欲しいのはこの二点。
一人では解決できないと考えた琥珀は、客観的意見を求めて秋に相談することに。幸いにも今日は土曜日なので、コハが家に来るならという条件で引き受けてもらえた。愛利に相談という選択肢も勿論あったが、彼女は琥珀贔屓がありそうなので公平性が保たれないという観点からやめておくことにした。
さて、そして秋にすべてを打ち明けて相談をした琥珀ではあるが、早速相談相手を間違えたと後悔しそうになっている。まず、琥珀の話を漫画を読みながら寝そべって聞いてる時点で、後悔をするには十分だ。
「確かに昨日はちょっと攻めすぎたこともしちゃいましたけど......い、庵くんには、エッチなことはできないってだいぶ前から伝えてあったんですよ。それなのに突然押し倒してくるから、反射的に突き飛ばしても仕方なくないですか? 反射的というか、トラウマがフラッシュバックしたんですけど......」
「だから、仕方なくないから。ライオンにお腹すいても肉は食べちゃダメだよって事前に伝えてても、伝えた本人が肉をぶらさげながら飢えたライオンに近づけばそりゃ食われる」
「庵くんはライオンなんかじゃないです。ちゃんと、いつもは約束守ってくれるし、私のことも大切にしてくれるんですよ。だから、昨日はすごくびっくりしたんです......」
彼氏をライオンに例えられ、少しムッとする琥珀。言っていること自体は妙に説得力があるが、それを認めたくない自分がいた。普段の庵は、ライオンなんかじゃないのだ。
「結局、コハの彼氏もオスだったってこと。というか、真面目にコハの彼氏がかわいそうすぎ」
「な、なんでですか」
ここでようやく秋が、顔だけこちらに向けてくれた。藍色の瞳が、ジトっとマリンブルー色の瞳を見つめる。
「だって、そこまでいちゃついてヤらせてもらえないとか、どういう仕打ち? 新手の拷問?」
「......じゃ、じゃああのとき私は、庵くんにされるがままになっておけばよかったんですか」
「そういう空気を作ったのはコハだし、まぁそう。トラウマがどうとかいうけど、彼氏に押し倒されたのは自業自得」
「......私、まだ16歳ですよ。ちょっと、さすがに早くないですか。普通は、あと十年後くらいにするものだと思います」
「アラサーで草。コハのギャグは面白いね」
「......」
面白いねという割には表情が全然笑っていない秋。これは煽られているのだろう。
琥珀としては、そういう行為はリスクが伴う行為だと理解しているので、自分たちがするにはまだ早いと考えている。これは、高一の時に講師を招いて行われた性の講演会からの情報なので、琥珀が間違っていることはありえないはずだ。多分。
「......もう」
秋に相談したら、余計訳が分からなくなった。答えはもらったのだが、その答えがどうしても納得がいかない。
やっぱり、秋に相談したのは間違いだったとそう思いかけた矢先――、
「――お姉ちゃん! 絶対私のいちご大福食べたでしょ! どこにもないんだけど!」
部屋の扉が勢いよく開け放たれ、元気いっぱいな声が飛んでくる。それはあまりにも突然の出来事で、琥珀はびっくりして変な声を漏らしてしまった。音のした方向を振りかえれば、そこには懐かしい姿があって――、
「あ、みのりちゃん」
「ってえぇ!? 星宮さん!?」
秋の妹、みのりは今日も元気そうに秋の部屋に突撃してきたのであった。
***
妹が部屋に入ってきて、しかも姉に用がありそうだというのに、姉は微動だにしていなかった。何事もなかったかのように、ソファで寝そべって漫画を読んでいる。
「えっと、急におっきな声出しちゃってごめんなさい。星宮さんが来てるって知らなくて......全部全部、うちのバカお姉ちゃんが悪いんです!」
「全然大丈夫ですよ。ちょっとびっくりしましたけど」
琥珀がいると知った瞬間、あわあわとするみのり。いつだって反応が薄い秋とは大違いだ。これで姉妹なのだから、本当驚きである。
「あ、星宮さん足だいぶ治ったんですね! 良かったです。私ずっと、心配してたので」
「ありがとうございます。おかげさまで、もうだいぶ元気になりました」
琥珀の足を見て、安堵の表情を浮かべるみのり。少し前まで包帯がぐるぐるだったが、今はもう少し大きめの絆創膏で事足りている。秋はそのことには全然触れてくれなかったが、みのりは触れてくれて、琥珀は少し嬉しくなった。
「あ、みのり。なんかコハが彼氏のことで相談あるらしいから代わりに聞いてあげて」
「はぁー?? 何勝手に話逸らしてんの。私のイチゴ大福はどうしたか聞いてるんだけど!?」
「あーあれね。美味しかった」
「マジ死ね! バカお姉ちゃん!」
顔を真っ赤にして、なかなかの暴言を放つみのり。話を聞いた感じ、秋が圧倒的に悪そうなので、みのりには同情する。いつもこんな姉妹喧嘩を繰り広げているだろうかと心配だ。
「みのりちゃん。カントリーマアムならありますけど、要りますか?」
「えぇっ。いいんですか? でもそれ、星宮さんのじゃ......」
「私が食べるんじゃなくて、本当は秋ちゃんにあげるつもりだったんですけど――」
「やったー! ありがとうございます! 美味しくいただきます!」
秋へあげようとしていたものだとわかると、勢いよく琥珀からカントリーマアムを受け取ったみのり。本当はまだ数があるので、あとから秋にも渡すのだが、これでみのりはお姉ちゃんに一矢報いることができたので満足だろう。その証拠に、みのりは姉に向かってどや顔を決めている。
「それで、さっきお姉ちゃんが言ってた相談ってなんですか? なんか、彼氏がどうとか聞こえたような聞こえてないような」
「なんか、彼氏とエロい空気になって彼氏に押し倒されたけどコハが蹴り飛ばしたんだって。だからそれはコハが10:0で悪いよねって言ったら、コハ全然納得しないの」
「思った十倍重たいし、生々しい話だった!? ほ、星宮さん、彼氏さんのこと蹴ったりするんですか......?」
「蹴らないです! 秋ちゃんの言い方が悪いだけです! もう......」
みのりに話していいとも言ってないのに、勝手に、しかも雑に暴露してくる秋。こうなったらもうみのりにも話すしかないが、あとで秋にはしっかり怒っておかなければならない。
「なんかすごく深いわけがある感じですかね? 私で良かったら、全然お話聞きますよ。私の力で解決できるかは分かんないですけど、精いっぱい頑張ります!」
「みのりちゃん、いいんですか。ちょっと、その、あんまり人に言いにくいような話なんですけど」
「全然大丈夫ですよ。私、お姉ちゃんと違って口かたいので! 恋愛経験はないけど!」
そう口にしながら、自信ありげに胸を叩くみのり。頼もしさは感じるが、一個下の後輩に相談するのはちょっと気が引けた。申し訳なさを感じつつ、琥珀は本題に入っていこうと――、
「あ、そういえば星宮さん! 私も星宮さんと同じ高校に進学しましたよ!」
「えっ! そうなんですか。合格おめでとうございます!」
唐突なカミングアウトに、衝撃を受ける琥珀。みのりが去年まで受験生なのは把握していたが、まさか自分の高校を志望していたとは。友達の妹が後輩になってくれるのは、素直に嬉しいことだ。
「はいっ。ありがとうございます! これからは後輩としてよろしくお願いしますね、星宮先輩!」
「こちらこそよろしくお願いします。困ったことがあったら、なんでも聞いてくださいね」
「じゃ、じゃあ星宮さん、私とLINEかインスタ交換してくれませんか?」
「もちろんいいですよ」
「やったー!」
そうして、本題とは関係ないことで話は盛り上がり、秋は完全に蚊帳の外に。それから本題に入れたのは約一時間後だろうか。秋とは質が全然違う、高一らしからぬ素晴らしい助言をもらい、琥珀はこれから庵とどう付き合っていけばいいか、分かった気がした。
これは余談だが、お互いの秘密を共有しあって二人は親密度がだいぶ上がったらしく、みのりと琥珀はとても仲の良い友人になれたそうだ。
◇宝石級美少女tips◇
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