◆第180話◆ 『否定できない可能性』
「――琥珀ちゃんらおっそ。あの人と何話してんだろ」
琥珀が朝比奈を外に連れて出ていったあと、残された三人は少々の不安と寂しさを感じつつ、祝勝会の続きを進めていた。
朝比奈は何故急に奇行を見せたのか。その理由はこの三人には分からない。だから最初は不安で、外に出ようとする琥珀に庵もついていこうとしたのだが、きっぱりと断られてしまった。
「てかさ、あのツインテールの子って琥珀ちゃんとどういう関係なの? アタシ、あの子のこと全然知らないんだけど」
「朝比奈は琥珀と同じクラスのやつだよ。話すと長くなるから簡単に説明すると、結構前に琥珀をいじめてたやつ。あれももう半年前くらいの話だけど」
「は? なにそれ。じゃああの女やばいやつじゃん。そんなのと今二人きりにさせて大丈夫なの?」
琥珀をいじめていたという情報に、眉をひそめながら語調を強める愛利。正義感が人よりも強い彼女にとっては、聞き捨てならない話だ。
この話は説明も難しいし、彼女の性格もあるので庵はあまり愛利には話したくなかった。だが口にしてしまった以上、愛利に余計な荒波を立たせないよう丁寧に釘を刺さなければならない。
庵は少し頭で考えてから、また口を開いた。
「――多分、大丈夫だよ。そのことは朝比奈ももう反省してると思うし。俺も、あいつのこと信じたいから」
「......へぇ。庵先輩、自分の彼女をいじめたやつにそんな寛容なんだ。まぁ庵先輩がいいならいいけど。でもそれ聞いてアタシ、あんま良い印象なくなったかも。アタシは信じれんわ」
庵は、朝比奈に借りがある。朝比奈が”あの日”、庵を見つけてくれなかったら北条から琥珀を救うことはきっとできなかった。それは庵の中で、とても重大なこととして脳裏に刻まれている。だから庵の中で、朝比奈は信じられる人間として既に昇華されていた。
無論、琥珀をいじめたという事実は別問題として忘れるつもりはないが。
「朝比奈さんか。僕もそこまで話したことあるわけじゃないけど、確かにちょっと気の強そうな部分があるっていうか、怖いイメージあるのは分かるなぁ」
次に暁が朝比奈に対する印象を口にする。暁にしては少しマイナスよりの感想かと思いきや、一度言葉を区切って「でも」と続ける。
「康弘とのいざこざが終わったあとの病院で、朝比奈さんを見かけてさ。そのとき朝比奈さん、すごく泣いてたんだよ」
「え、まじで? 俺が見たときは泣いてなかったけどな。なんで泣いてたんだ?」
「さすがに話しかけれなかったから実際はどうか知らないけど、多分星宮さんのことを思って泣いてたんじゃない? 泣きながらごめんって言葉が聞こえてたし」
「......そうなのか」
庵がその日、朝比奈と話したときは、だいぶ冷たく対応されてたのを覚えている。だから、その前に朝比奈が泣いていたなんて思いもしなかった。本当に琥珀を思って泣いていたのだとしたら、庵の朝比奈に対する好感度は爆上がりだ。
「だから僕も、朝比奈さんのこと信じたいなって思ってるよ。根は良い人そうだしね」
「えぇ......暁くん優しすぎでしょ。でもその優しさ、マジイケてるっす」
「お前どうしちゃったんだよ」
キメ顔で暁に向かってピースする愛利。暁の意見に賛同しているのか、それとも不同意なのかよく分からない反応だ。思考の読めない彼女の言動に、庵は困惑を隠せない。元から言動が少しぶっ飛んだ女ではあったが、暁に恋をしてから少し異常だ。
「お」
そしてそんなやり取りの後、二つの足音が庵たちの元に帰ってきた。
「――ごめんなさい。今、戻ってきました」
「あ、琥珀ちゃんおかえりー......ってえぇ?」
店内へと帰ってきた琥珀と朝比奈。一番最初に愛利が声を上げるが、その声は裏返って目も大きく見開いた状態に。その理由は勿論、帰ってきた琥珀と朝比奈にあって。
「ど、どしたの。お二人さん」
目元を赤くしてさっきまで泣いていたことがバレバレな琥珀と、その背後に恥ずかしそうに隠れる朝比奈。こちらも勿論、目元を真っ赤に腫らしている。庵たちは、一体外で何があったんだと目をぱちくりとさせた。
「えっと.....」
困惑の眼差しを向けられ、琥珀も少し照れながら後ろの朝比奈に視線を向けた。
「別に、なんでもないですよ。ね、朝比奈さん」
「......」
琥珀の言葉に朝比奈はこくりと頷いて、二人は再び席に戻ったのであった。
***
琥珀と朝比奈が席に戻り、しばらくの雑談の後、五人は本題に入った。まずは、朝比奈美結が何者なのか、についての説明。それを終えてから、ようやく本題に移行する。
「――ま、話は分かったわ。つまりあんたは北条の元お友達で、共犯者ってわけね。それで途中で寝返って、琥珀ちゃんの味方についたと。そーゆーことでおけ?」
「はい。ざっくりとは、そんな感じです」
「えー、敬語とかやめてよ〜。アタシら同い年じゃーん」
「......じゃあ、うん。分かった」
「それでよろしい」
琥珀のフォローもありつつ、全員に朝比奈という存在の情報が共有された。飄々とした様子の愛利だが、先程の朝比奈の説明で場が少し凍りついたので、少しでも空気を戻そうとしているのだろう。琥珀が居なかったら愛利もこんな余裕の表情を浮かべていないだろうが。
「とりあえず、朝比奈さん自身の話についてはもういいよ。それで、僕たちが聞きたいのは康弘......北条康弘について。それについて、何か話せることはある?」
「いろいろあるけど、何から話せばいいか......」
「まー、単刀直入に言うと、誰が北条のクソ野郎をぶっ殺したのかってことが一番気になる。エグい殺され方だったらしいし、あれ」
暁が朝比奈が話し始めやすいにアバウトに話を振るも、それをガン無視した愛利が全員が聞きたかったことをそのまま代弁してしまった。それにより、珍しく暁が動揺を見せている。まさかそんなド直球に聞くとは思わなかったのだろう。
対する朝比奈はそれほど驚いた様子はなく、その質問が来ることを前々から想定していたかのような反応をしていて――、
「誰が北条くんを殺したのか、確かな情報は分からないわ。でも、心当たりはある」
「心当たり?」
朝比奈の言葉に、庵が喰いつく。彼女は頷いてから、コートのポケットからスマホを取り出した。そして画面を操作して、それを机の真ん中に置く。全員の視線が、置かれたスマホに集まった。
「ここに居る人はみんな知ってると思うけど、一応中学の卒アルから引っ張ってきた」
「こいつ......」
見せられたのは朝比奈の中学の集合写真。学校の校庭に、生徒が二列で並んでいる。しかし目的の人物はそこにはおらず、朝比奈が指差したのは写真の右上。当時写真撮影の日に休んでいたのか、その女は別枠として四角く後付されていた。
「――甘音アヤ。思い当たるのはこの女以外、考えられないわね」
甘音アヤ。それは、庵にとっても深い関わりのある女であり、北条のもう一人の共犯者である女だった。淡々と告げられたその可能性に、庵はごくりと息を飲んだ。
「あんたも薄々、そんな気はしてたんじゃない? 星宮」
「え、えっと、私は......」
「まぁというか、消去法なんだけどね。こいつ以外、他に挙げられる候補がないし」
甘音アヤという名前に、琥珀はゆっくりと拳を握りしめた。
無論、その名前は未だ記憶に新しいものである。苦々しい経験も、この女に味合わされた。あの苦しみはまだ、琥珀の胸にしっかりと残っている。
「待てよ。こいつも、北条との共犯者だろ。俺も嵌められたから、そいつのことはよく知ってる。こいつが犯人って言うなら、こいつは仲間を裏切ったってことになるぞ。しかも最悪の形で」
朝比奈の出した可能性に、まず庵が喰いついた。
確かに、甘音は北条との共犯者であり、犯人候補として抜擢するには少し的外れな存在だ。そして、庵には甘音が人を殺せるほどの度胸の持ち主とは思えない。甘音は、北条と比べたらよっぽどまともな性格をしている、というのが庵の認識だ。無論、北条と比べたらの話なので、他と比べたらまた話は変わるが。
「まぁでも、実際朝比奈さんも康弘を裏切ってるわけだしね。なにか、仲間内で揉め事や怨みつらみがあったのかもしれない......だけど、殺すって判断までいったとなると、よっぽどの動機があることになるな」
北条の裏側を知る人間であれば、あれがどれだけ人に恨みを買いそうな人間か分かるはずなので、北条が甘音の恨みを買うような行動をした結果、甘音が殺害を図った可能性は否定できない。
「んで、アタシはあんたたちと同じ高校じゃないし、この女知らないんだけどさ。こいつがやったっていえる理由があんの?」
唯一、甘音アヤの名前を知らない愛利が、目を細めながら朝比奈に問いかける。
「あいつ、北条くんが死んだ日から姿を消したの。連絡しても返信はこない。私にはそれが、やましいことから逃げてるように見えるわ」
「行方不明ね、なるほど。他は?」
「他に証拠はない。勿論、私の知らない全くの他人が犯人って可能性もあるわ。でも、甘音とは私も少なからず関わってきたから、感じるものがあるの。......こいつなら、やりかねないわ」
「えーと、つまり?」
「私の勘」
そう口にした朝比奈の表情はどこか重々しい。そして今の話は笑い飛ばせるほど楽観的なものでもなく、甘音の裏側と関わっていた朝比奈の言葉であるため、十分に信用に値する。
「言い過ぎって思われるかもしれないけど、甘音は北条と引けを取らないくらいヤバいオーラ出してるわ。さすが、北条くんのお気に入りって感じ」
「お前がそこまで言うなら、まぁそうなんだろうな。俺も、あいつのヤバさは多少知ってるし」
朝比奈の言葉に嫌な記憶を思い出す庵。甘音は持病を理由に庵の部屋に入り、ハニートラップを仕掛けてきた女だ。クラスメイトに対してそんな真似、よっぽど肝が座っているか、頭のネジが外れた人間でなければ到底できないこと。確かに、甘音は北条のように、一線を越えている危うさがある。
「じゃあ、甘音が犯人とすると、なんで北条を裏切るようなことを――」
嫌な記憶を頭から早く消すため、庵が話題を進めようとした瞬間だ。
「......ぅ」
琥珀が突然、口元を押さえ、体を丸めた。よく見ると、肩が大きく上下していて、呼吸が乱れている。ひと目見たら分かる、異常だった。
「琥珀!? 大丈夫か」
「え、琥珀ちゃん!?」
「星宮さんっ」
「あんた、どうしたの」
話は中断され、全員が目の色を変えて、琥珀の心配をする。突然のことに、一同パニックだ。その中でもいち早く状況を冷静に判断した愛利が、琥珀の背中をさすり、落ち着かせようとする。
それから数秒後、震えながら琥珀は口元から手を外した。
「琥珀......? 体調が悪いのか?」
「ご、めんなさい。お手洗い、行ってきます」
庵の問いには答えず、それだけ言い残して、席から立ち上がる。顔色は悪くないが、表情は未だに優れていない。
「待って。アタシもついてく」
誰に頼まれるわけでもなく、愛利も席を立ち、琥珀の背中を追いかけた。残った三人で不安な目で二人を見送るが、庵には未だ何が何だか分からなかった。
「......ごめん。私の、配慮が足りてなかった」
「え?」
琥珀たちが姿を消してから、小さく謝る朝比奈。彼女も額を手で押さえて、やらかしてしまったという様子を醸し出している。隣の暁も、同じような様子だった。
「何が......あ」
そして庵も、ようやく気づく。
北条の被害の一番の当事者である琥珀にとって、北条が殺されたという話は、あまりにセンシティブな話題。もしかしたら自分の責任でもあるのかもしれないという不安や、次は自分かもしれないという恐怖を抱えていた彼女にとって、いきなり眼の前でその話をされるのは、かなりの精神的負担だったはずだ。
そのことに、誰しもが気づくことができなかった。琥珀がその悩みを表に出していないとはいえ、少なくとも庵だけは気づくべきだった。
「あとで、みんなで星宮さんに謝ろう」
残された三人は、ひどく反省したのであった。
あまり精査できてないから文章がもしかしたらおかしいかもしれない。




