◆第183話◆ 『宝石級美少女はやっぱりかわいいです』
「やりましたね、庵くん。今年からは一緒のクラスですよ」
満面の笑顔でそう声をかけてくれるのは、新高校二年生星宮琥珀。庵が名簿票を確認するまで待っててくれていたのか、彼女は玄関の陰からひょっこりと現れた。表情や声の上ずりを見れば、琥珀側の喜びのほどもよく分かる。
「マジで、よかった。え、見間違いとかじゃないよな。俺、ほんとに琥珀と同じクラスだよな。上げて落とされたりしないよな?」
「大丈夫です。私が何回も確認しましたから。私は2年3組出席番号28番で、庵くんが2年3組の21番ですよ」
「そ、そっか。なら、よかった。ほんと、よかった......」
念押しで確認すると、興奮で確認できていなかった部分まで、琥珀が事細かく教えてくれる。それをもって、ようやく庵の不安は完全に解消された。
あまりの高揚感と安堵感でその場に叫びだしたい気分だが、さすがに人目があるのでなんとか自分を抑える。その代わり、両手で顔を覆い、しばらくの間、この感情をゆっくりと嚙み締めた。
「ふぅ......」
「嬉しいですか、庵くん。私と同じクラスで」
からかうような口調で問いかける琥珀。ただ、庵は興奮のあまりからかわれていると気づけない。
「当たり前だろ。嬉しいに決まってんじゃん。はぁ......安心したぁぁ」
「ふふ。私もですよ。庵くんと一緒で良かったです」
正直にありのままの気持ちを伝えたら、琥珀も嬉しそうに答えてくれる。当たり前かもしれないが、気持ちは一緒という事実が、また更に庵の胸を躍らせた。
「あぁ......神様マジでありがとうございます」
感情の波も落ち着いてきたころ、ようやくまともに琥珀と視線を合わせることができた。そして、もっと早く気が付くべきであろう、あることに気がつく。
「あれ、琥珀。今日なんか髪くるくるしてない?」
「あ、やっとですか庵くん。気づくの遅いですよ。遅すぎて、ちょっと不安になってたんですから」
「ごめん。ちょっとてんぱってたからさ。えっと、イメチェン?」
「イメチェンってほどでもないと思いますけど、ちょっと今日は巻いてみました。へへー、どうですかこれ。私的には良い感じだと思うんですけど」
毛先を手のひらに乗せて、嬉しそうにはにかむ琥珀。
今日の琥珀の雪色の髪は、ゆるふわに巻かれていた。いつもの琥珀のヘアスタイルは大体ストレート。もしくは、たまにポニーテ―ルにするくらいだったので、それ以外のヘアスタイルを見るのは初めてだった。
「へぇ......似合ってるな」
「ありがとうございます。もっと感想言ってくれてもいいんですよ」
巻いた髪を触りながら、少し落ち着かない様子の琥珀。もっと感想が欲しいと言われたので、庵は今一度今日の琥珀をジッと見つめる。
「――うーん」
優しい顔立ちと、あまり着飾らないイメージが強かったので、今までの琥珀はかなり清楚なイメージがあった。だけれど、今日はいつもより、少しギャルっ気を感じるだろうか。愛利ほどいきすぎたギャルではなく、琥珀という素材を別の方向から活かした派手すぎないギャルさだ。あざとさ、とも言いかえれるだろうか。しかし、感じるのはギャルっ気だけではない。琥珀は愛らしく少々幼い顔立ちをしているが、それがこの巻き髪と中和し、普段からはあまり感じられない大人っぽさも引き出されている。そのギャップは、今までの琥珀を知る庵からしたら、なかなかに格別だった。まるで新しい琥珀に出会えたかのような気分だ。さらに言えば、それは――、
「あのっ、そんなじろじろ見られると恥ずかしいんですけど......」
「あっ、いや、そんな変なつもりで見てたわけじゃないから。ごめんごめん」
感想が溢れすぎて、何を言おうか考えていたら琥珀を見つめたままだいぶ経っていたようだ。琥珀は僅かに頬を赤らめている。イメチェンをしたばっかりは、やっぱりじろじろ見られるのは不安になるのだろうか。
「えっと、そうだな......」
いろいろ言いたいことはあるけど、長ったらしく言うのも気持ち悪い。もっと、簡単に、コンパクトに伝えるとしたら――、
「あ」
ふと、庵は春休みに聞いた琥珀の言葉を思い出した。琥珀が言われて嬉しい言葉、嬉しくて、お母さんにも報告してしまうような、そんな言葉があるじゃないか。
「めっちゃ、かわいい」
単刀直入。真顔で、そう伝えた。
すると、琥珀は一度表情を固めた後、目を細めながら、嬉しそうに笑う。こちらにぴょこぴょこと近づいてきて、その言葉を待ってましたとでも言いたげな様子だ。
「ありがとうございます庵くん。嬉しいです。今日は朝から、良いことだらけですねっ」
そんな自信に満ち溢れたキラキラした琥珀は、より一層庵にとって眩しい存在へと昇華された。
***
二年生のクラスは三階。一年生は四階にあったので、一階分階段を上らなくてよくなり、毎日の行き来がだいぶ楽になる。夏場などは本当に苦労するので、これは喜ばしいことだ。
それはそうと、三階の2年3組のクラスの前に到着した庵。交際関係がばれるのを防ぐために、琥珀とは既に別れているので今は一人だ。
廊下の構造は四階と何も変わらないはずなのだが、言葉に言い表せないような微かな違いと、圧倒的な空気間の違いが、庵の肌にひしひしと伝わった。
「これか」
3組のある壁に、名簿票が張り出されている。今度は座席表だろう。おそらくこれから一年を共に過ごすであろうクラスメイトの大群を掻き分け、自分の座席を確認した。ついでに琥珀のも確認したが、さすがに隣の席になるミラクルまでは起きなかった。
「よし」
同じクラスになれただけでも十分。これ以上、隣の席がよかったなんて嘆くのは欲張りが過ぎる。というわけで、庵は意気揚々とクラスの中に入った。未だ高ぶったままの高揚感のせいで、教室で高らかと「おはようございます」と叫びたい気分だ。
「――」
クラスに足を踏み入れると、また更に新鮮な景色が視界に広がる。日差しの差し込む窓。ホワイトボードに新しい先生が書いたのであろう、新クラスへのメッセージ。全然知らないクラスメイトたち。
そして――、
「あっ」
琥珀が先にこちらに気づいて、小さく手を振ってくれた。かわいい。嬉しい。本当に、同じクラスにいる。琥珀ってあんな風に机に座ってるんだ、なんて意味不明な感想が浮かんでしまう。
庵も小さく手を手を振り返してから、視線を外した。本当はもっと大っぴらにしてやりたいけど、やはり人の目があるので仕方ない。
「――」
そうして、自分の席を見つけた庵。隣の住人は、新学期早々机に突っ伏しているやばいやつだった。初日からそのムーブはまずいだろと、同じ行動をよくする庵さえも引いてしまう。新クラスメイトからの第一印象とか、気にしないのだろうか。
「......何やってんだよお前」
あきれながらに話しかけると、首をわずかに動かして片目で睨みつけられた。
「はぁ......」
「人の顔見てため息つくなよ。なんか申し訳なくなるだろ」
それからすぐに視線を逸らして、うつぶせに戻る隣の住人。よっぽど、庵に――否、新しいクラスに不満があるのだろう。
「なんで私だけ3組なのよ......最悪」
友達が全員別々になってしまった彼女――朝比奈は、人目も気にせず机に突っ伏しながら、弱弱しい独り言とともに絶望をしていた。




